第16話 多忙過ぎる狩人たち―3
闇に乗じて動き回る小さな人形を偶然目撃した者がいた。
陰陽師が大活躍していた平安のころならともかく、近年は人間界で禍々しい気配を纏った人形が動き回るのは少しばかりおかしいことである――そう知っている彼は、人形の後をつけ、京の町をぱたぱたと走った。
(あれはきっと、篁たちも使う『式』の一種だよな……だとしたら、術者が近くにいるはずだ……)
閻魔王の使いで冥土から人間界にきていた彼――赤い小鬼・剛奇だ――は、見てしまった。道行く人間に襲いかかり、その体を乗っ取る人形たちを。
乗っ取られた人間たちは、同じ言葉を繰り返しつぶやいている。きっと、人形を放った術者が何か指令を下しているのだろう。
しばらく人形たちの様子を探っていた剛奇の脳裏に、ぱっとひらめくものがあった。
自分が直接手を下さず手下の者や使役しているものに対象を襲わせるというのは、昔からよく行われることで珍しくはない。今回も、それだろう。
だが、道行く人間を襲って無理やり配下にして他人を襲わせるというのは、なかなか乱暴な話である。
そしてこのご時世、こんな大がかりなことができる術者は限られているだろう。
「大変だ、とにかく篁か妖狐に知らせなくちゃ……!」
彼らの拠点は『屯所』と呼ばれる場所だ。屯所の場所は良く覚えていないが、長年一緒にいる篁や妖狐の気配を探って新選組の屯所を目指して走り出した。
……そして、すぐに気が付いた。『人形』たちもまた、屯所を目指しているのだと。
「大変だっ……これは大変なことだぞ……」
彼は大変だ、大変だと叫びながら風脈に乗って屯所へ急ぎ、結界をすり抜けた。これだけ剣技に優れた者が揃っているのだ、誰か自分に気が付いてくれる者がいるに違いない、そう思いながら屯所の中を駆けまわってみた。
だが剛奇の期待とは裏腹に、誰も鬼が視えないらしい。
太い足に蹴られたり縁側から転がり落ちたり踏まれそうになったりする彼の体を、誰かがひょいと掬い上げた。
「おいおい、どこから入ったんだ? 鬼だろ」
「あっ! 永倉新八!」
「おう、そうだが? おめぇさんは?」
「俺、剛奇! 神野……えっと、嵯峨天皇の式で、篁や妖狐と一緒にずっと働いてるんだ」
ほう、と新八は顎髭を撫でた。それで? と目線で続きを促す。
「大変だよ、ちっちゃい人形がどこからか沸いてきてさ、その人形が人間を乗っ取ったんだ! きっと、ここを襲うよ」
さっと顔色を変えた新八は、剛奇をしっかり掴むと総司の部屋へ飛んで行った。
「おう、総司、ちょっといいか?」
「はい、どうぞ」
総司は茶を啜りながら、ずらりと並べた刀を眺めている。
「おい……どうしたんだ、この刀」
「これからに備えて刀を新調しようと思っていろいろ見ているうちにはまっちゃいました……」
「は!? お前これ全部、買ったのか? 金はどうした?」
新八が慌てるのも無理はない。いずれも高価な刀だ。
「篁が払ってくれました。閻魔王府の経費だそうですよ。太っ腹ですね、地獄って。ところで、何の用ですか?」
「……あ、ああ、そうだな。こいつが気になる情報を持ってきた。篁さんの所へ行ってこい」
総司が剛奇に視線を投げると、剛奇は先ほどと同じ説明をした。
「わかりました。永倉さん、屯所への襲撃があるかもしれません。後をお願いします」
任せろ、と。
新八は腰に差した剣をちょっと抜いて見せた。
少し覗く刃が、自在に黒と銀に切り替わる。どうやら閻魔王が与えた刀をもう使いこなしているらしい。
「安心して行ってこい」
屯所を飛び出すなり直ちに己の持つ妖力を全て開放した妖狐は、一気に冥界への入り口がある、六道の辻を目指して宙を駆ける。
そのあまりの速度に、背中に乗せた小鬼が悲鳴を上げるが構ってはいられない。少しでも速度を落とすと、屯所の周りをうろうろしている妖たちが飛び掛ってくるのだ。
それらをいちいち相手している暇はない。
が、ふいに妖狐が小鬼を振り落とした。そのまま空中で体を反転させ、四肢が地面に着いたと思った瞬間、隊服に身を包んだ背の高い青年が現れた。
