1-6:森の姫、買物する

 異世界エンデ・ヘイムに存在する魔境の森の奥に彼女はいた。彼女こそ世界に選ばれたともいうべき存在だっただろう。

 彼女は生まれながらに全てを持っていた。世界からの恩恵を、人々からの愛を、生活の豊かさを、誰もが全てを満たすことが叶わぬそれを彼女は満たしている。

 ゆえに彼女は何かをする必要はなく、何かを求めることもなかった。既にそれを持っているのだからなにかをすることに意味はない、と彼女は結論づけていた。

 しかしそれは昔の話である――なぜなら、かの異世界転移者がその無意味に意味を与えたのだから。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 昼休みが終わるとミリイはアパートへ戻ってから仕事に行った。アパートに戻ったのは当然、着替えるためだ。

 そして一馬達はと言えばミリイの事以外で特にハプニングは起こらずに学校が終わり、そのまま帰宅。そのままフォリアと買い物に行くこととなった。


 辺りは夕日で赤く染まっており、影は長く伸びている、いまは夕刻だった。


「ありがとうございます、一馬様、千歳様。荷物持ってくださって助かります」


 そう言ってフォリアは一馬と千歳に微笑みかけた。

 微笑むフォリアの横顔は夕日を浴びて幻想的であり、赤い光が透き通るフォリアの金色の髪は金糸を思わせるものであまりに美しい。今は彼女の一番の特徴とも言える長い耳は魔法によって隠している。


 一馬と千歳、フォリアの三人は赤い商店街を歩いている。夕食の買い物を終えて、帰ろうとしている段階だった。

 日常の中であっても幻想的に見える黄昏時、その中を行くフォリアは正に異世界の住人と呼ぶに相応しい幻想的な雰囲気そのものである。


「っ! そんないいよ、フォリアさん。私がついてきたかったから来たんだしっ」


 幻想的なフォリアに見惚れていた千歳は僅かに遅れてから慌てて返事をした。

 千歳は両腕を上げてぐっと小さくガッツポーズを作る。その両手には買い物袋が下げられている。


 当初は一人で買い物に行こうとしていたフォリアだが、そこに千歳と一馬がついていくことにした。というのがこうして三人で買い物をしていた理由である。

 フォリアに預けていたシャルについてだが、その辺りはジゼルが面倒をみてくれている、なんでもちょっと話したいことがあるとのことで快諾したのだ。


「ね、眠い……」


 そう呟く一馬は千歳と同じく両手に買い物袋を下げて、千歳と違いその足取りは重かった。とても眠そうだった。

 それもそのはずで徹夜した今の今まで一睡もしていない。授業中、休み時間の間も居眠りをしていない。


 居眠りをしなかったのは僅かでも教師陣の心証を良くしたかったためである。出席日数がギリギリという極限状態の中での教師の情けは重要だ。うまくやればおこぼれが貰える可能性もあるだろう。

 休み時間に眠らなかったのは一度眠れば起きる自信がなかったためである。それほどまでに肉体疲労は限界に達している。


 今日一日、一馬が居眠りをしなかったことは奇跡と言えよう。


「もうっ、フォリアさんがお弁当作ってくれたんだから手伝うって言ったのは一馬じゃない……頑張ろ?」

「……お、おう。その通りだ、俺はやるぜ。見ていてくれよな、俺の勇姿ってやつを!」


 そんな一馬がフォリアの買い物を手伝っているのは、千歳が言うように弁当を作ってくれたフォリアへのお礼である。流石に一馬と言えどフォリアに甘えたままではいられない。

 一馬は重い体に鞭を打ち、三人の中でも一番重い荷物を持っているのだった。

 とはいえフォリアとしてはそんなつもりでお弁当を作ったわけではなかったのだが、一馬達の好意を素直に受け取ったほうが二人も嬉しいだろうと思い手伝ってもらっている。


「そう言ってくださると助かります。お礼という訳ではありませんが……今日のご夕飯一緒にどうでしょう」

「お、いいのか? フォリアの作る飯うまいしな助かる!」


 それでも心苦しく思う――というよりも純粋にお返しがしたくてフォリアは新たに二人へお礼をすることを提案した。こうして人が人のために思い合うことはフォリアにとって心地よいことだ。


