第2話 牛後と鶏口
“寄らば大樹”と言う
ところが、私自身は、親として、そんな事を自分の子供に望みません。
西暦2000年前後の都市銀行の相次ぐ倒産、合併。その後の家電業界の苦境を目の当たりにすると、将来の保障された民間企業は無いのだと、今更ながら諸行無常の
一方で、ソフトバンクやらの大企業は、私が就職活動をしている頃には産声を上げたばかりで、就活生の関心を集めていませんでした。
現在の大企業よりも、成長の見込まれる有望企業を探せ――とは、言うは易し、行うは難し。投資家でもない就活生に出来るはずがありません。
私の場合、俗に言う大手民間企業に就職しました。だから、自分の経験を踏まえ、“牛後”となるのも善し悪しだよ――と言う事だけを伝えたいと思います。でも、サンプル数が1なので、私の場合と言う条件付きです。
大企業に就職するメリットの一番は、業界全体を舞台とした戦略図を描き易い事でしょう。端的に言うと、業界シェアが大きければ大きいほど戦略図を描き易くなります。自分が諸葛孔明になった気分に浸れると言う醍醐味を味わえるのです。
――経営者じゃない私が大戦略を描けるのか?
でも、最前線から離れている経営企画部は実践的な戦略を描けません。だから必然的に、必要に応じて前線部隊で働く中堅層の人間が掻き集められるのです。どの会社も同じ構図だと思います。
但し、競合者の間でシェアに開きが有る場合、
――会社の看板を活用して、世界を股に掛けた大きな仕事をしろ!
私が就職活動をしていた時、何人かの大学OBから言われました。この助言は“真実の一面”を突いていると思います。今から自分のサラリーマン人生を振り返ってみても、確かに面白い仕事をしていたなあ――と、就職した会社に感謝しています。
一方、大企業に就職するデメリットは何だと思いますか?
――組織の歯車の1つになっても面白くない!
私が学生だった当時、この様な反論を耳にした事が有ります。数十年もの間、私はサラリーマンとして働いてきましたが、歯車の1つに甘んじて鬱屈したと言う経験が有りません。
――寧ろ、歯車の1つとして組織に組込まれて面白かった。
これが私の本音です。
――歯車になるのが面白いって、どう言う事?
私は日本の大学を卒業しただけの平凡な人材でした。欧米の大学に留学してMBAを取得したわけでもないし、日本で司法試験や会計士試験に合格したわけでもありません。専門知識を持たない平凡な人材です。
ところが、会社としては、そう言う専門知識を持つプロを雇います。彼らの仕事ぶりを間近で眺める事は、結構面白い体験でした。一生そればかり遣れ――と言われると飽きが来るのでしょうが、
また、私より2階級、3階級上位の上司には、本来の実力をサラリーマンとしての経験で磨き上げた優秀な人材が何人も居ました。私自身は小さな歯車に過ぎませんが、優秀な上司に仕えると、伴連れの歯車ながら、組織をダイナミックに動かす局面を体験できます。
ダイナミックな局面では、所属する会社だけではなく、国内外の同業他社、異業種の組織も加わりますから、非常に面白いです。ドラマや映画になってもおかしくないと言う様な出来事が何度か有りました。
私が思うに、大企業に就職するデメリットは、同期の人数が多いと言う事だと思います。同期の間で足の引っ張り合いが生じるとかではありません。
社長を始めとする役員ポストの数が、大企業の場合は中小企業の場合よりも桁違いに多い――なんて事はありません。基本的に役員ポストは機能を伴いますし、例えば大企業だと10人の財務担当役員が必要だ――なんて事はありえないからです。
だから、大企業に就職すれば、自分が大きな歯車となる可能性は小さくなります。大企業での中位の歯車と、中小企業で主軸となる大きな歯車では、大きさとして同じくらいかもしれません。
でも、別の歯車の動力で自分が回るのと、自ら産み出す動力で回りの歯車を回すのとでは、遣り甲斐が違うと思います。
私は双方を経験したわけではないので断言は出来ませんが、そう言う気がします。
ここで、文系の学生には致命的かもしれないデメリットを挙げておきます。
“社風”と言う言葉は、組織管理・業務管理の面に著しく現れると思うのですが、事務系スタッフ部門に配属されると、何年経験を積もうが、転職に必要なスキルは身に着きません。“社畜”への道をまっしぐらです。
組織管理や業務管理のノウハウは自分の所属する会社特有のもので、汎用性に欠けるのです。B社が喉から手の出るほどにA社の管理ノウハウを欲する――なんて状況を想像できますか? A社の管理ノウハウを導入したB社は混乱するだけでしょう?
反面、理系の学生にとって、大企業での経験は、第二の人生選択に向けた
2000年代に遮二無二、日本の家電メーカーが人員合理化を進めた際、リストラされた技術者が中国や台湾等に渡り、彼の国の家電業界の競争力を底上げした――と聞いた事が有ります。
家電業界とは無縁の私が知る処でも同類の事例を幾つか目の当たりにしましたから、家電業界に限りません。
考えてみると、当たり前の事なのかもしれません。
日本の製造業は工場を労務費の安い海外の新興国に移転してきました。新興国の方でも、現地資本の会社が幾つもの工場を建設してきました。
特に現地資本の会社は、工場を指導してくれる技術者を求めています。明治維新政府が欧米から技術者を
製造業が勃興する地域は、これまで中国が大半でしたが、今は中国以外の地域に広がりつつあります。新たな新興国が名乗りを上げる度に技術者のニーズは追加で生まれます。
私が勤めていた会社では、「技術」を「商品技術」「生産技術」「操業技術」に因数分解していました。
「商品技術」は、字面の通り、どんな商品を作るか? 商品の企画・開発です。
「生産技術」は、どの様な製造プロセスで新商品を作るか?
「操業技術」は、定められた製造プロセスを細部に渡り、如何に最適化していくか?
「商品技術」と「生産技術」は知的財産として特許で守られるのが一般的です。従来は日本企業も大らかだったみたいですが、昨今は新興国に「商品技術」や「生産技術」を教えた元従業員を知的財産権の侵害で告訴する動きが出ています。それだけ背に腹は代えられなくなったのでしょう。
さて、「操業技術」とは、如何に無駄なく作るか? 端的には、極限まで無駄なコストを抑え、不良品の発生率を抑えるか、です。更に重要な事は、発生してしまった不良品を検査工程で確実に
私は専門家でないので断言は出来ませんが、この「操業技術」は、真面目に5S(整理・整頓・清掃・清潔・
しかも、工場労働者の信頼を得て、頑固者として現場監督する技術者が絶対に必要です。「操業技術」に
「操業技術」の体得に、大企業の大工場は最適な舞台となります。自分は歯車の1つに徹しながら、他の歯車が互いの歯を軋ませずに回るように苦労した経験が活きてくるのです。
明治維新政府は招聘した技術者に高給を払いました。現在の新興国でも同じだと思います。日本に比べると生活環境は劣るでしょうが、それを厭わなければ、技術者が路頭に迷う事は無いように思います。
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