第18話 屯所へ急げ、平助を守れ―1

灯りひとつない小路を、小鬼の剛奇が必死に駆けていく。目指すは、この世とあの世の境目である六道の辻。

(そこで待っていれば、篁と会えるはず! だけど、こわいよーっ!)

 悪鬼妖魔がその小さな体に向けて爪牙をふるう。だが、総司が咄嗟に施した守りの術がそれを阻む。

 しかし、術者である妖狐本隊から随分離れてしまったし、時間もたった。そろそろ術の限界だろう。

 そうと知ってか知らずか、巨大な白い化け鳥が鋭い鍵爪で二度、三度と剛奇を襲撃する。

「ぎゃー、破れる、結界が破れちゃう!」

 その言葉通り、ぱりん、と微かな音がしてついに結界が破れた。鋭い鍵爪が剛奇の細い腕を掴み、闇夜へと舞い上がっていく。

「げぇぇぇっ……たっ、篁、神野、誰でも良いから助けてくれよーっ!」

 運ばれて行きながらも、夜目の効く小鬼は必死に地面を睨みすえていた。妖狐か、篁か、新八か……誰かの姿が見えないか、と。

 どのくらい飛んだのかわからないが、気が付くと化け鳥は、都の上空を旋回しながらきょろきょろと周囲を見渡している。どうやらすぐに食べる気はない、逃げるなら今、そう判断した剛奇は、短い手足をばたばたさせながら精一杯の声を張り上げた。

「篁、篁! たぁすけてぇえ!」

 叫びながら、鬼火を飛ばすことも忘れない。何百年も前に篁と決めた合図がある。

――助けて、は赤い鬼火を続けて三発、だ。

 それを見たのだろう。地上で聞きなれた声がした。

「剛奇!? どこだ? 返事しろ」

「篁、上、空だよぉ! 鳥に捕まってるんだよぉ!」

「よし、動くなよ」

 ぴぃん、と清冽な気が近づいてくる。目には見えないが、篁が矢を放ったらしい。それと気付いた怪鳥が威嚇し瘴気を吐きちらすが、たちまち浄化される。

 二の矢、三の矢と休むことなく射たれるそれは、確実に鳥の羽を射抜いた。

「あ、落ちる!

 落下する剛奇の悲鳴と、化け鳥の断末魔の声が混ざり合う。

「剛奇、うるさいぞ! お前は神野の式だろ。そう簡単に死なないんだから、いちいち騒ぐな!」

「それでも怖いものは怖いんだい!」

 

 へそを曲げた小鬼を宥めすかしながら、『人形』のことを聞きだした篁は、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

 動き出した人形は、屯所を襲うだろう。雷微のことだ、自分は高みの見物を決め込みながら、同時に何か良からぬことを企むかもしれない。

「結界が破られれば、悪意を持った人間と悪鬼妖怪異形が一斉に屯所を狙う。そうなれば新八一人ではもたない。とにかく屯所に急ぐぞ!」

「え、俺も?」

「鬼の手も借りたってまだ足りない忙しさだ、我慢しろ」

 むぎゅっと懐に頭から押し込められたが、抗議する間もなく篁が走り出した。


 一方、釣り目の男と対峙した総司は、珍しく苦戦していた。釣り目の男は、自身の一部を利用して手下を生み出すことができるらしい。総司が斬りつけた傷から滴った血をもとに、無限に生み出される手下たち。それを狐火で焼き払った総司は、一気に釣り目の男の眉間を狙った。

 がきん、と鈍い音がして刃と刃がぶつかる。

 はじめて表情らしき表情を浮かべた釣り目の男が、嬉々としてぐいぐい押すが、押し負ける総司ではない。

 せわしなく立場が入れ替わり、片方が飛び下がってはもう一方が追いすがる。双方「術」を使うこともなく派手に切り結ぶ。

 その勝負にけりをつけたのは、総司だった。得意の「三段突き」を釣り目の男の眉間にお見舞いしたのだ。

「あ……雷微……さま……申し訳……」

 目を大きく見開いて仰向けに地面に落ちた男は、一瞬にして灰と化す。

「ふぅ、大変だった……」

 妖気の残滓に惹かれてぞろぞろと集まってくる妖や異形を怒号もろとも吹き飛ばし、その勢いに任せて偶然見つけた不逞浪士も尋問して捕縛する。

「よし、急いで帰ろう。屯所が心配だ。剛奇は無事に篁と会えたかな……?」

 何やら喚く浪士たちには見向きもせず、急ぎ屯所へ向かう総司の耳に、剣戟と怒号が届いた。

「あれ、今のって、原田さんと永倉さん?」

 ぐるぐるに縛り上げて猿轡を噛ませた浪士たちは、とりあえず近くの寺の門前に置いておく。特殊な結界を張って、人間の目に映らないように細工を施す。

「沖田総司が戻るまで、動かないように……って、みんな気絶して聞こえてないか……」


 狐の姿になり、声のしたほうへ駆けて行く。駆けつけて見れば、小路を塞ぐようにして新八と左之助が浪士の集団と戦っている。

 左之助が対峙しているのは普通の浪人だが、新八が対峙しているのは人形に乗っ取られた男だ。その証拠に、男の体から妖怪の気配がし、吊り目で目じりが赤く、且つ無表情だ。

 人型をとって、総司が素早く新八に近づく。

「永倉さん、この男は黒刃で斬って下さい。弱点は眉間です」

「ちっ、やっぱり雷微の手下か」

「そうです……って、永倉さん、どうしてここに?」

「あ、ああ、巡察を忘れててな。くそっ、一刻も早く屯所に戻りたいんだが……こいつら、なかなか片付かねぇんだよ」

 総司の血の気がざっと引いた。篁の結界を信用しないわけではない。

 だが、妙に胸が騒ぐ。

「永倉さん、原田さん、ここは任せます」

「おうよ! 総司、屯所へ戻ったら、平助とその隣に寝かされてる奴、篁さんに観て貰ってくれ。どうもおかしい」

 首肯し、総司は身を翻した。

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