1-5:神獣の巫女、潜入する

 異世界エンデ・ヘイムには世界を支え、この世界の概念の結晶たる四匹の神獣が居る。神獣達は世界の理たる権能を持ち、それらの概念をもって世界へと干渉する。

 世界の住人達にとって神獣達は恩恵であり、また脅威でもあった。長い時の中で住人達は神獣達と共存すべく、心を通わせる事の出来る血族を作り出した。

 その血族の名を獣の民、その中でも神獣と直接、意思の疎通が出来るものは巫女と呼ばれ世界の中でも特別な存在として崇められるようになる。

 だがそこに巫女本人の人間性など求められていなかった。人々が求めたのは神獣と意思疎通を行えるという権能のみ、それ以外は不要な機能であった。

 故に巫女には名前が、己というものがなかった――かの異世界転移者と出会うまでは。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 時刻は周り時計の針は長針と短針のどちらともが頂点を示していた。現在の時刻は十二時、昼休みである。

 この時間の生徒達は思い思いの場所で昼食をとっているのだが、今の一馬と千歳にはその余裕はない。

 二人は息を切らせて、一人の少女と共にこの学校で人目につかない校舎裏にいる。その理由はと言えば――


「ごめんなさいっ。カズ、千歳ちゃん」


 それはいま一馬達に謝っている少女、それもとびきりの美少女にある。

 身長は平均よりもやや低めではあるが均整のとれた体型プロポーションとすらりと伸びた長い脚、小さな顔に大きな瞳。見るものを惹きつけてやまない魅力を持つ少女だった。今は一番の特徴である獣のような耳を変身させて誤魔化している。

 彼女の名前はミリイ。異世界において世界そのものと言える四神獣と意思疎通を可能とする神獣の巫女。

 そしてこの世界では明星未莉あかほしみりという名前を持つ少女であり――アイドルだった。


「まさか、あんなに大騒ぎなっちゃうなんて。ほんとにごめんねっ」

「なにがごめんだ。わざとじゃねえか、お前だったらこっそり弁当、渡せただろ」

「いやぁ、カズの事びっくりさせたくなっちゃって……こっそりでも普通に渡しても驚かないから。あはは」

「だからっていきなり抱きつく事ないじゃねぇか……」


 事のあらましを要約するのなら、弁当を忘れた一馬にミリイが届けるために学校へやってきたという話になる。今日は学食は休みのため昼食を持参しなければならなかった。

 問題だったのはミリイがそんじょそこらのアイドルとは比べ物にならないレベルのアイドルということである。

 明星未莉あかほしみりというアイドルは一年ほど前に彗星のごとく現れ、瞬く間に日本国内からの人気を獲得しているレベルのアイドル。その名を知らぬものはいないと言っても過言ではないというほどだ。

 そんなアイドルが一男子に弁当を持ってくるだけでも十分なのに――さらにミリイは一馬に抱きついてしまったのだ、騒ぎにならぬはずがない。


「……でも、びっくりしたでしょ? カズ」

「ああ、全くそのとおりだよ。……心臓に悪い」


 ミリイは小悪魔的な笑みを浮かべて一馬の顔を覗いてくる。ミリイの目に映る一馬の顔は赤い。

 それは一馬が徹夜明けで残り少ない体力で走ったからというだけではなくもう一つ理由がある。それは未だに一馬自身の胸板に残ったミリイが抱きついてきた時の感触が関係している、大きいというわけではないがそれは小振りでバランスのいい感触。


 意識してしまうと自然と一馬の視線はそちらの方へ向いてしまいそうになる。ミリイの胸にある、ちょうどいいバランスの魅力そのものに。

 しかし一馬がそうすることはなかった。それは一馬に注がれる千歳の冷たい視線に気づいていたからだ。


「えっと、一馬……私、注意した方がいい?」

「いや、いい。わかってる、そういうのよくないんだよな」

「よろしいっ」


 滅多にしないその冷たい視線の意味を察した一馬は即座に自らの罪を認める。

 この幼馴染に対して下手な誤魔化しなどは全く意味がないと一馬は判断をしたからだ、スキルを使って確認するまでもない当然の事実なのだ。

 一馬は罪を認めたが千歳にはまだ言うことが残っていた。それは一馬に対してではなくこの場に居るもう一人の少女ミリイにである。


「もう、千歳ちゃんってば。あともう少しだったのに~、駄目だよ」

「ちょっとミリちゃん! それ私の台詞だからね!? もうっ、ああいうのは駄目だと思うよ……はらはらしちゃった」

「えへへ……ごめんなさーい」


 ミリイの千歳をからかうようなそれに思わず千歳は突っ込みを入れてからミリイに注意した。それはミリイのアイドルの立場を、年頃の女の子としてのそれを気遣ってのことである。

