第八話

平征29年5月12日 花菱女学園 重装機兵部部室


 僕は朝から轟音を響かせ飛び立つ大型輸送機を見上げつつ、7時前には登校して今日の訓練の準備を始めていた。


 昨日、山下先生が学園長と話をつけてくれて、今日は特別に丸一日訓練に使っていいこととなった。もちろん今はまだ普通科生の凛君と美沙君も参加してもらうことになっている。


 連絡は昨日のうちにしたのだが、美沙君とだけは連絡がつかず、結局凛君に任せてしまった。


 昨日は凛君の言葉を信じて、美沙君には特にフォローなどはしなかったが、今になって一抹の不安が心をよぎっている。


 (とにかく今は信じて待つしかないか…)


 そう思いながらせっせと部室で訓練の準備をしていると、急に視界が真っ暗になった。


 「だーれだ?」


 明るく楽しそうな声が聞こえ、それと同時にほのかに柑橘系のいい香りがした。


 「この声は…美沙君?」

 

 僕がそう言って振り向くと、そこには笑顔の美沙君が立っていた。


 「大当たり。さっすが、教官さんってば私のことホント大好きなんだから、困っちゃうな~」

 「はいはい。おはよう。それにしても早いね」


 壁にかかる時計を見るとまだ7時半にもなっていなかった。


 「私、こう見えて早寝早起きの規則正しい生活をしちゃってるから」

 「そっか。…でも、よかった」

 「ん~?」

 「こうして君が来てくれて、安心したよ。ありがとう」


 僕はそう言って彼女の頭を撫でた。


 「もう、子供じゃないんだから……。お礼なら、ちゃんと物で示してよ………あっ」


 美沙君は少し恥ずかしがりながらも、少しおどけた調子でそう言った。


 が


 その直後、僕の背後で何かを見つけたようだった。


 「………」


 僕が振り返るとそこには瑠香君が立っていて、何故か黙ったまま、少し怖い顔をしていた。


 「あ、瑠香君おはよう」

 「………」

 「あれ、瑠香君、どうしたの?どこか体の調子でも悪い?」

 「…別に」


 瑠香君はそれだけ言うと、すぐに更衣室に入って行ってしまった。


 「どうしたんだろう?」

 「…ふーん、やっぱり」

 

 美沙君は何か納得がいったようで、今度は少し悪い笑みを浮かべていた。


 「なにか知ってるの?」

 「まあ、ね。でも、言わないよ。流石にそこまで性格悪くないから」

 「ん?」

 「あ、そうそう、昨日のこと、私はあんまり引きづらない性格だからいいんだけど、あっちがまた突っかかってきたら遠慮なんてしないから」


 美沙君は微笑みを浮かべながらも、こちらを試すような物言いをする。


 「ま、喧嘩はするなとまでは言わないけど、何かあったら素直に僕に相談してほしいかな」

 「教官さんで何とか出来るの~?」

 「これでも教官だからね。教官らしくはやってみせるよ」

 「そ、一応期待はしとくから、なにかあったらがんばってよね」

 「ああ」

 「それじゃ、私も着替えてくるから~」


 美沙君はそう言って更衣室に入っていった。


 「…不安なのかな」


 美沙君もこれから部で上手くやっていけるか、少し不安に感じているのかもしれない。ああいう性格だと、なかなか心から気の許せる関係を作っていくのは少し難しそうな気もする。


 なんて、他人事のように言うが、僕も僕であまり気の許せる友人と言うのが少ないことに気付いて、少し笑いが出た。


 もう少し、ゆっくりしておきたいところだったが、今日は佐藤少尉が手伝いに来れないため、自分で重装機を格納庫から出さないといけなかったことを思い出したので、僕はすぐに部室を後にした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ~5時間後~


 花菱女学園 重装機兵部部室 1階休憩室


 午前の訓練が終わった後、みんなんで部室の休憩室で昼食をとったのだが、私は疲れて、何だか眠くなってしまったので、丸テーブルに両肘をついて重くなった頭を支えていた。


 今日の訓練はひょっとすると今までで一番大変だったかもしれない。


 これまで、体力づくりとして散々走らされて、辛いと感じたことはいっぱいあったが、今日のはそれ以上に辛いと感じていた。


 大鳥教官は決して怒鳴ったりしないし、ダメだしすることだってほとんどない。むしろ少しでもいいところがあったら、そこをすごく褒めてくれるし、ダメなところがあっても、その解決方法を優しくアドバイスしてくれる。


