第62話 慶応二年―1
慶応二年は、悲劇の舞台の幕があがったと言って良いだろう。
長州に不穏な動きがあるとして所謂「第二次長州征伐」が行われることとなり、新選組の幹部や監察方も度々長州へと出張した。
そしてこの戦の結果は、悲惨なものだった。
「……幕府軍があっさり敗走するとは……幕府の権威を見せつけるどころか」
弱体化していることを、世間に知らしめてしまった。伊東などは、「それみたことか」と内心思っていた。
いや、内心などではなく、局長の前でさえそれをあからさまに口にするようになっていた。二人が激しく論を戦わせる回数も増え、誰が見ても、近藤派と伊東派の対立は明らかになっている。
その上、第十四代将軍・徳川家茂がひと月も前に亡くなっていたことが明らかとなり、第十五代将軍には一橋慶喜がついた。
「この男、切れ者との評判だが、その一方では変な男だとも言われて煙たがられている。徳川家にとって吉と出るか凶と出るか……?」
と、歳三が首を傾げているところへ、
「孝明天皇、疱瘡発病」
の知らせが飛び込んできた。
「なんだと!?」
天皇の信頼厚い会津公は、連日祈祷を行い、回復を祈った。医師たちも昼夜問わず御所に詰めて必死の看病に当たり、回復へ向かったとの知らせが届いた。
だが、安心したのも束の間、天皇が突如苦しみだしてお亡くなりになったというのだ。これには、誰もが驚いた。なにせ天皇はまだ三十五歳と若い。
当然――「暗殺」の二文字が飛び出してくる。
「犯人は誰だ……?」
すぐに犯人として人々の頭に浮かんだのは、「倒幕派」である薩長だ。彼らにとって、佐幕派で公武合体を望み、幕府主体での攘夷を推し進めようとする孝明天皇は邪魔な存在である。
「伊東さん、この事態をどう見る? 孝明天皇を暗殺したのは誰だと考える? もっぱら、毒を盛ったとの見方が強いみてぇだが……?」
「土方くん、確たる証拠がないのに暗殺だの毒殺だびと口にすることは憚られる」
さすがに蒼ざめた伊東も言葉が少ない。
だが、大人しくこの状況を眺めている伊東ではなく――。
「藤堂くんだけではなく近藤派から数人、引き抜いていきたい……」
新選組から離脱するのだ。できれば剣の腕が立つ者は、自分の味方につけておきたい。
「沖田総司の剣は欲しいが、あれは土方・近藤から離れることは考えたこともないだろうから、無駄だ」
近頃局長と不仲の永倉新八、特にこれと言った思想はなさそうだが斎藤一、原田左之助、このあたりは是非とも引き抜いて味方にしておきたい。
「ふむ、一席設けてみようか――九州遊説に同行させれば、或いは彼らの考えも変わるかもしれない……」
人選を、勝手に始めていた。
そんな伊東の行動を、平助はどこか諦めた心地で見つめていた。
(新さんたちが伊東先生に靡くはずないよ……無理だよ……やめた方が良いよ)
ここまで大事にしてきた新選組がいよいよ壊れそうになっているのを、平助は本能で感じていた。そして、きゅっと唇を噛んだ。
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