第9話 夢物語

長距離走が好きだった。


一人でいる時間が結果に繋がり、賞賛の声を浴びるのが好きだった。自分を苦しめていく内に、体が空っぽになるのが好きだった。冷たい空気が代わりに体を占領し、唾液が塩辛くなるのが好きだった。


走ることを止めた。


辛いことは何もなくなった。六畳間は寒かったが、炬燵の暖気がその場に私を捉えていた。心は適度に満たされ、空腹は気にならななかった。苛烈に生きていた少年の日を今も回想はするが、明確な回帰の願望はなかった。

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