 だからこそたちが悪い。


 褒められるとやる気が出るし、優しくアドバイスされると次はもっと頑張ろうと思う。それはいいのだけれど、大鳥教官は私たちが上手くできるまで、何度だって同じことを繰り返しやらせるし、そこで同じミスをしてもやっぱり怒らず、また同じことをやらせる。


 だから、なんだか上手くやらなきゃというか、教官に失望されたくないとか、期待に応えたいとか、どうも必要以上に力んでしまって、自分に自分にプレッシャーを与えてしまっている節がある。


 そう感じているのは、みんなの様子を見るにどうも私だけではないようだった。


 「ああ~、きもぢ~」


 緑川さんが緩い声を出しながらマッサージチェアで疲れた体をほぐしていた。


 「凛、次代わってね。なんかもう、腰痛くって」


  白藤さんは相当疲れているのか、お昼の休憩が始まってからずっと、3人掛けのソファーを独占して横たわったままになっている。


 「やっぱり、先輩は上手いっすね。代々木でも訓練もこんな感じだったんですか?」

 「うーん。代々木はねぇ…ここよりはだいぶあれかな」

 「あれとは?」

 「怒号が飛び交う」

 「あぁ…そう言う感じなんですねー」


 唯里ちゃんも訓練が終わったばかりの時は疲れた様子を見せていたが、黒沢先輩の話を聞くにつれて元気を取り戻しているようだった。


 黒沢先輩は強豪・代々木大付属で一年間訓練してきただけあって、私たちとは動きの繊細さが全然違った。自分としては上手くできていたつもりでも、黒沢先輩の操縦と比べると、黒沢先輩が人間の動きならば、私の操縦はロボットのおもちゃみたいだと思った。


 れでも、午前中に黒沢先輩に丁寧に指導してもらったおかげで、大鳥教官から何とか合格点を貰える程度には上達することができた。


 けれど、問題はそこからだった。


 個別でやっているときは上手くできていたものが、みんなで合わせようとすると途端に上手くいかなくなる。必要以上に周りを意識しすぎているのか、それとも協調性が足りていないのか、どちらにせよ午前中の訓練では速度と足並みをそろえて行進できるようになるだけで、みんなくたくたになってしまった。


 「眠い?」


 私の向かい側に座っている黒沢先輩が少し心配そうに尋ねてきた。


 「えっ、あ、はい…。ちょっと疲れちゃいました」

 「ま、最初は結構きついよね。今はゆっくり休むといいよ、午後もみっちり訓練あるみたいだから」

 「はい…」


 私は一度大きく伸びをして、なるべくリラックスできるように椅子に浅く座って、背もたれにもたれかかる。


 午後からは行進の仕上げと、縦隊から横隊への隊列変換を完璧にしなくてはならない。


 この隊列変換が奇麗にできるかどうかで、その部の実力がわかると言われているため、特に気合を入れて頑張らなくてはならない。


 「あの、柴崎さん。ちょっといいかな?」


 黒沢先輩とのお話にひと段落付いた唯里ちゃんが、今度は自分の向かい側、私から見て右手の方に座っている柴崎さんに、唯里ちゃんにしては珍しく少し遠慮しがちな声で話しかけた。


 「あ、わたくしのことはどうぞ、百合奈とお呼びください」


 柴崎さんは上品な柔らかい笑みでそう答える。


 柴崎さんはその名前の通り、まるで百合の花のように美しく気品のある人で、同性の私から見ても思わず見とれてしまいそうになるほど、魅力的な女の子だ。


 とても私と同い年だとは思えなかった。


 「ああ、そう?じゃ、百合奈」

 「はい」

 「あのー、こんな話、あってまだ会って間もないのにするのは、どうかとおもうんだけどさ…」

 「そんな、気を遣うことなんてありませんよ。もう同じ部の仲間なのですから遠慮せずなんでも訊いてください」

 

 柴崎さん…じゃなくて、百合奈ちゃんにそう言われても唯里ちゃんは少し迷ったようだったが、結局は好奇心の方が打ち勝ってゆっくりと探るように声をだした。


 「えっとさ、お姉さんのこととかって聞いても良かったりする?」


 一瞬空気が重くなる。


 私は百合奈ちゃんの方をふと見ると、その胸には淡い雪が見えた。けれどその雪はすぐに溶けて、明るい太陽が顔を出す。


 「ええ、よろしいですよ」


 強い人なんだと思った。


 それから暫く、唯里ちゃんと百合奈ちゃんそして黒沢先輩は、百合奈ちゃんのお姉さん・柴崎瑠璃さんの話で盛り上がっていた。


 柴崎瑠璃さんのことは、まだこの学園に入る前、重装機兵部のことをまだよく知らなかった頃の私でも知っているぐらいの有名人だった。


 柴崎瑠璃さんは剣聖、貴公子、美しすぎる機兵、なんていろいろと呼び名はあったけれど、どれも本当にピッタリな呼び名だったと思う。


 その強さと美しさは十分大衆の目を引くのに十分だったし、私も多少なりとも彼女に対する憧れがあって重装機兵部に興味を持ったというところもある。


 しかし、去年の6月、樺太でテロリストの制圧任務中に突然大型の金属虫に襲われ、奮戦虚しく命を落としてしまった。その時の世の中の雰囲気は今でもよく覚えているが、まるで社会全体が家族を亡くした時のような深い悲しみに包まれていた。


