第12話 日本の民間企業に民主主義は無し
今回からは、産業全体を俯瞰するマクロ的な視点ではなく、企業レベルのミクロ的な視点から語っていきます。
――民主主義の良さって何だと思いますか?
私は、時の政権を評価し、指導者が国家にとって有害、或いは無能だと国民が判断すれば、選挙で首を
さて、企業組織において、チェック機能を担っている者は誰でしょう?
国営企業においては監督官庁ですね。
「監督官庁にとっての国営企業は天下り先であり、国営企業の存続こそが官僚達の目的だから、チェック機能なんぞ効くものか!」なんて批判する者がいました。最近こそ耳にしなくなりましたが、平成初期までは、従軍慰安婦の捏造記事を書いた新聞社なんて、急先鋒で批判の論陣を張っていました。
中曽根内閣が成し遂げた国鉄の分割民営化を皮切りに、専売公社(現JT)・電電公社(現NTT)・道路公団(現NEXCO)・郵政公社(現日本郵政)・日本航空と次々に民営化されていきました。現在も政府が過半の出資比率を維持している企業もありますが、基本的に民間企業です。
だから、今日現在、名の知れた日本企業の全ては民間企業だと言っても構わないでしょう。
――その民間企業において、究極の上司である社長を査定している者は誰でしょうか?
建前としての答えは、株主と監査役です。
まず、株主について考えてみましょう。一人ひとりの株主には大した権限が有りません。
株主総会において、各株主は出資比率に応じて議案に賛否の票を投じ、その多数決で決まります。理論上、出資比率で50%超の
でも、社長の日常業務を観察している株主は皆無ですから、罷免票が集まる事態は机上の空論です。社長の罷免が成立するのは、その企業の買収を試みる者が現れ、出資比率で50%超の賛同者を集めた場合に限られます。
社長の業務査定――その要素が皆無だとは言いませんが――の結果ではなく、買収者とのシナジー効果で株価が改善する事を期待しての賛同者です。
次に、監査役について考えてみましょう。
会計監査人としては専門の会計事務所を雇うのが一般的ですから、ここで言う監査役の存在意義は、会社業務が適切に行われているか?――の業務監査に有ります。
いきなりですが、現在の会社法(2005年制定)では、監査役の設置は任意です。義務ではありません。何となく、“毒にも薬にもならない”的なニュアンスを感じます。
監査役を設置すると、会社法の定めにより、監査役総数の半分以上は利害関係の無い社外の人間とする必要があります。言い換えると、半分以下の人数の監査役は社内から転じた者です。
社外の者は会社業務には素人ですし、社内から転じた者は地位を与えてくれた社長に負い目があります。業務監査の目的は、社長の査定ではなく、法令・広義のコンプライアンスの順守をチェックする事なので、それでも構わないのでしょう。
私が勤務していた会社では監査役を設置していました。様々な部署からヒアリングする年間計画を立て、精力的に業務監査していましたが、指揮系統の頂点である社長をチェックしている雰囲気は皆無でした。
監査役が社長と対峙する局面は、問題が明るみに出た東芝の様に、会社代表として社長OBを糾弾する時に限られます。つまり、企業としては“時、既に遅し”の時に抜かれる伝家の宝刀です。
私が若い頃までは“メイン・バンク”なる言葉が有りまして――今も言葉自体は死語になっていないけれど――、債権者の立場で銀行が企業を実質的に監査していたのです。
ところが、企業も借金返済に励み、資金調達の手段が銀行借入だけでなく社債発行等、バリエーションが豊富になったので、銀行の発言力が減衰しました。
――結局のところ、外部から社長ポストに自浄作用を促すメカニズムは働きません。
自浄作用が働かなくても、直ぐには問題となりません。現役社長が優秀で人格的にも優れ、自らを律する志の高い人物であれば、“
残念ながら、そんな人材が各世代に万遍無く入社している企業は殆ど有りません。
一般的に、大企業に成長し得る優良企業ならば、創業から間もない頃の社員は数も少なく、尚且つエネルギッシュな社員が多かったはずです。
企業規模が大きくなるに従い、「あの会社は面白そうだ。自分の力を試してみよう」みたいに考える頼もしい人材が門戸を叩き始めるでしょう。人材的には黄金期です。
一見すると盤石に思える大企業にまで成長すると、“寄らば大樹”的な
以上は一般論ですが、寿命の長い企業ほど社長ポストに自浄作用が働くメカニズムが求められる事を御理解頂けると思います。
でも残念ながら、先に語った通り、その様なメカニズムは民間企業に内在していません。
そうすると次に、どの様な現象が起きるでしょうか? 突然、或いはジワジワと社内で閉塞感が
非常に優秀な社長が居たとして、彼(彼女)が社長就任を機に優秀となるはずがありませんから、管理職や役員の時にも功績を上げたはずです。
でも、企業活動は団体戦ですから、彼一人の貢献で達成できたはずがないですよね? 第4話『農耕民族型と狩猟民族型』で語った通りですし、彼は何人もの部下を指揮していたはずです。
その社長が引退を決意し、「誰を後任社長に指名するか?」と悩み始めます。
最も手堅い選択肢は、輝かしい自分の功績を支えてくれた部下ですよね? 社長には「あの部下と二人三脚で実績を積んできた」と言う思いが有ります。
この“二人三脚で”が曲者で、上司・部下の関係でも互いに知恵を出し合い、実質的に水平方向の役割分担をしてきた間柄ならば問題は生じないでしょう。ところが、社長が頭脳・部下が肉体の関係で二人三脚してきたとしたら、どうなります?
