第四話
平征29年6月5日 花菱女学園教官準備室
「えっ?練習試合ですか?」
僕は山本先生からの突然の報告に驚きを隠せなかった。
「はい。今朝、陸軍中央高校から連絡があって、再来週の土日に合同訓練と練習試合をしませんかということでして」
「はあ…」
僕はどうしてこの時期に、しかもまだまだ発足間もない家の部にそんな話を持ち掛けてきたのだろうと考えを巡らせたが、これと言って思い当たることはなかった。
「うーん、中央とか…正。直、僕としてはあまり…」
「そうですよね。私もそう思ったんですけど、中央の方はかなり乗り気なようで、是非ともお願いしますってものすごい念押しされましたよ」
「そうですか、えっと、他に詳しい話とかしてましたか?どこの訓練場でやるかとか」
「ああ、それでしたら、ここの地下訓練場を使わして欲しいという話でしたよ」
僕は額に手を当て考え込む。
今のうちの部員の練度を考えると、とてもじゃないが中央高校と比べられるようなものではないだろう。そもそも途中入部の者が多く、この間の襲撃の際に訓練機が損傷を受けてからは、さらに訓練計画に遅れが出てきている。
と言っても、自分たちより上のレベルの人たちと一緒に訓練することで、良い刺激になるということもあるだろうし、そもそも実際問題として、陸軍の一機関である中央高校の申し出なので、断り切れないだろうということもある。
「…受けるしかありませんね」
「はい」
「わかりました。ちょっと僕の方からも連絡して、いろいろと詰めておこうと思います。合同訓練はまだしも、練習試合となると流石にこっちが訓練不足過ぎてまともにできるかわからないですしね」
「そうですね、一緒に訓練するだけってことならまあ大丈夫でしょう」
と言うわけで、早速陸軍中央高校に連絡をとったわけだが、なかなかこちらの思惑通りにはいかなかった。
……………
………
…
「「「練習試合?」」」
花組の教室で僕が、再来週に中央高校と練習試合を行うとみんな驚いたようだった。
「うん。その…みんなには訓練が思うようにできていない中で、本当に申し訳ないと思ってるんだけど、中央高校側からの強い要望で、是非とも試合をさせてくれってことで…」
僕は今朝、山本先生から報告を受けた後、すぐに中央高校に連絡して、練習試合なしの合同練習という方向に持って行こうとしたのだが、向こうの教官の方が上官であったということ、互いに1年生を中心とした所謂新人戦をしたい、学生でありながら実戦を経験したうちの部員と試合を行いたい、とかいろいろと捲し立てられて結局押し切られてしまった形だ。
僕のこういう撃たれ弱さと言うか、流されやすいところは、教官んとして決して良いことではないのだが、発足したばかりの部ということもあり、今後の他校との交流を考えると、ここであまり強く出て関係をこじらせるわけにもいかないという意識もあった。
とにかく決まってしまったこは仕方がないので、今は練習試合に向けて出来得る限りの準備をしておくしかないだろう。
「あの、練習試合って具体的に何をするんですか?」
凛君がそう尋ねてきた。
「そうだね、重装機兵部で行う練習試合はいろいろな形式があるんだけど、今回やるのは中隊戦だね」
「中隊戦?中隊同士で戦うってことですか?」
「そう、重装機兵部隊では基本的に3機で1小隊で、中隊は2小隊と中隊長と中隊長付きの計8機になるわけだけど、今回に関しては、こちらが一人足りないから、中隊長付きはなしの7機編成での試合になるよ」
「はい!」
僕が凛君の質問に答え終わると、今度は百合奈君が真っ直ぐ手を伸ばした。
「百合奈君、どうぞ」
「はい、練習試合における編成についてですが、すでに決定しているのでしょうか?」
「そうだね…とりあえずって言うのは失礼だけど、中隊長はこの部の主将で一番経験のあるレイン君に任せようと思う。いいかな」
「はい。もちろんです。全力で勝ちに行きます」
レイン君は力強くそう答えてくれ、他の部員たちも拍手をしてそれを歓迎してくれた。レイン君のその瞳には不安は微塵も感じられず、むしろわくわくしていると言った感じだった。
昨日、マツリが来てからレイン君は特に刺激を受けたようで、やるきがいつもの3割増しぐらいになっているように見える。
