第一〇話
平征29年5月13日 第二特別区陸軍第六研究所支部
『…繰り返します、現在関東沿岸部を中心に第一種襲来警報が発令されております。一般市民の皆様は指定されたシェルターへ、予備役及び規定により少数される臨時傭人の方は指定の集合場所へ参集してください。繰り返します…』
先ほどから国防無線から警報が繰り返し放送されている。
金属虫との戦いが始まって以来、関東では初めてとなる第一種襲来警報の発令となった。そのため、特に都市部の混乱はひどく、テレビ中継では人々が右往左往する場面が放映されている。
かく言う僕も先ほどから落ち着きなく、支部の職員が集まっている地下会議室の中を右往左往していた。
「大鳥君、気持ちはわかるけど、落ち着いたほうがいい」
佐藤少尉が心配そうに言う。
「それはわかっていますけど…」
「まあ、大丈夫なんじゃないかな~。情報によると、確認されているアリ型のコロニーは4つ、そのどれもが九十九里浜に上陸する可能性が高いらしいじゃないか。まあ、間違っても鎌倉に流れ着くことはないよ。…ただし、情報が正しければ、の話だけどね~」
王室長は非常事態だというのに回転いすに深く腰掛け、リラックスしているようだった。
「それにしても、タイミングが悪いよね~。関東を統括する東部軍管区の隷下の主力師団は、ほとんどマレー半島攻略に駆り出されていて、大型金属虫とまともにやりあえるのが近衛の2個師団だけなんて」
「それもそうですけど、いったい海軍は何をしていたんでしょう?ここまで本土に…、しかも首都に接近されるなんて、こんなの誰か腹を切らされますよ」
「まあ、それも仕方ないんじゃない?…でも、海軍も船と飛行機はほとんど南方に行ってるし、そもそも地理的に関東に直接上陸されるなんて考えもしてなかっただろうし、運がないよね~」
「それは、そうかもしれませんが…」
確かに王室長の言う通りで、関東と言うよりも、本州の太平洋側からの金属虫の上陸はかなり確立の低いことだとされていた。そもそも本州に上陸されるというだけで、過去に片手で数えられるほどで、それもごく小規模の偶発的なものでしかなかった。
その点を鑑みても今回の事態の異常性がわかる。今回の襲来は太平洋上の帝国軍基地に一切関知されずに関東近海まで女王アリ型を中心とした、約500~2000のコロニーが複数接近。海軍の警戒が疎かになっていたとはいえ、これまで全く前例もなく、また予測すらされてなかったことが起きてしまったのだから、海軍が見落としてしまったのも仕方ないことなのかもしれない。
が、そんな責任の所在や重さなど今はどうでもよかった。
「「「「おおー」」」」
王室長と佐藤少尉がいろいろと意見を交わしていると、軍用の広域無線に耳を傾けていた職員が感嘆の声を上げた。
「ん?どうかしたのか~い?」
「航空隊がコロニーを2つ壊滅したらしいです」
「そうか、ま、なんとかなりそうだね~」
王室長はえらく楽観的で、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
僕としては、とにかく上陸される前に事がすべて終わること祈るばかりだ。
と言うのも、まさかという話だが、先ほど辞令を交付されて訓練兵として正式に二等兵の階級を与えられたばかりの重装機兵部員たちが、郷土防衛隊として抽出されてしまったのだ。
~2時間前~
「ちょっと待ってください!この子たちはさっき兵になったばかりで、まだまともな戦闘訓練なんてやってないんです。とても戦場に出せる様な状態では―」
「教官、それはワシだってわかってるよ。けど、規定で重装機兵部員は有事の際はその地区の防衛隊の指揮下に入るとなっているんだ」
任官式が無事終了して30分もたたないうちに、ここ第二特別区にも襲来警報が鳴り響き、重装部員を除いた全生徒はすでに地下シェルターへの一時避難を完了させていた。
僕は機兵部員たちも他の生徒と同様に避難させたかったのだが、そこで任官式にも来賓として参加されていた、鎌倉地区防衛隊長を務めている蔵元予備役少佐と機兵部の運用について口論になっている。
「しかし、彼女たちに何をしろと言うんです?できることなんてまだ何も―」
「ワシだって何も戦えなんて言うつもりはないよ。けど、今は人手が必要なんだ。うちの防衛隊指揮下の重装機は、この学園所属の重装機しかない。戦えないにしても、陣地設営なんかには十分役立つはずさ」
確かに蔵元防衛隊長の言うことは正しい。
主に退役した軍人の中で、年二回以上の訓練を受けていいる即応予備役で構成されている郷土防衛隊は、有事の際に迅速に地域防衛を行うための組織で、組織の形態としては消防団に近いものがある。と言っても、装備は旧式で、一応火力支援のための自走砲もあることにはあるが、そんな大層なものではなく、軽トラに機関銃や軽迫撃砲・噴進砲などを取って付けたような間に合わせのものしかない。基本的には今回のような大型金属虫でなく、小型の金属虫を撃退する程度の力しかないのだ。
なので防衛隊の戦力で大型金属虫とまともにやりあえる重装機兵部の訓練機は、とても重要な戦力となるのは十分理解はしている。
とにかく、重装機兵部は有事の際には地元の防衛隊の指揮下に入ることになっていて、手続き上の話をするならば、襲来警報が出た今、いち教官であり、准尉の僕に予備役とは言え少佐である防衛隊長にこうして堂々と意見するのは恐れ多いことでもあるのだが、彼女たちをいま戦場に出すことになるかもしれないと思うと、どうしても素直に引き下がれないものがあった。
「でしたら僕が機体に乗ります」
「うーん、それはなぁ…君の気持ちもわかるんだがねぇ、君は一応現役の軍人で教育隊とか研究所の所属だし、彼女たちのように特別な規定があるわけでもないから、こっちで使うわけにはいかないよ」
「それは…そうですが」
確かに僕は重装機兵部の顧問をしているが、予備役ではなく正規の軍人であり、有事の際であっても防衛隊の指揮下に入るようなことはない。しかし、今そのようなことを気にしているような状況なのか?と思う一方、教官として軍の規則を無視するようなことを彼女たちの前ですべきなのだろうか?という思いも心の片隅にはあった。
そうして僕が一人悶々と悩んでいると―
「教官、もういいから」
そんな言葉とともに不意に僕の肩に手が置かれた。
「瑠香君…」
「鎌倉には来ないって話だし、設営の手伝いだけでしょ?そのぐらいなら問題ないよ。…それに鎌倉は私の住んでいる町でもあるんだ、ちゃんと自分の手で守るよ」
