1-4:守護神竜、会話する

 ――かつて世界を創り給うた創造神は、かの世界を外なる死から内なる死から守るために一匹の守護神竜を生み出した。名をジゼル・ヘイム。


 その役目は大別して二つあった――一つは外なる世界からより現れし災厄から異世界エンデ・ヘイムを防衛すること、もう一つは異世界エンデ・ヘイム自体に自滅の兆候が現れた場合に『静かなる死』を実行すること。


 『静かなる死』、それは異世界エンデ・ヘイムに住まう全ての生者数の調整、やがて訪れる自滅の前に世界をやり直す機構。それは誰もが覆すことの出来ない絶対的な決定

 しかし今はもう絶対ではない、そうだったのは過去の事――なぜならば、その決定はかの異世界転移者の手により覆されたからである。


 彼がどのようにして『静かなる死』の決定を覆したかを知るものは、当事者であるかの異世界転移者と守護神竜を除いて存在しない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その空間にあるのは一匹の竜と一人の少年の姿だけだった。

 互いに満身創痍ではあったが、竜の方は身を横たえ、少年は未だ立って剣を構えたままだ。既に勝敗は決した。

 身を横たえている竜、守護神竜ジゼル・ヘイムに健在だった時の面影はない。その身を覆う虹色に光り輝く竜鱗の輝きは鈍り、万能とも言えたその権能は全てが剥がされた。


「……なぜ、貴様はそこまで私に拘る」


 剣を持つ少年――鳴雨一馬なるさめかずまは守護神竜ジゼル・ヘイムを討つことが可能であるのに、なぜそうしないのかジゼル・ヘイムには理解出来なかった。だからジゼル・ヘイムは一馬に問わざるを得なかった。


「俺のポリシーっていうか……まぁ、そういうやつだよ。誰かが嫌がってることはなるべくさせたくねぇ、それだけなんだ」


 一馬の答えはジゼル・ヘイムを納得させるものではなかった、それはあまりに一馬の極めて個人的な感情、自己満足過ぎる答え。だがそこに嘘はない、それだけで一馬は動いている。

 この異世界の人間のみならず、ジゼル・ヘイムも一馬は助けたいと思っているのだ。ジゼル・ヘイムは『静かなる死』を望んでいないのだから。


「頼むよ――人を信じてくれ、守護神竜ジゼル。この先も人を見守ってくれ」

「――――ッ」


 自分の守ってきた、見てきた世界をもう一度、信じてくれ。と一馬はジゼル・ヘイムに頭を下げて、願う。

 ジゼル・ヘイムは思わず息を呑み、一馬のその姿を見て考える。その時間は無限のように長くも、瞬きのように短くも思えるものだった。

 その時間の果てについにジゼル・ヘイムは、一つの結論を出した。


「……分かった。異世界転移者、貴様を信じてみよう」


 守護神竜ジゼル・ヘイムは一馬の説得に応じて、『静かなる死』を停止させた。

 一馬の言うとおりに信じてみたくなった、この先の人の可能性を見たくなったのだ。

 ジゼル・ヘイムの選択を一馬は満足そうに見届けてから、唐突にそれを切り出した。


「よし、んじゃ行こうぜ。ジゼル・ヘイム!」

「貴様は……何を言っているのだ?」


 当然、ジゼル・ヘイムは困惑する。一馬がなにをしようとしているのか理解が出来ない。

 しかし一馬はその姿をみてまるでいたずらを思いついた子供のようにに笑い、堂々とそれを言う。


「人を見定めるにはこんなとこじゃ全然遠いだろ? そうすんならなるべく近くで見なきゃな、っつーことでまずは俺に付き合え!」



 長い時の中、世界の外側で世界を見守ってきた守護神竜を世界の一員とするために。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一馬と千歳は予鈴がなる前になんとか教室へ到着することが出来、遅刻にならずに済む。

 二人はアパートから教室までずっと走ってきたためどちらも息を切らしており、身なりも乱れている状態である。なおこの時の一馬は徹夜明けの上に朝食を採っていないため息も絶え絶えな超級異世界転移者にしてはあまりに無様な姿だった。


 二人が自らの席へと向かうと、二人の近くに席がある一人のだらしのない女生徒が手を振って、二人を出迎えた。その笑顔は人懐っこい笑み。


「ちーっす、二人ともおっはよー。それにしても遅かったねー、ギリギリだしどしたの?」


 だらしがない――と言っても女生徒のそれは不精というわけではなく、髪のセットから爪の先まできっちり手入れをしているのは見て分かる。むしろ朝から気合が入っているとも言っても良い。

