第7話 素材産業と組立産業(その②)

 消費者相手の組立産業においては、ドンデン返しが起こり得ます。入社してから退職までの40年前後の時間を1つの業界で生きて行こうと考えるならば、必ず転変地異に見舞われると覚悟しておいた方が良いでしょう。

 経済学で使う「コンドラチェフの波」を御存知でしょうか?

 50年前後の長い周期で訪れる景気循環の波で、技術革新を震源とする変化だと言われています。

 私の生きてきた半世紀を振り返ってみても、その様な事例で枚挙に暇がありません。幾つか事例を御紹介しましょう。


 最初の事例は音楽の記録媒体。私が幼少の頃は、カセットテープかレコードです。私よりも上の世代はオープン・リール・テープだったのでしょう。私自身は実物を見た事が有りません。

 カセットテープもレコードも再生回数と共に記録媒体が摩耗します。音が劣化するのです。好きな音楽を聴きたくて購入するのですが、再生回数を抑えてケチケチと大事に聴いていました。今から振り返ると滑稽ですけど・・・。

 私が高校生の頃でしたか、CDが登場しました。その後、MDなんかも登場しました。MDの商品寿命は極めて短かったので、存在を知らない方も多いのではないでしょうか。

 MDはデジタル信号を録音する点はCDと同じだけれど、CDより小型で、消費者が好みの音楽を録音できる優れものでした。何故、MDの商品寿命が短かったのか?

 パソコンに音楽情報を保存するようになったからです。外出時には、MDと違って再生機器が不要な小さな携帯端末に、電子情報として保存し直していました。

 ちなみに、“ウォークマン”はSONYが売り出した携帯音楽プレーヤーの商品名ですが、外出時にヘッドホンを耳に当てて音楽を聴く生活習慣を普及させた歴史的商品だったため、その後も普通名詞として世界中で使われました。

 そのウォークマンですが、カセットテープと言う磁気媒体、CDと言う光学媒体、そして電子媒体へと進化していくのですが、このプロセスで多くの音響機器メーカーが姿を消していきました。最後まで生き残れたメーカーはSONYだけじゃないでしょうか。

 そのSONYも21世紀初頭には、アップル社の商品iPODシリーズに席捲されます。アップル社はインターネット上の音楽配信サービスと組み合わせて登場したので、利便性で勝てなかったのです。

 耄碌した私自身は古い曲ばかりを繰り返し聴いているので、最近の音楽配信サービスに疎いのですが、アップル社も既に巨人ではなくなっているのではないでしょうか。それだけ栄枯盛衰の激しい業界です。

 映像も同じようなプロセスを辿りました。8㎜映写機からビデオデッキ、光学媒体としてLDが登場すると、DVDが続き、今やBD。徐々に主力はネット配信に移ろうとしています。

 余りに変化が激しいので、初老の私なんか、TSUTAYAやGEOのレンタル屋さんを未だに「レンタルビデオ屋」と呼んでいます。陳列棚には全くビデオカセットが並んでいないにも拘わらず、です。

 電話の世界も動きが激しいですね。固定電話から携帯電話へ。携帯電話もどんどん小さくなり、「パソコンか?」と目を疑うようなスマホに進化しました。カメラも姿を殆ど消しましたね。スマホで動画を録画できるようになると、ハンディーカメラも短い商品寿命を閉じましたね。

 

 小見出しには記載していませんが、組立産業よりもサービス産業の方が劇的な技術革新に見舞われるようです。事業を始めるに当っての投資が少額で済むので、新規参入が容易です。つまり、企業家の知恵が勝敗を左右する面が大きくなるので、当然だとも言えます。

 端的な事例ではKDD、国際電信電話株式会社。法人としてはauに合流しましたが、本業であった国際電話サービスは消滅しているはずです。

 私が子供の頃、固定電話から海外に電話する際には、KDDの国際回線を使っていました。勿論、(割高と言う意味で)特別料金でした。現在では、スマホにインストールした無料チャット・アプリを使って海外居住者と通話するのが一般的だと思います。

 証券会社も地盤沈下の著しい例です。私が就職活動をしていた30年前は、インターネット経由の株式売買が黎明期を迎えていました。それまでは、証券会社の店頭に出向いて、株式売買を申込まなくてはなりませんでした。

 今の若い方には想像できないでしょうが、株式とは、賞状みたく紙面に社名を印刷した株券の事であり、手で触れる事が出来たのです。大半の投資家は、税務署を忌避する大資産家でもない限り、保有する株券を証券会社の金庫に預けていたのです。

