第8話 因縁の二人―2

「なんだかよくわからないことが立て続けに起こったが、俺がどうかしちまったわけじゃ、ねぇよな?」

 二番隊を率いて屯所へ引き揚げながら、新八が首を傾げる。

 しかしもっと「わけがわからない」といった顔をしているのは、突然火柱があがったり、突風が吹いたり、いつの間にか非番であるはずの沖田総司が来ていたり……そんな摩訶不思議な状況に置かれた二番隊の平隊士たちだ。

 幽霊が出たのだ、いやいやこれは天変地異の前触れだ、と騒ぎ出す隊士も一人や二人ではない。

「永倉先生、説明してください!」

「ああ、うーん、そうだな……」

 苦笑した篁が、屯所に入る寸前に彼らの記憶に少しばかり手を加えて「河原で火事騒ぎがあった」ということにしてしまった。

「篁、それは禁じられた術だよね」

「気にするな」

 総司が、やれやれ、と、ため息を吐く。

 隊士が屯所へ入ったのを見届けて、新八が二人に向き直った。

「ここまでの出来事を纏めるぜ。総司は、実は狐の妖怪で、ここにいる小野篁公の部下だ」

 うん、と、総司が妖狐へと姿を変える。

「んで、小野篁公は、閻魔王の側近、だな?」

「その通り。それから、俺の見た目は君たちと同じくらいだし死んで久しいから、気軽に小野とか篁とか呼んでくれて構わないよ、新八」

「じゃあ、遠慮なく篁さんと呼ばせてもらうぜ。さっきの宙に浮いた男は、俺たちが都を騒がせたから目覚めちまった。日頃、このあたりをうろついている気色の悪い化け物どもは、地獄から逃げ出した奴や、俺たちに殺されて恨みが残って極楽へ行けなかったやつの成れの果てが多い……ってところか。奴らを倒すには、特別な霊力が必要である、と……」

 玄関わきで立ち止まった新八が、眉間に皺を寄せて確認するように呟く。

「それだけ理解できてれば充分だよ」

 篁が思わず苦笑した。篁が地上で生きていた頃の人々なら怯えて、やれ『もの忌み』だの『穢れた』だの大騒ぎになり、陰陽師が一斉に宮中へ駆り出されるような、謂わば異常事態だが、新八は恐れる様子はない。

「それを信じて、さっさと理解しちゃう永倉さんて、すごいと思うなぁ……」

「ああ。春明が妖怪とすんなり馴染んだ時と同じくらいの驚きだな」

 春明って誰だ? と新八が聞く。

「篁の幼馴染だよ。藤原春明ふじわらのはるあきら、通称は春少将。けっこう出世して大臣おとどって呼ばれた時期もあったけど、今でもなぜか春少将って呼ばれてるんだ」

「ほーう」

「とにかく、篁と気が合うのが不思議なくらいの穏やかな気性の好青年でね、篁のとげとげしさを緩和できる数少ない人なんだ。彼も、地獄での役人として忙しくしているよ」

 新八の肩に乗せてもらった妖狐が、長い尻尾をひゅんひゅん振りながら言う。

「少将、ってことは武官か」

「うん。剣術の腕前は、宮中で右に出るものなし、今でも、地獄の役人たちに剣術の稽古をつけてるよ」

「ほう、手合せ願いたいもんだな……つーか、地獄の役人が、剣術するのか。今日は驚くことが多い日だぜ……」

「永倉さん、それはぼくの台詞だよ……。妖の類いが日頃から見えていながら、その事を隠し通していたとは……」

「いやぁ……剣とか槍とかの修行を積めば誰でも見えるものだと思ってたからよ……」

 言いながら人差し指で頬を掻く新八は本気でそう思っていたらしい。そんなこと今時の子どもでも信じてないぞ、と篁がからかうと、

「うるせぇ俺は餓鬼よりも餓鬼なんだ!」

 と、胸を張って豪快に笑った。


 この新八の底抜けの明るさが、土方や近藤たちを何度も救っているのだが、本人は全く知らない。

「いやぁ……俺なんかよりずっと珍しい、銀色の狐の妖怪と、冥途の官吏どのに珍しがられるなんざ……俺はひょっとしたら類まれな、大人物なんじゃねぇかな? 死んだあと、二代目閻魔王とかになれねぇかな?」

 そう来たか、と篁が吹き出し、ついには、けらけらと声をあげて笑い出した。

 篁がこんな風に笑うなど珍しい。総司のみならず、時おりすれ違う雑鬼たちもそう思ったらしく、立ち止まったり振り返ったりする鬼もいる。

「おいおい、篁さん……。そんな笑ってくれるな、照れるだろ」

「そこで照れるのか、面白い男だ」

 褒められちまった恐れ多いことだぜ、と新八がさらにふんぞり返る。

「ま、たまにはこんな日もいいよね」

 ぽつりと総司が呟いた。篁は子供のころからいつも気を張ってばかりなのだ。

(永倉さんと、篁、良いお友達になれるかもしれない……)


 新八と、人型に戻った総司が建物の中に入るのを見届けた後、篁は新選組の屯所となっている八木邸と前川邸の周りをゆっくりと歩いた。

 以前張っておいた結界が弱まりつつある。よく見れば何ヵ所かに、無理矢理突破しようとした跡もある。

 新選組隊士を狙う者――妖だけに限らず――や、血や怨念に呼ばれるものが、篁や閻魔王の予想を越えて数多いる。

 実際、今もぞろりと闇の中で蠢くものがそこここにある。

「よくもこれだけ集まるものだ」

 念のため、敵意を剥き出しにしている妖を数匹狩っておく。

「俺に狩られたくないだろう? 冥府へ連行されたくないだろう? だったらここへは手を出すな」

 見せしめの効果は抜群。ざあっと妖たちが引いていく。だが、これが維持できるのは、血の臭いがしない間だけだ。

「俺も、ここへ常駐したほうが良さそうだな……」

 雷微真君が、ここに気が付いて襲撃するのも時間の問題だろう。

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