エピローグ


 平征29年5月14日 由比ヶ浜海岸


 金属虫との戦いが終わって数時間、空には少しだけかけた月と幾万の星で埋め尽くされていた。


 私たちは陸戦隊の人たちが着た後、防衛隊の本部である市役所で待機していたが、それから1時間もしないうちに由比ヶ浜海岸に上陸した金属虫は全滅し、その後、20時前には九十九里浜での戦いも終結したとの放送が流れた。


 そこでやっと一息つける、なんて思ったのだけど、戦いが終われば今度は海岸を中心に街に散乱した金属虫の死骸や瓦礫の撤去など、やらなければならないことがいっぱいあって、ようやく作業がひと段落したのは時計の針がてっぺんを回ろうとしていた頃だった。


 みんなは最後の作業として軍用のトレーラーに自分の機体を乗せている。ちなみに私の機体は損傷が特に激しかったので、出島ではなくメーカーの工場に送られるらしく、一旦役場の方に置いたままとなっている。


 そう言うわけで、手持ち無沙汰になってしまった私は、バタバタしていてなかなか話す機会がなかった大鳥教官の姿を偶然見かけたので、みんなには内緒のまま一人黙って、気大鳥教官の元に向かった。


 まるで、抜け駆けをしているみたいで、少し後ろめたい気持ちもあったが、二人きりで話したいこともあったし、それに恋の勝負に情けなど無用だと、私の愛読する恋愛小説の主人公が言っていた。


 私が大鳥教官の近くまで行くと、ちょうど陸戦隊の人とのお話が終わったようで、すぐに私に気付いてくれた。


 「星良君、お疲れ様。もう、あとは帰るだけかな?」

 「はい、みんなもう機体をトレーラーに積みこんでるところです」

 「そうか」


 私がじっとその瞳を見つめると、大鳥教官は気まずそうに目を逸らし、月明かりに照らされた海に顔を向けた。


 私は半歩だけ大鳥教官に近づくと、少し寄り添うような距離で、一緒に海を眺めた。


 海面は穏やかで心地よい波音を奏でている。ほんの少し前までここが戦場だったと思わせるものは、回収しきれなかった女王アリの死骸を除いて何も残っていなかった。


 「…陸戦隊の人、ここに上陸されてからすぐに駆け付けようとしたんだけど、なかなか上からの許可が出なくて遅れちゃたんだって。まあ、横須賀にだって上陸される危険があったってのはわかるけどさ、少し複雑ではあるよね」


 大鳥教官はそんな話をしつつも、どこかそわそわしていて、本当に話したいことをなかなか言い出せずにいるようだった。


 「…大鳥教官、あの、私、教官にお話ししたいことがあって…」

 「ん?」


 私はここで告白しようとしていた。いつもの私ならば絶対にそんなことできないのだけど、なんだか今日はとってもいける気がするのだ。


 気分が前向きと言うか、勇気が溢れてくるというか、多分戦闘での興奮が治まっていなのだと思うが、理由なんてどうだっていい。私がこんなに積極的になれるのはそうそう多くはない。このチャンスを逃せばまたいつ告白のチャンスが巡ってくるか分かったものではないし、そんなものを待っていたら、瑠香ちゃんに盗っててしまうかもしれない。


 (よし、勝負を決めろ、私!)


