4−17「燃える氷」

 訓練室。


 部屋の中央に立つ藤宮先輩の周りを俺が飛ばした無数の刃が舞っている。

 俺はチャンスを伺い……正面、背後、側面、頭上、足元……全方位から十枚以上の刃で同時に攻撃する!

 先輩は織り交ぜたフェイントを無視して、本命だけを素手で的確に弾いていく。限界まで引きつけてから最小の動きで躱して、残りは裏拳や肘で側面から弾き飛ばす。


 やっぱ散発的な攻撃じゃダメか。

 攻撃も防御も先輩が上なんだから、囮の質と量をケチってもこっちがジリ貧だ。

 俺は残る全部、三十枚の刃と共に飛び掛かった!

 宙に飛ばした刃の上を次々に跳び渡り、背後から必殺の飛び蹴りを繰り出す。先輩は刃への対処をしながら俺を迎え撃つべく構えた。


 先輩が掴み掛かるのを、狙いすました刃の一撃で妨害する。先輩は軽く胸を反らして攻撃を躱したが、想定内だ。俺はその刃を蹴って後ろへ宙返りする。

 両手に剣を握ったまま、肘と肩で刃を叩いて空中で側転し、先輩の左側面へと回り込む。


 俺の狙いは改造が済んだばかりの剣の護拳での打撃。拳を引くのと同時に、残る二十一枚の刃を先輩の体スレスレを狙って飛ばす!

 直接狙ったところで叩き落されるだけだが、これならどうだ?俺の打撃を迎撃しようとすれば自分から斬られることになるぞ?

 隙の大きい蹴り以外にも攻撃力の高い技を得て、刃の管理に余裕が出たからこそ出来る戦術だ。

 これで詰みだ!


「げっ!」


 ……と考えていた俺は空中で目を見開いた。


 先輩は刃が飛来するより一瞬だけ早く飛び上がると、俺と同じように刃を踏んで地上二メートルへと駆け上がった。

 刃は速度がある上に狙いを正確に決めている。咄嗟の軌道変更は間に合わねぇ!


「ハッ!!」


 先輩は、拳を振り抜きつつあった俺の無防備な鎖骨へと踏みつける様な蹴りを見舞ってきた。


「……がっ!」


 呼吸が一瞬止まった。拳の勢いごと押し返された俺は床へと吹っ飛ぶ。軌道を変えた刃は既に今の先輩の位置へ迫ってはいたが、俺が倒れると同時にふっと糸が切れたように床に落ちていった。


「痛ーっ……てて……」


 俺はゆっくりと起き上がると、直立して待っていた先輩の元へと歩いていく。礼をして訓練を終了すると、二人用の特殊訓練室を出てベンチへぐったりと座り込んだ。


「はぁ……参ったぜ……。新技を試す機会が無かった……」


 剣の片方を弄びながら溜息を吐く。


「余程当てたかったらしいな……狙いが見えすいていたぞ……片桐」

「マジっすか……」


 先輩が買ってきた冷茶を受け取りながら、俺はがっくりと項垂れる。

 蓋を開けて茶を呷る。自前でも持ってきちゃあいたが、やはり火照った体にはよく冷えたものがありがてぇ。


「俺が特別に勘が良い訳ではないぞ……今のは下手をすると妖怪にすら読まれるな」

「そこまで……!」


 先輩は、実際に森の深奥に多い知能の高い妖怪との戦闘経験も多い。その経験に裏打ちされた指摘を受けてはひたすら落ち込むしか無い。


「最後の一セットはもう少し刃のコントロールを維持できていれば俺に当てられた筈だぞ。その拳にこだわり過ぎだ」

「うっ……」


 今の戦いは五本勝負の五本目だったが、それまでの四本も同じような有様だった。

 クレーバーン博士によるセレクターズジックルの改良は剣本体のマイナーチェンジが主で、刃は元のままだった。必殺技が増えた以外は大差ねぇ。


「もう十分分かったと思うが、新しい技や武器は手に入れた直後が一番危険だ」


 先輩は俺が落とした肩をポンと叩く。


「……身に沁みました」

「新しいものを無理に使う必要はない。ただ選択肢が増えた、と思え。それで余裕と自信が生まれる筈だ。それを活かせ」

「余裕……っすか」


 俺が今ひとつ飲み込めていないと感じたのか、先輩は暫し腕組みをして考えた。


「お前に借りたゲームで、毒を消す呪文があったな」

「ああ、はい」


 今先輩がプレイしている序盤で主人公が習得するが、印象の薄い呪文ではある。

 ゲーム全体を通すと毒を食らう機会は多いので、呪文の使用頻度自体は高ぇけど、あのゲームは毒のダメージが少ないので有り難みは薄い。でも毒を治す手段は限られているので必要ではある。