 今思えば、この重装機兵部の人気低迷は廃人化報道だけでなく、彼女を失ったということも影響しているかもしれない。


 「そっかー、優しいお姉さんだったんだね」

 「はい。…姉さんは小学校を卒業した後、軍学校に入ってそこからずっと寮生活をしていましたから、わたくしとはあまり一緒にいる時間は長くはありませんでしたが、たまに帰ってくると、いつもわたくしのために素敵なお土産をくださって、たくさんのお話をしてくれて……テレビで見る凛々しい姿とは違って、わたくしの前では普通の優しい姉でした」


 そう語る百合奈ちゃんの横顔は、穏やかな笑みを浮かべていたものの、どこかもの悲しさがあった。


 …………。


 少しの間、沈黙が続く。


 私はその空気に耐えられず、逃れるように窓の外に目をやる。窓の外では、大きな輸送機がゆっくりと大空に向かって上昇しているところだった。そう言えば、訓練中も何度も輸送機を見かけたような気がする。


 どうでもいいことだけど。


 「あっ、申し訳ありません。少し湿っぽい話になってしまいましたわね」

 「ううん。こっちこそ、なんか軽い感じで訊いちゃって…ごめん。あっそうだ、そう言えば瑠香ってどこ行ったのかな?」


 唯里ちゃんがわざとらしく話題を変えたが、そのことにこの場の誰も文句はなかった。


 「トイレじゃない?」


 緑川さんがマッサージチェアで体をほぐされながら、気の抜けた声で答える。


 「でも、お昼食べる前からいないって長すぎじゃないかな?」


 黒沢先輩の言った通り、瑠香ちゃんは午前の訓練が終わった後、少し用事があると言って、休憩室に向かう私たちと別れてそれっきりとなっていた。


 「ふふ、多分さ~教官のとこいると思うよ~」


 ソファの上でゴロゴロしていた、白藤さんがなにか事情を知っていそうな口ぶりでそう言った。


 「教官殿のところ?なんで?」

 「さ~なんでかな~」


 みんなは白藤さんの思わせぶりな言い方で気付いたかどうかはわからないが、私はもうすでに瑠香ちゃんが教官のことを少し意識し始めていることに気付いていた。


 気付いていたと言っても、昨日一人学園の校門で誰かを待っていた瑠香ちゃんの心を見てしまっただけだ。


 その時の瑠香ちゃんは、大鳥教官に嫌われてないかな、なんて言って謝ろう、と言う不安と、二人きりで大鳥教官と会おうとする緊張と期待が入り混じった複雑な心境をしていた。


 その様子を見て、なんとなく「ああ、瑠香ちゃんも大鳥教官のこと気になってるんだ」と思っただけだったが、白藤さんの言う通り、いま大鳥教官のところに行っているというのならば、ちょっと積極的過ぎると思う。


 いや、別に「やられた」と思ったわけでじゃないけれど、瑠香ちゃんはそういう感じじゃいけないと思う。


 もっと、こうクールな、媚びない感じが瑠香ちゃんの瑠香ちゃんたる所以ではないだろうかと、私は強く主張したい。


 「ん?ああ、そういうこと?瑠香って教官殿のこと、あれなの?」


 しばらく間の抜けた顔をしてい唯里ちゃんが突然、合点がいったという感じでそう言った。


 「で、でも、まだ教官のところにいるって決まったわけじゃないし、行っていたとしても瑠香ちゃんってああ見えて真面目なところあるから、訓練のことで何か相談してるのかも……」