「それで、他の編成、どの三人組でいくか、誰と誰を小隊長にするかだけど―」
僕に強い視線が注がれる。
少し居心地の悪さを感じたが、彼女達にとって誰が小隊長になるかはかなり重要なことなのかもしれない。中隊長に関しては唯一の上級生であるレイン君がなるのが自然な流れだとしても、小隊長に関しては要するに現時点で高評価を得ている一年生二人が選ばれるということになる。気になってしまうのも仕方のないことだろう。
「悪いんだけど、もうちょっと待ってくれるかな」
「あ…はい」
百合奈君をはじめみんな少し肩透かしを受けたようだったが、僕としてはまだ結論を出せないでいた。
率直な評価としては、一年生の部員は一人を除きみんな実力的には拮抗している。それぞれの能力に一長一短はあるものの、なかなか甲乙つけがたいというのが正直なところだ。
それならば、実力が突出している美沙君ともう一人誰かと言った感じで小隊長を選べばいいのかもしれないが、はっきり言って美沙君を小隊長にするのは不安がある。
彼女の実力は現役の重装機兵にも劣らないものだとは思うが、協調性に欠ける面が多々見受けられる。そう言った面では確かに、マツリに言われたように僕に似ているのかもしれない。
とにかく部隊編成については今は保留だ。
それに、美沙君に関しては昨日体調不良で帰ってから、今日も引き続き休んでいる。
昨日負けてしまったあとのことであるので、いろいろと心配ではあるが、電話をしてみても出てくれないし、凛君経由で大事はないということは聞いているので、すぐにどうこうしようという気はない。
「それじゃ、訓練についてなんだけど、ここで修理中だった機体は、明後日には使用可能になるっこてで、足りな分の機体も今週中には来る予定だから、今週からは部内での小隊戦をはじめはじめようかとおもう」
「本当ですか!?」
レイン君が興奮気味に声を上げる。
「うん。そのなかで小隊長に誰にするか決めようと思うから、みんな頑張っていこうね」
「「「はい!」」」
「ああ、そうだ。あと、対外戦をやるにあたって、うちのカラーも決めておきたいと思ってるんだ」
「カラー?」
「重装機兵部では、それぞれ機体の一部に自由な塗装と、校章を入れることが認められてるんだ。
だからみんなに自分たちのチームカラーを決めてもらいたいって思ってね」
僕がチームカラーの話題を出すと、教室内はにわかにざわつき始め、隣の席の人とどの色がいいかと相談を始めた。
「まあ、まだそんな急ぎじゃないからみんなでよく話し合って決めてね」
「「「はい!」」」
彼女たちの元気な返事が教室に響き渡る。
相変わらず、次から次へと問題ばかりが起きるが、僕はやる気に満ちている部員たちの顔を見て、少し熱くなるものを感じていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日 花菱女学園 重装機兵部部室
「それじゃ、みんな気を付けて帰ってね」
「「「お疲れ様でしたー」」」
放課後の訓練もいつも通り何事もなく終了した。
訓練終了後は、みんなで仲良くおしゃべり…と言うわけにも行かず、30分もしないうちに完全下校時間となるので、軽く汗を流したり、着替えたりしているとあっという間に時間が無くなってしまう。
まあ、それでも、私たちはしゃべってもしゃべっても話題の尽きることのない花の女子高生なのだ、ゆっくりしてられないとはわかっていてもどうしても次から次へと話題が飛び交うのは仕方のないことだった。
「そう言えば、教官が言ってたパーソナルカラーってみんななんか案ある?」
黒沢先輩がシャワーを浴びて更衣室で、だらだらと他愛のない話をしていた私たちにそう声を掛けてきた。
「私はピンクがいいかな」
と私が控えめに意思表示する。
「うーん。金色とかいいんじゃない?」
と言ったのは唯里ちゃん。
「派手過ぎでしょ」
瑠香ちゃんが少し呆れ気味に言う。
「えー、こういうのは目立ってなんぼだって。あっ、全身金色って良くない?」
「嫌だよ。そんな成金みたいな機体に乗りたくない」
「えー。いいと思うなー金色」
「前から思ってたけど、唯里って派手好きだよね」
「いやいや、派手好きって言うかさ―」
2人の話が脱線しはじめると、黒沢先輩は近くにいた百合奈ちゃんに話題を振った。
「百合奈はどう思う?」
