1-7:破壊神、入居する

 大神裁定者ジャッジメントと呼ばれる者達がかつて異世界エンデ・ヘイムに存在していた。その者達の役割は世界における必要なものを分け、不要を消去すること。

 だからその者達に造られた少女もまた、同じ役割を担っていた。世界を粛清し、正すための力を持っている。

 世界にとって必要なものがあればいい、それだけ振り分ける機能を求められた少女には当然として人間的な感情は与えられなかった。

 最低限のものしか持たぬ少女、なにもない少女。だがそれだけではないと少女は教えられる――かの異世界転移者によって。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「可愛い~っ!」

「お、似合ってるじゃん。カワイイよー」


 かなた荘にあるフォリアの部屋からそんな千歳とジゼルの声が聞こえてくる。

 何に対して二人はそのようにいっているのかと言うと――


「私のお下がりでごめんねー、シャルちゃん」


 それはシャルと呼ばれている少女に対してだった。

 今のシャルの姿は先程までの――昨夜に着ていた簡易なワンピースのような服ではなく、年頃の少女が着ているような服に身を包んでいる。それは千歳が子供のころに着ていた服だった。

 フォリア達と一緒に夕食をとったあとで千歳は急いで近くにある実家へと戻り、昔の服を引っ張り出してきたのだ。千歳の両親が旅行中だったのは運が良かったといえるだろう。


「……」

「うぅ……やっぱりそっけない……」


 しかしながら装いを変えたシャルのその表情はあまり明るいものではなかった。着替え終わったらそのままジゼルの後ろにいき、千歳から身を隠してしまっている。

 千歳はそんなシャルの様子をみて悲しい気持ちになり、思わず千歳はジゼルに泣きついた。いまこの部屋で頼れる存在はジゼル以外にはいない。

 一馬は夕食を終えると寝るために自分の部屋へと戻り、部屋の主たるフォリアは何かを買い忘れたらしく外に出かけていってしまっている。なおミリイは未だに仕事中であり、ルーに関しては今の今までずっと眠ったままだった。


「ねぇ~、ジゼルはシャルちゃんとどういう話したの……?」

「いや、別にあっちの話だよ。最近のあいつらはどうだったかな~とかそういう感じ」


 そんな状況の中で千歳は今までシャルとほとんど会話していなかったジゼルが自分よりもこうして懐かれているのを見て、何があったのかを尋ねた。

 だがその答えは千歳には真似出来ないもので、千歳はますます肩を落としてしまう。


「うぅ、そっか……そういうの私には出来ないなぁ……」

「そんな気にすることないって。千歳だって優しくしてくれる人が外国人とかだったらちょっと戸惑うっしょ。そういうこと」


 ジゼルは肩を落とす千歳を慰めるのだが、その言葉はあまりにも突っ込みどころが多かった。

 いつも千歳だったのなら「え、そういう問題なの!?」や「異世界と外国を一緒にするの!?」とジゼルに突っ込んでいただろう。

 気落ちしている千歳に幸い、と言っていいのかは分からないが今の千歳にはそのように突っ込むことはなかった。


「うーん……ん? あぁ――」


 ジゼルとしてもそんな千歳を見て、どうしたものかと視線を宙に泳がせて――それに気付く。


「どうしたの? ジゼル」

「んっと……ちょっと用事思い出したから自分の部屋に戻るね。フォリアが戻ってきたら伝えといて」

「え!? ジ、ジゼル!?」


 千歳はジゼルの様子が変わったことに気付くのだが、それがなにを意味するのかが分からない。だからその事について千歳は聞こうとする。

 しかし千歳がそうするよりも早くジゼルは千歳に一方的に言って立ち上がった。


「んじゃ、シャルのこと頼むねー」


 そうしてそそくさとジゼルは部屋から出ていってしまい、部屋には千歳とシャルの二人だけが残されることになる。

 シャルがこの事に対してなにを感じているかについて千歳には分からない、千歳に分かるのはこの状況があまりにも厳しいということだった。

 千歳はこの状況をどうしたらいいのか分からず、ただただ困惑してしまう。


「えっと、二人きりになっちゃったね。シャルちゃん」

「……」

「他にもね、色んな服があるから……見る?」

「…………」


 とはいえただ戸惑っているばかりもしていられないと千歳は自身を奮い立たせてシャルに話しかける。室内に蔓延しつつある気まずい雰囲気を払拭するためだったのだが相変わらず反応が薄い。