 なぜか瑠香ちゃんが大鳥教官のことが気になっていると認めたくな自分がいて、ついつい自分のことでもないのに言い訳じみたことを言ってしまった。


 「え~、でも教官って優しいしカッコいいから青崎さんが好きになっちゃうのも無理ないんじゃないかな~」

 「えー、凛も教官狙い?」

 「そんなんじゃないよ~。けど、やっぱ同級生にはない大人って感じがあって、いいよね~」

 「確かに教官殿って、落ち着いてる感じがする。けどまだ20代前半だっけ」

 「えっと、平成二十二年大会の時、高校二年生だったから、いまは23か24歳だね」


 それでなんやかんや大鳥教官のことで盛り上がっていると、瑠香ちゃんが休憩室に入ってきた。


 「…何?みんなして」


 瑠香ちゃんは部屋に入ったとたんに向けられた、みんなのなんとも言えない視線が気になったようだった。


 「別に何でもないよ。ただお手洗いにしてはながいなって、ね」

 「………教官がみんな疲れてるみたいだったから、午後の訓練の開始13時半に遅らせるって」


 瑠香ちゃんは白藤さんの…いや、私たちみんなの疑問に答えることなく大鳥教官からの伝言を伝えた。


 「へー、教官さんっていまどこにいるの?」

 「…格納庫だけど」

 「そっか、じゃちょと私も相談したいことあるし、会いに行ってこよっかなー」

 「…好きにすれば」

 「ふふ、冗談だって。そんな睨まないでよー」

 「…別に睨んでない」

 「えー、もう、可愛いなー、瑠香は」

 「あんたって……まあ、いいけど」

 

 瑠香ちゃんを揶揄って白藤さんは楽しそうだ。昨日のことを根に持っているかもしれないが、それにしても瑠香ちゃんも白藤さんも互いに対する当たりがそこまで強くなくて、こっちとしては一安心と言ったところだ。


 「でも、13時半からってことは、あと30分は余裕あるね」

 「そうですわね」


 壁にかけられている時計を見るといまは12時45分だった。


 「でも、午後の訓練も大変そうだね~」

 「そうでもないかもよ」

 「ん?」

 「午前の訓練見てきたけど、みんな昨日今日乗り始めたとは思えないぐらい上手だよ。私が一年生の頃は一カ月かけて今のみんなぐらいだったし、隊列変更なんてコツさえ覚えちゃえばすぐできるようになるから、一時間も集中して訓練すればすぐマスターできるよ」


 黒沢先輩が疲れたみんなを励ますように言う。


 「それならいいんですけどー。そもそも、重装機で行進とかやる意味あるの?だって実戦でそんなことやんないでしょ?」


 白藤さんが唯里ちゃんに疑問を投げかける。


 「基本教練は、個人・部隊の規律と団結を養い、軍人としての行動に適応させる基礎を作るために行うんだよ。私と瑠璃と星良は4月の最初の週はずっと行進ばっかりやってたもんね」

 「そうだったね」


 山下先生に大声で掛け声をさせられながら、声が枯れるまで校庭を何週も行進させられた時のことを思い出す。


 あれも辛かった。


 泣くかと思った。いや、実際ちょっと泣いた。



 「ふーん。なんか軍隊ってめんどくさそー」


 白藤さんがあまり興味なさそうな感じで言う。


 「…まあでも、どうなんだろうね」


 唯里ちゃんが呟く。


 「私たちはさ、こうして重装機兵部に入って、高校卒業したらさ、機兵として軍に入るだろうけどさ、他のみんなも卒業したら徴兵で軍隊行く人が多いわけじゃん?」

 「うん」

 「どっちいいのかなって」

 

 どうなのだろう?


 私はその点についてあまり深く考えてこなかった。漠然とどのみち軍隊にはいかないといけないという意識はあったが、どっちの方がいいとか悪いとかそういう事には興味がなかった。


 「徴兵の方が自由がなくていろいろ厳しいって聞くけど、こっちは最低でも30歳までは軍にいないといけないから、それは人それぞれじゃない?」


 黒沢先輩の言う通りで、人それぞれで、そもそももう私たちは選んでしまったのだから、今更どうこう言うことでもない。


 「そうですよね」


 唯里ちゃんは少しばつの悪そうな顔をしていた。


 「あっ、そう言えば、皆んさんが重装機兵部に入部した理由はどのようなものなのですか?」


 百合奈ちゃんが思い出したかのように言う。


 「私は、そうだないろいろあるけど、やっぱりかっこよかったからかなー。ほら昨日話した戦技大会生で見に行った時、ホント感動しちゃって」


 と黒沢先輩が嬉しそうに話す。


 「私は重装機が大好きだからだよ。で瑠香は―」

 

