第17話 多忙過ぎる狩人たち―4
「襲撃、ねぇ……」
屯所に残された新八は、夜稽古しながら首を傾げていた。
本当は、ちっとも起き上がる気配のない平助と、日々やつれて行く隊士のそばを離れたくはない。二人とも、『良くない気配』、つまり妖の気配が濃くなっているからだ。
もし妖怪が屯所の中に入り込んでいるのだとしたら、一大事である。篁が屯所に結界をはってくれているが、それは外からの襲撃に対して守ってくれるもので、結界内に既に入り込んだ妖を浄化させるものではない。
万が一にも、彼らの体の中から妖怪が出てきたとき、それを発見して成敗できるのは、総司を除けば新八ただ一人なのだ。
だが、新選組の幹部である新八には、幹部としての仕事が待っている。二人につきっきりというわけにはいかない。あの『池田屋』以降、仕事の量はぐんと増えた。それに加え、最近は屯所を留守にすることが多い総司の分までそれとなく引き受けているため、はっきり言って寝る間もないほど大忙しだ。
今やっている剣術指導も、本来は新八の当番ではなく、総司が担当するはずだった時間なのだ。
「人間が襲ってくるのか、化け物が襲ってくるのか。どっちなんだか……お、おい、そこのお前、胴ががら空きじゃねぇか。抜かれるぞ」
どちらにしても、自分が重要な戦力であることに変わりはない。
「ったく、俺も少しは休みてぇんだが……おら、そこ! しっかり狙え。気を許すな。こっちがやられるぞ」
おお、と声がして打ち合う音が響く。
それを聞きながら、壁にもたれて腕を組み、盛大なため息をついた。
「新八はさっきから何をぶつぶつ言っているんだ? 隊士が不気味がっているぞ」
新八が返事をする前に、別の声が勝手に返事をした。
「そりゃ、ぶつぶつ以前に、新八が考え事なんかしているからだな、うん」
「左之助、もう少し真綿で包む言い方を覚えた方が良いぞ」
「そうか?」
声に振り返れば、隊内で一、二を争う美男、土方歳三と原田左之助が立っている。これに童顔で可愛らしい平助が加われば、実に華やかになる。しかし、その組み合わせもここ暫らく見ていない。平助が寝込んだままだからだ。
「土方さんも、左之も、何しに来たんだよ」
「俺は新八っつぁんを呼びに来たんだ」
「俺もだな」
新八が思い切り不思議そうな顔をした。いつからこんなに自分は人気者になったのだろう、と。
こういうあたり、新八はとても素直なのだ、面白いくらいに。
「用件はなんだ?」
「近藤さんが、手が空いたら来てくれ、今日中ならいつでも良い、だそうだ」
「ふうん……」
「まったく……部屋にも居ない、庭にも居ない、行き付けの店にも居ない、あっちこっち探したぞ」
「それは悪かった。で、左之、お前は?」
「ああ、やっぱ忘れてるか……巡察。ちっとも中庭にこねぇんだもん。探しに来ちまった」
あ、と呻いて、新八の顔が苦渋に歪む。
「すまん、土方さん、近藤さんの件は後で! 左之、行くぞ!」
「おう」
慌ただしくと道場を飛び出していく二人を見送り、やれやれまったく忙しいことだ、と副長は小さく笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冥界の至る所に穿たれた穴を塞ぐべく孤軍奮闘する小野篁がいる。
雷微の放った人形に体を乗っ取られた浪人たちと対峙する沖田総司がいる。
総司と平助のぶんまで隊務をこなし巡察に出かける永倉新八がいる。
藤堂平助に埋め込まれた妖種子は確実に成長し、今では平助の体内に居ながら、用意された餌を食べることが出来るほどになった。
闇と瘴気の中で赤い唇がくくっ、と動いた。
篁たちの様子を、宙に浮かべた水鏡に映して観るのが、近頃の彼の楽しみだ。
三人が一箇所に固まっていてはあまり手出しが出来ないが、ばらばらなら遊び甲斐がある。
「雷微真君様、藤堂平助に埋めた妖種子が育ったらどうなさるおつもりですか?」
雷微の傍に控えている男は、池田屋から命辛々逃げ出した男だ。
自分達の立てた無茶な計画のことは棚に上げ、仲間を惨殺された恨みを晴らそうと新選組を付け狙ったのだが、当然、あっさりと返り討ちにあった。
だが、死んでも恨みが消えず、この世を彷徨っているところを雷微に拾われた。
新選組に対する怨念だけで動き、異形のものを呼び集めては巡察中や非番の隊士を襲わせて怪我を負わせたり、意味も無く屯所を妖に襲わせて新八や総司を慌てさせたり、とにかく勝手気ままやりたい放題やっている。
「妖種子が育ったら……そうさの、新選組を内側から引っ掻き回してみようか」
「さすがです! その時は是非、わたしに先陣をお申し付けください!」
「……黙れ、五月蠅い」
へへぇ、とひれ伏す男に注ぐ雷微の視線は冷たい。だが、自分より遥かに自由に動けるこの男は、それなりに便利だ。
「……他の人形はどうしている?」
「はい、浪人を集め永倉・原田を襲っております。他の者は屯所襲撃用意を」
「くれぐれも、我の玩具を壊すことのないように。お前はどこか粗忽ゆえ、対等のはずの人形たちに『親玉』と『子分』ができるのだ。そなたに渡した『式』はあといくつある?」
「ございませんが……?」
ぎろり、と睨まれて男は飛び上がった。
「一度で使い切る馬鹿があるか! まったく……次を用意せねばならぬ。次こそ効果的に使え」
氷のような冷たい声に、ひれ伏していた男がびくっと震えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます