第五話
平征29年6月17日 第二特別区 地下演習場
『―星良、右』
『は、はい』
『あっ、待って、下がって下がって!』
『えっ?…きゃっ!』
『瑠香ナイス!って、後ろ!?』
『後ろってなにも…唯里の後ろか』
『暢気に言ってないで、援護してよぉ』
『はい、はい』
『そうはいかないよ』
『ちょ、ちょっとこっち来ないでってば!』
『凛さん、ここで仕留めますよ』
『了解』
指示の声、応援、悲鳴、彼女たちの様々な声が演習場に鳴り響いていた。
僕はその3対3の紅白戦様子を観測塔から山本先生や佐藤少尉と一緒にモニターしていた。
「もうっ、何回注意しても無駄口が多いんだから」
山本先生が少し肩を落として、呆れ気味に言う。
「まあ、どこもこんな感じですよ」
「あら、中央の方でもこうだったんですか?」
「ええ、まあ。今はわかりませんけど、僕のいたころは対外試合はともかく、練習試合なんて無駄口と言うか、煽り煽られって感じで、すごくうるさかったと思いますよ」
「確かに、私が部隊にいた時も、訓練の時はこんな感じだったかもしれません」
重装機兵隊は軍隊にあらず
とは誰の言葉だっただろうか。しかし、実際に所属していた僕からしても確かにそう言いたくなる気持ちはわからないでもなかった。
重装機兵隊は昔から女性が多かったということもあり、軍隊内では異質の文化を形成してきた。軍隊として最低限の規律はあるものの、規則や形式にとらわれ過ぎない自由な気風がある。
僕としてはそうした自由奔放さはどちらかと言えば好きなところではあるのだが、他の部隊から見ればふざけている様に見えたり、羨ましがられたり、疎まれたりするというのもまた理解のできることではあった。
ともかく、こうしてワイワイ、ガヤガヤしながら訓練するというのも重装機兵部らしいといえばらしいものなのだ。
とは言うものの、初めからそれに慣れてしまうのも流石にどうかと思うところもあるので、今日の訓練が終わった後、ちょっとみんなには無線や拡声器の使い方について、もう少し軍人らしい使い方をするように言っておこうとは思った。
紅白戦はそのまま順調に進み、思っていた通りレイン君率いる凛君と百合奈君の小隊が勝利した。
「流石に経験の差が出ますね」
「でも、赤森さんたちの小隊も経験が浅い割にはよく連携取れてましたよ」
「確かにそうでしたね。それじゃ、今度はこの組み合わせとかどうでしょう?」
「あ、面白いですね」
僕と山本先生、それと佐藤少尉の3人が紅白戦の感想や次の試合のことについて話していると、演習場から紅白戦を終えた部員たちが僕らのいる観測室まで上がってきた。
「みんな、お疲れ。30分したら次の紅白戦するからそれまでゆっくり休んで」
「「「はい」」」
僕ら大人3人で話し合って、少しの休憩のあとすぐに2戦目を行うことになった。
「あの、大鳥教官。質問してもよろしいでしょうか?」
いつものように百合奈君が質問をしにくる。
「ああ、もちろん」
「白兵戦についてなのですが、踏み込み切れないと言いますか、その…どうしたら…どうしたら白藤さんのように戦えるでしょうか?」
僕はその百合奈君の言葉に少し驚いた。
「美沙君みたいに、か…」
僕は由比ヶ浜での戦闘やこの間のマツリとの試合での美沙君の動きを思い出す。
美沙君、彼女の戦い方を僕はマツリに似ていると思った。マツリはむしろ僕の戦い方に似ていると言った。
きっと僕とマツリ、美沙君にはどこか共通点があるのだろう。
それが何なのか僕は思い当たる節がないか思考を巡らせる。
重装機による白兵戦は、もちろんその根底には訓練で培ってきた確かな技術が必要だが、結局最後の最後にものを言うのは度胸と直感であるとは言える。
しかし、それは本来積み重ねた経験でしか鍛えることができない。
だけど、美沙君はどうなのだろう?
