第二章

第一話

平征29年5月28日 花菱女学園第二校庭


 鎌倉での金属虫との戦いから2週間が過ぎた。金属虫の本土上陸としては史上最大規模のものであった。にもかかわらず、死傷者300名弱と比較的少ない損害で抑えることができた理由としては、事前の航空攻撃が間に合い、その戦力を半減させることに成功したこと、敵の主体が今や旧式となっていたアリ型が主体だったということが大きい。


 もし上陸してきたのが、カマキリ型やゾウムシ型だったならばっもっと厳しい戦いになっていただろう。


 まあ、そんなっもしもの話は置いておくとしても、鎌倉の被害が沿岸部のみにとどまったのは偏に花菱女学園重装機兵部の活躍あってこそだ、と言っても過大評価のし過ぎとは言えないだろう。


 防衛隊長が戦死された後、防衛線が崩壊しつつある中、孤立無援状態にも関わらず彼女たちは本当によく頑張ってくれた。


 その奮戦は世間からも認知されることとなり、先週には部員7名全員に陸軍武功徽章の授与が決定された。この栄章は特に功績のあった将兵に送られるもので、生前これを与えられることが死後金鵄勲章を授与されるための必須の条件となっており、大変名誉なものである。


 もちろん軍人としての自覚なんてまだ持っていない彼女たちにとって、この栄章にどれほどの価値を見出しているのかはわからない。そもそもその若い命を懸けて報酬が、ちっぽけな徽章だなんて割に合わないと思うかもしれない。


 ただ、軍隊とはそう言うものだし、将兵の功績に対して、名誉を与え、称えるということも重要なことではあるのだ。


 かく言う僕も渤島奪還作戦での功績が認められ、彼女たちに贈られるのと同じ陸軍武功徽章を授与したのだが、その徽章は箱の中に閉まったまま一度も身に着けたことなどなかった。


 僕にとって生き残ったことは栄誉どころか生き恥をさらしているようなものだったし、柴崎隊長のことがあってからは、表立って自分の功績を示すことがますます後ろめたくなってしまっていた。


 僕がそんな風にアンニュイになってしまっているのは、やはりこれからの自分の身の振り方について迷いが出ているからだった。


 「きょ、教官、ランニング全員終了しました」


 レイン君が汗だくになりながら僕のところにやってきた。


 「そうか、お疲れ様。今日の練習はここまでにするから。みんなによく水分採るように言っておいて」

 「はい。それで午後のことなんですけど…」

 「ああ、自主訓練だったら17時までならシュミレーター使ってもいいよ。僕も準備室にいるし、何かあったら遠慮なく声かけてね」

 「はい…」


 レイン君の返事にいつものような切れがなく、何か言い淀んでいるようだった。


 「ん?どうかした?」

 「いえ、あのー……やっぱり大丈夫です」

 「そう?まあ、男の僕には話し辛いこともあるだろうしね。何か悩みがあるなら、僕じゃなくても山下先生を頼るとかしてさ、あまり自分一人で抱え込んだりしたらダメだよ」


 なんて、どの口が言うのかと自分に突っ込みを入れたがったが、僕の悩みなんてとても他人に話せるようなものではないし、こんなくだらない悩みんなんて、自分一人で抱えていくしかないのだ。


 「はい…ありがとうございます。それでは失礼いたします」

 「うん」


 一礼して部室へ戻って行くレイン君の背中を暫く見送った後、僕も初夏の日差しが照り付ける校庭から、教官準備室へと戻った。


 準備室に入る前にふと空を見上げると、雲一つなく、太陽が燦燦と輝きどこか初夏の到来を感じさせる陽気だった。


 とは言うものの予報によれば来週にも梅雨入りとなり、これからしばらくはどんよりとした天気が続きそうだった。


 そんな中、今日は絶好の訓練日和だったわけだけど、我らが重装機兵部は筋トレや走り込みをしただけでお昼前には早々に解散となった。一応、午後から自主訓練としているが、残って訓練するか帰って休むかは部員の判断に任せている。


 こんな風に重装機兵部として、言ってしまえば地味な訓練だけで、しかも短時間で切り上げてしまったのは何も僕のやる気がないとかじゃなくて、ただ単純に訓練するための機体がないからだ。


