第4話 農耕民族型と狩猟民族型

 恋愛ドラマを見ていると時々、同僚が社内恋愛に目覚めるパターンに出会います。得てして、男は卯建うだつの上がらない営業マン。女は眉目秀麗で優秀な秘書みたいに女性上位な組合せが多いようです。

 男が優秀でない事を視聴者に分かり易く伝える道具として、壁に張り出された個人別営業成績の棒グラフが重宝されています。世間には、労務管理の一環として、棒グラフで営業マンを鼓舞している会社が多いのでしょう。

 でも・・・・・・、考えてみると、棒グラフが使えるのは、1人の人間が同僚の助けを借りずに売上高を伸ばせる場合に限られますよね? 言い換えると、普通の人間が記憶できる程度の商品知識で十分だと言う業態に限られると思うのです。

 この様な業態は、BtoCの業種に限られるのではないでしょうか?

 相手が一般消費者ならば、事細かに商品の性能を説明しても相手の理解力の域を超えていますから、却って嫌がられるでしょう。「ポイントだけ教えてもらえば十分だから」と腰の引けた台詞せりふが一般消費者の本音だと思うんです。

 反面、BtoBの業種では、知り得る限りの商品知識を駆使しなければいけません。相手はプロの購買マンですから。

 一般的に、営業部門には文系の人間が配属されると思います。一種の先入観ですが、文系の方が理系よりも人付き合いが上手い。辛目からめに言えば、文系には話し上手くらいしか取り柄が無い。

 だから、プロの購買マンを相手にすると、十分に商品を説明できません。商品開発なり製造の現場は理系の世界ですから。

 実際、私の勤務していたBtoBタイプの会社でも、文系の営業マンと理系の技術者がペアで客先を訪問します。相手の購買マンも、彼らの商品に関する技術者を同席させたりします。

――だったら、話し上手の技術屋を営業ポストなり購買ポストに据えれば良い。全ての理系の人間が話し下手なわけもないだろう。

 そう言う感想を抱く読者も多いのではないでしょうか? 実際、私も同感です。

 ところが、得てして理系の人間は金額交渉に携わりたがらない。文系の人間だって金額交渉は嫌です。定価で買う、或いはインターネットで探した最安値の事例を店頭販売員に見せる事に慣れた日本人は、全般的に金額交渉が不得手だと思います。

 インターネットで最安値の商品を探す事は、BtoBタイプの業界における価格交渉とは全く違います。全ての供給サイドの会社が同一の仕様・性能の商品を売り込むなんて、BtoBタイプの業界では有り得ません。プロの購買マン相手に、自社の欠点を過小評価させ、代わりに自社の長所を過大評価させるべく、考え得る限りの論陣を張るのですから。

 誰かが価格交渉をしなければ・・・・・・となれば、大学生活を実験室に籠って過ごす理系よりも、サークル活動なんかにうつつを抜かす文系の方が選ばれ易いのでしょう。法学部や経済学部出身の学生の方が、相対的には対人交渉の心構えが出来ているでしょうしね。


 今回も話が脱線しましたが、BtoBタイプの営業前線では、自ずと複数社員の共同作業になります。反面、BtoCタイプの営業前線では各人の努力で営業成績を伸ばせるのだと思います。

 ここが企業文化として農耕民族型か狩猟民族型かに分かれる岐路だと思います。

 また、業種や経営規模も岐路の1つです。

 製造業の上場企業の場合、製造現場と営業現場とは明確に分かれます。それなりに大きな組織ですから、機能に特化した組織割りとした方が合理的です。加えて、営業現場は全国津々浦々に点在していても、工場は1つなんて事例は枚挙に暇がないでしょうから、物理的にもそうなります。

 そうすると、企業活動は製造現場の理系人と営業現場の文系人との共同作業に成らざるを得ません。

 同じ製造業でも、中小企業の場合は製造現場と営業現場の境目が渾然一体となっているかもしれません。池井戸潤氏の「下町ロケット」に登場する会社では、技術屋の社長がトップ営業を展開しています。

