第42話 わかれー3

 不逞浪士や敵と派手に斬り合って命を落とすというのなら、武士である以上、残された方も死んだ方もまだ納得できるだろう。

 だが、化け物に憑りつかれて死んでしまうなど、到底本人も周りも受け入れられるものではない。

「おい……どうやったらサンナンさんを助けられるんだ?」

 歳三が、低く絞り出すように呟いた。だが、新八も総司も、わからない、と首を振るばかりだ。いまだかつてこのような事案は聞いたことも見たこともない。

「総司、お前は妖怪だろう! だったらサンナンさんの中にいる妖怪に、とっとと出て行くよう、言えねぇのか! 妖力で脅したり縛り上げたりできねぇのか!?」

 白銀の小さな体を乱暴に掴み挙げる。きゅうっと小さな悲鳴が上がる。

「知恵を絞れ! なんとかしやがれ! 妖怪同士、話してみろ」

「お、おい、土方さん! 総司が死んじまうぞ」

「新八、お前も何か考えろ! 化け物が見えるんだろう? サンナンさんの中にどんな奴が巣食ってるのか、見てみろ。姿が見えりゃ解決策もあるかもしれねぇだろ」

「それもそうだ。もう一度視てくる。二度目だ、何かわかるかもしれねぇ」

 凛々しい顔で立ち上がった新八が、総長の部屋へと急ぐ。

「く、くるし……」

「お前も考えろ!」

 ふいに、別のところから手が伸びてきて苦しげにもがく白銀の体を歳三の手から取り上げた。

「遅くなったね」

「篁さん!」

「トシ……幹部を一か所に集めてくれ。俺から話す」

 その、余りに真剣な声に、歳三は即座に幹部隊士の招集をかけた。

 場所は、総長の部屋だ。篁が、そう指定した。


 その部屋に入ってくるなり、誰もが呆然とした。部屋に延べられた床の周りには物々しい呪具が置かれ、青い光の膜が張り巡らされている。

「なんて強い結界……」

 ぐう、と唸った総司が廊下まで下がる。

 部屋の中央には苦しげな顔をした部屋の主が眠っていて、新八が難しい顔ですぐそばについている。

「知っている人もいると思うが、初めて顔を合わす人もいるな。こちらの御仁はわたしたちの古くからの友人で、小野殿という」

 近藤勇が、伊東甲子太郎一派に紹介した。

 だが伊東は、篁の服装――狩衣に指貫袴だ――を見て首を傾げた。どうして新選組の屯所に公家がいるのだろう、と言いたげだ。

「俺は、公家でも武家でもないし、坊主でも医師でもない。まぁ……歌人とか風流人とかそんなものだと思ってくれ。この中で漢詩や歌舞音曲に長けた者は……」

 いないぞ、と試衛館からの人々が首を横に振った。

「残念。まぁそれはいい。臨時に集まってもらったのは総長のことだ。結論から先に言う。助かる見込みは殆ど無い」

 ひっ、と誰かが息を呑んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、山南さんは病なのか? そんなことは聞いていない。説明を求める」

 色の白い瓜実顔の男が、片膝を立てた。

「あんたが伊東甲子太郎?」

「ああ、そうだが……」

「こういうことには不慣れだろうが……このあたりには妖が蔓延っている。しかも、雷微という大昔からの大妖が復活してしまった。屯所に何かとちょっかいをかけて攻撃してくるんだ。俺の因縁の相手でもあるんだが……それは追々話していく」

