ヤママユガ1
女はある決意をした。同僚の男に恋心を告げようと。偶然にもその日は課内で飲み会があり、その男も来るらしかった。タイムカードを切るまであと2時間程、あれこれとシミュレーションを幾度も考えるがそのどれもがうまくいかないのだ。真面目に考えるあまり目の前に立った上司の存在に気づかなかったがチラとこちらを見て
「顔色が悪いが、睡眠不足かね。さては、コレができたか。」
と、親指を立てた。否定の言葉を口にしかけると
「結構、結構。」
満足気に自席へ戻っていった。ここのところ女はろくに食事をしていなかった。恋ゆえにというわけでもなく、何故かお腹がすくことがないのだ。いつの間にかあと1時間程になっていた。
定時まで5分、4分とジィっと時計とにらめっこをするも驚くほどいい案は浮かんでこない。ついにタイムアップだ。飲み会の幹事が席を立ち、行きましょうと声をかけ始めた。男が行くのを確認し、女もついていった。
飲み会は至って普通の居酒屋で20人程集まったようだ。一番最後に入ったので最下座に座ることになった。男の姿が見当たらなかった。
「あっ悪い人数1人多かったみたいだ。」
幹事が何かに気づき声を上げる。視線の先には入り口に立つ男の姿だった。
「ごめんな席ないから、お誕生日席でもいいかな。」
「しょうがないなあ、ここ失礼しますね。」
いつの間にか座布団を持った男が女の斜め前に来ていた。突然の接近での動揺を顔に出さないように気をつけながら
「どうぞ。」
と一言告げた。男は一瞬の間女を見つめ何か言いたげに口を開いたが幹事が乾杯の音頭を取り始めたのでつぐんだ。20人もの宴会になるとやはり途中から誰がいたのかいなかったのかは曖昧になるもので、皆が酔っ払い初めた頃男は女を外に呼び出した。店の外に出ると冷たい風が頬を吹き少しだけ酔いを覚ます気がした。
「あのさ」
突然男が沈黙を破り発言する。少しだけ肩をビクつかせ答える。
「は、はい」
「君、今日の飲み会出席するんだったっけ。」
頭を、殴られたような気がした。
「俺幹事の奴と仲いいんだけど、リストに君の名前なかった気がするんだよな。」
「いや、別に来るのはいいんだけどさ、せめて幹事に一言あるといいよね。」
「…すみません。」
「あーごめん、怒ってはないよ。」
浮かれきった女の酔いは完全に覚め、恥ずかしさから頬は紅潮した。
「どうして突然来ようと思ったの。」
「あの、それは」
男は首を傾げ女を覗き込む。
「…あなたが好きです。」
女は俯き、男の返事を待った。返事は無い。ただ男の気配を感じていた。居酒屋で座っていた時よりも至近距離にいる。すぐ近くから男の鼻息が聞こえる。女は驚き、パッと顔を上げた。
「な、なんですかっ」
「あのさ、もしかして今日って最初から告白する気だったの。」
呆然とする女を無視し男は話を続ける。
「今日いつもよりフェロモン強いからさ。」
ポンポンと飛び出る衝撃の発言に女は卒倒しそうになる。
「い、言ってる意味が!わかりません!」
「あれ、そうなの。もしかして擬態種のことも知りませんーなんて言わないよね。」
「は、はい?」
「ふーんそっか知らないんだ。じゃあ、俺が飼い殺してあげるね。可愛いヤママユガちゃん。」
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