 この間の戦闘で彼女達は懸命に戦ってくれたが、その代償として搭乗していた機体の方はかなりの損傷を受けてしまっていた。特に星良君とレイン君の機体は損傷が激しく、いったんメーカーの工場に送らないと修理もできない状態になっていた。


 ほかの機体に関しては、学園に隣接している第六研究所支部の方でも修理自体は可能なのだが、今は訓練機よりも実戦部隊に配備されている機体の修理が優先されており、九十九里浜での戦いで損傷した機体や、現在進行中のマレー半島攻略作戦で損傷した機体が後送されてきているので、支部の方でもそれらの対応に追われていてとても訓練機の方には手が回っていない状態だった。 


 最初の内はこれもいい機会だと思って、任官式に合わせるためいろいろ校庭をすっ飛ばしてきた彼女たちに座学での授業とか、体力づくりの方に力を入れてきたのだが、それも2週間以上続くと僕も彼女たちも流石にモチベーションが下がってきていた。


 何とかしなくてはとは思っているのだけど、カリキュラム上やらなくてはいけないことは決まっているし、それを早めに進めて後で実機での訓練を集中して行いたいという思いもある。


 まあ、どちらにしろ訓練機の修理が終わらないことには、現状維持のまま他にやりようがない。


 「…少し刺激のある訓練をやった方がいいかな」


 僕は一人そう呟くと、ノートパソコンを立ち上げ、表計算ソフトを開くと、明日からの訓練予定を書き換えていった。


 僕みたいな新人が筆頭教官としてやっていくのはいろいろと大変なことも多いが、こうしてカリキュラム内のことであればかなり自由に訓練を進められるというのは、それはそれでやりがいがある。


 (やりがい、か…)


 今の僕がやるべきことは教官として彼女たちを立派な機兵に育てることだ。いつまでも自分自身のつまらない感傷に囚われていないで、これからの未来をしょって立つ彼女たちのことをもっとよく見てあげるべきなのかもしれない。


 それが、教官としての務めでもあるし、なにより空っぽになってしまった僕の「やりがい」になるかもしれない。


 僕は自分にそう言い聞かせることで、少し前向きになれた気がした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

同日 正午 重装機兵部部室棟 浴場


 「あぁ~、いい湯だなぁ~」


 浴槽に肩までどっぷりつかった唯里ちゃんが気の緩んだ声を出す。


 「そうだね…」


 私はその言葉に相槌を打ちつつも、ついつい彼女の大きな胸に目が行ってしまう。唯里ちゃんのそれはたわわ実っていてとても柔らかそうで、素直に羨ましいと思った。私のちょっぴりとだけ控えめな胸と見比べて、とても同い年とは思えない。


 (…やっぱり、大鳥教官も大きい方が好きなのかなぁ…?)


 「ねぇ、ねぇ、凛、ちょっと見てよ、なんか変な筋肉ついてない?」


 白藤さんは自分の二の腕をさすりながら、隣の凛ちゃんに尋ねていた。


 「うーん?筋肉ついたのなら、それはいいことだよ」

 「えー、そう?。あとさ、最近外で走ったりしてるからさー、ちょっと日焼けしちゃったし、もう最悪」


 白藤さんはそう言うが、彼女はランニングでももほとんど走らないし、筋トレだって全然やっていない。もちろんそれはサボりとかじゃなくて、体調の問題が大きいのだろうけど。


 「うーん、そうかな…?でも、筋肉ついて日焼けしてってちょっとかっこいいじゃない?」

 「えー、可愛くない。…まあ、凛はそう言うのも似合いそう。って言うか、ちょっと腹筋すごくない?」

 「もう、ちょっと急に触らないでよ。もう、くすぐったいってば」

 「ほほう、ここがええのか、ううん?」


 白藤さんと凛ちゃんが体を洗いつつ、体を互いの触りあっていた。


 まあ、凛ちゃんのスタイルの良さには憧れを通り越して、もう芸術品か何かだと思うことにしている。あれはもうなんて言うか、完全にモデルさんとかの域に達しているので、それこそファッション雑誌を見ているのと同じ感覚だ。


 対して白藤さんは、筋肉がついたとか日焼けしたとか言ってはいるが、私たちの中では一番細いし色白で、素直にきれいだと思う。それが、どこか繊細で儚い印象も受ける…のだが、私よりお胸が大きいのだけは納得できない。


