第57話 願いは罅割れてー3
新八は度肝を抜かれた。
総司が本当は妖狐だった、篁が冥府の官吏だった、閻魔王は恰幅の良い中年男だった、雷微とかいう化け物がいる、サンナンさんが妖怪を育てていた、平助に妖種子が植えられていた……などなど。
これらの事実を突きつけられた時に「これ以上驚くことはもうないだろう」と毎度思うのだが……。
「俺ぁ……まだまだ、甘かったみてぇだな……」
ぞろり、と無精ひげをなぞる。
「篁。どうしました?」
「呼んだか」
雅やかな唐風の衣を纏った四人の青年が空から優雅に降りてきたのだ。朱色、蒼色、黒に白。その、神々しさに、あたりに充満した瘴気が一気に浄化される。
「四人とも、どうしてやたら気取った青年の姿で出て来るんだ? 容姿を変える必要ないだろう……?」
四人の中で一番若い黒髪の少年が跳ねるようにして近寄ってきた。
「篁……どれ。まだ本調子ではないのだな。助けてやろう」
背伸びをした少年――玄武だ――が、篁の額にそっと触れ、唇の間で何事かを呟いた。徐々に篁の体が、光の膜に包まれる。
「そのまま暫らく待て。すぐに霊力が回復する。ついでに、穢れも祓っておくよ。結構たまってるみたいだから」
「ああ、ありがとう。楽になる。あ、そうだ……」
淡い光に包まれた篁がふっと笑って新八を手招きした。
「へ、俺?」
「まだ本調子じゃないだろ?」
ぎくしゃくと手足を動かす新八の首根っこを、白銀の髪を高く結い上げた青年が軽々と掴んでぽいっと放り投げた。
「うっ、わっ!」
新八は小柄でもなければひょろひょろの優男でもない。むしろ、背は高く、鍛え上げられた頑健な肉体の持ち主だ。
(なななな、なんつー怪力!)
ふわっと新八の身体を包み込んだ光は、柔らかく温かい。
「傷を癒す、玄武の得意技だ。有りがたく思え、愚かな人の子よ!」
白銀の髪の男……白虎はどうやら新八が嫌いらしい。思い切り威嚇している。
「おい篁さん、俺、嫌われてるみてぇ……」
「神は、好き嫌いが激しいんだ。しかも嫌うことに大して意味はない」
「な、なんだそれ!」
「明日になったら新八のことが大好きになっているかもしれない、その程度だから気にしなくていいよ」
「はぁ!? 気になるに決まってるだろ! おい、おっさん、俺が何したってんだよ」
「ほう、神に噛み付くか。愚かな人の子よ!」
「なんだとぉ!」
「お、神を相手に腕試しか。度胸があるのは誉めてやろう、愚かな人の子よ!」
そんな状況に笑みを浮かべ、光の中に佇んだ篁は、あらためて四神に挨拶をしたあと、手短に計画を述べた。
新八の計画に若干の修正を加え、ずいぶん計画らしくなっている。一通りを聞き終えた神はそれぞれ難しい顔をして黙りこくってしまった。
「篁の命令ならどんな物でも従うし、天帝の討伐許可も下りた。存分に攻撃も反撃も可能……でも」
悲しそうに目を伏せるの朱雀の言葉を、眉間に皺を寄せた白虎が引き継ぐ。
「失敗する確率の方が遙かに高い、穴だらけの計画だな。まぁ、一矢報いてやる、という意味なら、面白いし有効だ。心意気は褒めてやる。俺はその計画、乗ったぞ!」
端整だが厳つい顔を輝かせて、白虎が腕を叩く。神気が乱れてびゅうっと風が吹く。近くの巨木がざわざわと鳴った。慌てた朱雀が、白虎の腕を押さえる。
「しかし篁……我々だけでは、強大な妖と化した雷微真君を完全に屯所に閉じ込めるほど強力な結界は張れません。都中の神に協力してもらえば、或いは……」
うん、と篁が頷く。
「何人か、昔なじみの神がいるからお伺いを立ててみる。ただ、彼らは都を賑わせている新選組が大嫌いだから……」
協力を取り付けるのは至難の技だろう。
「しかもこっちも総司が居ないから、戦力が足りない。長期戦は無理だ。だから……どうにかして勾玉に雷微を封印したら、京の都からすぐに離れる」
篁が何時になく強い口調で言い切ると、懐から、淡い緑の光を放つ勾玉を取り出した。それを、大事そうにぎゅっと握りしめる。
「それは? 閻魔の波動が感じられるが?」
白虎がそれに目を留め、尊大に顎をしゃくる。
「冥界の宝玉・
平助だけではない。何時また誰が、雷微の気紛れで犠牲になるかわからない。
厳しい隊規と訓練で隊士を縛り上げ、残虐に粛清しているように見えてその実仲間をとても大事にしている新選組の連中にとって、仲間を失うことほど、堪えることは無い。
「雷微は百害あって一利なし。晴明も呼んで、二度と復活できないほど厳重に封印してやる。平助が京を離れている今こそ、好機」
篁の普段は涼しげな瞳の奥に、ぎらぎらとした闘志の炎が灯った。
「篁、もし封印が出来なかった場合はどうするんだ?」
「決まってるさ、青龍。力の限り叩き潰す。そうして弱らせて……それから考える」
「面白いな。冥府の役人というからどんな頑固な男かと思ったが、神野の側近をつとめ、晴明が我らを貸し出す気になるはずだな。気に入ったぞ!」
「面白いのは、白虎だけだろう。人界の人々は楽しくないと思うぞ」
「そういう玄武も、闘気が増しているが?」
「き……気のせいだ……」