才能、と言ってしまえばそれだけの話になる。だが、それだけでは納得してはいけないようなそんな気がする。僕が、マツリが、戦いの中で感じていること。きっとそこに答えがあるのかもしれない。
そう思い立った僕は、恐る恐る、目の前にいる百合奈君に尋ねた。
「百合奈君。キミは戦いの中で何を感じている?」
「ん?何をと言いますと?」
「さっきの訓練でも、この間の金属虫との戦闘の中でもいい、キミが戦いの中で感じた感情は何だった」
僕からの問いに百合奈君は少し悩むように目線を少し落としてから、ゆっくりと答えた。
「わたくしは…わたくしが戦いの中で感じているのは、多分、恐怖、だと思います」
当然だと思った。経験の浅い彼女にとってみれば、戦いを恐ろしく感じてしまうことは仕方がないことだろう。いや、そもそも、いくら経験を積んだところで、訓練でもなければ命の掛かった戦いと言うのは怖いものであるはずだ。
だけど、きっと僕らは…
「えぇー、でも百合奈って結構さぁ、勇気があるって言うか、あの金属虫との時だって率先して戦ってたし」
僕たちの話を聞いていたらしい唯里君が、百合奈君の発言に驚いたように言った。
「そんなことは…実戦んなんて怖くて仕方ありませんでしたけど、多分あの時は緊張とか街を守らなきゃって、それで精一杯で、終わった後、震えが止まりませんでした。それに紅白戦の時でも、負けるのが怖くて、どうしても二の足を踏んでしまうことがあって…」
「まあ、それはそうでしょ。私だってそうだし、前に現役の人に聞いた時も、実戦はもちろん訓練の時だって怖くなることがあるって言ってたよ」
レイン君が百合奈君を励ますように言う。
「教官はどうですか?やっぱり怖いと感じる時があるんですか?」
そして、そう無邪気に訊いてくる。
ああ、そうだね。
なんて、簡単に同意すればいいものを、僕はそんな簡単なことができなかった。
怖い?
思えば、僕は戦いの中で恐怖を感じたことがあっただろうか?
ないはずはない。確かに僕は周りの人たちが死んでいくことを恐れていたはずだ。そのはずなのに、それが恐怖だったかと言われれば途端に自信がなくなる。
周りの人間の死を恐怖する。そんな当たり前のことなのに、その恐怖が自分にとって上っ面だけのものだったんじゃないかと思えてしまう。
だって、僕は魔物だから。
戦いを楽しみ、笑顔で命を奪う快楽殺人鬼だ。
この間、久々に戦場に立って感じた高揚感は忘れられない。戦場こそが僕の居場所なんだと自覚できた。
しかし、それと同時に絶望感も味わった。僕が本当に恐れるとしたら、柴崎隊長のように内に秘める魔物に心を支配されてしまうことだろう。
「…教官は戦うことは怖くないですよね」
「え?」
星良君が突然、優しい笑みでそう言った。
僕は一瞬どう反応していいのか迷った。星良君のその笑顔はまるで僕の心を見透かしているようで居心地が悪くなる。思い返してみれば、星良君は抜けているようで人の感情の機微には中々鋭いときがある。おそらく、よく人を観察しているのだろう。だから、きっと中途半端な嘘では簡単に見破られてしまうのだろう。だから僕はなるべくオブラートに包みつつも正直な思いを伝えることにした。
「僕は、まあ、慣れちゃっている部分もあってそんなに怖いとか思ったことはないんだけど、でも、戦うことが怖いと感じるのは別におかしなことじゃないと思うよ。むしろ正常な感情だよ。恐怖があるからこそ引くべき時に引くことができるからね」
「ですが、恐怖に負けて攻めるべき時に攻めることができないということもあると思います」
「そうだね。だから必要なのは恐怖心を消すことじゃなくて、恐怖を自覚することなんだと思うよ」
「自覚ですか?」
僕はしゃべりながら学生時代に教官から教わったことを思い返す。