「剛奇、ここで大人しくしてて」
悲鳴を上げながら落ちてくる小鬼を捕まえ、そのまま懐にねじ込む。くるりと後ろを向き、刀の鯉口を切る。
「みつけたぞ、壬生狼だ」
「誰ですか、あなたたちは」
「聞いても仕方ないだろ、あんたはここで死ぬんだから」
品の無い笑い声を立てながら、男が数人、闇の中から現れた。
いずれも浪人風だが、そのうちの一人、細い月代に長い刀を差した吊り目の男から覚えのある妖の匂いがする。
「剛奇、あいつが雷微に操られた奴だと思うんだけど、どう?」
「うん、間違いない」
「この気配、雷微のだから覚えておいて」
「承知」
総司はざっと男達を見回した。いずれも凶悪なまでに人相が悪く、殺気だっている。
「……今度子供たちに教えてあげなくちゃ」
総司の場違いな発言に、思わず小鬼が尋ねた。
「何て?」
「悪人面とは、こういうもんだよ、近寄っちゃだめだよ、って」
「ぷっ。あとで篁に絵を描かせよう」
「賛成」
のんびりとしたやり取りに焦れたのだろう。浪人たちが一斉に青筋をたてて、くわっと牙を剥いた。どこか獣じみた仕草である。
一人が抜刀し正眼に構えると、つられたように次々抜いていく。いずれも、そこそこ剣の腕は立つようだが、剣客集団と呼ばれる新選組隊士には遠く及ばない。
総司が一歩、二歩とゆっくり歩み寄る。
「さぁ、誰から倒そうか?」
最初は余裕を見せて立ち回っていた総司だが、すぐに顔を顰めた。
「妖狐……じゃないや、今は沖田総司か。どうしたんだ、変な顔して」
「厄介なことに、首を落としても心の臓を刺しても死なないんだ。急所はどこだろう」
「総司、妖術で倒しちゃえ」
「それでもいいけど……土方さんたちでも倒せるなら倒し方を見つけておきたいし、絶対倒せないならそう報告しないと……」
総司が、ちらり、ちらり、と視線を送る男がいる。身なりは商家の若旦那といったところだが、妖気がぷんぷん漂っている。しかも、目が極端に吊り上って目じりが赤く、無表情だ。
「剛奇、あの男なんだけど」
「おう、この群れの親玉だぜ、きっと!」
何をぶつぶつ言うか、と叫びながら、正眼に構えた別の男が突っ込んでくる。
ちっ、と舌打ちした総司が何か呟くと、刀が黒刃に変化した。それを確認するまでもなく抜打ちに斬る。血飛沫と妖気を吹き上げて倒れる男には見向きもせず、切っ先を次の男の喉元に向ける。
「まだやりますか?」
わーともうーともつかない奇声を発して突っ込んでくる男の腕を斬り飛ばし、次の男の胴を薙ぐ。
仲間が次々と倒されていくが、吊り目の男は無表情のままだ。
「気に入らないな」
総司は、大きく跳躍して吊り目の男の前まで一気に間合いを詰めた。助走もつけずに人の頭上を軽々と飛び越えるなど人間技ではない。
流石に浪人達は度肝を抜かれたようで、刀を手にしたままあんぐりと口をあけている。その瞬間、剛奇が
「鬼火!」
と叫んだ。剛奇の手から鎖が伸び、刺客たちの腕に巻き付いた。そのまま鎖を伝って鬼火が走り、男たちの眉間に灯った。
「鬼之浄化!」
鬼火が強く光り、刺客たちはあっという間に灰と化した。
「肉体は残るんじゃねぇかと期待してたんだが……食われた人間は跡形もなく、か。ひでぇ話だぜ……」
剛奇が小さく手を合わせて念仏を唱えた。
仲間たちがすべて倒されたと言うのに、吊り目の男は左手を鍔に添えただけで、眉一つ動かさない。
「……剛奇、悪いけど一人で篁を呼んできてくれる?」
「え、ええ!?」
「こんな奴らに屯所が襲撃されたらひとたまりもない。篁の応援がいる!」
普通の刀で斬っても、人形に乗っ取られた相手は倒れない。倒せるのは篁の使う術や、妖の使う術、それから閻魔王から授けられた武具のみ。
となれば、屯所でまともに応戦できるのは現在、永倉新八ただ一人である。
「急いで」
返事を待つ間もなく、総司は剛奇をぽーん、と放り投げた。
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