 伊東一派が、目と口を丸くしている。

「妖? 過激派志士でもなく、どこぞの賊でもなく、化け物の類が襲ってくるというのか? 総長はそれに苦しめられている、と?」

「ああ。とにかく、今は敬介の体の中に妖怪がいる、ということだけ理解してくれればいい」

 そんなこと理解できないよ、と伊東の隣に座った男が叫んだ。だが篁が返事をするより早く、伊東が「黙れ」といいながら片手を挙げる。

「兄さん、信じるのですか? こんな茶番……」

「三樹三郎、落ち着きなさい。信じるも信じないも、判断する材料が乏しい。まあ、まずは話を聞こうじゃないか」

 良い判断だ、と頷いた篁の表情を見て、妖狐は小さく首を傾げた。

 篁が、かつて宮中で身につけた笑顔を浮かべている。対嫌な奴用の笑顔だ。ということは、伊東が気に入らないのだろう。

「敬介は、妖怪を身体の中で飼っている。その妖怪は、これまで大人しかったのだが雷微に刺激されて狂暴化してしまった。隙があれば敬介の身体を乗っ取ろうとしている」

 何のことやら、という顔をする伊東一派と、一瞬にして悲痛な顔をする近藤一派。

「俺以上に化け物を見る力がある、俺の上司が調べたところ……その化け物は、敬介と瓜二つの姿をしているそうだ。ただし、目は鋭く吊り上り、目尻と唇が朱色だ」

「えん……いや、篁さんの上司でも、総司でも、サンナンさんを助けられないのか? 化け物を退治する術を使うとか……ええっと、そう、調伏するとか……」

 恐る恐る原田左之助が聞けば、慌てたように伊東が口を挟む。

「ちょっとまってくれ局長、この方は方術や陰陽術の心得が?」

「ああ、まあそのようなものですな」

「沖田君にも、そのような知識が……? そうは見えないが……?」

 局長が困ったように頬を掻き、副長が後を引き取った。

「総司の場合は……そうですな、特殊な症例に関してのみ知識がありましてな。我々はこれまでに何度も助けられたのです。まぁ、詳しいことはいずれそのうちに」

 歳三が詳しく説明しようとしないのが気に入らないのだろう、伊東の弟・三樹三郎が歳三に詰め寄ったが、即座に左之助や新八、斎藤一に睨まれて元の位置に戻る。

「ねぇ、篁、どうしても、どうやっても助けられないのかな。何か、方法がある気がするんだ。相手は妖だよ……?」

 膝でにじり寄った総司が、篁の顔を覗き込んだ。

「……聞いてくれ」

 震える篁の指が、総司の肩をぐっと掴んだ。そのあまりの強さに、総司の顔が歪む。

「駄目だ、駄目なんだ。もう……妖が――もうひとつの人格が『山南敬介』という人格を殆ど飲み込んでしまっているんだ。融合しつつあると言っていい」

「それは、引き剥がせないの……?」

「今、この本来の姿形でいられるのは、敬介本人の精神力に他ならない。妖種子を封印するときに平助が苦しんだのを見ただろ、あれよりもっと大変だと思っていい」

 一息に喋ってしまってから、篁は大きく息をついた。その篁の肩を、三樹三郎が乱暴に揺すった。

「総長が死ぬのを黙ってみているしかないのならどうして我々をわざわざここへ集めたんだ?」

 時間の無駄だの、わけがわからない茶番だのと騒ぐ三樹三郎の胸ぐらを掴んだのは新八だった。

「伊東さんの弟さんよ、すまねぇがちっと黙ってくんねぇかな? 俺らの大事な仲間が活きるか死ぬかの瀬戸際なんだ」

「なっ……なんだね、君は。僕は参謀の弟だぞ。もう少し敬意を払って……」

「ああ? 俺ぁ、あんたに構ってる暇はねぇんだ」

 新八は、尚も苦情を言いかけた三樹三郎を部屋の外に追い出した。伊東の取り巻きが一人、二人、すぐさま立ち上がって三樹三郎のもとへ向かう。兄はそちらを一度も見ることなく、総長に目を向けている。

「これだけ騒いでいるのに、ぴくりともしない……何と言うことだ……」

 伊東は伊東で、総長のいない新選組をどう操るかを考えていた。

(山南敬介……一番頼りにしていたんだがな……。計算が狂った……)


 遠くで、雷が鳴る。総司が素早く反応した。

「篁、永倉さん、雷微だ」

「ああ……篁さん、行こうぜ」

「勿論」

 すっと立ち上がった三人は、険しい顔をしている。篁が部屋を出る寸前、近藤が、

「篁さん、我々はサンナンさんのために、何が出来る?」

 と、噛み締めるように尋ねた。

「……苦しまないように逝かせること……かな……」

「承知仕った。サンナンさんは我々新選組が責任を持って看取ります」

 篁が微かに頷いた。

 遠くで再び雷が鳴り、稲光がした。

「雷微出現の気配がする……」

 篁の呟きを聞きながら、襲撃に備えて待ち構えた。

 だが、結局雷微は屯所に近寄って来ず、十二神将が屯所から離れた場所で戦闘して帰ってきた。


 屋内に戻り、総長の部屋に自然と集う。

 行灯が浮かび上がらせた篁の端整な顔には、色濃い後悔が張り付いている。

 十二神将が異界へ引き揚げた後も篁は枕元に座って敬介に視線を向けたまま、動こうとしなかった。

「篁さん……出来る限りの封印の術と退魔の術を、施したんだろ?」

「うん」

 そのあまりに強い術のお陰で総司が近寄れないほどだ。

 水鏡を通して閻魔王や安倍晴明たちも助ける方法を探してくれているが、さすがの閻魔王も首を横に振るばかりだ。

「くそっ、何のための桁外れの霊力だ、何が冥官だ。俺は総司の大事な仲間一人助けられない……」

 唇が切れるほどに、強く噛み締める篁に、新八は掛ける言葉を持たなかった。

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