「その通りです、青崎さん。教官、わたくしたちは市民を守るために重装機兵部に入ったのです。まだまだ非力ですが、なにかお手伝いできることがあるのならそれをしたいです」
「お父さんもお母さんも、頑張ってお勤めしてきなさいって言ってました」
「そうですよ。それにいい訓練になりそうだし」
百合奈君も凛君も唯里君もみんな前向きな発言をする。その表情からは緊張や恐怖は感じ取れなかった。
「教官、みんなのことは私に任せてください」
その声に振り向くと、さっきまで制服姿だったはずのレイン君がいつの間にかに操縦服に着替えてきていた。
「………わかった。よろしく頼むよ」
僕はようやくその言葉を絞り出すようにして言った。
「それじゃ、決まりだな。武装はトラックに積んでいくけど、悪いがトレーラーなんて立派なもんはないから走って付いてきてくれ。わしが車で鎌倉防衛隊本部の市役所まで先導する。では準備に取り掛かってくれ」
「「「「「「はい!」」」」」」
彼女たちが校庭に膝をついたままになっていた訓練へと向かう。が、少ししてから星良君だけ引き返してきた。
「大鳥教官、私…いえ私たち、ちゃんと帰ってきますから…だからその時はちゃんと笑顔で迎えてくださいね?」
「えっ…?あ、ああ、もちろんだよ」
「えへへ、すみません、ちょっと元気づけようかなって思ったんですけど…なんて言っていいか分からなくて」
「ふっ、ありがとう。ダメだね、僕の方がみんなを元気づけてあげないといけないのに…」
僕は星良君の栗毛の柔らかい髪に軽く触れた。
「お守りとか買っておけばよかったね」
「…今度、買いに行きましょうよ」
「そうだね、今度みんなでどこかの神社に言って買ってこようか」
「はい。それじゃ、私もいきますね」
「うん。帰りをまってるから…」
星良君は一度お辞儀をしてから自分の機体に乗り込んだ。
「いい子たちじゃないか」
「はい…」
「まあ、心配するな。もしもの時はワシらが守るさ」
「申し訳ありません。どうかあの子たちのこと宜しくお願い致します」
僕は蔵元防衛隊長が車に乗り込むまで深々と頭を下げ、訓練機が出発した車に続いて走りだすと、その姿が見えなくなるまで大きく手を振った。
~回想終了~
そうして、ちゃんと心の整理をして見送ったわけだけど、こうして地下に閉じこもっていると時間の経過とともに、言い知れぬ不安感が厚い雨雲のように立ち込めていく。
(どうか、鎌倉だけには上陸しないでくれ)
僕は祈るような思いで、ただ過ぎていく時間を耐えるしかなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日 鎌倉市役所
「嬢ちゃん、そこの土嚢、こっちに運んできてくれ!」
「は、はい!」
私は初老で小太りの蔵元隊長から言われた通りに、さっき大型のトラックが置いていった大量の土嚢の山から一つ持ち上げ、急ピッチで作成中の防衛隊野外陣地の壁まで持っていった。
「いやいや、嬢ちゃん、あんたそんなのに乗ってるんだからもっとグワァーってやってくれよ」
「グ、グワァーですか?」
この鎌倉防衛隊を仕切っている蔵元予備役少佐は気のいい感じのおじさんなのだが、私としてはどうも苦手なタイプの人間だ。
その蔵元防衛隊長がさっきから身振り手振りで私に何か伝えようとしていたが、私にはよくわからなかった。こんな時に限って心は読めない。まったく、我ながら勝手の悪い特技だとつくづくそう思う。
「おじさん、こんな感じでいいんでしょ?」
私の後ろからやってきた唯里ちゃんが機体の両腕に大量の土嚢を抱えて、それを蔵元防衛隊長の近くにドサッと置いた。
「おう、こんな感じで頼むよ。積むのはこっちでやるからよ」
蔵元防衛隊長はそう言って、何人かの人に指示して、きれいに土嚢を積み上げていく。どうも細かい指示を出しているらしく、何度も置きなおしたり、位置を調整している。どうやら土嚢の積み方については一家言あるようだ。
こんな非常事態に何を暢気にとも思ったが、土嚢をどう積めば一番良いかなんて私は知らないし、そもそもさっきからちょくちょく耳にする戦況報告では、金属虫は予想通り九十九里浜に上陸する可能性が高く、しかも上陸までに6~8割は撃破可能との公算らしい。
そんなわけで、ここ鎌倉防衛隊のでは集合当初こそ緊張感があったが、今ではそれもだいぶ和らいで、みんな談笑しながら気楽に作業を進めている。
私も唯里ちゃんに倣って訓練機の両腕に土嚢を抱えて運んでいると、役所の倉庫から保管されていた国防車と呼ばれる軽トラとか2トントラックの荷台に機関砲や噴進砲を取り付けた車が次々と出発していく。恐らくこれから事前の作戦会議で決められた配置、海岸を東西から攻撃できる位置に移動していくのだろう。
ちなみに鎌倉郷土防衛隊でアリ型にまともに対抗できる火力を持っているのは、その国防車に搭載された30ミリ機関砲や、105ミリ噴進砲、そして私たちの訓練機の装備だけだ。ほかにも歩兵用の噴進砲や地雷などもあるが、どれも決め手に欠ける面がある。なので、およそ2000人いる防衛隊員の内、多数を占めている歩兵はあまり前には出ず、今は各箇所で陣地構築に駆り出されている。
「そっちの3番機の人、手が空いてるならこっち手伝ってくれ!」
「あっ、はい!」
土嚢運びがひと段落したら、今度は役所裏山に長いポールを打ち立てるための手伝いをした。このポールは先端に球状のレーザー通信用受送信器が取り付けられており、強度の高い干渉波下で無線通信が阻害されていてもレーザー光線は干渉波は指向性・収束性に優れているため、干渉波の影響が少なく各部隊間での安定した通信環境を構築することができる。
「よしッ、設営は一通り完了だな。みんな交代で警戒しつつ休憩をとってくれ。嬢ちゃんたちありがとう。天幕の裏に差し入れあるからそれ食って、休んどいてくれ」
設営準備自体は一時間とちょっとで終わった。と言ってもあくまで、防衛隊本部の設営がと言う話であって、海岸や海上では作業がまだ終わってなくて、地雷や機雷の設置を急いでいた。
まあ、私たちが手伝えることでもないので、ここはおとなしく休憩して置くべきだろう。それに人の近くで作業するのは結構気を使うので、気疲れしてしまったのも確かで、別れて作業していた部員6人が本部天幕裏に集まったときみんな大なり小なり、疲れた表情をしていた。
「お疲れ~」
私が一番最後に合流すると、緑川さんがクーラーボックスからお茶を出して渡してくれた。
「ありがとう、緑川さん」