 それが分かるからこそ素直にミリイは反省をする。しかしそうやって千歳が注意してくれたり、一馬が純情ピュアな反応をしてくれるのは嬉しく、楽しいことだったのでミリイはほどほどに自重しつつまたやりたいなどととも思っていた。

 迷惑にならない範囲で悪戯をしたい、という困った反省だった。


「はい、飲み物買ってきたよー。えっと、ミリはこれでいいんだっけ?」


 話が一段落した頃にジゼルがこちらへとやってきた。今の恰好はジュースを人数分抱え、手には千歳と自分の弁当を持っている状態だ。

 今までジゼルはミリイが騒ぎを起こした後始末をしていたのでこうして合流する形となっている。


「あ、はい! どうもすみません、先輩!」

「ごめんねジゼル、色々押し付けちゃって……ありがと。はい、お金」

「いーの、いーの。身内がやっちゃったんだし、あたしがなんとかするのは当然っしょ」


 当事者であるミリイは当然のことだが、千歳もジゼルに負担をかけてしまったことを謝る。

 ジゼルは千歳が責任を感じる必要はないと思ってるので明るい調子だった、千歳はミリイを注意したのだしお互いにやるべきことをやっただろう。


「そうそう、千歳。ジゼルに甘えとけ、甘えとけ」

「……カズマ、アンタにも責任あるんだからね?」


 そう言いのける一馬にジゼルは不服そうな目を向けて思う。

 一馬はそんなことをのうのうと言わないで欲しい、アンタは少しくらい責任を感じてくれ、と。


「えっとそれじゃあ、これフォリアさんからね。フォリアさん、シャルちゃんがいるから来れなくて」

「おう、ありがと。……ミリイも食ってくか? 明らかにこの量はそうしろって言ってるだろ」

「そうだね、ミリイちゃんも一緒に食べてって。もう、人目を気にしなくてもいいし」

「え、いいの? じゃあ……お言葉に甘えちゃうねっ」

「はい、これ千歳のお弁当。あの後、持ってきたんだー」


 ミリイから一馬に渡された弁当は弁当というよりもそれは重箱である。それはフォリアがミリイも一緒に昼食をともにとることを見越して作ったことも分かる。

 だから一馬はミリイと一緒に食べることを提案した。正直に言えば今の一馬にとってはちょうどいい量ではあったのだが、それは言わないほうがいいだろう。

 それに千歳も乗って昼食の準備を始める、千歳の弁当はジゼルが持ってきてくれていた。


 昼食の準備が整い、四人は校内の人気のない場所でひっそりと昼食をとりはじめた。

 四人がおかずを分け合う中でミリイは缶の蓋を開けようとする。その瞬間に一馬はあることに気づき声を上げた。


「……そうか、そういうことだったか。気をつけろ、ミリイ!」

「え? カズ、なに――」


 ミリイがそう言ってプルタブを開けると、いきなり炭酸ジュースの中身が吹き出してミリイの身体を濡らした。

 それを見て一馬はしまったと思い、同時に仕方がないとも思っていた。やはりこうなってしまったかという風である。


「あ、ミリちゃん大丈夫!? 珍しいね、こんなこと」

「うえー、びしょびしょー……こんなとこまで濡れてるしぃ、もーっ!」

「え、あ、ちょっ。ミリ、大丈夫!?」


 千歳は濡れたミリイの顔を拭きながら心配しており、ジゼルは自分が買ってきたジュースでこんなことになるとは思ってなかったので行動が遅れた。

 炭酸ジュースで身体を濡らしたミリイは不快そうにしていた、その様子からかなり濡れてしまったのだろうと分かる。

 あまりに不快なのでミリイは自身の服に手をかけ始めた。


「ん、しょっ、と」

「ちょ、ミリちゃん!?」

「お、おい! ミリイ!?」


 そしてミリイは上着を脱いでしまった。それに一馬と千歳は驚くのも当然だろう、特に一馬は異世界転移者とはいえ男なのだ。

 ミリイは上着のみならず中までも濡れてしまっていた。白いブラウスは濡れて――薄っすらと肌が、下着が、透けている。

 水分を含んだ服は自然とミリイの肢体を強調するように張り付いて、ミリイの体型プロポーションが露わになってしまっていた。


「まてまて、おい! これ羽織れ!」

「う、うん! あとこれで拭いて、ハンカチ!」

「うー……ありがと、カズ……千歳ちゃん……」


 慌てて一馬は上着を千歳はハンカチをミリイに渡す。いくら人気のない所とはいえ誰かに見られたら大事であるし、まず勘違いされるであろう。

 ミリイは一馬の上着を羽織り、その下でハンカチで身体についたジュースを拭い始める。

 近くに居た千歳はブラウスの隙間から水分を拭う姿が見えてしまい頬が熱くなるのを感じた。また一馬もミリイを直接は見てはいないが近くで女の子がそのようにしていることは緊張せざるを得ない。

