第5話 重厚長大型と軽薄短小型

 今から30~40年前に、各業種を大まかに大別する言葉として、重厚長大型産業・軽薄短小型産業と言う呼称が流行りました。

 2度のオイル・ショックを乗り越えたと思ったらプラザ合意後の急激な円高に見舞われ、輸出に大きく依存していた多くの業種で企業存続が危ぶまれた時期に生まれた言葉です。

 当時イメージアップされた代表的な産業は、重厚長大型では鉄鋼業界。

 軽薄短小型では家電業界でした。家電と言っても、冷蔵庫や洗濯機等の白物家電ではなく、パソコン等の黒物家電でした。加えて、携帯電話。ガラケーですから、今のスマホと比べると“軽薄短小”とは言い難いですが、当時の代表的商品でした。

 ウィンドウズ95の登場前夜であった当時の世相は、NECが標榜したC&Cと言うキーワードに集約されると私は思います。コンピューター&コミュニケーション。情報通信革命を通じて、全ての産業・国民全体の暮らしの中で非効率を撲滅して行こうと言う未来志向の風潮でした。


 ところが、その後の日本社会は、当時の風潮と異なる展開を迎えます。

 端的にはパソコンでしょう。ウィンドウズが出現するまで、パソコンを動かすOS、オペレーション・システムは家電メーカー毎に異なっていました。A社のパソコンを購入して作成したソフトは、B社製パソコンに買い替えると使い物にならなくなります。つまり、消費者の囲い込みが可能だったのです。

 ところが、1995年のウィンドウズ出現を契機に、パソコンは単なる“箱”におとしめられます。

 パソコンを機器として眺めた時にも、重要なのは“箱”の中に組み込まれる様々な電子部品。今でも日本の電子部品メーカーは大きな存在感を示していますが、“箱”を組み立てる立場の家電メーカーの凋落は目を覆いたくなる惨状でした。

 中国の家電メーカーでも、日本の部品メーカーから電子部品を調達すれば、日本製と同じ性能のパソコンを製造できるのですから。結局の処、日本の家電メーカーのパソコン事業には、他社には真似の出来ない決定的なノウハウが無かったのだと結論付けざるを得ません。

 反面、鉄鋼業界はしぶとく生き残っているようです。1990年代から中国を始めとする新興国が目覚ましい経済発展を遂げ、世界的な鉄鋼需要の増大を追い風に輸出を増やしました。

 一方、重厚長大型とも軽薄短小型とも言い切れない自動車産業。どちらかと言えば、重厚長大型に近い雰囲気の自動車産業は――と言えば、トヨタ自動車が1980年代半ばに北米で車両組立工場を立ち上げ、海外進出に踏み出します。

 その後、現地生産化をキーワードに全世界で組立工場を建設し、世界中の需要を取り込んで大きく躍進しました。

 但し、グローバルには成長しましたが、日本国内での生産台数は頭打ちでした。鉄鋼業界とは違って、完成車輸出で外需を捕捉するのではなく、現地で組み立て、現地で販売するスタイルを構築したからです。自動車メーカーの社員は相当に苦労されたのだと思います。

 昨今はガソリン・エンジン車から電気自動車へと世代交代の荒波に揉まれそうになっていますが、当時から30年近くもグローバル成長を続けてきた事実に、部外者として素直に感嘆します。


 さて、これらの相違が生じた原因は確固とした技術ノウハウの有無だけでしょうか?

 私は、もっと大きな原因として、工場建設時の投資金額が挙げられると思います。少し事例を調べてみましょう。

 ネット検索に依ると、住友化学がサウジアラビアで現地企業と合弁で建設した石油コンビナートの建設費用は第1期で1兆円、第2期で6千億円だそうです。

 加えて最近、サウジアラビアでは、国営石油会社と国営石油化学会社が共同で石油コンビナートを建設する事に合意しました。その投資額は2兆数千億円だそうです。何だか庶民には実感の湧かない金額です。

 JFEスチールも出資を決めたベトナムの製鉄所の建設費用は、第1期だけで1兆円だそうです。第何期まで増強するのか知りませんが、鉄鋼業界でも石油化学業界と同じ程度に巨額の投資を必要とします。