「どういたしまして。って言うかさん付けなんてやめてよ」
「そ、そう、じゃ…凛ちゃん…でいい?」
「うん、もちろん」
緑川さん…じゃなくて凛ちゃんは体は大きいけど、とっても人懐っこい笑みを浮かべて、ちっとも威圧感を感じさせない。本当に優しい人なんだと思う。
「赤森、お疲れ」
「黒沢先輩、お疲れ様です」
「機体方は大丈夫そう?」
「はい。バッテリーもまだ7割ぐらいありますし」
「そっか、それじゃみんな機体には問題なしね。じゃ、そのこと報告してくるついでにちょっと、この後のこと聞いてくるよ。このままここで待機するのか、海岸まででるのかさ」
黒沢先輩はそう言って、本部天幕に行った。
黒沢先輩も急に転校してきて、そして急に部長になったというのによく私たちを気遣ってくれていると感じる。私たちは結構バラバラで先輩のいた代々木と比べたら、きっと規律なんてあってないようなもので、結構まとめるの大変だろうに、文句ひとつ言わない。私も協力しなきゃ、と思っている。
…思っているだけで具体的に何をしたらいいのかまだわからないけれど…。
「…それにしてもどうなるんだろうね」
木陰で休んでいた唯里ちゃんがそう呟いた。
「ここまで来たらなるようになるしかないでしょ…」
「まあ、そうだよね…」
「何?不安なの?」
「それはそうでしょ?教官の手前強がってみたけどさ…そう言う瑠香は怖かったりしないの?」
「…別に……ま、少しはそういう感じもあるけど」
私は二人の会話を聞いてなぜか少し安心した。多分それは二人が自分と同じ気持ちなんだと分かったからだと、少ししてから気付いた。
「大丈夫ですよ。もし、ここに上陸されるようなことがあっても、応援が来るまでの時間稼ぎは十分できると思います」
「時間稼ぎって、それって…いや、やっぱいいや」
唯里ちゃんが何か言いかけたが、途中で思い直したのかやめてしまった。
「…もちろん、もしもの時はわたくしたちは無事では済まないかもしれません。ですがそれを言えば、わたくしたちよりも前にいる人たちがいて、そしてわたくしたちの後ろにはより多くの人々がいるのです。覚悟なんてそう易々とできるものではありませんが、それでもわたくしたちは戦わなければならないのです」
「「「「………」」」」
百合奈ちゃんの話を聞いてみんな何も言わなかった。確かに百合奈ちゃんの言うことは正しい。けど、その覚悟をするには、まだ私たちは子供で、幼すぎる気もする。いまさらそんなことを言うのは情けないし、こういうこともあるって入部するときに説明も受けていた。
だから、これまでちっとも本気で考えていなかったということだ。
戦うということ、守るということ、そして死ぬということ。
そのそれもが漠然としていて、だから、やりたいとかやれるとか、そのときの気分に流されてきて、誰かが言ったから誰かに言われたからとか、周りになんとなく合わせて、自分のこととして真剣に考えてこなかった。
だからきっとこの恐怖心は私の怠慢が生んだものだ。
私も事ここに至っては、百合奈ちゃんのようにちゃんと真剣に考えて、覚悟をしておかなければならないのだろう。
「みんな、とりあえずはこのまま待機だって…ってどうしたの?」
戻ってきた黒沢先輩が私たちの間に流れる妙に思い空気を感じ取って、一番近くにいた私に小声で尋ねてきた。
「はじまったぞッ!」
私は黒沢先輩にどう答えようか少し迷ったが、ちょどそのとき本部の人たちが大声を出したので、その重い空気も霧散してしまった。
「どうしたんです?」
黒沢先輩が天幕に戻り話を聞く。
「一部の金属虫が九十九里浜に上陸したそうだ」
近くにいた蔵元隊長が少し興奮気味に話し、ふと自身の腕時計に目をやった。
「16時半か…やはり、間に合わなかったな」
「なにがです?」
「北部と西部に残っていた機動師団に援助を求めたんのだが、到着はどちらも18時以降…九十九里浜は近衛と予備役師団で守るしかない。空爆と機雷でだいぶ数を減らしているとはいえ、敵は大部隊だ。厳しい戦いになるぞ」
私は自然と生唾を飲み込んでいた。
鎌倉から離れているとはいえ、これまでニュースを通してみてきた戦場とは違い、ずっと近くで戦闘が始まったのだ。自分が戦うわけではないのにどうしても緊張してしまう。
「隊長、我々も加勢に行きましょう。ここでただじっとしているなんてできません」
まだ徴兵を終えて間もないと思われる若い男性が、蔵元隊長に詰め寄る。
「…ならん。我々にはこの鎌倉を守るという重大な任務が課せられている。ただ待つというのが辛いというのはわかるが、いまは戦友を信じて待っていてくれ」
「…はい」
私は蔵元隊長が救援に行かないと言って、思わず胸を撫で下ろしてしまったが、同時に救援を申し出た男性の気持ちもわからないでもなかった。戦いが始まってしまっているのにただこうして待っているというのは、なんだかとってもやきもきするものがある。
さっきまではすっかり怖くなって弱気になっていたのに、私という人間はやはり周りに流されやすい性格なのだろう。
「とにかくワシが指示するまで、今の作業を続けるんだ。各部隊にも連絡して徹底させてくれ」
「わかりました」
若い男性はそう言って天幕の中へ戻る。
蔵元隊長は役所の裏山に建てられた本部天幕から青い鎌倉の海を眺める。海は警備艇が機雷の設置を続けている以外はいたって穏やかに見えた。
が、次の瞬間、突然水柱が高々と打ち上がり、少し遅れて水柱からから2キロ以上は離れているこの本部にも轟音が届いた。
「な、なんだ!?機雷が暴発したのか!?おい、すぐに確認をとってくれ」
「す、すみませんまだ海岸の部隊とレーザー通信の接続が完了してなくて…」
「無線を使えばいいだろ!」
「は、はい…鎌倉から一中隊」
ザ、ザー、ザザー
無線機からは雑音以外に何も聞こえない。
「干渉波検知器を―」
おそらく蔵元隊長は干渉波検知器を見ろと言いたかったのだろう。しかしその言葉は永遠に発せられることはなかった。
「みんな、伏せて!」
誰かがそう叫んだかと思うと、私は誰かに押し倒された。
「きゃーぁッ」
その直後、私たちのいた場所を激しい衝撃が襲う。
「大丈夫?」
固く閉じていた目を開けると、百合奈ちゃんの顔がすぐ目の前にあった。
「うん、ありがとう。でも、何が…?」
私は強い衝撃のせいでまだ頭がぐらんぐらんしていたが、無意識のうちにまずい状況だと理解して、百合奈ちゃんと一緒に激しい土煙の中なんとか訓練機のところに向かった。
少し進むと、黒沢先輩と合流できた。
「よかった、2人とも大丈夫?ケガはない?」
