第9話 規格・標準

 JISはJapanese Industrial Standardsの頭文字で、“工業標準化法”に基づき制定される日本の国家標準の一つです。

 似たようなJASはJapanese Agricultural Standardの頭文字で、“農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律”に基づき制定される日本の国家標準の一つです。

 全世界の国々が、少なくとも先進国は、国中に出回る事になる商品の満たすべき最低ラインの性能・素性すじょうを定義しています。劣悪な類似品が出回っては、誰もが安心して商品を購入できなくなり、不信の連鎖が経済活動を滞らせてしまうからです。


 この“満たすべき最低ライン”が重要な意味を持ちます。

 限られた少数の企業しか対象の商品を提供できない場合、競争が働きませんから価格が高止まりしてしまいます。それは社会全体の負担コストを重くします。

 だから、監督官庁は不特定多数の企業が提供できる品質レベルを前提に標準を定めます。

 と言うことは、JISやJASの様な国家認証機関の承認マークの印字された商品は、マーケットでの競合が厳しく、価格維持が大変な商品だと言えます。

 反面、海外製品が日本マーケットに流入し難い商品だとも言えます。逆の視点で考えると、海外マーケットを攻め難い商品だとも言えます。

 各国の国家認証機関の存在目的は鎖国ではないので、自国企業だけに認証を与えたりの保護貿易的な行動をしません。ちゃんと海外の企業にも門戸を開いています。

 でも、申請・審査作業は面倒臭いようです。「相当に有望な新天地が待っている」と確信できないと、中々申請に踏み切らないみたいです。


 国家が定める標準ばかりではありません。業界が定める標準もあります。

 有名な標準として、国際船級協会連合の定める標準でしょうか。海運業の盛んな国を主体に設立された協会の連合体で、海運業界として造船業界が安全な船舶を製造するように目を光らせる事が存在意義の一つです。

 海運会社の所属国家と造船会社の所属国家は往々にして異なるため、早くからグローバルな体制が構築されたようです。

 船級協会は船舶鑑定人や、材料・配管・機械・電気等の様々な分野の技術者を抱えて、粗製乱造の船舶が就航しないように監視しています。

 海運業界はBtoB型の産業にとって魅力的な売り先です。だから、造船会社に限らず、部品メーカーや素材メーカー等の様々な企業が船級規格を取得しています。

 でも、船級協会の運営目的は安全確保であって、特定企業に専売権を与える事ではありません。

 よって、それなりに競争は激しいです。但し、高品質な製品を求めるマーケットなので、“バナナの叩き売り”みたいな状況にはなりません。

 アメリカ石油協会(American Petroleum Institute)が定めるAPI規格も有名です。エンジン・オイルのグレードを定めている他、原油生産設備やパイプライン輸送等の標準・規格を定めています。

 世界中の原油掘削現場はAPI標準に基づいて運営されているのではないでしょうか。

 OPECによる石油危機が勃発するまでの間、権勢を誇っていた石油メジャーの7社の内、5社がアメリカ企業でしたからね。石油メジャーの影響力が地盤沈下した後も、一度確立された標準は踏襲されていると思います。

 油田関連のマーケットは金額規模も大きいので、船級規格同様に、API規格の取得を目指す企業が多いようです。


 ISOの名称を聞いた事がありますか?

 国際標準化機構。International Organization of Standardizationの頭文字です。OとSの順番が入れ替わっていますけど・・・・・・。

 Wikipediaに拠れば、世界中の殆どの国家が加盟する国際標準化機構は、国家間に共通な標準規格を提供していて、工業製品のみならず、技術、食品安全、農業、医療等の幅広い分野を網羅しているそうです。

 貴方が就職すれば耳にすると思いますが、日本ではISO9000とISO14000が有名です。

 ISO9000は品質マネジメントシステムに関する規格の総称で、具体的な認証の対象となる規格はISO9001に定められているので、9001の方が有名です。

 ISO14000は環境マネジメントシステムに関する規格の総称で、ISO9001と同様にISO14001が有名です。

 いずれも“システム”と銘打っている通り、業務運営に関する規定で、ホワイトカラーの作業標準書のイメージです。企業の提供する商品・サービスの性格を云々するものではありません。

 強いて言えば、ISO14001の認証を得ている企業の商品・サービスは環境に優しいエコ的なものと言えますが、マーケットにおける競争状況を就活生が想像するネタには成り難いです。


 就職活動をする際、人事担当者に

「御社の商品・サービスは、どの様な規格・標準と馴染みが深いのですか?」

 と、質問してみて下さい。

 そして、自宅に戻って、教えてもらった規格・標準をネットで調べてみましょう。訪問した企業を理解する一助になるはずです。


 国家規格或いは業界規格と縁遠い企業が存在していても、「怪しげな会社では?」と早合点しないで下さい。

 先に述べた様に、規格は“満たすべき最低ライン”です。特にBtoB型の産業において、買手企業が売手企業に“最低ラインではなく、もっと高いレベル”を求めるケースは往々にして見られます。

