第10話 人口動態

 貴方が退職する40年先を見通す際、最も確実な参考指標は人口と年齢ピラミッドです。

 ご存知の通り、日本の高齢者比率(65歳以上の構成比)は30%弱で世界トップです。

 2016年時点の世界銀行の調査に拠れば、2位以下には欧州諸国が並び、アメリカが38位で15%強、中国が66位で10%、インドが104位で約6%です。

 直近の日本の年齢ピラミッドを見ると、第一次ベビーブーム世代の60歳代後半と、その子供世代の40歳代に山が立っています。その後は年齢が下がると共に人口は減少していきます。頭でっかち気味の「釣鐘型」です。

 2050年の予測モデルを見ると、今の中年世代が80歳前後に至って山を作り、その後は緩やかに人口が漸減します。当然ながら若年層の人口は今よりも絶対数が少ないです。「釣鐘型」から「壺型」を通り越えて、東京ビックサイトの建物みたいな形になってしまいます。


 消費に関しては、老人向け商品は売れ続け、若者向け商品は売れなくなるのが簡単に推察できます。

 製造業の生産現場はどうでしょうか? サービス産業の最前線は? 建設現場は?

 私が考えるに、若年層縮小が巻き起こす最大の問題は生産現場、或いはサービス提供現場を維持できるか?――だと思います。

 製造業の工場では若人わこうどの体力が求められます。主婦がパートで働く弁当工場や惣菜工場であれば、そんなに体力を必要としないかもしれませんが、それでも長時間の立ち作業は足腰の弱った老人に辛いと思います。少なくとも私には無理そうです。

 また、特に金属製品なんかの比重の大きい素材を加工する工場の場合、製品も大きくなりますから、重量物を取り扱う事になります。

 勿論、重量物を人力で持ち運ぶ事はありませんが、クレーンや加工機械の整備にはDIYとは比べ物にならない体力を要します。ネジだって大きく、固く締め付けられているのですから。

 私の取引先の工場でも女性作業員の姿を目にするようになりましたが、フォークリフト運転手とか、相対的に体力を求められない役回りに留まっています。これは女性蔑視とは違います。女子プロレスラーみたいな方が工場現場で働いてくれれば助かるのですが、そんな体格の女性の数は限られます。

 建設現場や工事現場だって体力が必要です。家屋リフォームのバラエティー番組を見ていると、明らかに年寄には無理な肉体労働の連続です。

 何らかの対策を講じなければ、全国の至る所で生産活動が破綻してしまうでしょう。老朽化した社会インフラが放置され、経済活動が成立しない状況に陥り兼ねません。


 対策の方向としては2つ。体力の無い者を強化して戦力化するか、体力の有る者を呼び寄せるか、です。

 前者の1つの好例はサイバーダイン社の提供するパワード・スーツ。映画「ターミネーター」の話ではなく、現実日本で筑波大学教授が設立した企業の話です。既に介護現場で徐々に足場を築きつつありますよね。

 でも、パワード・スーツを大半の現場作業員に支給するとなれば、相当にコストがかさみそうです。

 後者は移民の受け入れです。移民に慎重な日本人の感性を考えると、どこまで浸透するのか?――は怪しいです。

 それに移民の方だって、自国よりも日本の賃金レベルが遥かに高ければ積極的になるでしょうが、“失われた20年”の間に日本の賃金レベルは国際的にも低落していますから、家族と離れ離れになってまで日本に行こうと考えないかもしれません。


 高齢化だけではありません。労働力人口そのものが減少します。女性や高齢者の戦力化が叫ばれている昨今ですが、この業界には浸透しないよな――と感じる業界は多いです。

 先に述べた肉体労働を伴う製造業や建設業に加え、運輸業も厳しい状況に直面しています。

 インターネットで購入した商品のデリバリーが大変で、宅配業者が相次いで値上げしたニュースは記憶に新しいでしょう。でも、あれはBtoC型のサービス産業について、です。手で運搬できる程には相対的に軽い商品が対象です。

 実は、BtoB型の産業においては重量物が大半なので、大型車輛や特殊車輛が一般的です。運転にも技能や資格が必要です。ガソリン等の危険物を運ぶ車輛は特にそうです。

 警察庁の運転免許統計に拠ると、大型車輛や中型車輛の免許保有者の絶対数は年々減少しています。

 今まで通りに工場で生産できたとしても、全国各地の取引先に商品を届けられない時代が直ぐそこまで来ているのです。


 こう言う風に考えを巡らせていくと、製造業の一部は海外に生産現場を移していくでしょうね。

 第5話『重厚長大型と軽薄短小型』で述べた通り、工場建設費の安い業態から海外進出するでしょう。これまでの海外進出は現地需要を捕捉するためでしたが、今後は企業としての生産活動を維持する事に目的が変化するでしょう。

