03 愛を知った日

今日、私はこの世を去ります。


嫌いでした。

私に暴力ばかり振るう父が。


嫌いでした。

泣いてばかりで助けてくれない母が。


嫌いでした。

浮気ばかりで私を見てくれない名ばかりの恋人が。


そして何よりも。

嘆いてばかりで現状を変えようともしない自分自身が。

嫌いでした。


愛された記憶なんてない。

愛されたいなんて思ったこともない。

そんな環境化で育った私はそもそも私は愛を知りませんでした。

だからと言って自殺願望なんて皆無で。

だから私がこの世界から消えるのは、別に私の意思じゃないんです。


「…っなんで」


誰かの声が聞こえましたが、私の目は霞んでしまっているのでもう見えません。

だからそれが誰なのかは分からないんです。


「……なんで、抵抗しないの?」


迷子の子供のように怯えたか細い声。

けれど恐らく耳のすぐ近くで喋っているからでしょうか?

良く聞き取れますし、私の上で馬乗りになっているのがアナタだと数瞬遅れて分かりました。


抵抗しない理由?

……なんででしょうね?

確かに私は死にそうなのに、抵抗しても良いのでしょうに。


何故、抵抗しないのかは私にも分かりません。

ただアナタだから別に良いかと思った。

それではいけませんか?


「……っ、なんだ、それ」


そう言うとアナタは小さく息を漏らしました。

意識が霞んできたのでアナタがどういった表情をしているかは、もう知りようもありません。


私、もうすぐ消えるみたいです。


「大丈夫。一緒に逝ってあげるから」


ほとんど吐息で言ったのに、アナタはハッキリとした強い口調でそう言ってくれて少し、安心しました。




どんなに愛されなかったと嘆いても、何も変わりはしないんです。

多分私が消えたって、何も変わりはしないんです。

だって人がひとり居なくなったくらいでは、世界はどうにもならないでしょう?

だからそう言ってくれるアナタに私は安心したんです。

もうひとりで居なくても良いんですね。


真っ白く染まっていく視界。

最期に聞こえた、アナタの言葉。



「──愛してるよ。何者にも愛されない君を」



世界は私に愛をくれませんでした。

だけど最後の最期に、私を愛してくれた人がいたから。

きっと私は幸せだったのだと思います。


『世界は愛をくれないけれど』


アナタがくれた愛は、最期に私が生まれてきた意味を見出してくれました。

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