1-2:チート主人公、帰還する

 ――はじめは奇跡、二回目も奇跡、三回目もまぁ、奇跡だっただろう。

 だがそれが四回、五回と続いていけばたちの悪い冗談、あるいは陳腐な茶番としか言いようがない。

 鳴雨一馬なるさめかずまという少年はそういった存在だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 あの後、アパート住人達は全員が一馬の部屋へと上がり、異世界帰還祝いの宴会となった。

 その時のこともまた千歳の頭を痛くするような騒ぎであったし、何事もなかったわけではないが――とにかく終わったことだ。


 現在この部屋にいるのは四人の人間のみ。厳密に言うと人間と呼ぶに相応しいのは二人だけであり、さらにその片方は半ば人間の領域を超越した存在で疑わしくはあるのだが。

 ともあれ、場が落ち着いたことで鳴雨一馬の幼馴染である清水千歳しみずちとせは話を振った。


「――それで今回の敵はどんなのだったの?」

「今回の敵? あー、神だった」

「ふーん……え、神?」


 一馬からあまりに自然に、大したことのないように、その答えが返ってきたので千歳もまた自然に納得してしまいそうになる。

 しかしすんでのところでその答えの違和感、戦ったのが神だという事に気づいて思わず一馬に聞き返してしまっていた。


「そう、神」

「ちょっと待って、一馬……どういうこと?」


 神、と言うのはどういうことだろうかと千歳は考えるが全くイメージが出来ないでいる。

 この世界の神となると神社とかに祀られているそれになるのだろうが、どうしても戦うという言葉と繋がらなかった。

 一馬はそんな千歳にやれやれと言った感じで答える。


「どういうことも何も、あの世界の神なんだって。まぁ、ただの自称だったのかも知んねぇけど」

「えっと……前回はなんだっけ? ルーちゃんの前の人だったっけ」


 千歳はとりあえず順番に一馬が戦った敵を段階的に上げていくイメージをすれば理解出来るかもしれないと確認し始める。

 一馬の話は聞いても全然実感として理解は出来ないから千歳の記憶はかなりうろ覚えだ。ルーの事を思い浮かべたのは彼女がこのアパートの住民であり、シャルの少し前に一馬が連れてきたからである。


 ルー・ザイフ、異世界エンデ・ヘイムの地平の彼方まで恐怖と絶望に叩き込んだ魔王――の後継者。千歳にとってはゲームばかりやっているコスプレ娘という認識しかない。

 そんなことを千歳が考えていると一馬は首を横に振り否定する。


「いや、それは二回前、前回は『死滅文明メガロテクノ』。超古代兵器のロボット軍団」

「え、えぇー……その次は神なの……話、飛んでない?」


 魔王の後に戦ったのは超古代兵器のロボット軍団だった。改めて聞くと頭おかしいんじゃないのかと千歳は思ったが、改めて聞くまでもなくおかしいだろう。

 その次が神。なんとなく分かるような分からないようななんとも言えない感覚で千歳は頭が痛くなってきた。


「実際、そうだったからなー。どうしようもない」


 諦めろと言わんばかりに一馬は肩をすくめている、だが千歳としてもどうその事実を扱ったらいいか分からないでいた。

 とはいえこれはいつものことである、一馬の言うことをとりあえず千歳は理解してみようと努力するのだが毎回こんな感じである。


「まぁ、信じられないなら【情報潜行メモリーダイブ】いっとくか?」

「やめて、絶対に使わないで」


 そんな千歳を見かねて一馬はそれを提案したのだが、ぴしゃりとそれを断る、またこの時の千歳の顔は無表情だった。

 【情報潜行メモリーダイブ】、それはあらゆる情報に対して完全理解することが出来るスキルだ、これはスキル所持者以外にも同意したものにも行うことが出来る。

 ニュアンス的にはVR映像が近いだろう。ただしそれは視覚のみならず嗅覚、触覚といった実感を伴うものであり情報量は現実と変わらない。なお【情報潜行メモリーダイブ】中は現実時間はほぼ経過しない、一瞬にも満たぬ時しか立たないのである。


 そしてなぜ千歳がそれを拒否したかというと千歳はかつて【情報潜行メモリーダイブ】をした時に酷い目に遭ったからだ。

 千歳がそれをしようと思ったのかは、一馬のとある冒険の話を全く理解できなかったためである。なおその時の敵は『異界教団イア・クトル』という邪神降臨を目論む集団が相手だった。