「はい、わたくしも星良さんも大丈夫です」
「他の3人は?それと蔵元隊長は?」
「わかりません」
私がそう答えると、黒沢先輩は大きな声で叫ぶ。
「みんな大丈夫!?返事して!」
土煙の向こう側から黒沢先輩の声がする。
「黄地、大丈夫です」
「緑川も大丈夫でーす」
二人もどうやら無事なようだ。しかし、瑠香ちゃんからの返事がない。
「青崎!青崎!どこ、返事して!」
『先輩、聞こえてる』
土煙の中から突然巨人が現れたかと思うと、そこから瑠香ちゃんの拡声された声が聞こえた。
「みんなも早く乗った方がいい。もう浜辺まできてる」
何が、とは誰も聞かなかった。聞くまでもなかった。私たちは急いで機体に乗り込む。
「おい!どうなってる!?」
下の方から何人かの人が慌てて裏山を登ってくる。
『こっちはもう駄目、役所から指揮した方がいい』
「隊長は!?」
『だからもう駄目だって』
「そんな………わかった。おい、レーザー通信機は生きてるな、すぐに役所の方に繋ぎなおせ」
登ってきた男性が周りの人に指示して急遽復旧作業を始めた。
「すまない、君たちは由比ヶ浜の東側に向かってくれ。さっき救援信号が上がったんだ。いま浜を抜かれるとこの街はおしまいだ」
『わかりました』
私たちはそれぞれ武器を装備して安全装置を解除する。私の機体は20ミリ機関砲と30発入りの弾倉が8つ、後は単発式の180ミリ噴進砲を2門背中に担いでいる。
『みんな準備はいい?私が指揮を執るから勝手行動はしないこと。多分干渉波強度は5~7近接無線は使えるかもしれないけど、不安なら拡声器を使って、その方が確実だから。それじゃ、私と赤森が一班、柴崎と緑川が二班で前衛、後の二人は後衛に回って前衛の援護をお願い』
『『『『「了解!」』』』』
黒沢先輩の声は微妙に震えていたが、そんなことは仕方がない。今は少しでも声を出して虚勢を張るしかなかった。
海岸につくとそこにはすでに数十体の金属虫が上陸しつつあった。かろうじて侵攻をとどめていたのは浜辺に所狭しと設置された地雷と、浜辺に配置された機関砲隊の必死の抵抗のお蔭だろう。
私たちは一気に飛び出すようなことはなく一度、建物陰に隠れて状況を確認し、黒沢先輩の指示を待ったが、黒沢先輩も冷静になり切れず少し混乱しているようだった。
『アリ型の弱点は、えっと、腹の方にあるから…』
『黒沢先輩、こうしましょう。二班が正面で足止めをします。一班迂回して側面から攻撃、三班は機関砲中隊の援護するということで』
百合奈ちゃんが黒沢先輩に助け舟を出す。
『…そうね。そうしましょう。それじゃ、みんな、行こう』
『『『『「了解」』』』』
私は黒沢先輩に続いて由比ヶ浜の東の端まで向かった。
『片膝ついて』
「はい」
私と黒沢先輩は機体の片膝をついて、防波堤に半身を隠すようにしながら上陸しつつあるアリ型の大群い照準をつける。
『いい?2~3発づつ撃って、そうしないとまともに命中しないから』
「はい」
背中に嫌な汗をかく、機体の腕に自分の意識をリンクさせると、機関砲のずっしりとした感触が伝わってくる。私はゆっくりと腕を動かして目の前の強化ガラスに浮かび上がったターゲットサイトに目標を捉える。
『打ち方はじめ!』
黒沢先輩の声にとともに私は引き金を引いた。右腕の機関砲が唸り、徹甲弾が曳光弾を織り交ぜつつ発射される。
「やった…!」
狙いっていたアリ型が数発の砲弾を腹部に受けついに、形のない鉄塊となった。
『気を抜かないで、こっち来るよ!』
「は、はい!」
黒沢先輩の言う通り、こちらからの攻撃に気付いたアリ型の数匹が向かってきた。それを迎撃しようと狙いをつけようとしたとき、急に機体の左に強い衝撃を受けた。
「きゃっ…!」
『大丈夫、アリ型の射撃なら装甲で弾けるはず。接近されないようにだけ気を付けて、噛みつかれたらダメだから』
「はい」
私は慌てて向かってくるアリ型に機関砲を発砲する。発射された砲弾は固い頭部に阻まれ核を打ち抜くことはできないが、頭部をズタズタにされたアリ型たちはその動きを鈍らせる。さらに浜辺にはまだ地雷が残っており、足を吹き飛ばされ走行不能になるアリ型も多く、動きの鈍ったアリ型には防波堤の裏に潜んでいる歩兵隊からの噴進弾攻撃を受けて撃破されていく。
そして、こちらに向かってくるアリ型は残るは一体、その一体に私と黒沢先輩の攻撃が集中する。
「嘘、弾かれてる…!?」
最後に残ったアリ型は他の個体と違い黒っぽい見た目をしており、その頭部に砲弾を受けても、傷がつくだけで構わずこちらに猛突進してくる。
『まずい、散開!』
黒沢先輩がそう言った時にはその黒いアリ型は私たちの隠れていた防波堤を粉々に粉砕していた。
『きゃぁぁぁッ!』
「先輩…!」
私は思わす息を飲む。目の前で黒沢先輩の機体が大きく跳ね飛ばされていたのだ。
黒いアリ型は自信が弾き飛ばした黒沢先輩にさらなる追撃を仕掛けようと、その大きな顎を広げる。
(させない…!)
私は怯えて逃げ出したくなる心を必死に抑えつけて、黒いアリ型に接近し、その腹部に至近距離から180ミリ噴進砲をお見舞いする。
「くっ…!」
あまりに至近距離過ぎたため、自分も強烈な爆風と熱を浴びたが、ダメージはあちらの方が大きかったようで、爆炎が消え去った後には黒い鉄塊しか残ってなかった。
「先輩、黒沢先輩!大丈夫ですか!?返事をしてください!」
『…私は…大…丈夫。だけど、機体の方のダメージが大きいみたい』
「でも、先輩が無事ならよかった」
『私は何とか復できないかやってみる。悪いけれどそれまでここで踏みとどまって』
「わかりました」
私は機関砲の弾倉を交換しつつ、大きく崩された防波堤の隙間を通って、海岸に降りた。
海岸に設置されていた地雷はもうほとんど起爆してしまったので、あまり危険はないはずだ。
とにかくここから前進して、特に重点的にアリ型が上陸しようとしている由比ヶ浜中央の河口付近のアリ型を少しでも減らさなければならない。
私は短連射を繰り返し言ったづつこちらにおびき寄せて、撃破していく。やっているうちにわかったが、アリ型とは単純なもので攻撃してきた対象に向かってきやすい。だからむやみに撃つのではなく、こうして一体づつ確実に攻撃していけばいいのだ。
そう気づいて少し心の余裕ができた時だった―
『左!』
急に通信機から瑠香ちゃんの声が響く。私は反射的に上体を逸らしつつも自分の左側、つまり海の方を見るとそこにはすでにアリ型がもう手の、いや顎の届きそうな距離まで迫ってきていた。
(間に合わない…!)