「そうですね…そもそも色ってどんぐらい塗っていいんでしょう?」
「基本的には肩の装甲と、あと、あんまりやってるところないけど操縦席のハッチもありだったかな。あっ、そうだ、たしか写真撮ってたんだ…」
黒沢先輩は鞄から携帯を取り出し、何やら操作してから、画面がみんなに見えるように向けてきた。
「これこれ。えっと、こっちの肩が水色なのが私がいた代々木ので、こっちが習志野、これはつくばかな、あっそれでこの白に金の装飾ぽい模様が入ってるのが中央のだよ」
黒沢先輩は去年一年間で、大会などで会った高校の機体をすべて写真に撮っているようだった。どの高校の機体も武骨な兵器だというのに、そうしたちょっとした塗装だったり、それ以外にも機体番号のフォントを可愛らしくしていたりと、少しでもおしゃれに見せようとしていた。
「いろいろとありますが、やはり中央高校の機体は何と言いますか、気品さがありますね」
「でしょ。しかもこの装飾がついてるのって小隊長機だけなんだよ」
「確かに、小隊長機だけちょっと模様付けるとかもよさそうですね」
「だよねー。やっぱ金は入れるべきだよ」
「あんたねぇ…」
「まあまあ、とにかく希望があるなら今のうち言って、私がまとめて教官に報告するから。」あっ、一応多数決で決めるからね」
「金!」
唯里ちゃんがブレずに主張する。
「わ、私はピンクで…」
対する私も流されずに答える。別にピンクに特別な思い入れなどはないけれど、さっきから黒沢先輩が心のなかでピンクがいいと思いつつも、先輩であり部長でもある自分が言ったら後輩たちが別の意見を言えなくなるんじゃないかと気を使っていたので、私としては少し助け舟を出したいと思ったのだ。
「そうですね、わたくしもピンクがいいと思います。まあ、あまり派手な色じゃなくて、桜色みたいのが奇麗でいいと思いますけど」
百合奈ものってきてくれたので、私は少しほっとした。
「青崎は?」
「私は…」
瑠香ちゃんは少し考え込んでから小さく
「…ひ…いや、赤とかかな…」
と歯切れ悪そうに言った。
少し気になったが、生憎とこういう時に限って心が読めなかった。
「じゃ、緑川は?まあ、金色じゃないならピンクに決定なんだけど」
凛ちゃんはいつもの自然な笑みではなく、どこか取り繕うような笑みを浮かべていた。
「…決定なんて、だって美沙ちゃんにはまだ何も聞いてないじゃないですか」
「…あ、ああ、そうだったね。後で聞いとかないとね」
黒沢先輩は素で忘れていたのか、それとも凛ちゃんの普段とは違う様子にちょっと狼狽えたのか、気まずそうに目線を泳がしていた。
「…私もう少し考えてみます」
「そう?まあ、まだ急ぎじゃないしね。みんなももう一回よく考えてみて」
黒沢先輩がそう言った時だった―
キーンコーンカーンコーン
と、スピーカーから下校時間5分前の予鈴、それに続けて当直の先生の下校を促すアナウンスが始まった。
「やば、みんな早く着替えて!」
それからバタバタと慌てて帰りの準備を済まして、部室の戸締りをする。
「それじゃ、鍵は教官に返してくるから、みんなは早く帰ってね」
黒沢先輩はそう言うと校舎の方へ走って行ってしまう。
「じゃ行こう。今日は辻先生が当番だから、ちょっとでも遅れるとうるさいよ」
瑠香ちゃんのその言葉で、校門へ向かう私たちの足は自然と早くなり、軽く息を切らしながら校門へ向かった。
…
「2分前ですね。部活は30分前には終わっていたでしょう。だらだらしていないで、もっと余裕をもった行動をしなさい。まったく、うちの吹奏楽部は部活が終わればみんなすぐに後片付けをして帰るというのに、あなたち重装機兵部と言えばいつもいつもギリギリで―」
「はいはい、は~い。明日からはもっと早く帰りまーす」
「ちょっと、あなた」
「あっ、もう下校時間になっちゃうで、今日はここで失礼しますね。さようなら、先生」
唯里ちゃんが適当に辻先生をあしらうと、私たちもそれに便乗して校門を出た。
「まったく、辻ってほんと、軍隊嫌いなのはいいけどさ、だからって私たちにまで当たらないでよって話じゃない?」
「ま、まあ落ち着いて」
唯里ちゃんは辻先生と折り合いが悪い。と言っても重装機兵部にいて辻先生と仲良くすることなんてきっと誰にもできないだろうけど。