 唯里ちゃんが、少し離れた一人掛け用のソファに座っていた瑠香ちゃんに視線を投げる。


 「……お金かな」


 瑠香ちゃんはボソッと言った。


 「あっ、それ私もー」


 白藤さんがそれに賛同した。それに少し百合奈ちゃんが複雑そうな顔をする。


 「私は守りたいからかな」

 「えっ?」


 緑川さんの言葉に少し驚いてしまった。


 「だって、ロボットってすごく強いんでしょ?だからそれに乗れたらみんなのこと守れるじゃないかなって思って」

 「みんなって?」

 「みんなはみんなだよ」

 「その通りですよね!」


 いつの間にか百合奈ちゃんが席を立ち緑川さんの手を握っていた。


 「やはり、重装機兵たるもの攻めるは敵に深く切り込む槍となり、守るは鉄壁の盾となれ、ですよね」

 「それ何かの標語的なやつ?かっこいいね」

 「はい、これは第一重装機兵連隊の連隊長の言葉で、他にもいっぱいあるんですよ」

 「へー、もっといろんなの教えてよ」

 「他にはですね―」


 それから訓練開始まで、緑川さんと百合奈ちゃん、それから唯里ちゃんと黒沢先輩も加わり軍人の名言とか、部隊標語とかの話で盛り上がっていた。


 話の流れで、私は入部の理由を言うことはなかった。


 仮に言うとしたら何と言っていただろう?


 確かにちょっと引かれるものはあったが、唯里ちゃんや黒沢先輩のように強い憧れがあったわけじゃない。瑠香ちゃんや白藤さんのようにお金が欲しかったわけでもない。ましてや、緑川さんや百合奈ちゃんのような高い志があるわけでもない。


 ただ私は、自分の置かれた環境を替えたかっただけなのだ。


 この窮屈な世の中で、そんなことを忘れさせてくれる、夢中にさせてくれるなにかを探していた。


 その目的に関しては果たせそうな気がしていたが、どうもライバルが多そうな気がしているので、私としてもちょっとは積極的な行動をした方がいいのかもしれない。


 私は話の輪を外から眺めて、一人そんなことを考えていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ~3時間後~


 「それじゃ、ちょっと休憩にしよっか」

 

 僕はほっと胸をなでおろしていた。


 昨日、山下先生から任官式が明後日だと聞かされた時は、もう間に合わないと焦りと不安でいっぱいだったが、なかなかどうして、やってみるとやれるものだ。


 彼女たちはみんなとても優秀で、他の学校が一か月で行うことを半日でマスターしてしまった。


 もちろん、4月から部に在籍していた3人とレイン君を除いて、本来やっておくべき基本教練や座学などは全くやっていないため、その点を見れば完璧と言うわけにはいかないが、それにしたって合計搭乗時間が10時間もないことを考えれば十分次第点だろう。


 「ああ、そう言えば、ちょっと休憩に入る前にいいかな?」

 

 僕はそう言って部室に戻りかけていたみんなを引き留めた。


 「これまで聞くの忘れてたんだけど、この部の部長って誰かな?」

 

 星良君と唯里君、瑠香君が互いに顔を見合わせる。


 「それが…ちょっと決めてなく、私たち三人で持ち回りでやってるんです」

 「それはまた、どうして?」

 「えっと…最初は決めていたんですでも、その子が辞めちゃって、それで次の人を決めたんですけど、その子も辞めちゃって…それでその後はなんとなく交代でやろうって話になって」

 

 三人の様子から、誰もあまり部長と言う役職に積極的でない印象を感じた。まあ、部長になった人が次々にやめて言ったらそう感じてしまうのも無理はないのかもしれない。


 「そっか。でも人数も増えてきたし、正式な部長を決めても―」


 僕はそう言いかけて、レイン君と目が合った。


 「ああ、いや、部長はレイン君でいいのか」

 「えっ、私ですか?」

 「うん。だって唯一の上級生だし」


 上級生だから部長だなんて安直ではあるけれど、当然と言えば当然の役回りだろう。


 「まあ、そうですね。そうなっちゃいますよね。わかりました。重装機兵部部長、頑張らさせていただきます!」


 パチパチパチパチ


 拍手の音が響く


 「じゃ、それはそれとして、部長がどうとかっていうのはさ、任官式の時の服務の宣誓、誰にやってもらおうかなって思って、部長がいればその子にって考えてたんだけど…レイン君はもう2年生だからね…。誰かやってみたい人とかっている?」


 みんなが互いに顔を見合わせる。


 「じゃ、私はパス。そういうのやるキャラじゃないし」


 美沙君が真っ先に抜ける。


 「私もいいかな」


 続いて瑠香君が辞退する。


 「わ、私もそういうの苦手で…」


 さらに星良君も辞退を申し出た。


 「じゃ、三人の中でやってみたい人は」


 凛君は自分から辞退するとは言わないが、どっちでもいいよといった感じだった。


 対する唯里君と百合奈君はやりたい気持ちはあるけれど、あともう少しの勇気が足りず尻込みしているようだった。

 