「今進めている辺りでは使う機会は少ないようだが、アレのお陰で毒消しをあまり持たずに済む」


 この呪文が無いと、使うかも分からない毒消しのアイテムが所持品の枠を圧迫する。加えて言えば資金の少ない序盤では購入費用も馬鹿にならない。


「つまりそういうことだ……と言って分かるか?」

「なるほど」

「あと防御力を上げる魔法も使い所は少ないが、あると安心だな」

「最初にレベル上げ過ぎたせいでごり押し出来てるだけじゃねぇっすか?」


 先輩はある意味で真面目な進め方をしたせいで必要以上にレベルを上げてしまっていた。


「だが防御を固める暇で攻撃したほうが早くはないか?現実でもそうだが、特に敵の多い場合は……」

「そうっすね……どっちかつうとボス戦向きっすね」


 あのゲームのことはアイツがいた時から……もといガキの頃から何度もやってるから何も見ずに解説できる。


「なるほどな。だがそもそも雑魚相手に使う機会があるのか?防御を下げられた時くらいだろう」

「単体用じゃなくて全体用のほうが使い勝手は良いんすけど、こっちも使い所は結構……」


 ゲーム談義に熱中していると隣のブースのドアが開く音がした。鳩寺と憐治がいる所だ。俺たちは反射的に佇まいを直し、反れた話題を元に戻した。


「……ともかく無理が出るなら新機能は一旦忘れろ。作戦に間に合ったのが逆効果になっては、かえって博士に悪いだろう」

「……はい」


 俺は不承不承ながら頷いた。万一の暴発に備えて、対人戦では格上の先輩相手にしかまだ試していない(そして成功もしていない)新技だが、この分じゃあ、自分と同格の相手にすら失敗しそうなのを実感したからだ。格下相手でもヤバいかも知れねぇが。


「あ、お疲れ様……です」


 『真面目に戦術について語り合っていたらしい先輩たち』に、鳩寺が深く頭を下げる。憐治は無言のまま軽く頭を下げる。その動きはどこかぎこちない。具体的には激痛を堪えながら無理に動いている印象を受けたな。


「そっちはどうだったんだ?」

「その……」


 鳩寺の目が泳ぐ。

 憐治は肩で苦しげに鳩寺を押しのけると、両手を開いて俺たちに見せてきた。

 俺たちが怪訝な顔をしていると、憐治は手を握り込んだ。そしてゆっくりと悔しげに首を横に二往復させてから、鳩寺を見た。お前が続きを言えと促しているようだ。


「僕の……十戦十勝です……」


 よく見ると鳩寺も肩で息をしていた。憐治よりマシに見えるが全身が痛むのも同じらしい。

 微かに肩で息をしながらそう告げた鳩寺は、しかし浮かない様子だった。


「お、おう……」

「そうか……」


 俺たちにも鳩寺を褒めてやりたい気持ちはあったが、悔しがっている憐治のこと考えちまうとな。


 それにしてもしかし意外な結果だ。

 憐治が何勝かはできると思っていた。

 

 この二人は今回が初めてのまともな手合わせになる。鳩寺が留学する前は、二人の戦いは佐祐里さんが禁止していたからだ。

 いつもの過保護から、だけじゃねえ。憐治の能力は体への負荷が大きい。しかも自分の意志では威力の増減は出来ても完全にオフには出来ない。

 この力は相手によって威力と負荷が変わる。敵が強ければ強いほど威力が上がるが、敵が弱いと自分だけ負荷を負う羽目になる。

 はっきり言えば鳩寺のほうが憐治よりも強いが、それでもこの能力で二・三回は勝てるだろうと俺たちは予想していた。


 でも結果は違った。これも修行の成果か?