そうして、辻先生の文句で盛り上がりながら歩いていると、瑠香ちゃんと凛ちゃんがの電車組と別れ、私と唯里ちゃんと百合奈は女子寮へと向かった。
「わたくしたち凛さんには酷いことをしているのでしょうね」
「え?」
突然、百合奈ちゃんがそんなことを言い出す。
「凛さんにとって白藤さんは親友なのに、わたくしたちは白藤さんにたしてどこか壁を作っているというか…」
「でも、それは白藤にも問題があるでしょ。あの子我儘だし」
「そうですね。でもだからこそ、わたくしたちはもっと互いに歩み寄るべきなんだと思います。彼女をのけ者にするようなことをしてはいけないんだと思います」
「…そうだね」
私としても白藤さんには思うところがあるというのは確かだ。
彼女は我儘で気難しい人間だ。だけど可憐で、媚びたところがなくて、才能がある。率直に言って私は彼女に嫉妬しているし、それはみんなも同じなんだろうと思う。
「わたくし、白状しますと白藤さんが風間少尉に負けた時、正直ホッとしました。いえ、これはまだ取り繕っていますね」
百合奈ちゃんはそこで少し息をつく。
「ざまあみろ。なんて思っていました」
百合奈ちゃんにまったく似つかわしくないその言葉は、それでもあの時観測塔内にいた私たち部員の大半の共通見解を的確に言い表していた。
「可愛くて、強くて、これまで教官に甘やかされていたから、負けてしまえばいいと思っていましたし、実際に負けたときは胸がすくようでした」
「…うん、そうだね」
百合奈ちゃんのあまりにストレートな言葉に私と唯里ちゃんは同意するしかなかった。
「…私たちみんな、白藤さんに嫉妬してるってことだよね」
白藤さんの立っている場所は、きっと私たちが努力では届かないところにいて、だからこそ大鳥教官からも一目置かれているのだろうと思うと、どうしようもないほどの無力感に襲われて、嫉妬の炎が大きくなる。
だから、白藤さんが風間少尉に負けた時、正直ホッとした。彼女は決して超人ではなくて、上には上がいるということが分かった。
「…まあ、白藤って才能だけでやってる感じあるし、やっぱり同じ重装機兵部員としては、正直羨ましいよね」
「そうですね。ですが、それだけじゃいけないんです。彼女の才能に嫉妬するのは仕方ことないかもしれません、でもそれでも私たちは仲間なんです。敵じゃありません。彼女が辛いときはそれを笑うのではなく、手を差し伸べなければいけません」
「そういうの、白藤は嫌いそうだけど…」
百合奈ちゃんは少し考え込む。
確かに唯里ちゃんの言う通り、白藤さんは同情とかされるのは嫌がりそうではある。
「…それでも、です」
そう言った百合奈ちゃんの顔には決意の色が浮かんでいた。
「もう、どうしたの、急にやる気になちゃって」
「どうしてでしょう?凛さんが気の毒だったからかもしれません、なんて。本当は、嫉妬して意地悪してる自分が嫌になっただけかも…」
百合奈ちゃんは強い子だと思った。
彼女は自分の醜いところと正面から向き合い、他人にさらして、その上で乗り越えていこうという強い意志をもっている。
対する私はどうだろうか?
百合奈ちゃんの言葉がなければ、自分の嫉妬心と向き合うようなことをしただろうか?
…。
いや、仮定の話をしても意味がない。そんなことを考えている暇があったら、これからのことを考えるべきなのだろう。
白藤さんは強い、いろんな意味で。
きっとこれからも嫉妬してしまうことは沢山あるだろう。いや、白藤さんに対してだけじゃない。私は自分でも最近気づいたのだけど、こと恋愛に関して嫉妬深い性格のようだ。誰であれ大鳥教官に近づく女性にはいい感情が沸いてこない。
そうした時、どうするかが肝心なのだ。
ただ黙って、心の中で嫉妬の炎を燃やしておくわけにはいかない。
誰かが一歩踏み出したのなら、私だって一歩踏み出さなければ置いていかれるだけだ。
そう、妬むだけでなく、蹴落とすわけでもなく、一歩前へ踏み出すことが大切なのだ。
綺麗ごとかもしれないが、それでいい。
あの人は、自分の心が穢れていると思っているからこそ、綺麗なものに憧れている。
だから私は綺麗にならなくちゃいけない。
「ふふっ…」
私の口から二人に気付かれないくらい、小さい笑いが漏れた。
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