「うん、戦場、特に接近戦ともなれば勇気と恐怖のせめぎあいだ。そこで重要になるのが、そのどちらにも傾き過ぎないことなんだよ。恐怖ばかりで及び腰になってはいけないし、勇気ばかりが先行すればそれは勇み足になりかねない。ようは、冷静な心が必要なんだ。自分がどうして怖がっているのか、それをきちんと理解して、一歩引くのか、それとも踏み出すのか判断するのことが重要なんだ」
「難しいことのように感じます」
「そうだね。きっと、常に正しい判断が下せるとは限らない。だからこそ仲間が必要なんだ。仲間が間違った時はそれをカバーする。戦場でも判断ミスは命に係わるけど、仲間の助けがあれば次につながることもる。頼りがいのある仲間がいれば恐怖にのまれることもない。だから、僕はみんなに誰かの頼れる味方になって欲しいと思ってるんだ。なんて、受け売りだけどね」
「いえ、ありがとうございます。そうですよね。戦場では一人で戦うのではなく、みんなで戦っているのですよね」
借り物の言葉だったけれど、みんなはそれなりに納得してくれたようで僕はほっと胸を撫で下ろした。
「って、そうだ百合奈君は白兵戦について聞いてたんだよね」
「あっ、はい」
「まあ、美沙君に関してはあれは才能と言うしかないと思う」
「才能ですか…」
百合奈君を含めみんなの表情が少し曇ったような気がした。
「でも、もちろんみんなも訓練で経験を積めばあのぐらいの動きはできるようになるから。そこは安心して」
僕が慌ててフォローを入れるが、流石に現在トップレベルの実力を持っているマツリとあそこまで激しくやりあったのを見て、誰でもあのレベルに、と言うのは誰も信じてはくれなかった。
僕が何と言っていいかわからず、山本先生に助けを求めようと後ろを振り向いた時、そこにはいつの間にかに山本先生と入れ替わって王室長が立っていた。
「なら君が直接、訓練をつけてあげればいいんじゃないかな。昔の人も言っていただろ、言うだけじゃなくて、やって見せなくては、ってさ」
「王室長!?いつからそこに…」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。とにかく僕が言いたいのはだね。あのかの有名な柴崎隊長を倒したことのあるキミの戦い方を見せれば手っ取り早く祖中の腕も上達するってことさ」
僕は王室長のあんまりな失言に背筋が凍る思いをした。恐る恐る横目で百合奈君を見てみると案の定、驚愕の表情を浮かべている。
「あ、あ、えっと、訓練で、訓練で勝ったことがあるんですよね大鳥准尉?」
「そうなんですか?」
百合奈君が心なしか詰め寄るような形になって僕に尋ねてきた。本当はこんなことごまかしたり、嘘をつきたくはないのだけど、そこは機密情報だということを建前にして、佐藤少尉の助け舟に乗ることを決めた。
「えっと、実はそうなんだ。まあ、勝ったのは一回だけで、まぐれだとは思うんだけどね…」
「そうなんですか。姉と関りがあったのでしたらわたくしにもお話して下さればよかったのに…」
「あ、ああ、そうだよね。でも、その、簡単に話していいことかな、ってさ」
僕は自分でも思った以上に歯切れの悪い言い方しかできないことに内心驚いた。
「どうかお気になさらず。わたくしは姉が軍でどのように生活していたかはあまり知らないのです。ですからむしろ、生前の姉の様子はもっと知りたいと思っていますので、姉との試合のこと詳しく聞かせてください」
「そうか…そうだね、また今度時間があるときに話すよ…」
「はい、楽しみにしてますね」
僕は必死に平静を装ったが、手が震えているのが嫌でもわかった。真実を伝えるべきだと心のどこかで叫んでいる。僕は大人の建前と言う耳栓をして、その声を無視する。
これでいいはずがない。
