第7話 因縁の二人―1
目覚めたことをわざわざ宣言するなんて「悪しきもの」であるにきまっている、と篁が喚く。
その頭上に、異国の衣を纏った男――異常なほどに痩せて背の高い人物だ――が出現していた。
不自然なまでに白い顔に、不気味なほどに赤い唇が乗っている。その唇が、にいっ、と横に広がった。
「……久しいな、小野篁」
成人男性にしては高い声が、親しげに篁に話しかけた。
「おっ、お前……
そう言ったきり動きを止めてしまった篁を、男は楽しそうに見る。
「
「……お前……」
「ときに、閻魔や清明は健在か?」
間違っても長年の友人と再会、という感じではない。篁の顔からも余裕が消えている。
「篁よ」
「なんだ!」
「相も変わらず、ろくな力を持たぬ化け物やただの人間どもと徒党を組んでいるのか。愚かな男だ」
「……愚かなのはどちらだ」
「我を愚か者呼ばわりする奴は許さぬ」
一転して低くなった声は妖気を帯びている。否、男がそこにいるだけで弱い雑鬼や妖怪たちがばたばたと死んでいく。
圧倒的な力の差に、総司、いや、妖狐ですらも、逃げ出そうとする本能と必死に闘っていた。
それでも守護結界を張り、隣でわけが分からず呆然としている新八を引っ張り込むのを忘れない。
それを視界の端で確認した篁は、己も霊力の全てを解放し男の前に進み出ていく。風がないのに篁の着物の袖がはためき、草木が揺れる。
「愚かな男を愚かだと言って何が悪い。貴様など、俺がすぐに封印してやる」
返事の代わりに、男の掌から妖気が噴出した。それはうねる様な気流となって篁を襲う。それを予測している篁は、あらかじめ霊力の障壁を築いている。
だが、先ほどまで化け物と対峙していた疲れが残っているため、障壁に普段の頑丈さはない。
「……くっ」
じりじりと圧される篁の顔が、僅かに歪んだ。
「我が好きなのはその顔よ。美しい顔が苦痛に歪むのは最高の見物。生きている時に目の前で拝んでおきたかったと、何度悔やんだか知れぬ」
「気色の悪いことを……」
やりとりを聞いていた新八が、総司の肘をつついた。
「総司、確認だ。あの宙に浮いている変な男が悪い奴だな? で、地面にいる御仁が……」
「うん、相棒の小野篁だよ。いつもは、冥途で閻魔王の裁判補助をしてるんだけど、閻魔王の命令で、地上に出てきてるんだ。宙に浮いている奴は、篁が人間だったころからの敵だよ。今まで何度か闘ってる」
うへぇ、と新八が眉を寄せた。
「冥途の裁判って本当にあるのか……ぶったまげたなぁ……」
「え、そこに驚く?」
「あ? 何か違ったか?」
総司と新八は間が抜けた会話をしているが、篁はそれどころではない。
「本来ならもう少しその顔を見ていたい。だが、我はたった今目覚めたばかりゆえ、力が足らぬ」
「ならば、再び寝ていろ。二度と起きるな」
「ふふふ……それにしてもこの禍々しいまでの怨念、どうしたことか。心地よくて食事には困らぬが」
男は両腕を広げて深呼吸をする。その無防備な胴に、篁が霊力の塊を叩きつける。
「篁、どうした。痛くも痒くもないぞ……」
「く……」
「しかし、人同士が殺し合い、憎み合い、それが我を目覚めさせるほどの力を持つとは。人とはかくも恐ろしいものであったかな……」
小首を傾げた男が、無造作に右手を振った。
妖気の塊が篁の築いた障壁を激しく打つ。その勢いに耐え切れず、篁の体が大きく後ろへ飛んだ。咄嗟に結界から飛び出した総司が、篁の体をなんとか受け止め、結界に引っ張り込む。総司は狐型になり、篁と新八を庇って四肢を踏ん張る。
「……妖狐、成獣になったか。美しい。今宵の我は、妖狐族と戦う気はない。お前に篁を預ける」
雷微真君が、懐から取り出した扇を左右に振った。灰色の煙が辺りを覆う。
「次にあったときは、狐も、篁も、そこの人間たちも、我が骨の髄まで喰ろうてやる。楽しみにしておくが良いぞ」
煙が晴れたあと、声はすれども雷微の姿はどこにも見えず。
後に残された三人は、ただただ、宙を睨みつけるしかなかった。
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