 「話し合いで決めてもらってもいいけど、そうだな…やってくれた人には何かしらご褒美を出すよ」

 「ではわたくしが」「だったらわたしが」

 

 唯里君と百合奈君の手が同時に上がる。


 「じゃ、ジャンケンでいいかな」

 

 二人は静かに向き合う。


 「それじゃ、百合奈、恨みっこなしだからね」

 「もちろんです」


 「「最初はグー、ジャンケン、ポンッ」」


 二人が同時に勢いよく振り出した手は唯里君がグーで百合奈君がパーだった。


 「やりました」


 百合奈君は本当に嬉しそうな笑顔をこちらに向ける。


 「それじゃ、宣誓は百合奈君にお願いしようかな。原稿は山下先生が作ってくれたからこの後、式の予行練習の時にやってみようか」

 「はい」


 そして僕は少し落ち込んでいる様子の唯里君に声を掛ける。


 「唯里君もありがとう、手を挙げてくれて」

 「いえ、そんな…」

 「また今度、何かあったときはキミを頼ってもいいかな?」

 「…はい!ぜひ」


 僕は彼女の人懐っこい笑みがあまりに可愛らしかったので、思わず頭を撫でていた。


 「えへへ」


 唯里君は少しハニカミながらも僕の手を避けようともしなかった。


 「…瑠香、残念だったね」

 「…なんの話?」

 「えー、それ言っちゃっていいのー?」

 「もう、あんたは黙ってて」

 

 瑠香君と美沙君もなんだかんだで仲良くやっているようだし、ひと安心だ。


 「ああ、そうだ。それともう一つ、急な話で悪かったんでけど式のこと保護者には言ってもらえたかな?」

 

 通常、任官式と言うのは親が見に来るものらしい。僕は任官式なんて出たことはないし、そもそも高校に入るころには両親はいなかったので、どのみち招待することなんて無理な話だったわけだけど。


 「来ないよ」

 

 さっきまで瑠香君と楽しそうに話していた美沙君が、冷たくきっぱりと言った。


 「…私もです」


 星良君は少し寂しそうにして言う。彼女は孤児院出身と言うことは知っていたため、そもそもこの話を振ることに少し抵抗があった。それでもお世話になった人などを招待してもいいという風に言っておいたのだが、どうやら余計な気遣いだったのかもしれない。


 「うちはお母さんが」

 「わたくしも母が来るそうです」

 「私は両親が来ます」


  急な話で都合がつく人がいるか不安だったが、参賀者がいてくれるようで良かった。


 「それで、瑠香君、優さんは?」

 「…来ない」


 瑠香君は顔を背けながらそう言った。


 「そうなんだ。残念だけど、優さんも忙しいから仕方ないか」

 「…うん」


 瑠香君は何か言いたくないことでもあるのか、一向にこっちを見ようとはしなかった。


 取敢えず、連絡事項は終わったので、改めて解散、と言おうと思った時、格納庫から佐藤少尉が電動の小型バイクに乗って出てきた。


 「訓練はひと段落付いたかな?」

 「はい、この調子なら明日の式も問題なさそうです」

 「そっか、それは良かった。それで、ちょっと提案あるんだけど―」


 ~10分後~


 第七研究所 第二特別区分所 地下 大試験場


 佐藤少尉の提案を飲んで、僕らはこの鎌倉出島の深いところまで来ていた。


 僕らが大型エレベータで二機の訓練機とともに降りてきたのは、鎌倉出島の一番下にある巨大空間、通称・大試験場と言われている場所だった。ここは出島を支える巨大な支柱が立ち並ぶ以外は何もなく、その様相は人工物であるのにどこか神秘性をも感じさせた。


 「じゃ、最初に乗る人は機体にいって」

 「「はい」」


 星良君と瑠香君が一緒にエレベーターで下ろしてきた訓練機に乗り込む。


 「他のみんなはこっち」


 佐藤少尉に連れられて僕らは分厚い壁に覆われた観測室に入る。観測室は三階建てになっていて遠く方まで試験場が見渡せる。


 「あーあーあー、二人とも聞こえますか?」

 『はい』『はい』


 通信装置から訓練機に乗る二人の声が聞こえる。


 「それじゃ、武器まではこっちで誘導しますね。あっ、大鳥君こっちをお願いします」

 「はい」


 僕は佐藤少尉から無線誘導用のコントローラーを受け取って、星良君の機体を操縦する。


 機体をゆっくりと動かし、観測所の正面30メートル付近に引かれた白線まで機体を移動、その近くに置かれていた重装機用の機関砲を手に取る。


 「射撃位置に付きました。四七式二十粍機関砲を右腕に装備、弾倉を装填。星良君、そっちの表示は大丈夫?」

 『は、はい。右腕に20ミリ、弾数24、表示問題ありません』

 