そんなことは十も承知だったが、言ったところで何かが良い方向に進むとも思えなかった。結局、僕は今後も百合奈君を騙しながら指導していくしかないのだろうと思うと、胸が締め付けられるようだった。
「で、話がそれちゃったけど、ボクとしてはジュンヤクンが直接稽古つければいいじゃんって思うんだけど」
「それは…」
僕はそっと伊達眼鏡に触れ、それから皆の顔を見た。
一応、僕は病気で目が悪くなって重装機兵を続けられなくなった、と言う設定ではあるのだが、先日の戦いを見た後で誰がそれを信じるというのだろうか?誰もそのことに触れないが、内心では僕がこうして教官をしていることに疑問を感じているのかもしれない。
「…止めた方がいい。君は…」
佐藤少尉が心配そうな表情で静かに諭すように言った。だが僕の心はもう決まっていた。
「…大丈夫です。やれますよ」
「大島君…」
ここで逃げる様な事をしてはいけないと思った。僕の役目は彼女たちに戦うための、生き残るための技術を教えることだ。王室長の言う通り、僕が直接教えた方が、少しでも多くのことを彼女たちに伝えることができるかもしれない。だから、指導と言う点では手を抜くわけにはいかなかった。
「それじゃ、試合をする前に僕が相手になろうか」
そう言って僕は重い腰を上げた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日同場所
『何で当たんないの!?』
「わかんないよ」
『とにかく行くよ。唯里は左から回り込んで。こっちが撃ち始めたらそれに合して援護を。星良は私についてきて』
物陰から黒沢先輩たちがなす術もなく撃破させるのを横目で見て怖気づいていた私と唯里ちゃんに対して、瑠香ちゃんから冷静な指示が飛んできた。
瑠香ちゃんは私たちの反応を待つまでもなく動き出す。
『もうっ、やるしかないか』
唯里ちゃんもそれにつられて指示通り、単独で迂回を始める。私も一人、ここでじっとしているわけにはいかなかったので、慌てて瑠香ちゃんに続いていく。
「さ、作戦は?」
『唯里の援護射撃が始まったら2人で一気に飛び出して距離を詰める。遅れないで』
「う、うん」
大鳥教官はハンデとして大通りと呼ばれる縦に大きく開けた場所からは動かない上に、使用する武器は単発式の狙撃砲、しかも装弾数は私たちの人数に合わせて6発のみ、しかも近接用の装備は持っていない。
瑠香ちゃんの作戦としては先ほどの黒沢先輩たちがやった三方向からの同時攻撃ではなく、二方向から攻撃して意識を分散させつつ、タイミグを見計らって二機で一気に距離を詰めることにより相手の懐に飛び込み接近戦を仕掛けるということなのだろう。
『できれば、さっきみたいに3方向からの攻撃と思わせたいから、最初の攻撃は私と唯里だけでやる。星良は隠れてて』
『うん』
瑠香ちゃんは私のその返事を聞くと、ビル陰から半身だけを出して大通りの真ん中に立ち尽くしていた大鳥教官の乗る四型に射撃を開始する。それからワンテンポ遅れて別方向から唯里ちゃんも攻撃を開始した。
『ホント、頭おかしいんじゃないの…』
瑠香ちゃんのそんな呟きが拡声器ごしに聞こえた。
あんまりな言い草だが私もそう言いたくなる気持ちも理解できる。大鳥教官との模擬戦は当初の予定から大幅に変わり、すでにこれで4回目となる。しかし、その4回中教官の被弾は一発もない。まるで未来を読んでいるかのようにいくら狙いを定めても、引き金を引いた時には射線から外れている。だからと言って不用意に接近しようものなら瞬時に撃破されてしまう。
もしこれが、重装機兵の平均的技量と言うのなら、私はとてもじゃないが重装機兵には向いていないということなんだと思う。
これほどの腕前、みんなが薄々感じていた違和感。なぜ大鳥教官が若くして教官と言う職に就いたのか。それが病気のせいだというのはおそらく嘘なのだろうということ。その考えが今、確信へと変わっていた。