 そう決心を固めた時―


 「星良君、悪いけど先に僕から聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」

 「え、あ、はい・もちろんです」


 大鳥教官もなにか決心したかのように私の方に向き直る。


 早速出鼻を挫かれた感はあるが、まだ大丈夫。ここは焦らず大鳥教官の言葉を待とう。


 「…どうして、あの時、僕が死のうとして立ってわかったの?」

 「それは…」


 まさか、心を読んだからですなんて言えない。あの時は私も必死でついつい感情のままに叫んでしまった。いつもの私ならもう少しうまくやれていたはずだった。


 まあ、後悔先に立たず、と言うことで今更悔やんだって仕方のないことだ。ここは自力で何とか切り抜けるしかないのだろう。


 「な、なんとなく、ですよ」


 結局、上手い言い訳が見つからなかったので、適当にごまかすしかなかった。所詮、私ではこの程度の危機回避能力しかないのだ。


 「そっか。そんなにわかりやすかったかな…」


 大鳥教官は私の適当な言い訳でも納得してくれたようで、再び海に視線を戻した。


 わかりやすかったかと言われて、それは私にもどうとも言えないことだった。


 大鳥教官が助けに来てくれたとき、私は機体越しに大鳥教官の心を見た。その心の中には狂気と歓喜と、そして諦めが見えた。最初私にはそれがどういう状態なのかわからないかったが、一度退避した後、一人浜辺で戦う教官を見て理解した。


 大鳥教官は死に場所を探していたんだと。


 大鳥教官の過去に何があったのか私にはわからない。でもきっと心の中に魔物を宿すことになったきっかけが、いや、そもそも最初から魔物が住んでいたのかもしれない。


 大鳥教官は今日までそんな自分を認めたくなくて、ずっと目をそらそうとしてきたのだろう。だけど、今日戦場に戻って自分が魔物だと気付いて、その狂気に身を委ねるようにして戦い、そして自分という人間に嫌気がさして諦めてしまったのだろう、生きるということに。


 きっと大鳥教官は、優しくて自分の中にしっかりとした正義を持った人だったから、魔物を宿してしまった自分が許せなくて、それでここで終わらそうとしたんだと思う。


 はっきりと言ってしまえば、大鳥教官は私が今まで見てきた人の中で、一番危険な香りがする。一見物腰の柔らかい好青年を装いながら、その実心の中には血に飢えた魔物を飼っている。


 きっと普通の人ならここで引いてしまうのだろうけれど、私は逆だ。


 正義と狂気の狭間で揺れ動く大鳥教官を見て、私はますます惹かれてしまった。そんな私は変人なのかもしれない。けれど、そんな私だからこそ本当の教官を愛してあげることができるのだ。


 だから、私のずっと一緒にいてね、一郎さん。


 私が自身の思いの丈を口を開いた、その時だった―


 「教官!」


 振り向くと、部員みんなが集まってきていた。


 「みんな、帰る準備はできた?」

 「はい、もう後は迎えの車を待つだけです」


 黒沢先輩のが元気にそう言う。


 もう少しで告白できるところだったのに、流石にこの状況では難しい。今日のところはおとなしく諦めるしかなさそうだった。


 私がそうしてがっくりと肩を落としていると、突然誰かが私の横を駆け抜けた。


 「教官…!」

 「ど、どうしたんだ、凛君」

 

 凛ちゃんはその大きな体を小刻みに震わせながら、大鳥教官の胸に飛び込んだ。私を含めその場にいた他の部員は突然のことで、みんな唖然としていた。


 「わ、私、ホントは怖くて、死んじゃうんじゃないかって」


 凛ちゃんが涙声になりながら、ずっと堪えていた気持ちを吐き出す。


 「そっか、そうだよね。怖かったよね。本当によく頑張ったよ」


 大鳥教官も少し涙を浮かべながら、凛ちゃんを優しく抱きしめた。


 「あ、凛だけ慰めて貰ってズルい。私も混ぜて」


 少し羨ましくはあるが感動的なシーンだというのに、白藤さんはお構いなしに大鳥教官と凛ちゃんの間に入るようにして抱き着く。


 「そ、それじゃ私も」


 それに黒沢先輩が続き、


 「私も!」


 唯里ちゃん


 「わたくしも混ぜてください」


 百合奈ちゃん


 「…」


 そして、瑠香ちゃんまでしれっと抱き着いていた。


 「みんな、ありがとう。僕なんかのこと助けてくれて。…本当にありがとう、生きていてくれて」 

 

 教官が涙を流しながら皆を力強く抱きしめる。


 「って、ちょっと、みんなズルいですよ。私も仲間にいれてくださーい!」


 12時の鐘が鳴るころ、命を懸けて守った街には私たち花菱女学園重装機兵部の笑いと涙があふれていた。

 

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