1-3:魔王、襲撃する

 ――かつて、異世界の地平の彼方まで恐怖と絶望で蹂躙し、神々と神獣、守護神竜によって封印された魔王がいた。

 魔王は長き時の果てに封印から復活し、再び世界を滅亡させようした――だが異世界より転移せし英雄によって倒されてしまう。

 しかし魔王は不滅、光あるところに闇もまたあるがゆえに滅ぼす事はできない。倒れた闇はその色を濃くし、次なる魔王へ蘇る。その力は以前よりも強大に。

 その次なる魔王こそ彼女、ルー・ザイフ。生まれながらに最凶にして最悪の魔王である。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「一馬ー! いつまで寝てるのーっ?」


 異世界より鳴雨一馬なるさめかずまが帰還した日から翌日の朝。

 一馬の部屋の前に立つ清水千歳しみずちとせは共に学校にいくために中にいるであろう一馬に向かって呼びかけていた。


 なぜ千歳がわざわざ一馬にそのようにするかと言えば、それは一言で言うのなら一馬の異世界転移が原因である。

 異世界を救うべく、異世界転移を繰り返す一馬は必然としてこの世界の滞在時間が少なくなる――それはつまり学校の出席日数に直結するということだ。

 幼馴染でクラスメイトでもある一馬がもし出席日数不足で進級できないとあれば千歳としては目も当てられない。異世界を救う英雄が留年したなど、救った異世界に対してあまりに申し訳がない。


 だから千歳は一馬の事情を知っているがゆえにクラスメイトとして、大家の娘として、幼馴染として一馬を学校に行かせなくてはいけない。そういった事情から昨日の夜、実は本来もう少し一馬と色々話したかった千歳だが、異世界の話を聞いたあと解散することにしたのだ。

 しかしいくら呼びかけても待てども一馬は部屋から出てこない。あの一馬に何かあったと心配はしないが不審に思う。


「う、うおぉ……」

「まさか、我をここまで追い詰めるとは……」


 千歳は大家の特権である合鍵を使って部屋の鍵を開けるとそこには二人の人物が倒れていた。

 倒れていた人物とはこの部屋の主たる鳴雨一馬なるさめかずまと――魔王、ルー・ザイフだった。


 最近、神をも倒してきた異世界転移者とそれに匹敵する実力の持ち主たる魔王がこのような事態に陥るとは――この朝までの間に一体何が起こったのか。

 常人たる千歳にそれが分かるわけもなく――


「って、何があったのこれーっ!?」


 このように驚くことしか出来なかったのも当然と言えよう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 千歳達が部屋を去った後、一人になった一馬は明日のために寝ることに決める。なお千歳の判断により女の子であるシャルはフォリアの部屋で寝ることになった。

 そのことに一馬は少し心配になったがフォリアなら大丈夫だろうと結論付ける。

 なお超級異世界転移者である一馬としては別に寝なくても平気ではあるのだが、夜中は暇である事と光熱費現実的リソースの節約のために眠っている。

 そうして一馬がベッドに潜り込もうとした時、それは部屋に入ってきた。


「カズマ、我が来たぞーッ! さあ、もてなすが良い!」


 入ってきたのは魔王ルー・ザイフ、魔王自らによる襲撃だった。

 結った金色の髪に悪魔じみた角を生やした赤い瞳の少女、もう寝る時間だと言うのに小さな背丈に似合わぬ豪奢なマントを羽織っている。なおその下はちゃんとパジャマを来ており、その薄い布地はその豊満な胸を主張していた。