 しかし制服を大胆に着崩してるため、だらしのない印象の方が強いのだ。いわゆるギャルと呼ばれるタイプの女子。


 その女生徒の名前は市井瑠美しせいるみ。一馬と千歳のクラスメイトである。

 瑠美が二人に遅れた理由を尋ねると、一馬はまったく悪びれずに、千歳は呆れながら答えた。


「うん、ちょっと一馬がね……まさかあんなに馬鹿だとは思わなかった……」

「馬鹿ってなんだよ、馬鹿って。俺とルーが一度でも始めたら必ず決着は付けなきゃいけねえからな、こればっかりは譲れねぇ」

「私としては節度を守って欲しいって話をしてるんだけど?……ルーちゃんに夜更かしさせるのもどうかと思うし」


 その二人のやり取りで何があったのかを察すると瑠美は眉をひそめると同時に納得もした。

 一馬とルーの間に止める誰かがいなければそうならざるをえないとまで考えている。


「えー、まさか徹夜でルーとゲームやってたの。カズマの今の出席日数で? ありえなくない?」


 しかしだからといってそのままその事実を無視するわけにもいかないだろうと、瑠美は思う。

 既に千歳に注意されているとは思うが念のために釘を刺すという意味で瑠美なりに注意をした。

 思わず千歳は瑠美の手を取り、その名を呼んだ。


「だよねっ! そう思うよね、ジゼルさんっ!」


 今の彼女に昨日の夜にあった竜の角は存在しない、時と場所を考えて姿を弁えている。

 市井瑠美しせいるみ。彼女の本当の名前はジゼル・ヘイム、かの異世界の守護神竜。当然、市井瑠美しせいるみはこの世界の偽名。

 一馬がかの世界の一員とするために、まずは試しにとこの世界に守護神竜を連れ込んでみたらこうなってしまった。


 ――かつて異世界を守護し、その役目に苦しんでいた守護神竜はギャルとなっていた。


 なぜジゼルがギャルとなったかは彼女を連れ出した一馬にも分からない。理由を尋ねはしたがそれは一馬に全く理解のできないものだったためである。

 その際に守護神竜たる彼女を知る一馬以外の当時、先にかなた荘に住んでいた二人――フォリアとミリイが大騒ぎしたことは言うまでもない。特にミリイは彼女の出自ゆえに卒倒してしまった。