 その場合、個別に仕様書を締結します。その仕様書は企業対企業の取り決めで千差万別ですから、国家や業界が仲立ちしないのです。

 業界人でない私には断言できませんが、自動車メーカーと部品メーカーの間では仕様書に基づいて取引しているのではないでしょうか。

 また、システム開発の会社も顧客企業と仕様書に基づいて取引している気がします。顧客ニーズは企業毎に違うでしょうから、標準なんて定めようがないと思います。

 逆説的に考えると、

「弊社の商品・サービスは、お客様の個別ニーズに応じたものであり、規格や標準に馴染みません」

 と言う返事を得たら、企業としては真の実力を求められる業界なんだな――と解釈できそうな気がします。


 規格・標準とは違いますが、“市況商品”についても語っておきます。

 就活生ならば日経新聞を購読しているでしょう。その日経新聞の紙面右肩か左肩に“マーケット商品”と見出しが書いてあるページに掲載された商品を“市況商品”と言います。

 私はアナログな人間なので今も紙媒体の新聞を読みますが、昨今は通勤電車の中でもスマホやタブレットの画面を見ている方が増えました。少なくとも東京都心に向かう通勤電車の中では、そう言う方の方が主流ですね。

 久しぶりに日経電子版を開きましたが、記事だけが閲覧可能みたいですね。どんな商品が掲載されているか?――を是非、紙面で確かめてみて下さい。

 市況商品は需要と供給のバランスで価格が決まります。市況商品を取り扱っている、或いは加工している業界の製品価格も需給に左右されます。

 デイリー、ウィークリー、マンスリーと対象商品を区分しています。デイリー欄の商品は値動きが激しく、マンスリー欄の商品は相対的に緩慢な値動きを示すと考えて下さい。

 日経新聞に掲載される市況は――紙面に制約がありますから――国内価格に関してですが、同類の商品は海外でも市況商品です。

 関係する業界の将来を予想する場合には、次話『人口動態』で語る内容が参考になるでしょう。

 分かり易い例えをすると、世界人口は増えるでしょうから、食糧の需要は増えます。一方で、食糧生産者が同じ様に増えるか?――と言えば、そんな事はないと言う産業が殆どではないでしょうか?

 つまり、食糧価格は上昇しますね。

 次に、食糧価格の上昇メリットを享受できる産業だろうか?――と、考えを巡らせてみて下さい。

 これまた素人考えですが、魚価が上がれば、一次的には漁師が儲かります。〇〇御殿が漁村中心に建ち始めるかもしれませんが、もっと大局的な産業構造に思いを馳せてみましょう。

 漁業従事者の年齢構成は日本平均よりも進んでいそうです。漁に出る人数が減少して、日本人の食べるに十分な漁獲量を維持できないかもしれません。

 その結果、養殖関連の産業が盛んになるかもしれません。これまではコスト高で採算難だった養殖だって、魚価が上がれば事業として成立します。

 或いは、今でも中国や台湾の漁船が日本の経済水域ギリギリの海域で漁をしていますが、彼らを日本の漁港に呼び込む事も選択肢に入るでしょう。

 現状は日本人漁師の集まりである漁協が漁港を管理しているので考え難いですが、日本人漁師の数が減れば外国籍の漁船に門戸開放する事は合理的です。

 外国漁船の立場に立てば、自国の港まで戻るよりも日本の漁港で水揚げした方が漁船の燃料代が浮きます。中国の漁港ならば日本の漁港よりも高値で魚を卸せると言うなら、漁船は経済合理性を感じないでしょうが、その様な状況は考え難いです。船員は成田から飛行機で実家に帰るようになったりして・・・・・・。

 こんなオペレーションを段取る企業が出現したら、意外と有望株かもしれません。

 或いは、東日本大震災を機に東北の漁港の一部には企業が資本参加し始めているらしいです。6次産業化を目指して水産加工会社が参加するケースが多いみたいですが、そんな水産加工会社が私の突飛なアイデアを実現するかもしれません。


 今回の最後として、もう一つのアドバイス。

 一般庶民が自ら購読している新聞は総合新聞ですね。スポーツやギャンブル、風俗や芸能ネタに軸足を置いた夕刊紙或いはタブロイド紙も不定期に購入するかもしれません。

 実は、他に“業界紙”と言う存在が有ります。産業毎に深堀して取材する新聞です。金属業界、家電業界、食品業界、金融業界等のそれぞれの分野に特化した新聞が存在しているのです。

 私も働き始めてから初めて存在を知りました。

 勿論、発行部数は日経新聞よりも桁違いに少ないです。その業界人しか読まないのですから。だから、発行する新聞社も小さいです。記者の数も少ないです。でも、深堀りしています。

 志望する業界を絞れてきたら、是非その業界の業界紙の社屋を訪問してみてください。「自分は就職先として〇〇業界を考えている」と事情を話せば、恐らく新聞のバックナンバーを閲覧させてくれるでしょう。運が良ければ、業界に関する一般知識をレクチャーしてもらえるかもしれません。

 これは就活性にとって、第一級の情報ですよ。本屋で売っている就活指南書よりも遥かに濃密です。

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