「……なんだ、ルーか。明日から学校にいかなきゃならんからもう寝るんだけど」

「ええい、以前の我を討った者が学校などと軟弱な!」

「うるせーな。スナック感覚であの世界が滅亡の危機に瀕する度に異世界転移する俺のことを考えろ。マジで出席日数が足りなくてヤバイ、留年しそうなんだよ」


 しかし一馬は騒ぐ魔王をよそにベッドへと潜り込む。高校の出席日数の事を思えば関わっている余裕などないのだから。


「そうか……なるほどな。カズマ、貴様の危機とあればそれは我の好機であろう? それを見逃すほど我も甘くはないわ」

「はいはい……俺はもう寝るからな、起こすなよ」


 そんな一馬の姿を見たルーは心底、愉快そうに笑みを浮かべた。

 ルーの呟きを聞いた一馬は無駄だと思いつつも部屋から出ていってくれと視線だけでも抗議しようとルーの方を向いた――その時である。


「そうか、そうかカズマ……なるほどなぁ。……しかし貴様、これを見てもそう言えるか?」

「な……っ! それはまさか……っ」


 同時にルーは一馬に見せつけるように取り出した。同時に一馬はを見てしまい、言葉を失ってしまう。

 なぜならそれは、この場にあるはずのないものだったのだから。


「……ス、switchじゃねーか!」


 やっとの思いで一馬がその言葉を口に出し、目にしたものは左右が赤と青のゲーム機であった。それも、二台。

 そのゲーム機を二つも確保しておくことはまず無理だというのが一馬の認識だったのに、なぜ。


「え、いつ手に入れた? ずっと品切れで転売クソヤローが足元見てたじゃん!?」

「クククッ!! 貴様が異世界で世界救済に勤しんでいる間に手に入れたのよーッ! 年末商戦で在庫を吐き出してくれたのでなぁッ!!」


 一馬はここで異世界転移せざるを得ない自分の運命を、不条理を呪った。もし千歳がこの場に居たらこんなことで運命を呪うんじゃないと突っ込んだだろう。

 なお、【物質創造クリエイト】というスキルでゲーム機を創造することは出来るが『ルール』に抵触するため作ることは許されてない。

 千歳曰く、こんなことにそんなものを使うなとのことである。


「んー、欲しいか? 欲しいだろう! さあ、カズマよ! 我に跪け! 頭を垂れよ! そして讃えよーッ!!」


 ルーはここぞとばかりに増長して調子に乗る、しかし今の状況でそれはあまりに悪手だった。

 そうと判断した一馬はルーに向かって人差し指を立ててすぐに止めるように注意する。 


「ルー、静かにしろ。千歳がくると面倒だ」

「……む、小癪だがそれは同感だ。チトセがくると色々と煩いからな」


 その注意に対し、ルーは大人しく従う。一馬とルーはこういった判断の場合はよく気が合う。

 いま、この状況において最悪の展開は騒ぎを聞きつけた千歳がやってくることだった。

 夜も遅いこの時間で男女が――それが異世界転移者である一馬と魔王であるルーと言えども千歳は容赦はすまい。間違いなくゲーム機は没収されることだろう。


「それはそれとしてマジで感謝してる。ほらお代、釣りはいらねぇぜ……手間賃だ」

「……カズマよ、代金をギリギリで払ってそれを言うのは少し惨めではないか?」


 ともあれこうして代金を払うことで一馬とルーは対等の関係となった。

 そうなれば二人は自分のゲーム機を手に取ることに躊躇いはなかった。電源を入れ、諸々の設定を終えて準備は完了した。

 もうするべきことは一つしかない。二人は同じタイミングで同じゲーム――スプラトゥーン2をセットする。


「んじゃ、始めようぜ。ルーッ!」

「うむ、始めるとしよう。カズマッ!!」


 一馬とルーは新しいゲーム機に興奮して遊び始め、幾ばくかの時が経った頃である。

 そろそろ宴もたけなわ――ではないが一馬とルーはそろそろ止め時だと感じていた。


「そろそろ――今宵の勝者を決めようではないかカズマよ」

「望むところだ……っ。と、なるとコイツでいいか」

「うむ。我に異存はない」


 そこで一馬が取り出したのは一本の格闘ゲーム。ルーが持ってきたゲーム機を使用するゲームではない、別の機種のゲームだった。

 そのゲームはあまりに格闘ゲーマー向けに作られたものであり、シリーズに必ずいるであろうビギナーを尽く排斥したという実績を持つ格闘ゲーマーにとって名作中の名作。

 一馬とルーがゲームで決着をつけるというのであればその一本以外に存在しない。


「よし、んじゃ……アケコンを出してっと」

「ククク……! 我が操具よ、顕現せよ!」


 一馬が通常のアーケードコントローラーを取り出したのに対し、ルーが出してきたのは様々なオプションがついたアーケードコントローラーであった。


「うぇっ、それ完成したのか!?」

「無論、貴様が異世界に言っている間に完成させたのよ!」