 ちなみにこの世界でジゼルという名前は市井瑠美のあだ名であり、一馬はそれを面倒くさいなと思っている。


「さんは止めてってば千歳ー。ウチらクラスメイトで友達じゃんか」

「う、うーん……それは分かってるんだけど……」


 かつての守護神竜である彼女を知るものならば、千歳の行動は恐れの多いものではあったがジゼルは気にしない。

 それどころか、さんづけで呼ばれることすら嫌がる始末というくらいにめちゃくちゃ気さくなギャルだった。


 千歳は守護神竜の事を一応、そういう存在だと一馬から聞かされて知ってはいるが理解していない。魔王ルーを始めとした他の異世界人も同じ認識だ。

 ではそんな千歳がなぜジゼルさんと呼んでしまったかと言えば、それはジゼルが来たばかりの頃はそう呼んだほうが自然なキャラクター性だったからである。その名残だった。

 その頃を思い出しもするから余計に千歳にさんづけされたくないんだろうな、などと一馬は死にかけた頭でぼんやりと考えていた。


「もー、アレコレ言い訳するの禁止! オッケー?」

「う、うん」

「じゃあ、いってみよーか。さん、はい」

「……ジ、ジゼル」

「よーし! いい子だねー、千歳は」


 色々とまくし立ててジゼルは千歳に自分の名前を言わせようとし、千歳はその押しの強さに負けて言ってしまう。

 千歳に呼び捨てされたことにジゼルは満足すると千歳に抱きつく。かつて世界を外側から見ているだけの守護神竜はめちゃくちゃ人間関係の距離が近くなっていた。


「それにしても千歳髪の毛ボサボサだねー、ほんと台無し。ありえないって、ちょっと直したげるからあっち向いてー」

「ありがとー。ほんとにジゼルってこういうの上手いからつい任せちゃって、ごめんね」

「いーの、いーの。あたしと千歳の仲じゃん? 褒めてくれるの嬉しいし」


 そのままジゼルは乱れた千歳の髪をセットしはじめた。

 千歳の髪を弄るジゼルの手つきは随分と慣れたものであり、乱れていた千歳の髪はいつものそれへと戻る。


「んー、バッチシ! よし、カワイくなったよ千歳っ!」

「ありがとう、ジゼルー。助かったよ~」


 ジゼルはコスメポーチから鏡を出して千歳に確認してもらった。どうやら千歳の反応を見る限りではいつもよりも良いものになったらしい。

 一応、一馬にも高すぎる基本性能スペックゆえにその違いは分かったのだが個人的であり、異性の視点に基づく価値観に全然理解できなかった。なにが良くなったというのだろう。

 未だに調子の戻らぬ頭でそんなことを考えていた時、ジゼルの言葉の一つに以前から感じていた違和感を思い出した。


「……俺、ずっと疑問に思ってたんだけど」

「んー? なーに、カズマー」

「ジゼルの可愛いが俺には全然わかんないんだけど……少し前の話になるけど魔王のこと可愛いって言ってぶん殴っていただろ」

「え゛」


 一馬はその違和感、疑問をジゼルにぶつける。またいきなり変な方向で話をふられてしまった千歳は急に話の中心にされたことと、その内容自体に驚いて思わず変な声を出していた。

 魔王との戦いを聞いていたが詳細を知らなかった千歳としてはその話ははじめて聞くものだ。それにしてもかわいいとは、一体と千歳は思う。


「あの根暗野郎、体の半身がタコとかイカみたいな触手だったりしてただろ……アレと千歳も一緒なのか?」

「え、えっと……」


 一馬の話してくる話の内容に困惑している千歳は何を言って良いのか、どう突っ込んだらいいのかわからなくなっていた。

 とりあえず、ぱっと千歳の脳内に思い浮かんだのは『ルーちゃんの前の人ってかわいいかわいい言われて倒されたの!?』『魔王を根暗野郎って、相変わらずひどいね!?』『そういうのがかわいいってどういうこと!?』あたりだった。

 突っ込んだらキリがないと言えよう。

 ジゼルは一馬の疑問に頬を膨らませながら反論して、同じ女性である困惑している千歳に同意を求めた。


「えー、全然違うしー、そのカワイイと今のカワイイは別だしー。女のコのカワイイはいっぱいあるんだよねー。ねー、千歳ー」

「うーん、確かに可愛いはいっぱいあると思うけど……えぇ……?」

「ほらー! 千歳もそう言ってんだから違うっての分かってよねー」


 千歳は確かに女の子の可愛いには色々な意味があることを理解しているが、それでも半身がタコやイカのような触手を生やした存在を可愛いと思うかは別の話である。

 だがジゼルはそんな千歳の戸惑いを無視して、同意した部分を強調した。


「いや、千歳もなんか含みある感じじゃねえか」

「はい! この話はおしまーい! 第一、男のコのカズマにはわかんないしっ!」


 一馬の突っ込みを無視してジゼルは一方的に話を打ち切った。

 確かに女子の価値観――それも守護神竜からギャルになったジゼルの考えること、可愛さなど一馬に理解できそうにもない。そう一馬は納得しようとする。

 そしてジゼルは一馬が諦めたことが分かると、別の話を切り出す。


「――で、話は変わるんだけどさ。ねぇ、カズマ?」

「あん? なんだよ」

「昨日はこう、聞かないで良いかなーとか思ってたんだけどやっぱ気になっちゃって」

「だからなんだって、言ってみろよ」


 先ほどまでの態度から一変して歯切れの悪そうに話をすすめるジゼルに一馬は訝しむ。

 言葉を濁すのはジゼルにしては珍しいことであるため、横で見ている千歳も何があるのだろうと興味を持つ。あまり込み入ったことは聞くべきではないが、ジゼルの事が知りたいとも思ったからだ。


「あのさ、『神域絶界ラスト・オラトリオ』の奴らとカズマバトったっしょ? そのことでさー、あたし、あっちの世界守んのやめちゃったわけじゃない。そのことで色々迷惑ちゃったし、かといってなんか助けようにももうカズマが倒しちゃったし」