 海外で生産して日本に輸入する。日本の地方に所在する工場からトラックで全国配送するよりも、大消費地周辺の港で荷揚げして、そこから取引先に配送する方が効率的です。

 地球の裏側、南米辺りから輸入しては輸送費が嵩みますから、東アジアに拠点を移すのではないでしょうか。東アジアは人口も多く、現地需要の取り込みも狙えば一石二鳥です。これがビジネスモデルの基本になる気がします。


 次に海外の主だった国に目を転じてみましょう。

 まず、アメリカの年齢ピラミッドは2050年においても、経済的に理想とされる「釣鐘型」を維持するようです。継続的に受け入れる移民が若年層を補填し続けるからです。トランプ大統領は移民に否定的ですが、私自身は大統領が変われば移民政策を元に戻すと思います。

 白人に限ると合計特殊出生率は1・7強らしく、日本人の1・2強に比べると好成績ですが、人口維持に必要な2・0強には及びません。年金制度の稚拙なアメリカで白人だけの国家を築こうと試みても無理があります。

 中国の年齢ピラミッドは2050年までに「釣鐘型」から「壺型」に変化します。軌道修正したとは言え、一人っ子政策の影響がジワジワと出てくるのですね。総人口も減るようですが、10億人超の規模は維持するようです。

 インドの年齢ピラミッドは現在の「富士山型」から2050年に「釣鐘型」に変化します。経済発展に伴い死亡率が下がり、人口的に安定した中年層を形成すると世界銀行は予測しています。

 東南アジアの国々は現在、「富士山型」から「釣鐘型」に移行中です。

 幼児や若年層の死亡率が高いフィリピンは「富士山型」に近く、最も経済発展の進んだタイは「釣鐘型」です。インドネシアが「釣鐘型」に一歩手前。2050年時点では「壺型」にかなり近付くでしょう。

 ベトナムやカンボジアは戦争・内乱の影響で老齢層が手薄ですが、中年以下で「釣鐘型」を形成中。全体で見れば未だ未だ高齢化を心配する必要は無用です。


 消費に関しては、人口10億人以上の中国、3億人の突破が必至なインドネシア、1億人弱のタイ辺りで老人向けの商品・サービスに対するニーズが高まる事は容易に想像できます。

 老人介護業界、終末医療関係の業界なんかは、高齢化の先行する日本でノウハウを蓄積し、東アジアに拠点を広げた一大産業と化しているかもしれません。

 先述したパワード・スーツの普及は各国の所得水準如何いかんだと思います。でも、中国なんかは既に世界第二位のGDPを誇りますし、パワード・スーツを着用した家政婦を雇う金満高齢者がウジャウジャと出現しそうですね。

 庶民階級の高齢者相手でも、健康志向の日本食サービスなら商機が有るかもしれません。

 ラーメンや牛丼、天婦羅等のギトギト系は受け入れられないでしょうが、刺身ニーズは高まるんじゃないでしょうか。寿司は微妙ですね。日本以外の東アジアで一般的に食される米は長粒米なので、日本人ほど頻繁には寿司を食べないと思います。素人考えですが・・・・・・。

 水産加工業界とか、鮮度を保ったままで生鮮食品を運搬する物流業者とか、色々と活躍する日本企業が増えそうです。


 高齢者相手だけではありません。未成年相手のマーケットも大きいはずです。

 先に挙げた中国・インドネシア・タイに加え、マレーシア人口が約3千万人、ベトナム人口が約9千万人、フィリピン人口が1億人、ミャンマー人口が約5千万人です。

 経済発展に伴い豊かになれば、「子供には十分な教育を与えたい」と思う親の気持ちは民族を問わず同じです。

 私は教育関係者ではありませんが、そう言う視点でネットを彷徨さまよっていたら、公文くもん教育研究会を見つけました。私の自宅周辺でも公文式教室の看板を散見しますが、あの公文です。

 私は「洒落っ気を出して、数学の公式こうしきを“公文くもん”って呼称しているんだろう」と勘違いしていましたが、創始者が公式くもんさんなんですね。

 それは扨置さておき、KUMONのホームページを拝見すると、既に50の国と地域に進出しているそうです。東アジアではミャンマーも含め殆どの国に進出しています。

 海外進出を図った第一の理由は日本人駐在員の子弟教育ニーズに応えるためだったそうですが、算数や数学は万国共通の科目なので、現地人の子供も学ぶようになったそうです。

 日本の教育産業は益々厳しい環境に直面せざるを得ません。未成年の人口が減少するのですから。

 私も日本の受験産業が海外で受け入れられるとは思いませんが、合理的な教材に基づき組織立って子供達を教育するノウハウを持っているのでは?――と、期待を込めて思うのです。

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