 少し古いですが、“産業の米”と言われた半導体業界では、2017年夏に韓国サムスンが韓国内の2つの工場に総額2兆円の投資を決めたと言うニュースが流れました。更地から工場を建設した場合には更に投資金額が膨らむはずです。

 シャープが大阪府堺市に建設した液晶テレビ工場の建設費は約4000億円だそうです。土地代も含まれているのでしょうが、それなりに巨額です。台湾企業に買収される事になった一因だと言われています。

 同じ家電でも、パソコンでは、約10年前に中国メーカーのレノボがメキシコでパソコン工場建設を決断した際、その投資金額は約25億円でした。日本企業のオーバースペック気味の仕様で今に建設したとしても、精々100億円と言うレベルじゃないでしょうか。

 エプソンが2017年にフィリピンで稼働させたプリンター工場の建設費用は約150億円。37年ぶりに大阪府茨木市工場新設を決定した資生堂の建設費用は約400億円。半導体工場や液晶テレビ工場と比べると、桁が違いますね。

 王子製紙が中国で建設した製紙工場の建設費用は約1400億円だそうです。インドの地場企業がセメント工場を建設した時の投資費用は約400億円。こちらは工事人夫の賃金も安いでしょうから、日本企業が建設すれば、投資費用は1000億円前後に倍増するのでしょう。

 自動車産業について、昨今はメキシコで各社が新工場を続々と建設していますが、1000億円から2000億円が1つのユニット単位みたいです。勿論、車両組立能力を何台に設定するか?――に依って投資費用は変わるようです。

 尚、自動車産業の場合は、完成車メーカーに伴連れで数多あまたの部品メーカーも進出していくので、自動車産業全体としての投資費用は、石油化学業界や鉄鋼業界と同じレベルなのかもしれません。


 工場建設費用がかさむと、新規参入者が現れ難くなります。つまり、競争条件が中々厳しくなりません。重厚長大型の典型である素材産業が生き延びた理由は、これだと思います。

 ところが、鉄鋼業界や石油関連産業が将来とも安泰か?――と問われれば、そうとも言い切れないようです。歯切れが悪くて済みません。

 石油関連産業については、私自身が石油精製業界と石油化学業界の関係を深く理解していないので、偉そうな事を書き連ねられません。でも、先にサウジアラビアの事例を挙げましたが、投資金額が巨額であっても、国家戦略を背負った国営企業が新規参入して来ると言う荒業を考慮しなければなりません。

 一挙に需給関係が崩れると、ベーシックな商品だからこそ差別化が難しく、価格破壊の影響を被り易いと言う構造的弱点が有ります。

 業界団体が情報発信に熱心ゆえネットで調べ易く、素人でも理解し易い“鉄”について書き綴ってみましょう。(邪馬台国シリーズを執筆した際、個人的にも勉強したもので・・・・・・。良かったら、そちらの拙作も読んでみて下さい)

 鉄鋼業界の話に戻りましょう。日本の鉄鋼業界は世界需要の増加を捉え、輸出を伸ばしたと前述しました。ところが、我が世を謳歌できた時期は2000年前後までしか続きませんでした。

 具体的に数値で振り返ってみましょう。

 中国の粗鋼生産量は、1980年前後に3000万トン強。約30年後の2007年に約15倍の4億9千万トン、更に10年が経つと概ね倍増となり、2017年には8億5千万トンを突破しそうです。

 一方、全世界の粗鋼生産量は、2007年に13億5千万トンから2017年の17億トン前後まで、3億5千万トンしか増えていません。同じ期間に、中国の粗鋼生産量は3億6千万トンも増えています。つまり、中国が世界の鉄鋼需要を100%捕捉しました。

 ちなみに、日本の粗鋼生産量は1億トン強ですから、隣の中国では3年ペースで日本一国の鉄鋼業界に相当する能力拡大が達成されてきたと言えます。このインパクトは相当なものです。


 この様に眺めてみると、長期間に渡って安泰な産業は存在しないようです。グローバル化の意味とは、そう言う事なのでしょう。

 どんな業界、どの企業に就職するにせよ、若人わこうどは国際社会の荒波に揉まれる運命にあると言えるでしょう。

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