 ガラガラ


 私がそんなことで悩んでいると、黒沢先輩が遅れて浴場に入ってきた。


 「「「お疲れ様でーす」」」

 「おつかれ~」


 何人かがそれに反応して、挨拶をした。


 黒沢先輩は転校当初こそまだ慣れない環境と言うこともあってか、少し私たちに対して遠慮していたところもあったが、最近では部長として先輩として私たちを優しく指導してくれて、さらに時には厳しいことも言ってくれるようになっていた。


 「今日も午後は自由にしていいってことだったから、用事のない人以外はシュミレーターやっていこうよ」

 「そうですわね。訓練機が使えないいま、少しでもシュミレーターで訓練しておかないと、感覚が鈍ってしまいますものね」


 浴槽のふちに腰かけて足だけ浸かっていた百合奈ちゃんが、濡れた髪をかき上げつつそう言った。


 百合奈ちゃんは体形的には私とそんなに違わないのに、どうしてか私なんかよりずっと色っぽく見えてしまう。その理由を考えた時、百合奈ちゃんは意識してかはわからないが、その所作がいちいち優雅でいて、そして時に色っぽくて、育ちの良さと言うか、こういう人は男の人にモテるんだろうな、なんて感じる。


 まあ、実際のところ鎌倉時代から連なる武家の出身で、いまも華族としての身分があるのだから私たち庶民とは育ちが違うのは当たり前と言えば当たり前の話なのだけど。


 「星良は午後どうする?」

 「予定もないし、私も訓練していくよ」

 「そっか、瑠香は?」

 「私は…ごめん、用事あるから帰る」


 瑠香ちゃんはそう言うと、浴槽から上がりそのまま脱衣所に行ってしまった。


 「…瑠香も相変わらず忙しそうだね」

 「うん…」


 瑠香ちゃんも以前と比べて訓練そのものを休むということは少なくなったものの、未だ居残り練習などはしたことはなかった。だけど、その代わりなのかはわからないけど、土日の訓練の時は誰よりも早く登校して一人練習したりトレーニングをしているのを私は知っている。


 何で知ってるかって?


 もちろん私も早い時間に出てきているからだ。その理由は、大鳥教官と少しでも話す機会ができればなぁ、なんて下心丸出しなのが良くないところではあるのだけど。


 しかし、それを言ったら瑠香ちゃんだって大鳥教官目当てで早く登校しているのではないか、なんて、邪推してしまっている。


 「青崎って彼氏でもいるの?」


 瑠香ちゃんが浴場を出てからしばらくしてから、黒沢先輩が体を洗いつつそんなことを訊いてきた。


 「えっ、どうかな~。そんな感じじゃないと思いますよ」

 「でも、いつも訓練終わったらすぐ帰るじゃない?やっぱ彼氏でもいるのかなって」

 「それはないと思うな」


 それまで凛ちゃんといちゃついていた白藤さんがにやにやしながら会話に混ざる。


 「何で?」

 「えー、私から言っちゃうのはちょっとね。それに、見てたら分かるくない?」

 「?」


 黒沢先輩は恋愛には疎いのか余りよくわかっていない感じだったが、もともとそんなに興味がなかったのか、それ以上その話題を続けることはなかった。


 瑠香ちゃんが大鳥教官に気があるなんて、みんなすぐに気づきそうなものなのだが、それとも私や白藤さんがたまたま気付いただけで、瑠香ちゃんはあれでも上手く隠しているということなのだろうか?


