第11話 海外マーケットに羽ばたけるのか?

 前話『人口動態』で日本の人口が減少すると書きました。言わずもがな、ですね。

 貴方が就職して、40年前後も働いて、退職するのは2060年頃。仮に老人相手の介護サービスの会社に就職したって、貴方が中間管理職になる頃には既に高齢者人口自体も減少し始めているでしょう。

 土地の売買を仲介する不動産業だって厳しいかもしれません。相続時の更新登記を敬遠して、実質的に所有者不明状態の土地面積が全国で北海道と同じくらいに広がっている、と報道されていますよね。都市圏を除くと、不動産マーケットは既に縮小し始めているのでしょう。

 つまり、国内だけを相手にしている企業が成長し続ける事は、至難のわざだと言う事です。縮小するマーケットで自社が成長するには、他社を追い落とすしか選択肢が無いのですから。

 もっとも、新たな産業を日本で興すならば、話は別です。

 将来性の有望なベンチャー企業の探し方――なんて内容は、本エッセイの対象ではありません。

 そんな才覚が私にあれば、新興企業株への投資で今頃は大資産家になっています。誰が読むとも分からぬエッセイを書いて小市民的な自己満足に浸るような真似をしていません。


 本題に戻りましょう。

――どんな産業、どんな企業が海外マーケットに羽ばたけるのでしょうか?

 就活生の立場に立つと、手っ取り早い行動は、既に海外進出している企業を探す事です。

 株主を念頭に公開している年次報告書に連結会社の概要(事業内容と所在地)が掲載されているはずです。海外拠点を確認してみましょう。

 海外拠点を確認する際に、製造業であれば、単なる営業拠点なのか? 製造機能も担っているのか?――に注意してください。雲泥の差が有ります。

 自ら海外拠点を構えていなくても、輸出として海外需要を取り込んでいるかもしれません。商社が商談を持ち込んでいる可能性が十分に有ります。

 その場合、取扱商品のセールス・ポイントが何か?――に、思いを巡らせてみましょう。

 全世界を見渡しても、貴方が訪問した会社しか製造・提供していない場合、真似をする同業者が将来的にも海外で出現しないだろうか?――と考えてみて下さい。


 まずは製造業を念頭に書きましたが、建設業は様相が違います。清水建設や大成建設等のゼネコン、2013年のアルジェリアで発生したイスラム・テロで社員が亡くなった日揮等のプラントメーカーをイメージして下さい。

 この業界はBtoB型の産業ですし、社内の理系人材と文系人材の連携も親密なはずですが、第3話『農耕民族型と狩猟民族型』で述べた範疇に納まりません。

 産業としては明らかに“狩猟民族型”です。マーケットと言うか、建設現場が神出鬼没に転々とします。工事物件毎に施主が変わります。“遊牧民族型”と表現すれば良いでしょうか。

 年次報告書では、輸出でもなく、海外売上高として記載されているはずです。

 彼らはバラエティー番組「ビフォー・アフター」に登場する工務店の社長に相当します。

 あの番組にも色んな職種の職人さんが登場しますが、ゼネコンやプラントメーカーが采配する工事物件や設備案件も基本的には同じです。但し、数人の職人ではなくて何社もの企業群が相手。しかも、その企業群は下請け・孫請けと多層構造です。

 海外案件の場合、施主や関係者の殆どが外国企業なり外国人なわけです。政治的な配慮から、現地企業や現地人を雇うケースが大半だと思います。建設現場での公用語は英語でしょうか。

 現地人の中でも英語を話せる人材が少ない地域、特に発展途上国なんかでは、現場労働者との意思疎通に苦労されているはずです。

 日本の新聞に時々、「中国政府はアジアやアフリカの発展途上国を相手にインフラ建設の資金援助をする。でも、中国企業のゼネコンが乗り出して工事を受注し、大量の中国人労働者を工事現場に連れて行くので、現地には僅かな金しか落ちない」と言う批判めいた記事が掲載されます。