「取り敢えず二人共休めよ……!ホラ座った座った!」


 椅子に座る気力も無いらしい憐治を、俺は半ば抱えるようにして隣に座らせた。鳩寺も促してさらに隣に座らせる。

 先輩がボトルの冷茶を勝ってきて二人に渡す。


「二人共頑張ったな」

「ありがとう……ございます」

「……どうも」


 憐治はようやく声を絞り出すと、震える手でキャップを掴もうと試みる。

 俺たちは目を逸らしながら、向かいのベンチに移動したが、鳩寺は手を貸そうとして体ごと横を向かれてしまった。憐治はやがて震えを押さえ込むと勢いよくキャップを回し、中身を呷った。


 憐治は半分ほど一気に飲んだボトルを横に置き、壁に体重を預けた。天を仰ぎ長い息を吐く。

 鳩寺は憐治と、向かいのベンチに座った俺たちを不安げに交互に見る。何と言うべきか迷っているのだろうが、それは俺たちにも同じことだった。

 何せ鳩寺は手加減をしていた筈だったからだ。


 今日は木曜日で作戦決行は土日。明日は体を休ませるため、本格的な訓練ができるのは今日が最後だ。

 そして川を凍らせる担当の鳩寺は魔力を温存するため、既に術と魔力に普段より強いリミッターが掛けられている。憐治と違って術も使えず、身体能力も二割ほど低くなっている程だ。

 これもさっきの戦績予想の理由の一つだ。


 この状態の鳩寺に一方的に負けたとあっては、フォローの言葉も出てこない。

 基礎魔力量の差や、制御不能なデメリット能力を抱えている点を考えれば仕方ないのかも知れないが、それを指摘しても憐治は納得しないだろう。かと言って露骨に無関係な話題を振るのも勇気が要る。

 俺が憐治の目線を追うように宙を見て悩んでいると、先輩が口を開いた。


「鳩寺、俺ともやってみるか?」

「えっ!?……模擬戦……ですよね?」

「そうだ。お前は術を封じているから……代わりに武器を使え。俺は素手で良い」


 先輩は立ち上がった。

 鳩寺は先輩に付いていくと、一応持ち込んでいた訓練用の斧を手に取り、両手で構えた。柄の長さは野球のバット程で、刃の大きさは人体を胴切りにし得るサイズだ。変形機構が搭載され、刃が柄の側にスライドするようになっている。



 二人が見合って礼をし、訓練が始まった。


「たあぁっ!」


 鳩寺が先輩の肩口を狙って振り抜く。先輩は一歩後ろに下がって躱す。

 鳩寺の技後の隙は未だに大きい。反撃を見舞うのは俺でも簡単だが、先輩はそうせずに待った。

 すぐに追撃が来た。俺の予想より少し早い。


「たあっ!はぁっ!てやぁ!」


 斧が右から左、左から右へと連続で振るわれる。先輩は余裕を持ってゆっくりと後ろへ下がりながら躱す。

 斧の威力は直径数メートルの大木や大岩すら容易に粉砕できる威力だが、これでもリミッターの影響で威力が二・三割は減ってる筈だ。

 まあ全力だったとしても、先輩なら片手で弾き飛ばせるけどな。そうしないのは、鳩寺がどこまでやれるかを見ているからだ。


 先輩は後ろへ下がり続けるが、訓練場は広くはない。気付けば場外まであと二メートルの位置だ。ここで鳩寺の攻撃の速度が目に見えて速度が増した。十メートルは離れて観戦している俺が風を感じたほどだ。

 大振りの一撃を先輩は後ろ宙返りで躱す。


「どうした!?」

「っ!」

 

 跳躍に意表を付かれたのか鳩寺がバランスを崩す。斧を振り抜いた足首がもつれ掛ける。先輩はその隙を見逃さない。


「威力は増したが……狙いが雑だぞ!」


 強く着地すると、床を弾ませた勢いから下段廻し蹴りを放つ!

 鳩寺の姿勢が崩れて地面に右膝をついたが、そのまま斧の根本側を持って、右膝を軸に大きく右回転に振り回す!一回転すると、振り向きざまに斧を投げた!


「てああっ!」


 魔力を込められた斧は、蹴りを放つ先輩の腹辺りへと飛んでいく!