 「…まあ、それはそれとして、気になるのは教官の様子だよね」

 「何がですか?」

 「いや、最近と言うか、この間の戦いの後からちょっと元気ないような気がするんだけど、私だけ?」

 「そうですね。ちょっと落ち込んでいるというか、なにか悩んでるような…」


 大鳥教官が何か悩んでいるということはみんな薄々気が付いていた。


 しかし、その悩みがなんなのか、それに気付いているのは私以外にはいないと思う。


 「…うーん。まあ、教官もまだ教官になったばっかりだし、最初の内はいろいろと大変なんじゃないですか?」

 「そうですわね。何か力になってあげられればいいのだけれど」


  百合奈ちゃんは真剣な表情でそう言うが、きっとそれはできないことだろう。


 大鳥教官の悩みは特殊で、普通の人には共感できないどころか、寧ろその悩みを知れば離れてしまうことになるかもしれない。


 だからこそ、大鳥教官にはその悩みを知り、そして受け入れ、隣で支えてあげられる人が必要なのだと思う。


 そしてそれは、私しかできないことだと思っている。


 「…いいじゃん、別に。教官さんだって人間なんだし悩みの一つや二つ、そりゃあるでしょ」

 「そうだけど…」

 「まあ、こうやって子供に心配されるなんてどうかと思うけど、大人なんだから自分で何とかするしかないんだし。少なくとも私たちが口出すようなことじゃないと思うな」


 白藤さんが少しイラっとしたような口調でそう言った。


 「…でも、やっぱり心配ではないですか?大人だって辛いことは辛いですし、わたくし達だって子供とは言ってももう高校生なんですよ。少しぐらい力になれると思うのですけれど」


 白藤さんの言葉に百合奈ちゃんが反論じみたことを言う。


 露悪的と言うか、どこかニヒルなところのある白藤さんと、正義感が強い百合奈ちゃんの二人は、はたから見ても合わないな、とういうのは感じていた。


 「多分だけどさ、そういうのをお節介って言うんじゃない?」

 「それの何が悪いのですか?困っている人がいれば手を差し伸べるのが人として正しい道でしょう?」

 「ふーん、ま、人がどう思おうがその人の勝手だけど、私はそう言う押しつけがましいのは迷惑だと思うな」


 白藤さんはそう言い残すと、お湯に浸からず、シャワーで泡を流し落とすと、脱衣所の方に行ってしまった。


 …………。


 「…ごめんなさい。空気を悪くしてしまって」


 百合奈ちゃんはバツの悪そうな顔をしていた。


 「よいしょっと…百合ちゃん、そんなに気にしなくていいよ。美沙ちゃんはちょっと怒りっぽいところがあるけど、全然引き摺ったりする子じゃないから」


 凛ちゃんがその大きな体を肩までお湯に入れつつ、微妙に的を外した慰めの言葉を百合奈ちゃんにかけた。


 「…凛さん、ありがとうございます」

 「ふふふ、どういたしまして」


 凛ちゃんはなんてことはないといった感じで、緩い笑みを浮かべていた。


 ちょっと気難しいところのある白藤さんの親友をやっていくにはこのぐらい、いい意味で適当でなければやっていけないのかもしれないと思った。


 「ま、仲良くしてね。私たち部員数ギリギリなんだから。トラブルなんて起こしたら目も当てられないことになっちゃうからね」


 黒沢先輩が少し他人事のようにう言うので、先輩なんだからどうにかしてくださいよ、なんて思う一方で、結局人と人との関係なんて、外野がとやかく言うものでもないのかもしれないとも感じた。


  「…あぁ~、いい湯だなぁ~」


 唯里ちゃんが重くなった空気を和ませるように、もう一度そう言ったのを聞いて、いつも重装機のことばっかり言ってる唯里ちゃんもいろいろ考えてるんだなぁ、なんて偉そうなことを思いつつ、そろそろいい時間だと思ったので、私も湯船から上がった。


ー――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日 夕方 教官準備室 


 僕が準備室で翌週の授業で使う資料をまとめていると、最後まで残って練習をしていた百合奈君が部室棟の鍵を返しに来た。


 「お疲れ様。相変わらず熱心だね」

 「いえ、まだまだです。お姉さまに追いつくためにはもっと訓練を重ねないと…」

 「…そう、だね」


 彼女の真っ直ぐな視線に耐えられず、僕はそっと目を逸らした。


 「…あの、教官、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 「ん?ああ、もちろん、いいよ」

 「わたくしの気のせいかもしれないのですが…その、教官は…」


 いつもはきはきとものを言う百合奈君にしては珍しく、なにか言い淀んでいるようだった。


 「…いえ、やはり何でもありません。お時間をとらしてしまって申し訳ございませんでした。それでは失礼いたします」

 「あ…」


 僕は少し遅れて引き留めようとしたが、足早に去っていく彼女を追うどころか、引き留める言葉さえ発することができなかった。


 いや、できないのではなく、しなかったのだ。


 僕は百合奈君と必要以上に関わることを恐れている。彼女と話していると、どうしても柴崎隊長のことが脳裏をよぎるし、彼女の口から柴崎隊長のことを聞くたびに言い表せないような気まずさと言うか、罪悪感を覚えてしまう。