そんなやりとりを腕を組んで眺めている新八は、実のところ呆れていた。
(神様に冥府の役人……いい加減なんだか大真面目なんだか、掴みどころがねぇよ……)
そう思った新八の目の前で、ふいに篁と四人の神が、がばっと顔を上げた。つられて視線を投げると、見慣れた影が空の彼方に浮いていた。
「あああ! 篁さん! 出た、雷微が出たぞ! 片手を失くした男のほかに、大きな狐が……」
そこで新八が言葉を切った。あれは、元と同じ妖狐なのか、それとも雷微の手下になってしまった妖狐なのか。遠くからでは判別ができない。
「総司、か?」
だが、神は一切容赦しないらしい。
「篁、あの狐を調伏するなり、倒すなりしろ。我々の計画には邪魔だ。早急に取り除け」
白虎が吐き捨てるように言い、篁が反論する前に白い虎と青い龍が顕現した。
雷微も当然それに気付いて、いつものように屯所の真上で停止する。すっかり日が落ちているのに、朱色の唇と扇はやけに良く見える。
「四神と、篁と、新八。我の血となり肉となるために、待機しているとは見上げた心がけ。立派であるぞ」
「篁さん、どうやって雷微を上空から引っ張り下ろす? 雲に乗ったままじゃ封印出来ねぇだろう?」
「俺が、近寄る。そのために、春明に式をかりてきた」
篁が指笛をふいた。すると、異国の妖怪・琉歌が姿を現した。
「これであいつに近寄って、弓を急所に打ち込んでくる」
いつもより硬い表情と声の篁。篁は、篁なりに、追い詰められているのだ。これが最初で最後の好機と思い定めているのだろう。
「新八は、妖気に釣られて集まる雑魚を狩れ。一匹残らず浄化させろ」
小さな妖怪たちは雷微の餌になる。せっかく弱らせたのに復活されてはたまらない。
「遠慮なくやらせてもらうぜ」
ちゃき、と新八が愛剣を抜いた。その刀身は、新八の高まった能力に反応して闘気を纏っている。
「ほう、これはなかなかすごい……」
新八の傍へ歩いて行った朱雀が、刀身に手を翳す。刀身が一瞬緋色に輝き、新八がびくりと震えた。
「浄化の能力を足しておいた。存分に、戦え」
たたっ、と走り出す新八の後ろに玄武がぴたりとついた。もちろん、新八が陰に傾かないよう、護るためだ。
その上空では、火花が散った。晴れだというのに稲妻が走り、雷鳴がとどろく。時折雨のように水も降り注ぐ。
「総司、総司! お前、何を考えている?」
琉歌の背に乗った篁の悲痛な声があたりに響く。妖狐の、白銀の尾がいつものようにゆらりと揺れた。相棒の声は届いているらしい。しかし白虎が、妖狐を牽制するように対峙する。それを見た雷微が嬉しそうに笑う。
「妖狐よ、そなたなら、そのような虎、すぐに片付けられよう。さ、ゆくぞ、篁!」
言うなり、珍しいことに雷微は長剣を手に挑んできた。彼は彼で、人界で遊ぶ邪魔ばかりする目障りな篁を、一気に葬ってしまおうと考えたらしい。
篁も刀を抜き放って、衝撃を軽く受け流す。その篁の頭に直接響く声があった。
――篁、ぼくのことは気にしないで
「お前、どうして雷微の味方をする!」
――すぐに理由はわかるから
「まてよ!」
「ふん、五月蝿いのう。そなたは今、我と戦闘中だというのに……我を見よ!」
「お前との戦いなど、すぐ終わりにしてやる!」
「終わりになるのは、そなたよ」
「どうかな?」
篁は素早く右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし他を軽く丸めた。そのまま宙に五芒星を描き、呪を唱える。発光した五芒星が、雷微に向かって飛んでいく。
「甘いわ」
障壁を築き五芒星をあっさり霧散させるが、一向に構わず篁は五芒星を連発する。
それを悉く跳ね返すものの、その場から動けず苛立った雷微が巨大な雷撃を二度三度と放つ。それをかわした篁の呼吸は荒い。
「そなた、そろそろ霊力が尽きただろう? 本調子ではないのに、術を乱発するとは愚かなこと。我は違う。上手い具合にそこで新八が雑魚どもを狩っている。我に妖力を提供しているとも知らずにな。妖怪どもが居る限り、我は最強なり!」
にたり、といつもの笑みを浮かべた雷微だが、すぐにその笑みが引っ込んだ。
白虎の放った鋭い
「久しぶりだな、雷微真君……否、黄龍!」
「そなたら、神たる我を攻撃するとは、天の理にそむくことであるぞ! 忘れおったか!」
「何が神だ。散々悪さしておきながらよくもぬけぬけと。お前の討伐勅許が出た。理に触れることは無い」
ぎりぎりと、雷微の目が吊り上り口元には牙が覗いた。整っていた顔が崩れ、鬼のものへと変わって行く。
「本性を現したな!」
白虎と青龍が立て続けに術を放ち、攻撃をする。篁はその隙に、側近の雷延の急所に立て続けに矢を打ち込み、止めとばかりに浄化の札を投げた。
「ああああー……雷微さまぁ……」
側近の悲鳴も雷微には聞こえていない。そもそも興味もないのだろう。雷微はそちらを見ることもしなかった。
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