10 忘却へと追いやって

「どうしたら愛してくれる?」


暗闇の中で一際際立つ金髪を靡かせる男。

ズボンのポケットに手を突っ込んで、気だるげに立つその男はフーっと紫煙を吐き出した。


「なぁ? どうしたら愛してくれる?」


指に煙草を挟んで同じセリフを呟く男。

その瞳はゆらゆらと揺れていた。


「それとも、俺以外の男が良いわけ?」


その言葉に鼻で笑えば眉間に皺が寄せられる。



俺以外、とアナタは言うけれど。

私がアナタ以外の人間と関わりを持てる時間が何処にあるの?


私の全てを管理して、支配して、独占して。

私の全てを手に入れて。

私が他の人間と関わろうものなら、その人間に死ぬよりも辛い苦痛を味合わせてから殺す。


そんなアナタに囚われた私が、どうやって他者と関わろうと思えるというの?


「答えろよ」


指に挟んでいた煙草はいつの間にか地面に落ちていた。

ブランド物の革靴で踏まれた、ひしゃげた煙草。

それがどうにも、自分自身に見えて仕方がない。


そんなことを言ったら、アナタは否定するんでしょうね?


「愛してる。お前以外は必要じゃない。お前以外が認識出来ない。それくらい、お前を愛してるんだ」


淡々としてるくせに。

表情なんて無いくせに。

その瞳にだけ、感情が込められていて。


それだけでアナタが私に同じものを求めていることくらい分かってしまう。理解くらいはしているのよ。


だけど言葉に意味なんてないから。

言葉にしたって人間は半分もその言葉の意味を理解出来ないらしいから。


だから私は、アナタに言葉を発しない。

いや、発せない。の間違いかしら?


「愛してる」


アナタは壊れたように私に愛を囁くけれど。

私はそんな言葉、要らないよ。

私が欲しいのは今も昔もこれからも。

たったヒトツだけなんだから。


「本当に愛してるんだ。……なぁ、答えてくれ。返事をしてくれ。……もう一度、俺を見ろよ」


アナタは本当に滑稽だよ。

そんたただの灰色の石に話し掛けて。


アナタが認めたくないだけで、私はもうとっくに死んでいるのに。


アナタは懲りずに毎日ここに訪れては何も語らない。温度もない。

ただの石に話し掛ける。




ねぇ? 気付かないで良いから。

愛なんて囁かなくて良いから。


『早く私を忘れてよ』


私はもう死んでるのだから。

いつまでもアナタがそうだと安心出来ないじゃない。

もしかしてそれも、頭の良いアナタの計算のうちだったりするのかな。

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