 星良君の緊張した声が聞こえる。


 「青崎さん、そっちはどうかな?」

 『右腕、五〇式七十五粍狙撃砲、弾数6、こっちも問題ありません』

 「それじゃ、操縦をお返しします。目標は赤森さんは120メートル前方、青崎さんは500メートル前方、シミュレーター通り、気楽にやってください」

 『はい』『はい』


 佐藤少尉は気楽にやってくれとはいうが、無理な話だろう。何しろ彼女たちが実弾を使うのはこれが初めてなのだから。


 佐藤少尉が休憩に入ろうとしていた僕たちに提案したのは、実射体験だった。正確には現在研究中の人工知能による射撃補正機構の実験と言うことだったが、データとして僕や佐藤少尉のような重装機に乗りなれている者じゃなくて、彼女たちのような新兵でのデータが欲しかったそうだ。


 明日の式を控えたタイミングでやるのもどうかと思ったが、式の準備はほとんど形としては出来ていたし、彼女たちもずっと行進ばかりさせられて気が滅入っていただろうから、気分転換としてはいいのではないかと思って、実験に参加することにした。


 実際みんなも結構乗り気だったし、本来もう少し先でやる予定の射撃訓練を、こんなに早くやれるというのも、それはそれでいい経験になると思う。


 「二人とも落ち着いていこうね」

 『はい』『はい』

 「よし、安全装置を解除」

 『安全装置、解除』『安全装置、解除』

 「射撃初めッ!」


 僕の号令とともに閃光と強化ガラスを叩くような激しい音が鳴り響く。後ろから見ていた生徒たちも一瞬体を震わせていた。


 「射撃やめッ!」


 二人が弾倉を空にしたのを見計らって号令をかけた。


 「残弾は?」

 『ありません』『ない』

 「撃ってみた感想は?」

 『緊張しました…』

 『流石にね…』

 「そっか、それじゃ、そのまま待機して、次の人が来たら交代して」

 『はい』『はい』


 その後、40分ぐらいかけて全員が機関砲と狙撃砲の射撃実験に参加した。


 「いやー、ありがとうございました。いいデータが採れましたよ」

 「こちらこそ、いい経験になりましたよ」


 地上に戻るエレベーターの中、レイン君を除いて初めての実弾射撃だったため、少し興奮したのか、互いに感想を言い合い、みんないつもよりテンションが高い気がした。


 「今日、王室長は?」

 「…室長は天狼が届いたので、そっちに掛かりっきりです。近いうちに君にテストをお願いするかもしれません」

 「…情けない話ですけど、自分はまだ踏ん切りが尽きません」

 「トラウマと言うやつですか?」

 「そう、かもしれません」


 重装機に乗ったからと言って、何がどうなるわけでもない。けれど、きっと忘れてしまいたい記憶を、気持ちを、思い出してしまうだろう。それがどうしてもあと一歩を踏み出せない足枷になっていた。


 要は嫌なことから逃げていたいだけなのだ、僕は。


 「無理にと言うつもりはありません。けれど、いつか乗り越えなければ、君は前に進めないのかもしれませんよ。なんて説教じみたことを私が言うのもおかしいですね」

 「いえ、その通りだと思います」


 そう、いつかは、助けられた分、他の誰かを助ける、その志を貫きたいというのなら乗り超えなければならない壁だ。


 「あのー、大鳥教官?」

 

 星良君が話しかけてきた。


 「どうしたの?」

 「この後の訓練ってどうします?」

 「訓練?まあ、取敢えず式の予行練習かな?暗くなるまでまだ時間あるし、なるべく回数をこなしといたほうがいいかなって」

 「そうですか…」


 星良君は何か言いたげだった。


 「どうかしたの?」

 「はい…実は白藤さんちょっと辛そうで、あっ、そんな倒れそうとかじゃなくて」


 美沙君の方に駆け寄ろうとした僕を、星良君が抱きつくようにして止めた。


 「あっ、ああ、す、すみません」

 「ああ、いやこちらこそ…」

 「あの、辛そうって言っても、まだ大丈夫なんですけど…できればあんまり回数はやんなくて、仕上げみたいな感じで出来ないかなって」

 「わかった、上に着いたらまず30分休憩して、その後最後の一回通しでやってみよう。唯里君にはその後、個別で練習してもらうとして、明日も朝は練習できるしね」

 「はい、ありがとうございます」


 星良君はペコリと頭を下げる。


 「いや、こちらこそありがとう。星良君は周りことよく見てるんだね。今後も何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってね。僕はそういうの結構鈍いところがあるから、いろいろ言ってくれると助かるよ」