もうすでに避けられるような距離でもないし、機関銃を撃つ暇さえないと思い、その時私は何かに耐えるように固く目を瞑ることしかできなかった。
その直後、急に眼の前で激しい火花が飛び散り、鋭い衝撃が走る。
『星良、大丈夫?』
私が一瞬唖然としていると今度は、通信機から唯里ちゃんの心配そうな声が響いてきた。
「う、うん」
『…少し前に出すぎ、ここから見えるんだけど、アリの上陸場所が広がってきてる。そこにいると囲まれるよ』
「ありがとう、でも、中央の部隊を援護しないと、百合奈ちゃんたちが―」
『わかってる。私と唯里で狙撃で援護するから星良は星良はいったん下がって』
「わかった」
私は瑠香ちゃんの言葉に従って、ちょくちょくけん制射撃を行いつつも自分が進んできた道をゆっくりと戻って行く。
その時ふと海を見た。
確かに瑠香ちゃんの言った通り、私の真横のほうにもアリ型がゆっくりと海面からその姿を現しつつあった。
<避けて見せろ>
「えっ…?」
確かにはっきりと見えた。少し離れた海の中にはっきりと文字が浮かび上がっていた。
私がその文字が見えたことに驚いて、思わず動きを止めてしまったのは、きっと3秒にも満たない時間だっただろう。しかし、その時間が命取りだった。
突如、その文字の見えた場所から、普通のアリ型の吐き出す鉄杭とはくらべものならないほどの威力を持った巨大な鉄杭が、私めがけて撃ち出された。
避けるなんて無理なはなしだった。
強い衝撃が機体を揺らし、駒のようにグルングルンを何回転もしながら、浜辺に正面から倒れる。
私は巨鉄杭を避けることができなかった。しかし、胴体を串刺しにしようとしていたその巨鉄杭から逃れようと、すんでのところで体勢を逸らし、その命中個所を致命傷となる胴体から右腕に変えることができた。
だが、それが何だというのだろう。
右腕は無残にもはじけ飛び、私が何とかして立ち上がったときには目の前には視界を覆いつくさんばかりの、巨大な羽の生えた巨大なアリ型…女王アリが手下を従えて私を見下ろしていた。
『星良さん!』
『逃げて!』
中央から私を援護するために百合奈ちゃんと凛ちゃんが駆け付けるが、そてれも多数のアリ型に阻まれて私のところまでは届かない。
『くっ…!』
『なんで、狙撃砲でもびくともしないの…!?』
瑠香ちゃんと唯里ちゃんが女王アリに集中攻撃を加えるが、攻撃を受けている女王アリはどこ吹く風と言った感じでその攻撃を意にも留めていないようだった。
死ぬ前には走馬燈が見えると言うのは本当だったらしくて、私はみんなからの必死呼びかけをどこか他人事のように感じつつ、これまでの人生のことについていろいろと思いを巡らしていた。
もう写真の中でしかその顔を思い出すことのできないお父さんとお母さん。引き取られた孤児院の先生たちや共に過ごした同じ境遇を持った子供たち。友達が全然できなくて寂しかった小学校時代、上辺だけの付き合いでどこか居場所の見つけられなかった中学時代。
そして高校、初めて自分の意志で選んで重装機兵部という道。たった一カ月半の間に結構いろいろとあったけれど、これまでの人生の中で一番充実していたかもしれない。良くも悪くも個性的で、自分を真っ直ぐに出す部員のみんなは、とっても眩しくて時に嫌になりそうになったこともあったけれど、それでも私はあんな風に真っ直ぐ素直に生きることができればどんなにいいのだろうと、憧れていたんだ。
…憧れていたと言えば、大鳥教官。
一番初めてあったとき、どうしてこんなにも大鳥教官に惹かれてしまったのか自分ではわからなかったが、こうして冷静に自分のことを思い返してみてはっきりとその理由が理解できた。
…きっと教官は私と同じなんだと思う。私のように自分に素直に生きることができなくて、その悩みを自分一人で抱え込んでいる。
だけどそれでも、大鳥教官はいつか踏み出すのだろう。自らが選んだ道を…。
私は彼の進む道の先が何処に行きつくのかを知りたい。
あの人の抱える闇が何なのか、その闇を乗り越えた時、その闇に飲まれてしまった時、いったいどうなってしまうのだろう?
私はそれを一番近いところで見てみたかった。
だから、こういう時になって一番会いたいのは、大鳥教官なんだと気付いた。
今までもっといっぱいお世話になった人はいたけれど、私は今、教官に会いたい無性に。
大鳥教官にまた会えるまで死にたくない。生きていたい。
こんなにも人を好きなったのは初めてなんだ。
私のこの恋の結末がこんな教官と全然関係ないところで終わって言いわけがない。どんな最悪な結末になったとしても、せめて最期はあの人に看取って欲しい。
だから私は呼ばずにはいられなかった。
もう一度あの人に会いたいその一心で、心を震わせて祈るようにあの人を呼んだ。
「…会いたい、教官」
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同日 第七研究所第二特別区支所地下会議室
『速報です!14時26分、千葉県九十九里浜南部に大型の金属虫が―・・・ジ――・・・ジジ―・・・ピー・・・』
おそらく九十九里浜に金属虫が上陸したことを伝える緊急速報だったのだろうが、途中から音声が途切れ、ついには映像も途絶えてしまった。
「なんだ?干渉波の影響がここまで来てるのか?」
「ここじゃなくて、東京の放送局が影響されてるんだろ」
「いや、でも九十九里浜からなら東京とここでそんなに距離に違いと思うけど…」
『データの取得に失敗しました』としか表示されなくなったテレビモニターの前で所員たちがにわかにざわつき始めた。
「おい、無線は?広域無線は!?」
「もう駄目です」
言われてみれば、少し前まで絶え間なく状況を流していた軍用の無線も今はプツプツと途切れ途切れに意味のない音を鳴らしているだけだった。
プルル、プルル
地下会議室内の不安が高まりつつあったその時、入り口近くの壁に取り付けられていた内線用の電話機が鳴った。一瞬誰もが口を噤み動きを止めたが、すぐに佐藤少尉が受話器を取った。
「はい、佐藤です。ええ……えっ、それはどういう…?」
佐藤少尉が困惑の表情を見せる。
「なんだ、どうした!?」
研究所の上司っぽい男性が佐藤少尉に詰め寄る。
「そ、それが観測班からで、この周辺の干渉波強度が急上昇してるって…」
「そんなこと、離れているとはいえ、50キロ先に上陸されたんだ。強度1か2ぐらいにはなるだろう」
「そうじゃないんです!いまもう強度6を超えてるらしいんです!」
「まさか、そんな―」
