第6話 冥界の官吏、人界で活動する―4


 二番隊の隊士たちに、離れたところで待機するように命じた永倉新八は、どこか楽しげな足取りで妖狐の元へ戻って来た。

「へぇ、物の怪ってものは実在するんだな……。口伝や餓鬼を怖がらせるための説話だと思ってたんだがな……」

 まったく驚く様子を見せない新八は、妖狐の体を人差し指で柔らかくつついた。くすぐったいのか、妖狐は体を捩る。

「物の怪ってひどいなぁ……。確かにそのとおりだけど……まるでぼくが危害を加える存在であるかのように聞こえるよ……」

「うお、人の言葉が話せんのか! すげぇな。……ってことは、人に化けることも可能なのか?」

「もちろん。それは妖狐族が最も得意とするところ!」

 新八が、やってみせろと好奇心丸出しの瞳で促す。

「構わないけど……驚かないでね?」

「おう!」

「じゃあ、いくよ……」

 白銀の身体がふわりと宙に持ちあがったかと思うと、馴染みの顔がそこにはあった。

「お……?」

「どうも」

「おお、そういうことか……ちっ、やられたぜ!」


 永倉新八は、やはり只者ではなかった。

 江戸からの同志である沖田総司が、実は狐の妖怪が変化へんげした姿で、さらに閻魔王の命令によってこの世界に派遣されたのだと知っても、そうじゃねぇかと思っていたんだ、で済ませてしまったのだ。

「え、それだけ!?」

「まぁな。そらもう、あまりに強すぎるからな、素性が妖怪だと聞いて安心したくれぇだぜ」

「はぁ、そうなのか……」

 さらに、冥府の官吏である小野篁がそこにいて、化け物と闘っている真っ最中だと聞けば、自分も参戦したいと刀を抜いた。

 だが、普通の刀では化け物を倒すことが不可能だと説明され、しぶしぶ納刀した。

「総司、俺ぁ最近、気になってることがあるんだが……ちょっと聞いてくれるか……?」

「はい、何でしょう?」

 新八はしばらく、あーとかうーとか唸り、珍しいことに躊躇っている。

 みっともないから剃れと、いつも藤堂平助とうどうへいすけに叱られている無精髭――実は新八こだわりの髭だったりする――を撫でている。

 これは新八がいろいろ考えているときの癖だ。それを知っている総司は、じっと待った。

「……よし、言うぞ」

「はい」

「笑うなよ?」

「笑いません」

「近頃、川の様子がおかしかったり、山の気配がおかしかったり。なんつーか、屯所を出てすぐなんだけどよ、門みてぇなのをひょいと潜っちまったことがあるんだ。 こいつぁひょっとして、物の怪が活発に活動しているってことなんじゃねぇのか?」

 おどけたような口調だが、新八は真剣そのものだ。

「なんですか、その門みてぇなの、って。最初に異変を感じたのはいつのことですか?」

「十日ほど前、いや、もっと前から感じていた気がする。神社や寺があちこちにあるのに、大気が淀んでやがるのが、妙に気にかかってな……」

 その話を詳しく聞こうと、総司が口を開いた途端。

 

 唐突に青白い稲妻が走った。

 そこにいた全てのものが、天を仰ぐ。だが空には、雨雲ひとつない。

「なんだ? にわか雨か?」

「違う……雨の匂いはしませんね」

 再び稲妻が走り、それは篁と死闘を繰り広げている化け物を直撃し、化け物は一瞬にして砕け散った。

 地面には大きな穴が開き、目を丸くした篁が無防備に突っ立っている。


 京を守護し奉る神々が、穢れに対して「裁き」を下したのかと誰もが思った。

 だが。


 ――我、長き眠りより今目覚めん……


 神にしては禍々しい気配を帯びた、不気味な声が響いた。

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