 だからどうしても他の部員と比べて百合奈君とは距離をとってしまうし、きっと彼女もそのことを薄々感じてはいるのだろう。


 賢い百合奈君のことだ、いずれ真実にたどり着いてしまうかもしれない。もしくは、僕が耐えきれずに話してしまうことだってあり得る。だけど、そのとき僕は彼女に何と言えばいいのか、今の僕には全く答えが見つけられないでいた。


 今の僕は、自分の下らない悩みに加えて、百合奈君とのことや、部活のこと、思っていた以上に心配事ばかりが増えてきて、もうとっくにキャパシティオーバーになっていた。


 僕は弱い人間だから、こういう時にすぐに人に甘えたくなってしまう。


 ほんの2,3年前まではその甘えを受け止めてくれる人がいた…だけど、それも今は自分でどうにかするしかない。


  ピピピピ…ピピピピ…


 そんな風に一人もの思いにふけっていると、机の上の携帯が不意に鳴り始めた。


 「はい、もしもし」


 僕はほんの少しの間、着信が途切れてくれないかなと思ったが、5コールもしたときにはすっぱりと諦めて、画面も見ずに携帯を耳に当てた。


 『…お久しぶりです』

 「あ……」


 携帯から聞こえてきた声を聞いて僕は一瞬言葉を失った。


 僕と言う人間はどうしてか学習しないもので、どうしてもくせでわざわざ携帯が着信相手を教えてくれるというのに、その厚意を無下にしてしまう。まあ、それで困ることもあまりないのだけど、中には話をする前に心構えをしておく必要のある人物がいる。


 例えば今携帯の向こう側で話している僕の高校時代の先輩・風間祭子などがそうだった。


 『どうしたんですか?間抜けな声をだして』

 「…いえ、何でもないです。今日は何の用ですか?」

 『あら、冷めた言い方。傷ついてしまいます』

 

 風間先輩はわざとらしくしょげた声を出す。


 「もう、からかわないでください」

 『はーい』


 何だか勝手に落ち込んで、テンションの低い僕とは対照的に風間先輩の方は妙にテンションが高い気がした。


 と思ったものの、風間先輩のテンションが高いのも無理ないかもしれない。風間先輩はこの間の襲撃事件の際に迎撃部隊が揃いきらないなか九十九里浜において、単独で100体以上の金属虫を討伐、今や一躍時の人となっていた。


 「ご活躍は聞いていますよ。でも、最近少しテレビ出すぎじゃないですか?」

 『確かに…少しいいように煽てられている感はありますが、これまでの鬱憤を十分に晴らせたので良しとしています』


 実際のところ、陸軍の風間先輩押しは少し異例で、察するに柴崎隊長の後釜にしたいとの思惑があるように感じる。


 まあ、風間先輩は美人だし、一応人前では清楚な感じで通しているので、テレビ映えするというのは間違いない。


 『でも、活躍したといえばあなたもでしょう?』

 「…活躍したのは僕じゃなくて、僕の生徒たちです。僕は何も…寧ろ迷惑かけちゃいました」

 『そう。…ああ、そうだあの機体の色は気に入ってくれました?』

 「先輩が王室長と知り合いだったなんて、初耳でしたよ」

 『あなたが王室長のところでテストパイロットしていると聞いて、どうしてもあなたの様子が気になったので私の方からコンタクトをとっちゃいました』

 「とっちゃいましたって…」

 『だってあなた、一時期私と連絡とってくれなかったじゃないですか』

 「それは…」


 それは僕の方から振ってしまって、気まずかったからで、風間先輩には悪いが本当に一時期着信拒否してしまっていた。後から流石にやり過ぎだと思って着信拒否の設定を解除したが、結局自分から連絡をとる勇気もなく、この間風間先輩から電話がかかってくるまで、約一年以上関係を断っていた。