佐藤少尉に詰め寄っていた男性が信じられないに自体に狼狽えた直後だった―
ドォン………
壁のずっと遠くから低い音とともに微かな振動が地下室を揺らした。
それから間もなく、続けざまにドォン、ドォン、ドォンと振動が伝わってくる。
「何の音なの!?」
「機雷だ!機雷が爆発しているんだ!」
「どうして!?」
「そんなの決まってるだろ!」
僕は地下室内が混乱しだす中、一人部屋を飛び出していた。
「ま、待つんだ!どこに行くつもりですか!?」
後ろから佐藤少尉が追ってきた。
「四型をお借りします」
「ダメだ!気持ちはわかるが、状況がわからない今、軽率な行動をとるべきじゃない!」
「それでも!今行かなきゃ手遅れになるかもしれないんです!もし、彼女たちに何かあったら…!」
僕の脳裏に父親が死んだときのことやボルネオ島や樺太でのことが浮かぶ。
多くの人が僕を残して死んでいった。また、僕だけのうのうと生き残るなんて許されるはずがない。だからこそ絶対に彼女たちを死なせるわけにはいかない。僕には彼女たちを守る義務がある。
「…わかった」
「え!?」
「…行こう。できることがあるなら躊躇すべきじゃない…と私も思うよ」
「はい!ありがとうございます」
そうして僕と佐藤少尉は格納庫隣の更衣室で、1分で操縦服に着替えて格納庫へと入った。
「だ、誰だ!誰が乗っている!?」
佐藤少尉が驚きの声を上げる。
僕らが格納庫へと入ると、僕らが乗り込もうとしていた四型の内一機がもうすでに動き出していた。
『教官さん、私先に行ってる。待ってるからね』
「待つんだ、美沙君!」
彼女は僕の制止を無視して勢いよく格納庫から飛び出していった。
「いったいどうやってここに…?」
そもそも美沙君は、任官式の後、部室で休んできて警報が発令されてからは直接その姿を見てはいなかったが、山下先生が他の生徒と同じく学校地下のシェルターに連れて行ってくれたはずだった。
「ほらほら、二人ともぼーっとしてないで、乗った乗った」
「室長!?」
声のした方に振り返ると、王室長がいつものニヤついた表情で立っていた。
「…まさか、王室長が美沙君を…!」
僕が詰め寄ろうとすると、王室長はそれを手で制してきた。
「勘違いしないでくれ。彼女とはここでたまたま会っただけだよ。…まあ、武器貸してくれって言われたから、それは貸してあげたけど」
僕はそれを聞いて怒りを通り越して呆れて何も言えなかった。
「…とにかく、僕が行きます。佐藤さん、武装の準備を―」
僕が残された四型のところへ向かおうとすると、再び王室長が手を突き出して僕の動きを制した。
「どうしてボクがここにいるのか、少しは察してくれてもいいもんだろう?」
「ん?」
王室長はこちらの疑問などお構いなしに、緑のシートが被された大きな塊の前にステップを踏みつつ移動する。
「まさか、室長!その機体はまだ調整が―」
「しっ!」
王室長は何やら抗議する佐藤少尉を黙らせると、一度咳ばらいをしてから―
パチンッ
と芝居がかった動きで指を鳴らす。
おそらくそれとタイミングを合わせてリモコンを操作したのだろう、パッと照明が灯され、それと同時にシートの止め金が解除され、緑のシートがずれ落ちていく。
「天狼…」
約一年ぶりに見たその機体は、記憶の中の姿とは違い真っ赤に塗装され、両膝をついたまま、静かに誰かを待っているようだった。
「緋色だって。いい色だろう?ある人からキミにぴったりの色だって聞いてね」
(風間先輩か)
あの人も妙に顔が広くて時折怖くなることがある。
「室長、天狼は調整が済んでないどころか、六六式バッテリーだってないんですよどうやって動かすって言うんですか!?」
「バッテリーなら研究室にあったのを入れたよ」
「言ったじゃないですか!あれは不良品で、既定の半分しか充電できないからメーカーに送り返すところだったんですよ!」
「そうだったけ?」
「そうですよ!」
僕は二人の会話がほとんど頭に入っていなかった。
この機体を見ると、どうしても思い出してしまうのだ、あの時の光景も、感触も、感情も、そしてあの人の言葉も、まるで昨日の事かのようにはっきりと脳裏に蘇る。
そんなことあるはずがないのに、もしかして彼女たちを撃ってしまうのではないか?そんな不安がよぎる。
「大鳥君、やっぱり四型を使ってください」
「え…?」
佐藤少尉の言葉で急に現実に引き戻される。
「大鳥君?大丈夫ですか?顔色が―」
「いえ、大丈夫です。王室長」
「ん?」
「天狼をお借りします」
「そう来なくっちゃね」
僕は迷いをかなぐり捨てて、天狼の操縦席に飛び乗った。
「大鳥君、いいのか!?この機体は―」
「天狼の方が使い慣れてますから」
佐藤少尉は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「ジョージクン何をしているんだ。早くキミも機体に乗るんだよ」
「…はい、わかってます」
佐藤少尉も急いで四型に乗り込む。
「イチロークン、機体の装備については現場に向かいながらジョージクンに聞いてくれ」
「了解」
「ジョージクン、キミの武装は出口のところに置いてあるよ。ああ、後、ボクの機体のデータ採りもよろしくね」
佐藤少尉は何も答えず先行して格納庫を出た。
「ありゃりゃ、結構怒ってるなー、ジョージクンってば」
そう言いつつも、王室長はほとんど気にしている様子はなかった。
「王室長」
「なんだい」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。ちゃんとデータを残してくれればね」
「そうですね…。どんな形になっても機体だけはお返しします」
僕はそう言うと、王室長の反応を見ずに格納庫から出た。
白状してしまうと、彼女たちが危機的状況にあるというのに、僕はどこか高揚感のようなものを感じていた。
それが再び戦場に戻れたことによるものなのか、それとも死に場所を得たと思ったからなのかは自分でもわからなかった。
………
格納庫を出て、鎌倉とこの出島をつなぐ連絡橋の手前で、佐藤少尉の機体に追いついた。
『…大鳥君、機体の状況はどうですか?』
ちょうど横に並んだところで、佐藤少尉からの近接無線が入る。
「電源残量が42%なこと以外は各部問題ありません」
『そうか…しかし、なぜ室長は…いや、今どうこう言うことではないか…。大知里君、装備についてだけど手短に話すよ』
佐藤少尉はなにか納得できないことがあるようだったが、状況を考えそれを自分の中に抑え込んだようだった。