「えっと、一馬。『ルール』覚えてる? 大丈夫?」

「大丈夫だって、冗談だよ冗談。こっちの世界じゃあっちのスキルは基本的に使わない、だろ?」


 一馬は軽く手を振りながら笑うが、千歳としては笑えない。もう二度と深淵を覗き込むような真似はしたくはないのだから。

 とはいえ一馬が『ルール』をちゃんと覚えていることに千歳は安堵する。


 『ルール』――それは一馬が異世界転移をしてから少しずつ千歳が決めていったもの。

 その一つが『この世界のことはこの世界の常識で処理すること、異世界のスキルで解決してはいけない』だった。


「それで……その神様軍団とシャルちゃんはどういう関係で、どういう経緯でついてきちゃったの?」

「シャルはその神達が世界をリセットするために作った存在だったんだよ、分かりやすくいうと破壊神ってやつだな。で、あいつらすげぇムカつく奴らだったんで全員ぶっ飛ばしたら行くとこなくなったんでついてきちまったって感じ」

「か、一馬……む、ムカついたからって……」


 肝心の部分をざっくりと説明した一馬に千歳は閉口し、対してそれを言い切った一馬はスッキリしている。

 千歳は色々と言いたいことはあったが、なにをまず言えばいいのか悩み、頭を抱え始めていた。

 そしてとりあえず千歳の頭に浮かんだことは――いくらなんでもムカつくからぶっ飛ばしたって五歳児じゃないんだから、と言うことだった。


「いやー、あいつらとにかく自分たち以外の奴は全員馬鹿だって見下してたからな、間違いなくクソ野郎だったよ。小ニん時の野口のババア思い出したわ」

「野口先生の名前をここで出すのっ!?」


 千歳には一馬が倒した神様がどれほど悪い存在だったのかは分からないが、一馬のぞんざいな扱いに思わず同情してしまっていた。

 いくらなんでも異世界の神も小学校時代の担任教師と同列に扱われるとは思わなかっただろう。神も形無しである。


 なんというか千歳にはもう少し何か言いたいことがあったのだが、とりあえずの一馬の説明はこうして終わり――同時に室内に紅茶の香りが漂う。

 その匂いを辿ると台所から金髪の見目麗しい、エルフの美少女が四人分のカップとお茶請けを乗せたお盆を持って来るのが見えた。


「一馬様、千歳様。後片付けが終わりました、それとこちらはお茶です」

「……っありがとー、フォリアさん。ごめんね、色々任せちゃって」


 エルフの美少女、フォリアは一馬達の近くに座り、カップの配膳を開始する。その佇まいは気品あふれるそれであり、一般人である千歳は見とれてしまう。

 今はこの世界の服に身を包んでおり、長い耳を除けば整った顔立ちに長い睫毛、優しい瞳、長く美しい金色の髪を持つ彼女は外国の王女にしか見えないだろう。実際に異世界にあるエルフの国の姫なのだからそれでなにも間違ってはいないのだが。


 慌ててフォリアに小間使いをさせてしまったことに千歳は謝るとフォリアは柔らかく微笑み返した。


「いえ、私がやりたくて進んでやらせてもらっている訳ですから。お気遣いなく」

「そうそう、本人がいいって言ってるんだからさー。あ、これおかわりー」

「いや、一馬、そういうことじゃなくってね? フォリアさん、その~……」


 同性である千歳がフォリアに緊張しているのに対して、異性である一馬はまったくそんな素振りをせずに遠慮なくおかわりを要求している。

 その姿を千歳は正直に言ってすごいとは思うのだが、一般人の自分としては申し訳無さのほうが勝つ。

 だからもう一度なんとなく謝ろうとフォリアの方へ千歳は視線を向けた。


「それに、私としましては……一馬様のお世話をすることができて……それだけで……」


 千歳が見たものはもじもじと身を捩り、頬を赤らめて呟くフォリアの姿だった。恥ずかしいのか両手で顔を隠しているのだが隠しきれていない。

 エルフの特徴たる長い耳がピコピコと上下に揺れている事からだいぶ興奮しているのが分かるだろう。

 千歳はそんなフォリアの様子をみて、以前から疑問に思っていたことを尋ねる。


「ねぇねぇ、フォリアさん?」

「は、はいっ。何でしょう千歳様っ!」

「そ、そういえば、フォリアさんってその……正直なところ、一馬がジゼルさん、ルーちゃん、シャルちゃんって感じに女の子を連れてくるのにどう思ってるの?」


 この話を一馬に聞かれたくないために、少しだけ離れたところで顔を突き合わせていた。フォリアの顔が近いため千歳は緊張してしまう。


 一連れてきた少女たちは全員がこの世界を滅ぼすことが可能な程の力を持っていると一馬から聞かされており、また大家の娘として千歳は確認しておきたかった。とはいえ千歳は前半部分については実感を持って理解はしていないのだが。