 さしもの千歳といえどこうしてなにも反応を返してこないのは心に来るものがある。


(うぅ……話が続かないよぉ……)


 と、千歳が途方にくれようとしていた時であった、シャルが言葉を発したのは。


「……どうして」


 はじめて自分に対して声をかけてくれた事に千歳は驚きつつも、その言葉を聞き逃さないように努める。

 その言葉を遮らないように、まずはシャルの言葉を全部聞こうと千歳は思った。


「……どうして、あなたはわたしにこんなことするの? あなたにはわたしにかまう理由がないのに」

「うーん、どうしてかぁー……」


 シャルは今の今まで千歳に対してそう思っていたのだろうということが分かる。ずっと疑問に思っていたのだ。


 その疑問を聞いた千歳はどう答えたらいいのかを考えようとし――それを止める。

 シャルのことは一馬から話を聞いたが、その話を一割も理解できるかは千歳自身が怪しいと思っている。そんな自分がものを考えても仕方ないと思う。


 それにこういう時はどうすればいいかはもう分かりきっていた。そうやって違う世界を救ってきた幼馴染、鳴雨一馬をずっと見てきたのだから。

 鳴雨一馬ならばなにも考えずに、自分がどうしたいかを優先させるはずだ。

 だから正直に自分の心をそのままシャルに伝えることを決める。


「そんなのシャルちゃんと仲良くしたいから、だよ」

「…………?」


 自分で言って千歳は頷いた。一馬ならきっとこうするだろうと確信を持つ。

 一方、千歳の答えにシャルは首を傾げている。シャルには千歳の言う理由が分からないでいるのだ。

 それでも千歳はシャルに伝えようとする、自分の思ったことをそのまま伝えると決めたのだから。シャルが分からなくても話すだけだ、今はわからなくともいつかは分かってくれると信じて。


「うん、それ以外に理由なんてないよ」

「……いみがわからない」

「そうだね。でも、私はそんなものでいいと思うんだ。誰かと一緒にいたいかって」

「…………わからない」


 千歳の言葉にシャルはわからないと続ける、それを理解するように彼女は造られてはおらず理解できるほどの時間は経っていない。

 それは千歳には分からないことではあったが、わからないと繰り返すシャルを見て千歳はだったらと思い、それを伝えた。


「だったら、シャルちゃんに私のことを分かって欲しいからっていうのはどうかな? それでシャルちゃんの事も知りたいから一緒にいるの。仲良くしたいってことはそういうこと」