『基本的な兵装は変わっていません。それについては調整もすんでいます。問題は新たに搭載した兵装で、両腕部の20ミリ電磁機関砲と背部の57ミリ電磁滑腔砲なんですけど―』
僕は佐藤少尉の言葉に耳を傾けつつ、端末を操作して網膜に投影されている外部映像の端に兵装情報を表示させる。
四肢の蟷螂刀はどれも新品、両手の爪型高周波刀も問題はないが予備の搭載はない。そして新たに搭載されたという電磁機関砲は両腕部内側に1門づつあり、50発弾倉を装填。予備の弾倉は両脇腹に2つづつ。電磁滑腔砲折り畳み式のもので右背部兵装架に1門を装備、反対の左背部兵装架の弾倉にタングステン鋼製の徹甲弾が6発と表示されていた。
『―どちらもまだ試作品で、未調整ではありますが、機関砲の方はほとんど問題ないと思います。ですが、滑腔砲はなるべく使用しないでください。出力調整がまだで、最悪暴発の危険もありますし、そもそも本来搭載すべき補助バッテリーが搭載されていないんです。高出力で使えば、6発打ち切る前にバッテリー切れになります』
「了解です。佐藤さん、ありがとうございました」
『えっ?』
「美沙君のことお願いします」
『なにを―ちょ、ちょっと待つんだ!』
僕は佐藤少尉の制止を振り切り、自分の意識を機体と完全に同調させると、全力で地面を蹴った。
機体は急加速し、速度は数秒と経たない間に時速200キロを突破し、まさに緋色の弾丸のように橋を駆けていく。
その途中、橋の3分の2を過ぎたあたりでようやく美沙君の姿を捉えた。機体を今度は急減速させて、彼女の機体の真横に並ぶと、拡声器を使って呼びかけた。
「美沙君!」
『教官さん?思ってたよりも早かったね、って何、その派手なの?』
「戻ってくれ!…なんて言っても聞いてくれないのはわかってる。すぐ後に佐藤少尉が来る。せめて合流してからみんなのところに向かってくれ」
『……わかった。けど、もうみんな戦ってる』
「ああ」
ここまでくれば、鎌倉の浜辺の状況が見えてくるが、すでに多くの金属虫に上陸されている。
その光景を見て、僕はみんなのことが心配になるとともに、なにかが心の中でざわついているのを感じた。
『教官さんは先に行って、凛たちのこと助けてあげて』
「もちろんだ」
僕が再び加速して駆けだした時―
『あと、教官さんもケガとかしたらイヤだからね!』
そんな言葉を背中に受けた。
(…わかってる。ありがとう)
心の中でそう呟くと、今度は背部と脚部のモータージェットも全開で駆動させた。機体はどんどん加速していき、時速250キロを超えていた。モータージェットを使えばその分バッテリーの減りが激しくなるが、四の五の言ってられる状況ではない。
未沙君と別れてすぐに橋を渡り終えると、道路に手をつき舗装を破壊しつつ、無理やり方向転換して、そのまま一気に浜辺に飛び出た。
40メートルほど上空から浜辺の状況を瞬時に把握する。
女王アリを含め全部で40体が上陸、そしてその女王アリの足元に今にも噛みつかれそうになっている訓練機の姿が見えた。
「やらせるか!」
僕は電磁滑腔砲を展開し、最大出力で女王アリの腹部に発射した。
青白い閃光とともにタングステン鋼の砲弾が音速の数倍の速度で打ち出され、女王アリの腹部を貫く。
「くっ、照準がズレてる」
空中から発射したということも影響したかもしれないが、発射された砲弾は女王アリの核を外し、その鉄の胴体の表層を抉っただけだった。
しかし、そこに隙が生まれた。
女王アリは突然の攻撃に怯み、その巨体を多きくのけ反らせ、まるで怯えるように海へと後ずさる。そんな女王アリの姿に動揺したかのように、周りのアリ型も右往左往し始める。
僕は発射の反動で、回転しながら落下する機体をモータージェットを使って、無理やりバランスをとりつつ、さらに浜辺に群がるアリ型に対し、弾倉を空にするまで電磁機関砲を打ち鳴らす。電磁機関砲は同じ口径と言っても初速や弾重量の違いからか、その威力は既存の20ミリ機関砲とは一線を画しており、硬いアリ型の頭部でもお構いなしに吹き飛ばしていく。
数秒後、砂浜に着地したのと同時に砂を巻き上げ、邪魔なアリ型を蟷螂刀でなぎ倒しながらながらアリの群れに突っ込む。
「星良君!」
『大鳥教官!?』
十数体のアリ型をかき分けようやく、星良君を庇うように仁王立ちすると、脇腹に装備されていた自動弾倉交換装置を使い両腕の電磁機関砲に弾倉を装填、周囲のアリ型を掃討していく。
「動けるか?」
『は、はい。大丈夫です』
星良君のその言葉を聞いて少し安心する。しかし、今はその無事をゆっくり喜んでいる暇はない。
「ここは下がるんだ!みんなも早く!」
『教官!避けて!』
何を?と聞くまでもなく体が反応した。
「ちぃっ!」
不快な金属音を鳴らすとともに、左の蟷螂刀を犠牲にしつつも巨大な鉄杭の軌道を何とか逸らした。
それまで狼狽えているように後ずさりしていた女王アリが突然鉄杭を撃ち出してきたのだ。それを合図にしたかのように、周りのアリ型が次々に鉄杭を撃ち出してくる。
天狼ならば女王アリはともかく、通常のアリ型の攻撃など無視できるが、今僕の背中の後ろには星良君がいる。むやみに動くことも出来ない。
さらに間の悪いことに、海中から次々に強力な黒いアリ型が上陸しつつあった。
『助太刀します!』
突然、左にいたアリ型が倒れたかと思うと、散弾砲と小型の高周波刀を構えた訓練機がこちらに合流してきた。
『レイン君!大丈夫なのか!?』
彼女の機体は胸部装甲が大きく凹み、キャノピーにもひびが入っていてとてもまともに戦えるようには見えない。
『火器管制は死んじゃいましたけど、何とか動きます』
彼女はそう言うと、星良君を庇うようにして立つ。
『援護しますわ』
『遅れて、ごめんね!』
今度は、僕らの背後の防波堤裏から百合奈君と凛君が機関砲でアリ型をけん制するとともに、敵の注意を分散させる。
『援護する』
『もう少しだけ耐えて!』
続いてレーザー通信で瑠香君と唯里君の声が届く。二人は高台から狙撃砲を使ってダメージを受けて動きの鈍った敵から確実に仕留めていく。
「レイン君、星良君を連れて徐々に後退、まずは百合奈君たちと合流するんだ、早く!」
『はい。でも、教官は?』
「…僕に構う必要はない。早くみんなを連れて下がるんだ」
思ったよりも強い口調で言ってしまい少し後悔する。
『…了解です』
レイン君は星良君を庇いつつ後ずさるように下がり、徐々に防波堤の方へ後退していった。