 中国人の欲深よくぶかな国民性も勿論あるのでしょうが、意外にも真相は、英語で現地人と緊密にコミュニケーションを取る人材なり体制が未整備だから、仕方無く中国人を引き連れて行くのでは?――と、私は勘繰っています。

 経済発展の著しい中国で外国に出稼ぎに出る中国人の比率が高いとは思いませんが、15億人前後の人口を抱える大国ですから、出稼ぎに応じる絶対数としては多いはずなのです。

 本音では日本のゼネコンも中国企業と同じ様にしたいのだけれど、生活環境の劣悪な発展途上国に行ってくれる日本人が少ない。だから、少数精鋭の日本人スタッフが苦労して現地人と仲良く仕事をしているんじゃないか。そう思うわけです。

 結果的に、日本方式の方が現地に歓迎されるでしょうし、派遣された日本人スタッフも鍛えられるでしょう。“艱難かんなんなんじを玉にす”ですね。


 現時点で海外進出を果たせていないとしても、これから進出するつもりだ――と意欲的な企業に出会ったなら、検討対象から外すべきではありません。

 寧ろ、進出できていない企業の方が貴方の活躍の場は大きいはずです。何故なら、中年よりも若人わこうどの方が適応力に優れているし、逆説的ですが失敗に対する精神的な耐性が高いからです。

 確認すべきポイントは、海外進出の意欲が空回りせず、無事に海外マーケットで橋頭保を築けるか?――です。

 海外進出を狙っている企業は、腕試しのために海外の商品見本市に自社商品を出展している可能性が高いです。世界中の同業者やバイヤーが集う商品見本市は効率的な海外マーケティング・ツールです。

 国際的な商品見本市に出展した反応や成果を就活生はヒアリングしてみると良いでしょう。


 私は自民党の支持者ですが、現在の安倍政権が推進する海外進出の支援政策に後押しされた企業。代表例は原子力産業や新幹線関連の産業ですが、こちらは就活生にお奨めしません。約40年間の人生を賭ける対象として、政治色の強い業界はリスキー過ぎると私は考えるからです。

 日本が成熟した民主主義国家か?――と言うテーマでは異論が噴出すると思いますが、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平主席の様に実質的な権力を四半世紀も握り続ける政治家が日本に現れるか?――と言うテーマには「否」の見解が衆目の一致するところだと思います。

 貴方が就職して退職するまでの40年間も政策がブレない状況は極めて考え難いです。将来のの時期かは予測不能ですが、必ず梯子はしごを外されます。国家の後ろ盾を無くした民間企業が外国で巧く立ち回るなど不可能です。

 政治的外交的要素を除外し、純粋に経済合理性だけで海外マーケットに浸透していけるか否か。訪問した企業の商品・サービスを冷静に評価して下さい。


 そう考えると、原子力産業なんて、放射性廃棄物の問題に科学的光明が差し込まない限り、糞詰り構造です。中国政府が自国のみならず外国でも原発建設に熱心な理由は、原発燃料のウランが変化したプルトニウムを核兵器に転用する別目的を抱いているからです。

 世界の核弾頭数の9割を米ロが保有しており、中国は核保有国といえども核弾頭数で圧倒的に見劣りします。だから、原発建設国に対して「貴国で不要になった放射性廃棄物やプルトニウムを回収してやろう」とささやいているかもしれません。

 国境を接する中国を脅威と見做すインドは日本寄りの姿勢を示しても、大半の国々は中国になびくでしょう。廃棄物処理まで提案できない日本に比べて、経済合理性に優れるからです。

 プルトニウムと放射性廃棄物を混同して書き連ねましたが、放射性廃棄物についても中国は懐が深いはずです。中国だけでなく、アメリカやロシアも構造的には懐が深いはずです。

 米中ロ3ヶ国に共通する要素は何でしょうか?