「――っ」

「あはは……ちょっと恥ずかしいね」


 そう言った千歳を見てシャルは驚いた。なぜなら千歳と同じ言葉を別の人間――鳴雨一馬からも言われたのだから。

 何もない自分の、その居場所すら意味をなくしたあの時の自分にかけてくれた言葉。あの言葉があったからこそ自分は今ここにいる。


 そうか、この人はかずまといっしょなんだとシャルは思い、だったら、とも思う。


 しかし千歳はそんなシャルには気づかないでいた。自分の言葉で照れくさくなってしまって宙に視線を泳がせている。

 シャルは何も言わなかった、千歳も言いたいことは全て言ったので話すことはなくなってしまっていた。


「……うん、わかった」


 それから短くない時間が経った後、シャルはゆっくりと口を開く。

 シャルの口から発せられたその言葉は千歳の言葉に対するはじめて肯定的な答えだった。


「それなら……いい」


 おずおずとシャルはちとせに向きあう。向き合っている千歳は満面の笑みだ。

 そして千歳はシャルに向かって手を差し出す、とても嬉しそうにシャルに向かってそれを言う。


「! えへへ、よろしくね。シャルちゃんっ」

「……よろしく……ちとせ」


 互いに挨拶を交わして二人は握手する。シャルはおっかなびっくりと言った様子ではあったが一度握ればしっかりと返してくれる。

 千歳にとってその感触は心地よいもので、愛おしいものだった。

 何かをしたわけでも、アドバイスを貰ったわけでもないが千歳は一馬に心のなかで感謝した。一馬ならばと思ったそれで、ここにたどり着けたのだから。


 ――と、仲睦まじく握手する二人を窓から見守る影が三人分あった。


「……どうやらうまくいったみたいですね」

「ふっふっふ……やはりこの俺だ。完璧な作戦だったな」

「いやいや……拗れたらどうしてたのよ……」


 それは部屋に戻ったはずの一馬であり、買い物に出たはずのフォリアであり、何か用事があったはずのジゼルであった。

 一馬は二人に千歳とシャルが仲良くなるきっかけを与えようと思い、連れ出したのである。

 とはいえ強引なやり方だったのでジゼルは眉をひそめて一馬を見る。話に乗ったとは言えもう少しスマートなやり方はあったのではないかと思うのだ。


「大丈夫だって、いけるって思ってたんだからさ。そういう時は大抵うまくいくのは知ってるだろ?」

「あー……まぁ、そうなんだけどさぁ~……」

「ふふっ、そうですね。一馬様はそういう人ですよね」


 そう言って一馬は二人に向かって笑いかけた、それに対し二人はそれぞれが別の反応をする。

 ジゼルは事実が事実ゆえに何も言えなくなっているがそれでも納得しかねている様であり――フォリアは一馬という存在ならばそうなってしまうというだろうなと納得しての笑顔だった。


 とはいえ流石に一馬もまた全くの無策という訳ではなかった。

 現在の一馬の周辺ではハプニングが起きやすい、例えば思わぬミスや思考が働いてしまいやすい状況にある。

 だからこそ通常時のシャルならば表に出てこないであろう本心が、その僅かな影響で自分の本心を出してしまったとも言えるだろう。


 とはいえそんなものはただの誤差とも言えるレベルでしかない、いくら理屈をこねくり回しても結局のところは賭けに勝ったと言うだけなのかもしれない。

 しかしそれを引き当てることが出来るからこそ数多の世界の危機を救った異世界転移者でもある。


「たっだいまー、ってみんなで中覗いてなにしてるの?」

「あ! ……ミリイ声が大きいっ!」


 そうして三人が顔を突き合わせていると、そこへミリイが近づき話しかけてきた。

 それも結構大きな声で、おそらくは室内の二人に聞こえるであろう大きさで。慌てて一馬がミリイを注意するがあまりに遅かった。


「…………みんな今までのこと……見てた?」


 すでに三人の目の前にはシャルを連れた千歳が立っていた。

 千歳は淡々とそれだけを聞いていた、普段の感情を爆発させるそれではない佇まいは妙な緊張感をその場にもたらす。


「お、おう……」

「……はい、気になってしまって」

「ごめんね、千歳ー。許してっ」


 一馬、フォリア、ジゼルは素直に謝る。いくら心配だったとは言え覗きはよくなかったと反省する。

 更にこのように見られていたのなら三人がわざわざあの状況を作り上げたということも千歳にも察しがつくだろう。


 千歳とシャルのためとはいえ、見世物になっていたこと思うと感謝よりも怒りのほうが来てしまうのは仕方のないことだろう。気を使っていたのだとしても、それはそれである。

 それにこうして結果を見ると心の中で一馬に感謝した自分が馬鹿みたいであった。


「え、これどういう状況なの? カズ、どういうこと。ねー教えてよー」


 それが分からないのは今さっき帰ってきたばかりのミリイだけだろう、ミリイは未だに何が起こったのか分からないでいる。

 一馬にくっついて説明を求めるがいまこの状況、千歳の目の前でそれを出来るものはいなかった。


「もう~っ! ミリイちゃん以外はそこに並びなさーいっ!」


 そしてついに爆発させた千歳の怒りの叫びが夜のかなた荘に響き渡った。

 ――ともあれ、これが昨夜に舞い降りた天使。破壊神、シャル・ヴァシュムがここに居着くことに決めた顛末である。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 -ステータス-


 破壊神:シャル・ヴァシュム――【脅威度リスク世界粛清級SSSランク

 タイプ:【特殊型スペシャル


 保有スキル:全87種

 <破壊神:SSS><麗しの容貌:A+><全種魔法:SS><世界粛清:SSS>

 <権能行使:SS><絶対存在:SSS><完全言語:SS><絶対防壁:SS>

 <神性:SSS><現象棄却:SS><異界侵蝕耐性:SSSS><因果掌握:SSS> 他多数



 ヒロイン属性スタイル――【マスコット

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