 一馬はフォリアの提案に素直に喜んだ。フォリアの料理はどれも絶品であり一馬としても毎日食べたいと思うほどである。

 そうフォリアに言えば喜んで作ってくれるかもしれないが、流石に一馬にも男としてのプライドがある。それにその好意に甘えては本格的に駄目になると思って自重していた。

 そう喜んでいる一馬に対し、千歳は恐る恐るといった様子でフォリアに話しかけた。


「……あの、私も手伝う……というか教えてもらってもいい? フォリアさんの料理、美味しいから」

「ええっ、分かりました! いいですよ、千歳様っ」


 フォリアに話しかける千歳の態度はフォリアを手伝うというよりもそれを習いたいという自分よりの話であるため、図々しいかなと思ったからこそのそれだった。

 千歳の頼みに対するフォリアは満面の笑みで答えた、自分が誰かのためになるというのはとても嬉しく思う。


 そしてフォリアは思い切って千歳が抱えている悩みに踏み込んだ、おそらくこちらの話の方が千歳はしたかったのだろう。先程の話も本当ではあるのだが、誤魔化しの方が大きい。


「……それで千歳様。なにかお話があるんでしょう?」


 フォリアに悩みがあることを当てられた千歳は驚いた、しかしすぐにそれも『かなわないなぁ』という顔になってそれを吐露した。

 それとはもちろんシャルとの関係性のことである、嫌われている状況を千歳はなんとかしたいと思っている。


「う、うん……その、シャルちゃんのことなんだけど……私、どうしたらいいのかなぁって」


 フォリアにそれを相談したのは学校にいる間にフォリアとシャルがそこそこ打ち解けたようだったからである。話を聞けば一緒に御飯を食べたり、遊んだりしたとのことだ。

 それは千歳にとっては羨ましいこの上ない事である、千歳は子供が好きなのである。

 一馬はそんな千歳の様子を見て一つ質問をした。


「千歳としてはどうしたいと思ってるんだ?」

「そんなの、当然、仲良くしたいって思ってるよ。シャルちゃん可愛いし、大家の娘だから気になるし、私自身そうしたいし」


 千歳ははっきりとそう答えた。後半部分はなんというか千歳なりの照れ隠しのようでもあった。


「……そうですか」

「そっか」


 それを聞いて一馬とフォリアの二人は頷き、笑みを浮かべた。二人のその笑みは慈しむそれだった。

 突然、笑みを浮かべた二人を見て千歳は意味がわからずに戸惑った。なにかおかしいことを言ったのだろうか、と少しだけ不安になる。


「え、なに? 二人共、どうしたの?」

「いや、千歳がそう思ってるんなら大丈夫だってな」

「はいっ、私も大丈夫だと思います」


 千歳が不安になったのを見て、一馬とフォリアは安心させるように大丈夫だと伝える。

 一馬としてはそれだけで十分だと思い、その先は言わなかったがフォリアはあえてそれを千歳に言うことにした。


「その……多分、千歳様みたいな方と触れ合う機会がなくて距離のとり方が分からないんだと思います。ですから千歳様が仲良くしたいって思うのなら分かってくれます」


 自分なりのシャルの所感を千歳に伝えた。まだ出会って一日くらいしか経ってはいないがそれでも分かることがある、それは少しだけ昔の自分に似ているということ。

 シャルを連れてきた一馬もまた同じことを思っていたため訂正はしない。シャルは千歳を信じていいのか迷っているだけなのだ。


「千歳様も、シャル様もいい人ですから」

「そ、そうかな~……なんか恥ずかしいよ……」


 最後にフォリアに褒められて千歳の顔は赤くなった、照れているのだ。

 だから照れ隠し半分、冗談半分で千歳はそんなことを二人に聞いてみたのだが――


「あ……でも、こう、なにか仲良くなれる方法があれば、教えてほしいんだけど……」

「頑張れ、千歳」

「頑張ってください、千歳様」


 あえなくそれは応援という形で一蹴された、人が仲良くなることに近道はない。地道な努力が一番なのだから。

 期待はしてはいなかったが、それでも何かあったらいいくらいの期待はしていたので少しだけ千歳は肩を落としてしまう。


「そ、そっか……じゃあ、うん、地道に頑張るよ!」


 とはいえやること自体は見えていると、千歳は自身に気合を入れて決意表明した――その瞬間だった。

 それが起こる前に一馬は気が付いたのだが間に合わない。


「……そうか、しまった!? 千歳、フォリア!」


