第12話 道

赤い絨毯が用意された道などなかった。


目の前には小さなとげが一面に敷き詰められた道があり、終わりとも途中ともつかない道の先が点になって見えた。震える裸足を慎重に持ち上げ、頬を伝う汗もぬぐわずに、ゆっくりと足を降ろしていく、肉を割って侵入する痛み。奥歯をかみしめて苦痛に耐え、生まれて一番確かな地面を踏んだ。数秒後には体が弛緩し、さらにまた数秒たって硬直した。それを何度も繰り返し、私は二歩目を踏みだす。一歩目もよりはなめらかで、しかしどこかぎこちない歩み。


あれから何年がたっただろうか、もはや足裏はとげの靴を履いていて、これ以上新たなとげが刺さる面はなくなっていた。歩みも軽やかだ。肩で風すら切っている。痛みはあったがそんなものは慣れっこで、いちいち反応するようなことではない。視界はクリアだった。先の先まで続くとげの道をはっきりと捉えることができた。いつまでも続く道を見ていると、なぜか心は平穏に包まれた。その安心感は身を包むようなものではなく、内臓のどこかが産み出し全身に送りこんでいるかのような内なるもので、私は自分の中に楽園を感じていた。


それは唐突だった。いつまでも続くと思われたとげの道が途切れたのだ。はるか先まで続く道にはもう石ころが転がっているだけで、常に私を苛んだ痛みはなかった。足裏を覆っていた棘すら消えていた。喉仏がへこみ、呼吸が細くなる。蠢く暗闇が幾本ものつたとなって視界の端を覆う。急速に血の気が引き、嫌な汗が体中から噴き出した。下界の音が遠い。今まで身の回りを固めていた強固な世界が一瞬で瓦解したかのようだった。。硬いつばを嚥下して、救いを求めるかのように一歩を踏み出す。膝が上がり、それに追随してかかとも上がる。妙に間延びした時間の中で上げたかかとが徐々に降下する。悠久の時間は、取るに足らない終焉を迎えた。


ただそこには、なんの変哲もない地面があった。


私は数秒だけ固まった。それからは何事もなかったかのように歩行を続ける。口を真一文字に引き結んで黙々と歩く。先は長い。いや、案外すぐに終わるのかもしれない。しかし話に聞くにこの道は、たとえ車で進んだとしても終わりが見えないともいう。もともと不確かな道なのだ。ただ今まで自分は運が良かったというだけで、この感触、この温度が、この道の本来の姿なのだろう。悲しむ必要も、嘆く必要もない。そう、ない、はずだ。


何かを欲して涙が落ちる。


一度開きかけた口を無理やり閉じて、私は歩くことに集中した。一歩毎に点を記しながら、私は進む、前に進む。



終わりは遠い。遠いのだ。

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どこかに行きたい 二十四番町 @banmati

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