「だーかーらー、なにが聞きたいんだ?」

「……あいつら、なんか言ってたら聞いとこうと思って」


 いい加減に結論を言えと急かすことでジゼルはようやくそれを言う事が出来た。

 裏切ったとは行かなくても自分の個人的感情でかつての同胞に背を向けたのだ、思うところがあるのは当然の話である。

 千歳は一馬はそのことかと理解して、どう言ったものかと考えてから――そのことについて話すことを決めた。


「蜥蜴風情だとさ」

「は? どういうこと?」


 その第一声はあまりに端的に過ぎたものであったため、ジゼルは一馬が何を言ったのか理解できずにいる。

 ジゼルのその様子を見てから一馬は順を追って話はじめる。はじめに端的に言ったのは先に情報を出すことでその後の受け取り方に余裕をもたせるという意図によるものだ。

 別にジゼルがそれでショックを受けるとは思ってはいないが、それはあまりもあまりな話だったため配慮している


「いや、俺。一応、お前を倒したことになってんじゃん? だからあいつらもそのことについてなんか言いたくなったんだよ」

「え、別に負けてないし。あたし、負けてないし」


 別のところで食って掛かるジゼルだったが一馬は無視することに決めた。そう言ったのは一馬ではなくあの神気取りの連中からであり一馬に発言の責任はない。

 第一にあの時は確実に一馬が勝っていたのでこのことを掘り下げるとこじれることが目に見えている。


「んー、確か……『守護神竜と名乗ってはいるが所詮、奴など世界を護る事を使命とされた番犬にしか過ぎぬ――いや、使命を放棄した今、犬畜生以下の蜥蜴であったか。そのような蜥蜴風情と我ら、世界の粛清者たる大神裁定者ジャッジメントを同じと思うな』……って言ってた、だいたいこんな感じだった」

「…………」


 一馬は一語一句違えずにジゼルにそれを伝え、それに対してあまりな話だと千歳は思った、あまりに酷い。

 確かに自分の仕事を放棄したことは責められても仕方のないことだと思うがあまりに度が過ぎている。興味本位で聞いたことに千歳は後悔をしたが、それよりも気になるのはジゼルの方だった。

 かつての仲間だと思っていた者たちからそのように思われていたことを知り、その怒りはどれほどのものなのだろうと千歳はジゼルの顔を伺う。


「はぁ!? ちょっ、ありえなくない!? ……えぇー、あいつらあたしのことそんな風に思ってたんだ。マジ最悪~」


 千歳の考えるよりもジゼルのテンションは予想よりも遥かに軽い調子であった。


 かつての世界を管理する同胞からそのように侮蔑されたことを知ったジゼルの怒りは完全に女子高生が友達に陰口を言われていたことを知った時のそれだった。

 事実、そういう話なのだけれど、それはそれで重いとは思うけどもと千歳は思う。


「まぁ、そういうことならあたしも気を使わなくていっか。ありがと、カズマ」

「おう、あと俺を睨んでも意味は無いので止めたほうが良いと思うぞ」


 話が終わると、ジゼルは怒りを引きずらないように調子をいつもの状態にもどして割り切ることにした。

 それでも一馬を睨んでいたのは知らず知らずのうちなのだろう、やはり気にしないと言ってもそれなりに怒っているようである。

 とはいえ千歳はジゼルがそういう人物であることは理解しているけれど、それでも聞きたかった。


「え、えぇ~……ジゼル、それでいいの……?」

「あ、うん。全然オッケー。こんなのいちいち気にすんのも馬鹿らしいっしょ」


 千歳の確認にこともなくジゼルは答える、その表情に一点の曇りもない。

 かつて世界の管理者としてその責務に苦悩した守護神竜の今の表情はあまりに清々しいものであった、過去の自分では考えることもできないくらいに。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 -ステータス-


 守護神竜:ジゼル・ヘイム――【脅威度リスク世界修正級SSランク

 タイプ:【物理型ストロング


 保有スキル:全155種

 <神竜:SSS><完全なる肉体:SS><常世の理:S><竜の息吹:SSSS>

 <封印術:S><不死:SSS><完全耐性:SS><世界修正:A+>

 <千里眼:S><怪力無双:SSSSS><言語理解:SSSS><因果防壁:SSS>

 <概念防壁:SSS><神性:A+><異界侵蝕耐性:SSS><対異界存在:A+> 他多数


 ヒロイン属性スタイル――【親友パートナー

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