 答えは、広い国土と存在感の強い軍隊の存在です。

 放射性廃棄物の根治療法が無い現在、問題は超長期的な保管場所の確保にかわります。

 広い国土の中で人口密度の極めて小さい辺境地を軍管理区域とし、そこに保管した放射性廃棄物から国防機密のベールでマスコミを遠避けてしまえば、政治的な混乱を招きません。最もコスト安な問題対処法です。

 核兵器が開発されて70年以上。核抑止力の冷戦に明け暮れた米ソで核廃棄物の問題が山積さんせきしていないはずがありません。

 アメリカで原発開発が止まった理由は、核兵器の存在ではなく、スリーマイル原発の事故です。報道では核ミサイルも世代交代を繰り返しているそうですから、核廃棄物も共連れで発生しているはずです。それが政治問題化していない理由は、ただ単に情報秘匿に成功しているからでしょう。


 陰謀説めいた脇道に逸れてしまいました。本題に戻りましょう。

 古くて新しい言葉ですが、経済には“動脈経済”と“静脈経済”が有ります。“静脈経済”とはリサイクル経済のこと。“闇社会”や“アングラ経済”と間違わないで下さいよ。

 もし、日本が福島原発の不幸な事故を活かして、原発解体・放射性廃棄物処理の静脈産業を構築できたとしたら、より良き世界を実現する強烈なプレーヤーとして必ず脚光を浴びるでしょう。

 でも、核物理学者でもない私は技術開発の時期を予測できません。(私なりの解決策は拙作『時のロープ』で表現しているので、もし興味が有れば、御一読を・・・・・・是非)

 だから、原発産業に関する話題は御仕舞です。でも、“静脈経済”の切り口では話を続けます。

 第9話『規格・標準』で“市況商品”を取り上げました。“市況商品”の一部は“静脈経済”で取り扱われています。

 鉄屑や古紙が一例です。廃プラも化学繊維になったりしますよね。

“都市鉱山”と言う言葉を耳にした事が有るでしょう。スマホやパソコン等に埋め込まれた希少金属の回収を意味します。電気自動車の時代到来に合わせて、“充電池の回収”なんてキーワードも新聞紙面で目にするようになりました。

 “静脈経済”は、都市ゴミ問題や資源枯渇問題の解決に貢献しており、鉱物資源が乏しく国土面積の狭い日本には、世界的な競争力を有する企業が幾つも存在するそうです。

 先進国の中で日本は、製造業が相対的に地盤沈下していません。製造業が存在しないと再生は覚束おぼつかないのです。一方で、発展途上国ではようやく豊かな暮らしを実感する“消費”が始まったばかりで、ゴミ処理問題は後回しです。

 高度成長期に公害で苦労しつつ、製造技術を磨き続けた日本だからこそ、“静脈経済”が充実しているのです。

 “静脈経済”は前話までに言及したBtoB型やBtoC型のビジネスではありません。CtoB型のビジネスなので、メディア媒体での広告を行いませんし、一般消費者の知名度も著しく低いでしょう。

 でも、40年の時間軸で考えると、中国・インドの人口大国や、周辺のアジア・中東・アフリカの発展途上国が経済発展を遂げ、現地の人々は暮らしの質を重視し始めます。マーケット的には拡大の一途だと思います。


 ところで、海外進出と聞けば、日本企業が海外マーケットに撃って出るパターンを思い浮かべますが、実は逆パターンも就活生の狙い目ではないか?――と、私は思います。

 つまり、日本マーケットを攻略しようと野心を抱く外国企業が拠点を設けるパターンです。

 近年の分かり易い事例で言えば、中国の通信機器大手・華為ファーウェイ技術でしょうか。

 まぁ、本章では食傷気味なまでに盛り沢山の話を書き連ねましたので、続きは次回以降に回しましょう。ここまで読んで頂き、有り難うございました。

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