 ルーが自慢するその改造コントローラーは製作者たるルーのゲーム姿勢に対応すべく徹底的に改造した究極のワンオフモデルだった。

 改造はルーが持つスキル【道具作成】によるもの――ではないがそれでもルーは十分に手先が器用だったためこのような改造を施すことが可能である、つまりはDIY。

 また余談ではあるが魔王の装備は魔王自身のスキル【道具作成】によるものだ、ゆえに究極の防御力を有し――異常に豪華に作られている。

 互いに拮抗した実力者同士であるためデバイスの差は僅かであってももたらすものは大きい。


 しかしそれでもルーは。対する一馬も。二人はそのまま対戦を始めることはしない。画面にはキャラクター選択画面、操作するキャラクターを決定すること二人ははしなかった。

 見るものによってはそれは異様な光景だっただろう。そして互いに二人は同じようなタイミングでそれをし始めた。


「どっちの持ちキャラで行くかなー?」

「カズマ、待つが良い。ちと本気を出す準備をする」


 一馬は無造作にキャラ選択を回し出し、ルーは指をパキパキと鳴らしだした。

 これは一見するとゲーム下手がよくするような行動に見えるが実のところはそうではない、あまりにも壮大な意味を持つ行動なのである。


 ――風が吹けば桶屋が儲かるという言葉がある。


 それはある事象の発生により、一見すると全く関係がないと思われる場所、物事に影響が及ぶことの喩えであり、今の二人が行っているのがそれだった。

 一見して無駄な動きをしているがその一つ一つが宇宙規模の可能性を演算した結果、そのように行動すれば自分に都合の良い展開を得られるのと算出したがゆえの動きである。


 スキルによるものではない、異世界転移者と魔王自体の規格外の基本性能スペックを用いれば十分に行える範囲の事なのだから。

 そうして二人はそれぞれにとって都合の良い世界を選択し続けている、いわば運命の乱数調整の最中だ。


 もし二人が普通に対戦していたのなら互いにゲームの一瞬にも満たぬ間にあらゆる可能性をシミュレートし続ることが出来るがゆえに、互いにその通りに操作できる技量を持っているがゆえに、どちらも動く事が出来ず千日手とならざるを得ない。

 それを避けるために互いが相手に必然的にミスを引き起こさせるべく運命の乱数調整――自身に有利な可能性世界の掌握を始めたのだ。


「んーっ、ん、よし、よっしゃ」

「ふむふむ、なるほど」


 だからこそ一馬はおもむろに首を回し気合を入れ、ルーはそのゲームの攻略本を突然読み出す。

 このように二人の行動は一見して低レベルのゲーマーがするようなそれに見えたとしても、それは宇宙的な規模の試行錯誤の末のことなのだ。

 あまりに高レベルすぎる駆け引きはそれを理解できるものではなければ低レベルに見えることもあるだろう、これはそういう事だ。なおこの場に千歳が居たのならそんなわけないでしょ、と突っ込んでいたに違いない。


 そして一晩の間ずっとそんな宇宙規模の可能性世界の演算処理によって自身に有利な可能性世界を掌握するという途方も無い勝負を続けていれば行き着く結末は一つだ。

 互いに無限に等しい体力と精神力を持つ異世界転移者と魔王であったとしても、実力が近い相手に全力で勝ちに行くのなら際限なくリソースを吐き出さなければならない。

 そして二人はその結末に行き着いた、体力と精神力の限界――徹夜明けノーゲームに。



――――



「……と、まぁこんなことがあったわけだ」


 一馬がもし異世界転移より帰ってきたばかりでなかったのなら体力スペック差で一馬が立っていただろう。

 だがそんなことは千歳にとって問題ではなかった。


「ふっ……正しく死闘であった……」


 しょうもなかった。


「ば」


 真実はあまりにもしょうもなかった。


「ばっかじゃないの――っ!?」


 二人はお互いの健闘を輝かしく千歳に語ったものの、千歳としては突っ込まざるを得なかった。

 こんなにくだらなく、呆れてものも言えない事であったが、それでも度が過ぎれば突っ込まざるを得ない。今の千歳の状態が正にそれである。


「なんか、こう、色々気を使った私が馬鹿みたいじゃなーいっ!!」


 本当に明日の一馬のことを気遣って解散したことになんの意味もなかった。むしろ解散しなければルーの来客を防げた可能性を思うとなんとも言えない気持ちになる。

 しかしそんな千歳の気持ちに一馬は気付くことなく、それにあろうことか。


「……千歳。何でお前、顔赤いんだ?」


 あろうことかそんなことを聞いてきた。

 別に千歳としては別にそんなことを考えていたわけではないが、男の子と女の子が一つ屋根の下――もとい同じ部屋で寝ているというだけで年頃の女の子である千歳にはそこそこ刺激があったのは言うまでもない。


