09 大切なあの子を奪い合う

「もうやめてやれよ。じゃないとアイツが死んじまう」

「だから?」

「だから、って……!お前アイツの恋人だろ!ならどうしてアイツを傷付けんだよ!」


眉間に皺を寄せて、悲痛な面持ちでそう言ったのは、あの子の幼馴染み。

だけど僕には目の前の彼にどうしてそんな事を言われるのか理解できない。


恋人だから傷付けたら可笑しい。

君はそう言うけどさ。


――君の方が可笑しいんじゃないの?



「僕はあの子が大好きで大好きで――だから傷付けてるんだよ?」

「はぁ?」


意味が分からないって顔をしてる君。

意味なんて一生理解しなくていいんだよ、と君を見ながらほくそ笑む。


愛してる。

だから傷付けたい。

僕が付けた傷の分だけ、あの子の身体には僕の愛が刻まれて。

肉体的に、精神的に。

ボロボロのズタズタに引き裂いたあの子の心と身体を見ると、とてもいとおしい。

そしてそれを一心に受けて尚、正常で居られるあの子が愚かしくて。憎らしくて堪らない。


僕が居なければ息も出来ないくらい。

僕以外の存在を認識出来ないくらい。

僕と一緒に壊れてくれたなら。

そう何度となく眠るあの子に願ったけれど。


そんなことはどうでもいい。

重要なのは僕があの子を愛している事とあの子が僕の隣に居ること。


それだけ何だから。


「……お前……イカれてるよ。アイツが可哀想だ」


イカれてる?

ははっ。そんなのずっと昔から知ってるよ。


「君になんて言われても興味の欠片も湧かないけれど。あの子が可哀想だなんて聞き捨てならないなぁ」


いくら君が僕の友人だったとしても。

あの子が君の幼馴染みだったとしても。


これは僕達だけの問題だ。

それにあの子は今の状況を全部受け入れてるんだよ?


僕の愛を。気持ちを。束縛を。嫉妬を。全部。丸ごと。


「僕は何も強要していない。あの子が自主的に僕の手の中に堕ちてきたんだ」


頬を引きつらせて僕を睨む君にふふっと笑い掛ける。



君がもっと早くあの子を手に入れてくれてたなら。

僕だってあの子をこんな愛し方せずに済んだのにね?



そう言ったら、君はサッと顔を青褪めさせた。



自分が異常だって事にはちゃんと気付いているから。

だからこそ、僕は気が狂う程愛してるあの子に君の友人として以上は近付かないようにと決めていた。


本当にいとおしくて。

傷付けたくなかったから。

一生想い続けるだけに留めるつもりでいたのに。


君に傷つけられて泣いている所を、僕に見つかってしまった。

そのままあの子は愚かにも自分から僕の手の中に堕ちてきたんだ。


手に入ってしまった。

そうなってしまったならもう愛さないなんて選択肢、僕にはないよ。


大多数が言う『マトモ』な愛し方なんて僕は知らない。

だから傷付けても泣かせても、絶対に死ぬまで離さない。

死んだってあの子は僕のものだ。



だけどそれでも。

あの子を泣かせた君が取り返したいと言うのなら。

僕はいつだって受けて立つよ?

例え何を犠牲にしても、手離すなんてしないけどね。


そう言ったら、君は血の気の失った唇を震わせて言った。



「上等だ」



大切なあの子を奪い合う。

開始の合図が今鳴った。

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