 

「はっ!」


 先輩はそれを片手で払い除ける。

 先輩の蹴りの勢いや姿勢が崩れた様子はない。鳩寺がよろけたフリをしていたのに気付いて、鳩寺が出せそうな攻撃を読んで構えてたんだ。

 でも先輩の蹴りも宙を切った。鳩寺は投擲の反動を活かして床を転がり、辛うじて躱していた。

 弾かれた斧の所へと半ば跳ぶように駆けていく。


 斧は俺側の壁にぶつかって跳ね返り、鳩寺から五メートルほど先の床に落ちようとしていた。先輩が姿勢を整えながら追い縋る。鳩寺が斧を手にするまでには追い付けないだろうが、しかし鳩寺が斧をしっかり構え直す余裕も無さそうだった。

 二人の距離はほんの数歩だ。徐々に狭まっている。


 鳩寺が両脚で床を強く蹴って跳ぶ。そのまま飛び込み前転の要領で斧を抱くようににして床を転がる。先輩も後を追って跳ぶと床の鳩寺を狙って拳を振り下ろす。鳩寺は今の姿勢では充分な力で斧を振るえない。


(でもこれで終わりじゃねぇだろ?)

 

 俺が見つめる鳩寺の瞳には未だに闘志が燃えていた。

 鳩寺は斧を短く持つと、柄の先端を先輩に向ける。刃を柄の側にスライドさせると先端部に銃口、いや砲門が開いた。射撃モードだ。

 投擲時に込めておいた魔力に、今走りながら拳に溜めた分を追加して瞬間的に強引なチャージをしたってところだろう。

 そして砲撃だ!解き放たれた魔力弾が亜音速で先輩を襲う。



「むん!!」


 この砲撃を先輩は受け止めた!両の拳で挟み込むようにして止める。歯を食いしばりながらも凄まじい推進力を押し留める。

 足が後ろへじりじりと下がってゆく。だが、その勢いはすぐに止まる。砲弾は小さくなっていき、やがて消えた。


(俺に予想できるんじゃ、先輩にだって分かっちまうよなぁ)


 俺は苦笑いをしながら、思わず溜め息を吐いた。

 今さっき先輩に読み切られた身としては他人事ではなかった。先輩はふっと両手を腰の横へと振り下ろして気合を入れ直し、鳩寺の元へと進んでいく。


 力を出し尽くした鳩寺は反動に耐えきれずに吹き飛んで、場外ギリギリの床に大の字になっていた。それでも先輩が近付くと、斧を杖代わりにしてふらふらと立ち上がった。

 足はダメージで震えながらも目線は真っ直ぐに先輩を見据えていた。いい根性だ。


「ああああっ!」


 叫びと共に斧を肩に担ぐように振りかぶる。


「そこまでだ」


 先輩は左手を突き出して制止する。


「これは訓練なんだぞ?全部出し尽くしてどうする」

「でもっ!」


 まだやれます、と鳩寺が言う前に先輩は鳩寺がつけている腕輪を指差した。小さい音だがアラームが鳴っていた。魔力の残量警告だった。

 鳩寺は腕輪を呆然と見つめる。斧を力なく、しかし危険のないようにそっと床に降ろしてから頭を下げる。


「参りました……ありがとうございました」

「こちらこそ」


 先輩も頭を下げ返して訓練を終了とする。


「だいぶ強くなったな。鳩寺」


 先輩は両手に持ったタオルで、後頭部の汗を拭く。


「リミッターが無ければ分からなかったな」

「そんなことは……」


 鳩寺は俯きながら水筒の茶に口をつける。


「いやでも先輩を倒せるだけの魔力、めっちゃチャージ時間いるでしょ」


 俺が首を振る。

 リミッターが無ければ、使える魔力の総量も瞬間放出量も大幅に増すが、それでも先輩を倒せる威力にするには、先程の一撃よりも時間が掛かる。それでは一対一の戦闘では確実に阻止される。


