死神とデート
「お待たせ致しました!ネバーエンドです!」
嫌に陽気な声と共にウェイトレスがテーブルに置いた物体を見て、死神はぎょっと目を瞠った。ピッチャーに山と詰め込まれた生クリームにアイスにチョコレート、果物数種、そしてその上には、ぱちぱちと爆ぜる花火が刺さっている。物凄い光景だ。
「……凄いな」
ぼそりと呟いた声が聞こえたのだろう、ウェイトレスは小さくガッツポーズを取り、非常に楽しそうな声で声援を送ってきた。
「諦めないで頑張ってくださいっ!」
去っていくウェイトレスを茫然とした顔で見送る死神の耳に、可笑しそうな笑い声が届く。向かいに座った少女が、楽しそうに肩を震わせて笑っていた。
「一人で食えるのか、これ」
気まずそうに顔を曇らせ、死神が呟くのを聞き、少女はむっとして頬を膨らませる。
「貴方も食べるのよ、さあ」
細長いスプーンを押し付けられ、死神は思わず受け取ってしまった。まじまじとスプーンを見つめている死神を見て満足そうに笑うと、少女は突き刺さった花火を慎重に抜く。それから一緒に運ばれてきた皿にそれを置いて、いただきます、と小さな声で言いながら、白いクリームを掬い取って口に運んだ。途端、うっとりと満面の笑みを浮かべる。
「あまーい! こんな甘いの、食べたの久しぶり!」
8歳の時に入院してから、こういうのずっと憧れてたんだよね! そう言いながら、少女はニコニコ笑って二口目を掬った。死神もおずおずとスプーンでクリームを掬い取って口に運ぶ。途端、口元を抑えて項垂れた。
「……甘……い」
「……そんな、死にそうな声上げなくても」
少女は不本意そうに言いながらも嬉しそうにパフェをつついている。
「病院に入ってからずっと、憧れてばっかりだったんだー」
少女の声に、どことなく悲しげな色がこもる。
「彼氏とデートして、一緒にパフェ食べるの。漸く実現した」
少女の言葉に、死神はピタリとスプーンを動かす手を止めた。しばらく俯いた後、少女を見返す。
「……良かったのか、俺で」
「……ん」
小さく肯いてから、少女はまた、スプーンを動かし始めた。寂しそうではあったが、その表情は晴れやかだ。
「パパとママが病院に来なくなってから、ずっとお見舞いは貴方だったでしょ? 先生がなかなか教えてくれなかった事を最初に教えてくれたのも、貴方だった」
「……あいつらがずっとお前の事を気にかけていたから、気になっただけだ」
言いながら、表情を隠そうとするかのように、死神は二つあったブラウニーのうちの一つをつまみ、かじる。少女は顔をしかめる死神に苦笑しつつ、自分もブラウニーをつまんで口に運んだ。
「それにね、感謝してるんだ。入院した時、もってあと3年だって言われたけど……その3倍も生きちゃった」
ぺろ、と舌を出す茶目っ気のある少女の笑顔。死神は頭を振った。
「それは俺のせいじゃない。……お前の意思の強さが、鬼籍への記載を遅らせた。今日一日は……そのご褒美だ」
「じゃ、この髪もご褒美?」
少女は、長く伸ばした茶色がかったストレートヘアを、さらりと手にとって照明にかざす。放射線治療で抜け落ちた、嘗ては自慢だったさらさらの髪。死神はまぶしそうにその髪を眺め、またかぶりを振った。
「違う。それはお前の本当の姿が、そういう姿だからだ」
「じゃ、この姿でパパとママに会えるんだね」
嬉しそうに笑う少女は、髪から手を放し、またスプーンを構える。溶けかけたアイスクリームを掬って、死神に笑いかけた。
「ね、これからどうしよっか」
カラオケ? ショッピング? 映画とかいいなぁ。
すっかりデート気分の少女に、死神は頭を抱えそうになる。しかし、辛うじてそれだけは我慢して、ため息をつくにとどめた。
「最近の映画は知らんぞ」
「じゃ、ショッピング!」
「人通りが多い所はちょっと……」
「……カラオケは?」
「お前歌え。俺聞いてる」
なにそれー! と叫んで、少女は笑いだした。本当に彼氏にするには、明らかに落第点だ。
しかし、少女は上機嫌だった。最初で最後のデート、楽しまなければ損だと感じたらしい。
「……どうせ俺は……」
「ハイハイ、落ち込まない落ち込まない。いつもはどうか知らないけど、今日はデートに付き合ってね!」
落ち込む死神に、はやくはやく、溶けちゃうよ、といいながら、少女はパフェをつつく手を再開する。しかし、ふと何か思いついたのか、掬ったチョコレートアイスを、自分ではなく、死神の方に付きだしてきた。
「はい、バレンタインチョコ!」
「……は?」
「あーんして、あーん!」
嬉しそうにスプーンを揺らす少女に、死神は観念したように口を開く。差し込まれたスプーンに乗っていたチョコアイスを、死神が自分の舌に乗せたことを確認し、少女は手にしたスプーンだけをその口から抜いた。
「どう!?」
キラキラ輝く瞳を見返してから、死神は額に手をやって、低く呻く。
「……甘い」
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