 この時の千歳は住人トラブルはあらかじめ対処しておきたい、と思うのは大家の娘としてなにも間違ってはないと自分に言い聞かせている、他意はないとも。


「? えっと……ああ、なるほどそういう話ですか」


 はじめは質問の要領を得ないフォリアであったがぽんっと両手を合わせて、その意図をすぐさま理解する。


「私はその、長生きなのであまりそういう事にはこだわることはあまり……それにエルフの国はそれほど人が多くはないので全員が家族みたいなものですし、あまり千歳さんが仰りたいことは気にすることは……」

「あ、あぁ、そうなんだ。……良かったぁ」


 フォリアの答えは非常に異世界の価値観らしいそれだった。満面の笑みで答えていたのが、なぜだか千歳の胸に突き刺さった。

 なるほど、エルフは長命で狭いコミュニティで生活するから全体主義的というか個人的な独占欲が薄いんだなぁと、もっともそうな理屈をつけて千歳はなんとか理解する。

 どうやらフォリアは千歳の考える住民トラブルにはならないようで千歳は安心する。

 しかしそれはそれでまた別の問題があるのだが今の千歳はそれを考えないようにした。


「……」


 今まで大人しく話を聞いていたのかどうかは分からないが、シャルはフォリアが出したお茶請けのお菓子を興味津々に眺めていた。

 しかしそれは眺めているだけでシャルは手にとって食べることはない。


「あ、シャルちゃんもどう? 美味しいよ~」

「…………」


 千歳はその視線に気付くとシャルに向き合い、お茶請けのお菓子を食べる。

 シャルに食べてもらうために千歳はお菓子に手を付けたのだが、フォリアの作るお菓子は美味しいので気を抜けばどんどん食べてしまいそうになる。

 だが、シャルは千歳のそんな様子を見てもお菓子には手を付けることはなかった。


「うぅ……冷たぃ……一馬、こう、なんとか言ってよ~」

「シャル、フォリアの茶菓子はめちゃくちゃ美味いから食ってみろって」

「…………美味しい」

「か、一馬、そっちじゃなくて…………でも、まぁ、いっか」


 一馬は千歳と同じようにしてお菓子を食べるシャルは素直にお菓子を手に取り口へ運んだのを見て千歳は少しだけ悲しくなる、まだシャルとの距離は随分とあるようだ。

 だが、シャルが美味しそうにフォリアの作ったお菓子を食べているのを見て千歳は満足することに決める。

 異世界あっちで色々あったみたいだけど、一馬は帰ってきて、そこで困っていた少女が美味しそうにお菓子を食べている。

 それでいいんじゃないか、と――また一馬も千歳と同じ気持ちでシャルを見つめていた。

 そして最後に千歳は確認するように一馬にそれを尋ねた。


「で、一馬。もうあっちの話は終わったのよね?」


 一馬はもちろんと頷き、答える。


「まぁ、な。ただいま、千歳」

「おかえり、一馬」


 幼馴染とのやり取りで此度の異世界転移、鳴雨一馬の戦いは幕を閉じた。

 ――たとえ陳腐な茶番であってもハッピーエンドに勝るものはない、鳴雨一馬はそういった存在である。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 リザルト


 異世界転移者:鳴雨一馬――【対神存在級SSSランク

 タイプ:【バランス型オールラウンダー


 達成クエスト:【大神裁定者ジャッジメント撃破】【粛清戦争ゴッズ・ウォー終戦】【異世界エンデ・ヘイム救済】【破壊神シャル・ヴァシュム保護】 他多数――完了


 保有スキル:全275種

 <武芸百般:SSS><秘奥到達:SS><不撓不屈:SSS><世界改変:A+>

 <対異界侵蝕:A+><環境適応:S><千里眼:A+><神の祝福:S>

 <空間跳躍:SS><専科百般:A+><聖剣適正:S><魔剣適正:SS>

 <言語理解:SS><禁術:A-><操縦技術・鋼神:A+><完全耐性:SS>

 <概念防壁:S><獣殺し:S><竜殺し:SS> 他多数

 新規取得スキル――<神殺し:A++>

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