 風が商店街に吹いた、それは正しく突風である。

 商店街の至る所にある垂れ幕が一斉になびき、ビラ配りをしていたものはビラが宙を舞い、表で商品を陳列していた店はその商品が飛ばされないように押さえつけるほどだった。


 当然、それは一馬達にも被害を及ぼすものでもあった。例えばそれは――


「きゃっ……!」

「うわっ、すごい風! ……って、これまさかっ!?」


 一馬が気づき、突風が吹いたことで千歳はこれがどういう結果をもたらすのかに気付く。対してフォリアはそれを知らぬため、一馬や千歳と同じ結論に至ることはない。

 しかし気付いたところでどうにもならぬことではあるが、知っていればその後の対処は可能となる――千歳とフォリアを分けたのはその差であろう。


「……すごい風でしたね。千歳様、一馬様。……あの、どうかなされましたか?」


 フォリアは突風に対して暢気に感想を述べていたが、一馬と千歳はそんなフォリアとは対象的だった。

 どちらもその顔は赤く、特に一馬はフォリアの方を見ないようにしている。


「あわわ……フォリアさんっ!」

「がっつりと、その見えてる……」


 ――そう突風がもたらした被害とは千歳とフォリアのスカートにある。

 強風により一馬の目には二つの下半身に纏う布の向こうが見えてしまっていた。それはどちらも可愛らしいデザインのそれ、しかしフォリアの方が少しだけ大人びた印象があった。


 二人とも両腕が買い物袋で塞がっていたため、回避は不能ではあったがその情報を知っていた千歳は被害を最小限――僅かな時間だけ済んだがフォリアはそうは行かない。

 いまもまだ、スカートは風に煽られた影響で軒先にある人形に引っかかってしまったため下着が見えたままとなっている。それも結構、大胆に。


「? え……?」


 二人から指摘され、自身が確認したことでフォリアは自分の状況を理解する、理解してしまう。

 次の瞬間には自身の身なりを直し、その場にうずくまってしまう。顔は羞恥で真っ赤に染まり、その両目には涙を溜めていた。一番の変化は魔法によって隠されていた耳が現れてしまったことだろう。


「っ~~~~~!! ……一馬様、その……見られましたか?」


 ゆっくりとフォリアは一馬の方を向いてそれを尋ねる。その時のフォリアの顔はいかにも泣き出しそうだった。

 フォリアには尋ねずともその答えは分かりきっていたが、万が一という可能性に賭けてのことである。


 しかし一馬はありのままを話すしかなかった、ここで嘘をついたところでフォリアには分かってしまうだろうと思ったから。


「……申し訳ない、見えてしまった」

「うぅ……恥ずかしいです……」


 一馬が正直に答えたことでフォリアは顔を両手で隠したまま、その場から動かなくなってしまった。顔は見えないが長い耳は赤く染まり、上下に激しく動く。

 あまりその話をしたくはない千歳ではあったが確認せざるを得なかった、今回のこれもミリイと同じことなのかと。 


「……えっと、一馬。その、これもそうなの?」

「……うむ、マジですまん。本当にそう思ってる」


 一馬もそれに申し開きはせずに潔く肯定した。それはあまりに男らしいそれであったがこんな男らしさなどいらないと千歳は思い、頭を抱える。

 そして千歳のそれは商店街に響き渡った、正しく魂の叫びだっただろう。


「あ、あのね~~っ!! も~っ!!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 -ステータス-


 森の姫:フォリア・ラ・ルーフェルト――【脅威度リスク世界浄化級SSランク

 タイプ:【回復型ヒーラー


 保有スキル:全311種

 <王家の血統:S><世界浄化:A+><全種魔法:SS><絶世の美女:SSS>

 <自然の寵愛:SSS><全種魔法:SS><完全言語:SS><言語理解:SS>

 <動物会話:A+><完全耐性:B><精霊の加護:SS><資産運用:A+>

 <学術理解:S><古代知識:A><政治判断:A+><カリスマ:A+>

 <因果防壁:S><概念防壁:A+><人心掌握:S><礼儀作法:S>

 <神算鬼謀:B><異界理解:B><異界侵蝕耐性:SSS><空間跳躍:A> 他多数



 ヒロイン属性スタイル――【新妻スイート

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