 『でも、こうしてまた話せるようになって私は嬉しいです。…あなたもそうでしょう?』

 「…いや、まあ、そう、ですけど…」


 自分でも子供っぽいとは思うが、どうも彼女の手の平で踊らされているような気がしてなかなか素直になりきれない僕がいた。


 『ところで、真面目な話をしますと、加藤さんのお墓参りにはもう行きましたか?』


 加藤さん。ここで言う加藤さんとは陸軍中央高校重装機兵部での僕の先輩で、風間先輩とは同期だった加藤美咲先輩のことだ。加藤先輩はよくも悪くも個性派ぞろいの機兵部の中では、特別目立つような存在ではなかったが、僕ら下級生からしてみると優しい先輩ということで、とてもとっつきやすい人だった。


 加藤先輩は中央高校卒業後、僕と同じように士官学校には進学せずに現場に出たのだが、この間の九十九里浜での戦闘でその若い命を散らしてしまった。


 「…いいえ、まだ。…行かないと、とは思っているのですけど、こっちもいろいろと忙しくて…」

 『そう、実は私もあれからいろいろと忙しくて…。彼女とは戦闘が始まるまえに少しだけ話をしましたけど……なんだか不思議な感じですね。ちょっとした挨拶が最後になるなんて、思ってもみませんでした』

 「みんな、そんなものですよ。…きっと」


 僕はこれまで、周りで死んでいった人たちのことを思い浮かべた。


 ちゃんとさよならを言えた人なんて一人もいない。別れなんて突然にやってきて、そして過ぎ去っていくものだと頭では理解しているが、軍人としていくつかの戦場を乗り越えた今でも、心がそのスピードに追いついていなかった。


 『そうだ、また話が変わっちゃうですけど、今朝方、井村総長が自害されたそうですよ』

 「…そう、なんですか」


 正直に言うとあまり驚きはしなかった。


 井村軍令部総長は海軍の作戦指揮を総括する軍令部のトップであり、今回の金属虫襲撃事件おいて海軍の警備体制に大きな欠陥があったのではないかと、連日マスコミと世論から厳しく批判されていた。


 井村軍令部総長は事態の原因究明を待って、自身の進退を判断すると記者会見では言っていたが、ついに耐えられなくなったということだろう。


 『まだ報道発表はされていませんが、海軍の方は大慌てしているそうです。牧田海軍大臣も近々辞任するそうですし、連合艦隊長官も恐らくマレー半島攻略作戦に目途がついた時点で入れ替わるでしょうね』

 「となると、国防派は大ダメージと言ったとこですか?」

 『そうでしょうね』


 海軍は国土防衛を最優先とし、豪州との対立に否定的な国防派と、対外進出に積極的で豪州との開戦もやむなしとする外征派の二大派閥があるのだが、今回国防優先と言っていた国防派があろうことが関東上陸をみすみす許してしまうという大失態を犯してしまったため、急速にその求心力を失いつつある。


 しかも最近の世論の動きとして、豪州に対する反発が強いこともあって、おそらく次の海軍三長官のポストは外征派のメンバーとなりそうだといのが大方の予想だった。


 『まあ、海軍の内部事情なんてどうでもいいことでしたね。話を戻しますと、今日私が連絡したのは、加藤さんのお墓参りに一緒に行きましょう、ということを言いたかったんです』

 「えっ…」

 『次の土曜日、そうですね…13時に横浜駅で待ち合わせしましょう。そこからなら彼女の実家にも行き易いですし』

 「いや、あの、僕はまだ―」

 『これは決定事項なのでもう変更はききません。では、待っていますので遅れないでくださいね』


 風間先輩は一方的にそう言うと、僕の返事もろくに聞かず通話を切ってしまった。


 それから、自分のマンションに帰って、コンビニ弁当を食べて、お風呂に入って、そして布団に入る時まで、電話をかけなおすか、それともメールでもするかなと悩んでいたが、結局今回は素直に風間先輩のお誘いを受けることにした。


 こういう機会でもないと、結局僕は加藤先輩の墓前になんていけそうになかったし、それに正直に言うと久しぶりに風間先輩に会いたくなったのだ。


 きっと、甘えたいんだろうな。なんて心の中で自嘲しつつも、この胸の中にあるもやもやを消し去ってくれるなら、自分のちっぽけな自尊心なんてどうなったっていい。そんな風にこの時の僕は感じていた。

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