 サービス産業の場合は色々だと思います。

 BtoCタイプのみならず、BtoBタイプの事業も展開している通信業界は、巨大な設備インフラを必要としますし、製造業に性格が近いかもしれません。

 素人の思い込みですが、鉄道なんかは営業現場のウェイトが小さいのではないでしょうか。私には駅員さんに営業を掛けられた経験が有りませんし、法人相手の割引料金の存在も聞いた事が有りませんから。

 逆に、小売業は営業現場のウェイトが極めて大きい感じがします。小売業界にとっての製造現場は仕入先であり、仕入先は別会社ですから。

 理系人と文系人が程好い割合で共同作業している業種は、自ずと農耕民族型の企業文化を形成していると言えるでしょう。

 この章で挙げる“農耕民族型”は、季節パターンが有ると言う意味合いではなく、何事も共同作業が基本だと言う意味合いです。

 当然ながら、常識的な人付き合いが社内で求められます。「俺が大将」型ではなく、関係者の言い分を聞き回る調整型の人間が重宝されるでしょう。


 さて、製造業ならば、どの業種においても農耕民族型の社風になるのでしょうか?

 製造業は原材料にコツコツと色々な加工を施して製品に仕上げます。この川上から川下までのプロセスを、垂直統合型で社内に抱え込んでいるのか?――。或いは、水平分業型で他社と役割分担しているのか?――に依ると思います。

 概ね素材産業は垂直統合型ではないでしょうか? 

 金属メーカーであれば、鉱石を購入して、川下産業の会社が加工し易い形状の金属の塊に仕上げるまでを一貫して自社内で製造すると思います。

 石油精製メーカーや化学メーカーであれば、原油を購入して、ガソリンや灯油、化学繊維や合成樹脂まで仕上げる。製紙メーカーであれば、木材パルプを購入して、紙まで仕上げる。

 いずれも、途中段階の半製品を販売されても、川下産業の会社は困ると思うのです。程好い加工度合いが自ずと決まってくると思います。

 ところが、組立産業の場合は千差万別だと思います。

 経済新聞で勉強する限りでは、アップルの直営工場が担うプロセスは、最後の組立工程だけみたいです。スマートフォンの外装パーツや内部に収納する部品は全て部品メーカーから購入しているのでしょう。究極の垂直分業型だと言えそうです。

 トヨタや日産の様な自動車メーカーの場合、数多くの別会社から自動車部品を購入していますが、部品メーカーを系列化しているので、垂直統合型に性格が近いと言えるでしょう。

 ところが、電気自動車になると、部品点数も減るし、大半の自動車部品メーカーに馴染みのないパーツが増えるので、スマートフォンの如き水平分業に近付くそうです。

 さて、話を戻しますと、垂直統合型の会社では、営業現場の文系人と製造現場の理系人。更には製造現場の各プロセスに従事している理系人同士の人間関係も濃くなります。同じ会社に勤める同志ですから。彼らは運命共同体を形成しているのです。

 反面、水平分業型の会社では、深い人間関係を築けないと思います。勿論、相対的な評価ですが・・・・・・。

 別会社と言う事は、現状の取引関係が必ずしも永続しないと言う事です。下手に胸襟を開いて社内情報を漏らしたら、最悪の場合はライバル・メーカーに耳打ちされ兼ねません。


 冒頭の恋愛ドラマから離れてしまいましたが、就活生に伝えたい事は、農耕民族型の会社では、棒グラフに追われる事は無いでしょう。その様に営業マンを鼓舞している会社に入社したら、棒グラフに基づく管理手法は適切なのか?――と冷静に判断してみて下さい。

 但し、自動車ディーラーの場合は、棒グラフで営業マンを鼓舞していてもおかしくありません。自動車ディーラーはBtoC型のサービス産業です。

 これらの事を念頭に置き、自分の性格を自己分析して、1つの就職先探しの判断材料としては如何でしょうか。

 尚、日本を飛び出して海外の製造業で就職しようと考えた場合、特に素材産業の場合は現地人と極めて親密な人間関係を築く事を求められるでしょう。だから、相当の語学力を求められると思います。

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