大鳥教官の過去に何があったのか、心が読める私でもいまだはっきりとしたことはわかっていない。だけど、わざわざ軍が嘘をついてまで隠すのだから何か黒い事情があるのだろう。
横領や暴力事件、重度の軍機違反でさえ、通常は報道発表がなされる。それに当人が隠したところで、不祥事を起こして異動となれば嫌でも噂と言うものが流れてしまうものだ。特に軍関係者が多いこの第二特区ではそれが顕著で、うちの学園にいる元軍人の先生の昔の話は誰が広めているのか、あっという間に私たち生徒たちの耳にも入ってくる。
それにも関わらず若くして教官と言う職に就いた大鳥教官の現役時代の話は、全くと言っていいほど聞かない。そのことが余計に背後に大きな力を感じさせる。
おそらく、大鳥教官個人というよりも軍全体に関わるような大きな問題が隠されているのだと私は感じ始めていた。そしてそれは恐らく…
『―星良!聞こえてるの!?』
「えっ」
『私が飛び出したらそれに続いて。いい?』
「う、うん」
少しの間、集中力が切れていたようで、瑠香ちゃんからの言葉ではっとした。
とにかく今は訓練に集中しよう。
大鳥教官の過去について興味は尽きないが、今はやるべきことをやらなくてはいけない。
前にいた瑠香ちゃんがビル陰から出て走り出し、私もそれに続く。
先ほどのまで余計なことを考える余裕があったはずなのに、飛び出して大鳥教官の乗る機体を目の前にすると、心臓が痛いほど高鳴って、一気に余裕がなくなる。操縦桿を握る手に汗が滲み、ペダルに乗せた足が震えはじめる。
これが恋か。
なんて、この心臓の高鳴りは乙女な理由じゃないことは自分でもすぐに気づいた。
恐怖だ。
これまで感じたことのない気迫、いや殺意が機体ごしにも伝わってくる。
『星良!私を盾にして!』
私は返事をする余裕もなくただ瑠香ちゃんの後ろに隠れることで必死になっていた。
大鳥教官は飛び出して来た私たちを無視するように、浮足立って油断した唯里ちゃんを一撃で撃破すると、ゆっくりとこちらに狙撃砲の砲身を向けた。
瑠香ちゃんがこちらに照準をつけさせないようにするために、走りながら機関砲をフルオートで連射する。
『きゃぁっ!』
しかし、それでも大鳥教官は冷静で、ほんの少し上体を逸らしただけで攻撃を避けると、即座に狙撃砲を発射し、狂いなく私の目の前を行く瑠香ちゃんの機体に命中、派手に塗料が飛び散った。
大鳥教官との距離はまだ50メートルはある。ここから懐に飛び込むなど万が一にも無理だ。
私が諦めようとしたその時、撃破されたはずの瑠香ちゃんがよろめいた機体を立て直して、再び走り出す。
『瑠香ちゃん!?大丈夫なの!?』
『まだ動ける!』
訓練機には演習モードというプログラムが組み込まれており、模擬弾や模擬刀で受けたダメージを計算し、その度合いによって、撃破判定ならば行動不能、小・中破ならば一部機能の制限などが自動で行われるはずだ。
瑠香ちゃんの機体をよく見てみると、左腕の機能が停止しているが、撃破判定は出なかったらしい。これまで、四回大鳥教官との模擬戦を行ってきたが、教官が一撃で撃破できなかったのは初めてのことだった。
私たちここでようやく二手に分かれる。教官の手持ちは後一発、私と瑠香ちゃん、どちらを撃破したところで、もう一人は生き残る。
私たちは左右に展開しながら同時に機関砲を発射する。
が、その時すでに大鳥教官は動き出していた。
『チッ、弾切れ…星良援護して!』
瑠香ちゃんは弾切れになった機関砲を捨て、背中の模擬刀を抜く。
私は突撃する瑠香ちゃんを援護すべく、狙いをつけられないようにするために牽制射撃を続ける。教官は逃げ回るだけで一向に攻撃してくる気配がない。寧ろ私たちを誘い込んでいるような気がしてきたが、それでも、ようやく巡ってきた勝機には違いないはずだ。ここで、教官に勝って私たち、いや、私だってできるということを証明したい。