 しかしジゼルは二人がミリイのその姿にうろたえているのをよそにあることに気づき、一馬にそれを尋ねる。


「……カズマ、アンタなんか気付いたっぽいけど心当たりでもあるの?」

「あー、これは……多分、俺とルーのせいでこういうハプニングが起きやすい形で運命が偏っちまった。気をつけていたんだけどなぁ」


 一馬はジゼルの問いに何回かの咳払い後に答えた。濡れたミリイの姿をどうも意識してしまっているようである。


 どうも一馬達にしては起こり得ないミスが多いことに一馬はそれを不可解と思っていたが原因は――昨夜の一馬とルーの人為的な運命の調整ということに行き着いた。

 一馬とルーは運命の調整に対し細心の注意を払っていたのだが、力尽きてしまったことにより中途半端に終わった結果がこれである。一馬の周囲限定ではあるが大事には至らないが様々な小さいハプニングが起こりやすい形で運命が偏ってしまっている。


 一馬が弁当を忘れてしまったのも、ミリイがつい悪戯心を発揮してしまったのも、炭酸ジュースの炭酸が溜まっていたことにジゼルが気が付かなかったのも、炭酸ジュースが暴発しミリイにかかったのもそれが原因である。

 また一馬自身が超級異世界転移者であるためその影響を受けない存在は非常に少ないのが厄介なところもでもあった。


 そして千歳としては原因が分かりただ納得するだけにとどまらず、頭を抱えて――


「ばっかじゃないのーっ!?」


 と一馬に向かって言うのだった。それに一馬は流石に悪いという顔をして、ジゼルはあまりの馬鹿らしさに呆れ果てている。

 身体を拭っていたミリイはその三人の姿をみて、ふと自分の口角が緩むのを感じていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「なぁ……なんでそんなにつまんなそうなんだ?」

「つまらなさそう……? どういうこと」


 少年は少女に対して会ってからずっと疑問に思っていた事を尋ねた。

 しかし少女はその意味が分からなかった、言葉の意味を理解していない。


「これは重症だな……よし!」


 少女の様子を見て少年はそれを決めた。この世界に来る前から少年はそうだったのだから。

 己のしたいことがあるのならまずは優先させる。それが少年のポリシーであった。 


「じゃあ俺がお前にいろんなことを教えてやる! そうすりゃお前がどうしたいとかそういうのも分かるだろ!」

「え……別にそんなのいらない」

「いーや、いらなくない。絶対に必要だ! だから今は俺の言うことを聞け!」

「う、うん……わ、分かった……」


 強引に話をすすめる少年に対し、少女は抵抗を試みるが結局はその勢いに負けてしまった。

 それも仕方のない話といえるだろう。その少女はそうであれと望まれ続け、己というものを未だに持ち合わせていなかったのだから。


「よし、まずはそうだな……よし、それじゃこれから俺のことを――」


 そして少年は無理やり少女の手を引いて、この世界には色んな楽しいことがあることを教え始めるのだった。



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 かつての自分を思い出せば、今をこうして過ごしているのは不思議なものだと思う。

 だからなんとなくお礼を言いたい気持ちになったミリイは、かつての呼び名で呼んだ。自己満足なのだから自分だけにしか聞こえないようなそれで。


「私の手をここまで引っ張ってくれてありがとね――師匠」



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 -ステータス-


 神獣の巫女:ミリイ――【脅威度リスク国家壊滅~世界崩壊級B~SSランク

 タイプ:【強化型エンチャント


 保有スキル:全110種

 <神獣の巫女:SSS><降神術:SSS><召喚術:SS><天性の肉体:SSS>

 <自然の寵愛:S><超直感:S><継承適正:SS><世界崩壊:EX>

 <意志感応:SS><意思伝達:SS><完全言語:SSS><真祖の血統:A+>

 <四神獣の契約:SSS><契約作成:SS><精霊の加護:A><動物会話:SSS>

 <病魔耐性:S><毒耐性:S> 他多数



 ヒロイン属性スタイル――【弟子プロデュース

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