「そうですよね……」

「まあ、そうだな。個人戦で大技を狙うのは難しい。だがさっきのは発想は良かった」


 鳩寺が顔を上げる。


「だが仕掛けに気を取られるあまり、肝心の構え方が疎かになっていた」


 鳩寺が俯く。


「でも最後の構え方は良かった。余計なことを考えなかったお陰だろうな」


 鳩寺が顔を上げる。


「とにかく無理をせず自然体で堅実に行け。誰かさんもな」


 俺が俯く。

 暫く間を置いてから鳩寺が躊躇いがちに言った。


「あのぅ……魔力が戻ったらもう一戦お願いする訳には……」

「ダメだ。今夜からは魔力の温存と体調管理が優先だろう。今回お前は戦わなくて良い……むしろ戦われては困る。無理をするな。ゆっくり強くなれば良い」


 先輩が鳩寺の肩を叩いた。


 今回、鳩寺は川を凍らせるだけが役目である。戦って余計な魔力を使われては最悪の場合、そのまま作戦の失敗にも繋がる。今夜からは魔力の消費が禁止されている。


「せめて魔力抜きの訓練だけでも……」


 なおも縋る鳩寺に先輩は呆れ気味に少し口元を歪める。


「休むのも仕事だぞ。しっかり休め。どんな不測の事態が起こるか……分からないんだからな」


 先輩は首を動かして俺たちを見つめ、それから天井を一瞬だけ見てから訓練場の外に向かった。俺たちは今の挙動が気になりながらも後に続いた。


「ところで、鳩寺」

「はい」

「佐祐里に呼ばれているんだったな」

「ええ……」

「少し早めに行っておいたらどうだ」

「えっ?早過ぎませんか」


 会議室でのミーティングの後、装備の最終確認の予定があったが、まだ三十分先だ。訓練場からは十分と掛からない。早く行き過ぎてもかえって迷惑になるかも知れない。


 「そうだな……」


 先輩は腕組みをした。

 鳩寺は先輩の様子に困惑していたが、俺たちにはそれぞれ心当たりがあった。スマホを弄りながら俺が口を開く。


「鳩寺、ちょっとお使い頼まれてくれるか……うわ!」

「お使いですか!?」


 先輩の側にいた鳩寺が俺へと勢いよく駆け寄る。俺は激突するかと軽く肝を冷やしたが、取り敢えず用事を頼んだ。


「じゃあすみません!また明日!」


 鳩寺は一足先にエレベーターに乗って去っていった。俺が頼んだ用事とは調理室で簡易食を受取り、その半分を資料室に置き、そこで資料を受け取って残りの簡易食ごと会議室に持っていくことだった。ちょうど十数分で済む用事だ。

 元々は他の人がやる予定だったのを俺が引き受けたんだが、それを孫請けに出した形になる。


「すまんな……」



 先輩が軽く頭を下げる。


「いや良いんすけど……」


 俺は憐治を見た。


「ああ、憐治。お前に聞きたかったことがあってな」

「何です?」


 俺にタメ口を聞いてくる憐治も先輩には丁寧語で話す。ただし無理をしている雰囲気はある。


「確かに鳩寺は強くはなったが、だからと言ってお前が一方的に負け越すほどとも思えない。どうした?」


 俺も頷く。帰国後の鳩寺の動きを見るのは映像以外では今が初めてだったが、憐治の手に負えないようには見えなかった。


「アイツは……」


 憐治は暫く躊躇ってから口を開き……すぐに言い淀んだ。


「『傷』は克服出来ていない、ということか」


 続きを察した先輩がそれを言葉にする。


「たかが半年にも満たない期間でどうにかなる訳がないんだ」


 憐治は苦しげに胸を抑える。古傷の痛みを堪えるような手つきだった。


「でもアイツなら大丈夫……っすよね?」


 俺は明るく断言しようとして、出来なかった。


「佐祐里は作戦が失敗した場合の布石も用意してある。僚勇会としては左程の損失にはならない……が」

「失敗すれば……奴の傷が増えてしまうだろうな」


 周囲がどう言おうと鳩寺自身が自分を許さないだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 一堂はそこで別れ、それぞれ鳩寺とは別の会議室や家に向かった。藤宮涼平は整備班の元へと歩きながら、二人には言わなかった件で悩んでいた。

 今日の訓練で鳩寺に術を禁止したのは、魔力の温存の為だけではない。英国では安定していた術の制御が、日本に戻ってからの数日で時折不安定になるようになったせいでもある。

 思えば既に僚勇会より向こうで過ごした時間のほうが長い。慣れた場所を離れたせいではないか、と思われていた。

 士気に関わり鳩寺のプレッシャーにもなるので極一部の者にしか知らされてはない。


 あとは鳩寺次第だ。


 より重要なのは別件のことである。

 こちらは隊長・副隊長級以外には知らされていない。だがこちらはもっと漠然とした……起きるかどうかも分からない案件である。


(だが何が来ようと、俺が全て叩き潰すまでだ……)


 涼平は拳を強く握り締める。拳を解くと、整備室の扉をそっと叩いた。

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