 改めて調べてみると、1984年に「株券等の保管及び振替に関する法律」が施行され、全国の株券を一元的に保管する証券保管振替機構が設立されました。株式市場での売買に伴って現物の株券を譲渡する必要が失せ、名義変更だけで済むようになったので、ようやくインターネット売買が実現したのです。

 その後2004年に「株券電子化に関する法律」が公布され、2009年には紙に印刷された株券は無効化されました。株式の保有・売買は完全にバーチャル化したのです。

 そうなると、店頭に社員を抱えて運営している証券会社は、ネット売買を生業なりわいとする企業に対するコスト競争力を喪失します。実際、割高な売買手数料を嫌気して、大半の投資家はネット売買にシフトして行きます。また、24時間、好きな時間帯に売買予約できる利便性の影響も大きかったはずです。

 ですから、30年前には超優良企業として大人気の就職先であった野村証券も、今では人材確保に苦労しているのではないでしょうか。人事系列のキャリアを歩んでいない私には断言できませんので、貴方に野村証券を会社訪問する機会が有れば、是非確かめてみて下さい。


 技術革新に依る経済の大循環を唱えたソ連の経済学者コンドラチェフは、20世紀初頭の人物です。蒸気機関の発明、鉄道の敷設、自動車の普及、化学産業の勃興と、社会を根底から変える技術革新に彼は注目したのですが、自分の就職した産業に及ぼす技術革新の影響と言う観点では、半世紀よりも圧倒的に短い期間で現れます。

 事業開始に必要な初期投資額が小さいほど、その周期は早くなります。

 改めて現在の世界経済の動きを眺めてみると、物理的な新製品の登場よりも、その操作をコントロールするソフトウェアなりビジネスモデルの変革が引き起こすインパクトが益々大きな位置付けを占める傾向にあるようです。

 ドローンが好例じゃないでしょうか。ハード面では既存技術の寄せ集めだ、と素人的には思います。平衡を保って飛行させる、複数の機体に編隊を組ませると言う制御技術こそが肝なんでしょう。

 また、“シェアリング経済”なる単語も耳にし始めましたが、これも既存商品を如何いかに効率良く不特定多数で共有するか?――と言う一種のコントロール技術です。

 これら知的財産は工場で生み出すものではなく、知恵のみが源泉です。極端な事を言えば、初期投資額はゼロです。現時点では想像すら出来ないビジネスモデルが今後とも続出するでしょう。

 組立産業の製品は、その利用サービス産業の傘下に組み込まれていくでしょう。既存のサービス産業は、新たなビジネスモデルのサービス産業に駆逐されていくでしょう。旧産業は新産業の下請けとして組み込まれていくはずです。

 つまり、現時点で隆盛を誇っている組立産業やサービス産業に就職する方ですら、老いても猶、柔軟な発想で立ち振る舞いが出来るように、心を錆び付かせないでいる事が求められるでしょう。

 でも、心配は要りません。最初に就職した企業が倒産しても、新たなサービス産業が勃興しているのですから、転職先は有るわけです。苦労はするでしょうが、果敢に挑戦し続ける精神を持ち続けば、きっと活路が拓けるはずです。


 反面、素材産業において、この様な劇的変化が起こる可能性は小さいと思います。素材産業は自然科学の法則に基づいて付加価値を創造しているからです。

 就職から退職までの40年前後。過当競争によって価格が暴落したりと様々な経営環境の厳しい局面に直面するでしょうから、所属する企業が安泰でなくなる可能性は有ります。でも、鉄は鉄鉱石を石炭で還元するプロセス以外に製造不能なのです。

 但し、エネルギー産業は相対的に不安定でしょうね。水からガソリンを精製する技術が生まれたりしません。ガソリンの原料は石油なのです。その点では自然科学の法則に律則されるのですが、ガソリンを燃料として捉えると、消費者の選択肢は他にも有ります。

 戦後日本の石炭産業が極めて短期間の内に石油産業に取って代わられました。“エネルギー革命”と呼ぶに相応しい、革命級の変化に見舞われる可能性が有ります。実際、ガソリン・エンジン車は電気自動車や燃料電池車にシフトし始めています。

 尚、石油精製業界は化学業界の原料も製造しているので、次なるエネルギー革命が迫って来ても、そちらの事業まで無くなるわけではありません。開発途上国が豊かになれば、世界中の化学製品ニーズも増えるでしょうから、伸びるマーケットでの足場を強固にすれば良いのです。

 ちなみに、2018年の仕事始めの朝の日経新聞に、ユーグレナ社の出雲社長のインタビュー記事が掲載されていました。「精製過程はバイオ燃料も石油も基本的に変わらない」そうです。だから、原油ではなくて、珪藻類が将来の原料となっているかもしれませんね。

 重要な事は、変化への対応力です。

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