見返り

 平均より背が高く、気取ったようなブロンドに染めた女がある男を待っていた。その男はいかにもどこにでもいそうな黒髪に銀縁眼鏡、そして深く刻まれた笑い皺。待ち合わせは午後5時。

「じゃあ、行こう」

 と女は歩き出す。カツカツと高いヒールをアスファルトに突き刺していく。数分歩きいつものカフェに入る。顔なじみの店員に二人共会釈をして着席した。

「私、お腹へってるからいっぱい貰おう。」

 そう言い店員に好きなだけ頼んだ。自分の希望を言い終わった後で

「あ、あとホットコーヒーをブラックでお願いします。」

 とだけ告げる。店員は男の方に目をやりコクンと頷いた。男も眉を少し下げコクンと頷いた。店員が厨房へと行ったのを見て女は耳打ちをした。

「ここね、もう閉店しちゃうんだって。」

 男は不意打ちの発言に目を見開いた。

「だから今日目一杯食べるつもりで来たの。」

 鼻息を荒くする女に男は愛おしげに目を細める。


「はぁーあ。食べたぁ。」

 頼んだものを完食した女は自慢げに膨れた腹をぽんぽんと叩いた。その手はいかにも力加減をしているようだった。少し間があき俯いた女は突然声を上げた。

「さてと!」

 いつの間にか待ち合わせをした路地に来ていた。

「実は報告があります。あのね、私妊娠したの。」

「おめでとう。」

「喜んでくれるかな…」

「もちろん。」

「いつまでも、」

 女はそっとカバンから包装されたリンドウの花を一輪男の足元へ添える。

「見守っていてねお父さん。」

 暗闇で振り返った猫の瞳の黄色が一瞬だけ消え、一つにゃあと鳴き男はいつの間にか消えていた。

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短編集 香炉木 @tottotto

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