 「はい」


 僕は星良君の気遣いに感心していて、同時にまだまだだなとも感じた。僕はどうも、回数させこなせばいいと思っている節がある。こういう時間がない時こそ、効率的に短時間で集中して訓練をやった方がいいのだろう。


 その後、僕は星良君のアドバイスに従い、訓練を早々に切り上げて解散とした。今日は朝からの訓練でみんな疲れているだろうし、明日のためにもゆっくり休息をとってもらった方がいい結果につながるはずだ。


 それから、山下先生と個別で宣誓の練習がある百合奈君を除いた部員が帰ったあと、僕は一人明日の式のために、一人テントを建てたり、パイプ椅子を並べたり等々、準備が終わったころにはもうすっかり夜になっていた。


 「ふぅ…あとは…」


 準備するものをメモしたものを見ると後は、自分の制服のアイロンがけだけだった。


 「これは明日でもいいか…」


 僕が帰る用意しようと教官準備室に戻ると、ちょうどその時ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴った。


 僕は相手を確認することなく電話に出る。


 「はい、もしもし」

 『…久しぶりですね。ヒイロ』

 「せ、先輩!?」


 僕は慌てて携帯を耳から離して、画面を見るとそこには≪風間先輩≫との表示が出ていた。


 『もしもーし、聞こえてますかー?』

 

 僕は携帯を再び耳に当てる。


 「どうかしたんですか、突然」

 『声が聞きたくなりました』

 「…それで用件は?」

 『冷たくされると泣いちゃいますよ?』

 「…ごめんなさい」

 『最初から素直にしてください。…教官生活はどうです?上手くいってますか?』

 「どうでしょう?いろいろトラブル続きですけど、みんな頑張ってくれて、そのおかげで何とかなってるって感じです」

 『慣れないうちは大変そうですね、教官なんて』

 「そうですね。でも、いまはとにかく頑張るしかないですよ。先輩の方はどうです?」

 『…正直言って退屈です。近衛師団は留守番ばかり、今回は出番があるかと思えば、結局、私の師団はお留守番です』

 「ああ、マレー作戦のことですか?」

 『ええ、今度はボルネオの時と違って、陸海の総力をもって奪還作戦に当たる見たいです。そのせいで、今東部軍はすっからかんよ』

 「まあ、東部軍は近衛を除けばほとんど遠征用の部隊ばっかりですから」


 関東一帯を統括する東部軍は過去金属虫の上陸を受けたことがなく、地理的要因から今後も金属虫の上陸の可能性が低いため、近衛師団と防空部隊を除けばそのほとんどが外征用の部隊となっており、これから行われるような大規模な奪還作戦ではその戦力の中核を占めることになる。


 『まあ、あなたに対して実戦が羨ましいなんて言うのは、少しデリカシーに欠けますよね』

 「別に、気にしないでください。兵士である以上、戦場で戦いたいというのも正しい欲求だと思いますよ。特に先輩のように強い人なら」

 『そうですね。まあ、今日はあまり長電話をしても悪いですね。明日は生徒さんたちの任官式なのでしょう?』

 「良く知ってますね」

 『ヒイロのことならなんでも知ってますよ』

 「怖いこと言わないでください」

 『ふふ、では今夜はこの辺りで、近いうち遊びに行きます。それでは、おやすみなさい。私のヒイロ』


 先輩は一方的にそう言って通話を切った。


 学生の、初めの頃は憧れにも似た感情を持っていたが、先輩のことを知れば知るほど、近くにいればいるほど、僕はあの人のことが怖くなってしまった。


 あの人は僕の心の隙間に入り込んできて、気づけば抜け出せなくなる。だから、いつしか距離をとるようにしていた。今日電話で話したのもほんと1年以上ぶりのことだった。


 僕は埃っぽいジャージからスーツに着替えなおすのもめんどく臭くなって、そのまま準備室に置かれた3人掛けのソファーに寝ころんだ。


 今日は流石に疲れた。


 横になるとすぐに瞼が重くなる。


 頭の中では、着替えなきゃとか、家に早く帰ろうとか、アイロンかけないととか、いろいろと浮かんでは消えていたが、僕は少しだけと思いつつその重い瞼を閉じた。

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