僕は彼女たちが防波堤の裏まで下がったのを確認すると、それまでじっと我慢するしかなかった鬱憤を晴らすかのごとく縦横無尽に浜辺を駆けた。この時すでに機体のバッテリー残量は20パーセントを下回りつつあったが、そんなことは関係なかった。
戦場から遠く離れていたからこそ僕は、今の僕をどこか客観的に見ることができている。
緊張感と恐怖、高揚感と殺意
それこそが僕の求めていたものだった。
両腕の爪が、機関砲が、火花を散らしながら核を破壊していく。
戦うこと、戦場にいること、そのことに僕は生の充実を感じていた。
それは紛れもない事実だ。
自分でもわかっていた。
笑っていたんだ。僕はずっと。戦場で。相良さんと共に戦ったボルネオ島でも、柴崎隊長が自殺した樺太でも僕はきっと笑っていた。
だから、
それがわかってしまった以上、僕の死に場所はここだと決めた。
ここで生き残ってもきっといずれは柴崎隊長と同じ道を歩むのだろう。それならばせめて奇麗な死に方をしたい。
生徒を守って死ぬ
柴崎隊長と同じ狂人の僕には勿体ないぐらい美しい死にざまだろう。なんて、僕には過ぎた願いだとは思うが…。
先ほどからけたたましいアラームの音が聞こえる。
電磁機関砲も高周波刀も蟷螂刀も、すべて電力を消費していく。機体のバッテリー残量は見る見るうちに減っていき、とっくに作戦限界残量を過ぎていた。
「…は、ははは」
いつの間にか、僕の口から微かに乾いた笑いが漏れていた。自分の馬鹿らしさに思わず笑ってしまったのか、それともただ純粋に戦場で命を削ることが楽しかったのか、それはわからなかった。
数分の内に数十体のアリ型と引き換えに、機関砲を撃ち尽くし、爪も蟷螂刀も折れ、まさに刀折れ矢尽きると言った感じだ。
新型の滑腔砲や機関砲の威力は素晴らしかったが、やはり電池で動く以上、その使用に多大な電力を消費し、作戦行動時間が縮むのは痛い。それに蟷螂刀にしたってやはりその耐久性を上げなければ実戦レベルの兵器にはならないだろう。
僕はいまだ健在の女王アリや数十体のアリ型の前で暢気にそんなことを思った。本来ならば、そういうことを王室長に伝えるのがテストパイロットとしての仕事なのだろうが、もうあの人と話す機会は永遠に訪れないだろう。
いま残っている武器は背中の滑腔砲のみだが、すでにバッテリーは4パーセント、撃てて一発、しかも半分程度の出力でしか撃てない。
だが、僕は迷わず折りたたまれていた電磁滑腔砲を展開し、チャージを開始させた。
敵の顎や鉄杭を躱しつつ、半分海の中にいる女王アリに組み付く。
最早、電磁滑腔砲をもってしても、出力が低下しているため女王アリの体を貫くことはできないだろう。しかし、すでに穴が開いているなら話は別だ。
僕は最初の砲撃で抉った場所に砲身を突っ込むと、そのままタングステン鋼製の砲弾を撃ち込む。
ギュイィィィィ!!
女王アリは一瞬うごきを止めた後、金属が擦れる様な断末魔を上げると、急にその姿を崩していく。
しかし、僕は勝利の余韻に浸ることはなかった。
そもそも、女王アリを倒したところで、未だ多くのアリ型が残っている。ただの鉄塊と化していく女王アリの上に佇む僕に黒いアリ型が迫りつつあった。しかし、天狼もまた女王アリと同じように今はもうただの動かぬ人形となっていた。
次第に網膜に投影されていた映像が途切れ憑依操縦装置も停止し、アラーム音さえ消え、赤い非常灯の付いた操縦席の中で、最期の時を待つばかりだ。
だがそれでもよかった。
彼女たちが生きて、僕が死ぬ。自分が望んだ結果だった。
(これでよかったんだ…そうだろう?父さん)
僕は静かに目を閉じた………。
………
……
…
『ちょっと、何おとなしく死のうとしてんの?』
機体の外からそんな声が響いてきたと思うと、急に息を吹き返したかのように再び網膜に外部映像が投影された。
目の前には機体の肩に大型高周波刀を担いだ四型が立っていた。
『大鳥君聞こえますか?私の機体から有線で電源を繋ぎました。これで最低限の機能は使えるはずです』
後ろからは星良君の声が聞こえる。
「二人ともどうして?ここは危険だ。早く退避を」
『わかってる。さあ、早く立って、みんな待ってるから』
美沙君はそう言って、高周波刀一本で浜辺にいるアリ型の群れの中に飛び込むと、まるで時代劇のヒーローみたいに大立ち回りを繰り広げる。
『私達が援護します。とにかくここから退避を』
「レイン君、みんなもどうして!?」
気づけば、美沙君や佐藤さんを含め、8機の訓練機が浜辺に展開していた。
『大鳥君、早く離脱してください』
「くっ…!」
僕は憑依操縦装置を起動させて機体を動かそうとするが、四八式からの電力供給では電圧が足りないのか、前進が鉛のように重く、思うように機体が動いてくれない。
『まずい、まだ海から出てくる!』
『きゃぁっ!』
僕の隣に寄り添うように立っていた星良君の機体の脇腹に深々と黒い鉄杭が突き刺さる。
「星良君、僕のことはいい、早く逃げるんだ。でないと、僕は…!」
また、失ってしまうんだ。
僕のたった一つの信念が、願いが、三度果たせなくなってしまう。
僕の自己満足のためにも、君たちには何としても生き残ってもらわないといけないんだ。
背中に繋がっているケーブルを引き抜こうと、手を伸ばす。
『ダメです!』
星良君がその手を払いのけ、僕の機体の腰に手をまわし無理やり前進させる。
『教官は生きなきゃいけません!』
「星良君?」
こんな時なのに、いつもおとなしい感じの星良君が強い語気でしゃべるったので驚いてしまった。
『大鳥教官の過去に何があったか私にはわかりません。でも、いまみんな教官を助けたくて頑張ってるんです!だから、教官が諦めるなんてそんなことダメなんです!」
「だけど僕は…!」
この先も生きていいような人間じゃないんだ。それに僕一人死んだところで、きっと誰も悲しんだりしない。
『違います!私は大鳥教官がいなくなった哀しいです!だって私は―』
彼女が何か言いかけた時だった。
『待たせたな』
そんな声が聞こえたかと思うと、次々に周囲のアリ型が撃破されていく。
「陸戦隊か…!」
四八式重装機によく似た深い青と緑の迷彩の機体、海軍陸戦隊の所有している五五式重装機が十数機、さらに装甲車に戦車、そして空には攻撃型回転翼機まで出てきた。
一線級の火力を持った陸戦隊によって一気に形勢は逆転した。
僕らが退避して1時間が過ぎたころには、ほとんど制圧が完了してた。
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