組織長が果たすべき最大の任務は、組織の進むべき道を自ら考え、配下の構成員に指し示す事です。
その部下に組織長を務める才覚を鍛錬できたとは思えません。そんな部下が社長に就任すると、本人は途方に暮れるのではないでしょうか。
新社長の行動としては、美空ひばりの名曲“川の流れにように”、自ら急流を渡ったり
――社長本人が考えなくても、優秀な部下が戦略を考えて、進言するだろう? ・・・・・・普通は。
中規模までの同族企業ならば、番頭格の腹心は1人です。劉備玄徳と諸葛孔明みたいな関係が成立するでしょう。
でも、大企業ならば、何人もの優秀な社員を抱えています。つまり、社長の耳には幾つもの違ったストーリーの進言が届きます。「どの進言を採用すべきか?」の判断に迷うわけですよ。
しかも、第3話『同族企業と非同族企業』で紹介した通り、世間に“濡れ手に粟”みたいなビジネスは転がっていません。大なり小なり失敗のリスクを伴うものであり、一方で自分の任期中に“金の成る木”まで行き着きません。
必然として“石橋を叩いて(渡らずに)壊す”的な反応をしてしまい、結果的に無為無策に陥るわけですから、にっちもさっちも行かないくらいに問題が
以上のプロセスを辿る企業は東芝に限りません。貴方が就職して何年も経ち、中間管理職になれば、私の書いた事に頷くはずです。
破綻に至るプロセスが急速なのか、緩慢なのかの違いは有っても、このプロセスに陥った企業には共通の現象が現れます。
その様な社長が出現すると、社長が指名する役員にも同類の人材が集まります。成果主義・実力主義が崩壊するのですから、太鼓持ち、或いは
役員は部長を、部長は課長を引き上げますから、企業全体として迎合主義者が増えます。前例主義・
民間企業の制度的欠点は、トップの色に染まってしまう事なのです。特に、トップが“腐った林檎”と化した場合には、致命的な欠点となります。
一緒に仕事をすると、人材の優劣は一目瞭然です。更に言えば、上司から部下を見る時よりも、部下から上司を見る時の方が
部下は上司に「分かりました」と答えていれば良いですが、上司は部下に具体的な指示を出さねばなりません。無能な上司が優秀な部下に出す指示は「
ところが、一般的な人事評価制度は上司が部下を一方的に査定するだけの仕組みです。部下に上司を淘汰する手段は存在しません。
極めて少数の企業では人事評価制度に360度評価を取り入れています。本人を査定するに当り、部下の評価も反映するのです。こう言う企業では人材の劣化リスクが小さいと思います。
残念ながら、大半の企業は、世代を重ねる毎に、中国を初めて統一した秦王朝の末期――と言っても、始皇帝の子供の代で滅びますが――と似た状況に陥ります。
秦王朝の末期、
皇帝胡亥は「俺がおかしいのか?」と黙り込んでしまいました。その時に理性を以て「鹿では?」と発言した者は全て、趙高が処刑しました。皇帝に自信を喪失させると同時に、潜在的な反乱分子を
合理的な主張を展開したからと言って、現代日本で処刑される事は有りませんが、民間企業の場合、上司に煙たがられて子会社や関連会社に出向する憂き目に遭います。
業績が傾き始めた大企業で社長が交代する場合、子会社の社長から返り咲いて後任社長に就任するパターンが多いのは、そういう構造だからです。
会社訪問した際、先方の社員が「ウチの会社では“上下関係の無い自由
社内スローガンで唱えると言う事は、現時点で実現できていない――と言う意味です。つまり、風通しの悪い社風だと解釈して間違いありません。
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