「~~~~~っ! う、うるさーいっ! だまれーっ!」


 顔が赤いことを指摘された千歳の顔がさらに羞恥で赤みが増す。

 そのまま千歳は怒りもあらわに一馬の部屋をまっすぐに横切って、部屋のカーテンを勢いよく開く。


「うぎゃー! 太陽が我がまなこを――ッ!!」

「や、やめろー千歳~~っ!! 殺人光線止めろ~~っ! カーテンを閉じろ~~~ッ!!」


 当然、室内に朝日が差し込むことになる。

 つまりそれは徹夜明けの二人に向かって容赦なく降り注ぐ事になり、一馬とルーは悶絶せざるを得なかった。


「徹夜でゲームなんてしてるからでしょっ! はい、ルーちゃんは部屋に戻りなさい!」

「ぐぬぬ……チトセ、魔王たる我になんという不遜を……だめだ、目がしょぼしょぼしてしまう……眠い」


 そのように一般人の千歳に怒られてしまっては異世界を救うような異世界転移者も、世界を滅亡させるような魔王も面目丸つぶれである。

 ルーは千歳に向かって抗議しようとしたがそうする力すら残ってはいない。無限に等しい力を持つ魔王であっても一馬との対戦はそれほどまでに消耗をせざるを得なかったのである、事実ルーはうとうとと船を漕ぎつつあった。


「千歳……【完全調和リフレッシュ】使っていいか? 辛い……」

「駄目に決まってるでしょっ! 『ルール』はちゃんと守るからルールなの!」

「くおぁ~~~!! マジで厳しい~~~っ!!」


 ダメ元で一馬は使用を確認してみたが、やはりというか怒った千歳に却下された。

 あらゆる不調――病魔や呪い、疲労、怪我と言ったバッドステータスを解消するスキル【完全調和リフレッシュ】を持っていてもそれを使用できなければ意味はない。

 一馬はこの疲労と睡魔から今日一日耐えねばならない。因果応報、当然の話である。

 そして一馬の姿を見て魔王、ルー・ザイフは口元に邪悪な笑みを浮かべる。ルーはしてやったりという顔をしているがあまりにくだらない話なのでカッコはついていない。


「惨めよのう、カズマ……同情はせぬぞ」

「あ、ルーちゃんはちゃんと反省文書いて出すこと。それまではゲームは禁止っ! 女の子が男の子の部屋で夜を明かしちゃだめでしょ」

「チ、チトセ……貴様、我を何だと思っているのだ……?」


 一馬を嘲笑う邪悪な魔王を一般人の千歳は見逃しはしなかった、しっかりと今回の件について罰を与えるつもりである。

 自然にそんなことを言い渡してくる千歳に対してルーは思わずそれを口に出していた。以前から疑問に思っていたことだったが、なぜ千歳は魔王であるルーに対しそのような態度をとれるのか、と。


「ルーちゃんは魔王で女の子でしょ。ほらほら、カズマが着替えるんだから部屋に戻ろうねー」

「ぬぅーッ! 確かに、我は魔王でっ! 女であるがっ! そうではなーいっ!」


 しかし一般人である千歳にはその意図は伝わらず、最凶にして最悪の魔王ルー・ザイフは一般人である清水千歳に抱えられて自分の部屋へと戻される。消耗しているために為す術もなく。


「本当にもうっ……ルーちゃん可愛いし……その、胸も大きいし気をつけなきゃ駄目なんだよ? こう、狼的な意味で」

「むぅ、その程度の事は我も知っているぞ。アレであろう? 性こ――」


 その先を言おうとしたルーの口を慌てて千歳は塞ごうとする。年頃の女の子がそんなことを朝から言うものではないという倫理観が千歳の体を動かした。


「だ、だめーっ! 女の子がそんなこと言っちゃ駄目ーっ!!」

「や、やめ――なにをするチト――もがもが――ッ!!」


 そのまま一般人の女の子である清水千歳によって口を封じられた魔王ルー・ザイフ、それが最凶にして最悪の魔王の今の姿だった。

 今の彼女となる以前の魔王がそれを見て何を思うかは――魔王の名誉のために想像しないほうがいいだろう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 -ステータス-


 魔王:ルー・ザイフ――【脅威度リスク世界滅亡級SSランク

 タイプ:【魔法型マジシャン


 保有スキル:全230種

 <魔王:S><闇の衣:SS><カリスマ:S><禁術:A+>

 <道具作成:S><不滅存在:SSS><完全耐性:SS><世界支配:A+>

 <組織運営:SS><魔導の極意:SS><神算鬼謀:S><千里眼:A+>

 <怪力無双:SSS><言語理解:SS><因果防壁:S><概念防壁:S>

 <対神性存在:S><眷属作成:S><異界理解:S><魔性の魅力:S> 他多数


 ヒロイン属性スタイル――【エネミー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る