そんな思いが勇み足となった。
教官が急に動きを止め、接近していた瑠香ちゃんに砲身を向ける。
私が攻撃を阻止しようと引き金を聞いたその瞬間だった、大鳥教官は近くにいた瑠香ちゃんの体勢を崩すと、盾に使い私の銃撃を防ぐ。
「あっ!」
私が驚いて引き金から指を離した時にはもう手遅れだった。
『うそ…』
瑠香ちゃんも一瞬の出来事過ぎて理解が追いついていなかったのだろう、数秒遅れで自分が撃破されたことを認識したようだった。
大鳥教官が狙撃砲を私に向けて構えなおす。
(終わった…)
そう思った、その瞬間だった。
世界が歪んでいく。
思考が加速し、周囲が気持ち悪いほどゆっくり動く。
その時、私に向けられた狙撃砲から砲弾が発射される。しかし、それより一瞬早く私は担いでいた模擬刀の柄を握り、抜刀と共に振り下ろす。
機体に憑依している腕から強い衝撃がゆっくりと伝わり、私のほんの目の前で、塗料の詰まった砲弾が模擬刀と衝突し破裂していく。
破裂した砲弾から飛び散った塗料が機体に付着するがダメージ判定はない。自分でも置いていかれそうな思考に必死に食らいつきながら、私は機体を前に進める。
右腕に持った機関砲を打ち鳴らしつつ、突撃すると教官は残弾の無い狙撃砲を捨て、装甲の比較的厚い手甲で避けきれない機関砲弾を防ぎつつ踏み込んでくる。
客観的に見れば機関砲を持っている私の方が圧倒的に有利で、距離をとって戦えば封殺できると思うかもしれないが、今の私はそうではないことを理解していた。
大鳥教官もきっと今私が感じているこの超感覚いうしかない高速思考の世界を使いこなしているのだろう。だからこそ、下手に距離をとればそれだけ回避のチャンスを与えることになる。だけど、いくら高速思考で砲弾の動きがわかるとしても、接近して発射すれば、機体が思考に追いつかず弾はを避け切ることは不可能なはずだ。
しかし、それでも被弾箇所まで計算しているのか、命中しているはずなのに、撃破どころか腕一本機能不全にならない。
私は機関砲では決めきれないと悟ると、必殺の間合いまで接近して、左腕に持った模擬刀を振り上げることなく、回避しづらいように突撃した勢いのまま突き出すようにして、腕を伸ばした。
(これで、決める!)
私がそう思った時だった。
瞬間、世界が加速する。
「え…?」
次に私が見たのは照明が灯す訓練場の天井だった。
キャノピーには行動不能の四文字がでかでかと表示されていた。
「驚いた。正直ここまで出来るようになっているとは思わなかった。ホントにすごいよ、星良君」
倒れている私に大鳥教官が手を差し伸べる。次の瞬間、観測塔からの操作で行動不能状態が解除され、私は伸ばされた手をしっかりと握った。
………………
………
…
あの超感覚の余韻なのか、あの後は頭がぼーっとしていてよく覚えておらず。気付いた時には寮の自分の部屋に帰ってきていた。
自分の部屋に戻ったとわかると、どっと疲れが込み上げてきて私は制服のままベッドに倒れ込む。
あの模擬戦のあと、みんなにいろいろ言われた気がするが、私の頭の中には大鳥教官から褒められたということ以外あまり残ってはいなかった。
教官は自分が追い込まれたというのに本当に嬉しそうで、その喜ぶ顔はいつもの落ち着いた大人の表情ではなくて、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無垢で輝いていた。
その顔を思い出すだけで思わずにやけてしまう。
(ああ、写真に残しておけばよかった)
そんな後悔をしつつも、私は一人悦に浸っていた。
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