4-9「戦闘訓練」
「ビィィィッ!」
いつも通りの妙な掛け声と共に、ラッタの腕から光弾が次々に飛んでくる。
俺は宙に浮かせた
「おらぁっ!」
「甘い!」
空中のラッタは両腕で素早く刃を全て弾いて着地し、右腕に光を溜めながら俺の追跡を再開した。俺は数枚の刃をラッタの周囲に旋回させながら逃げる。
「待てハルっ……」
ラッタが左腕から光弾を連射する。細いシャワー状の弾が広範囲を狙ってくる。ラッタの息は少し上がり始めている。難なく防がれたように見えた一斉攻撃も、スタミナを削る効果はあったか。
俺は八本の刃を背中で回転させて弾を防ぐ。弾の二割くらいが隙間をすり抜けてきて背中が熱いが、大したダメージじゃねぇ。
問題はチャージを続けてる右腕だ。あっちを食らったら終わる。
俺はラッタから死角になる腰の前の位置にニ枚の刃を浮かせると、これを踏み台にして後ろ宙返りした。
無防備に背を晒してやったがラッタは撃ってこない。ラッタの周囲を旋回させてた刃を踏み渡って、ラッタを飛び越える。
着地の瞬間に刃で盾を作って背後を守ったが、やはりラッタは撃ってこなかった。
刃の檻を放置してたのもそうだが、全然誘いに乗ってこねぇ。
俺は再び走った。ラッタは相変わらず右のチャージを続けたまま追ってくる。溜まってる魔力量がいよいよ怖ぇことになってきた。直撃したら二度は死ねる。
右を溜めながらも、左腕からは圧縮された光弾を撃ってきた。
さっきの連続弾やシャワーと比べて弾の頻度は減ったが、その分一発の威力が上がっている。刃を数枚重ねねぇと防げねぇ。
まあ躱しやすいんで防ぐ必要はねぇんだが、向こうもそれは想定内だ。
ラッタは俺の行く先を狙って撃ってくるが、俺は刃を踏んで宙を歩けるから当たりはしねぇ。それでも進路は限定される。それが狙いなんだろうが……。
俺は攻撃を躱して走りながら、刃を鏡代わりにラッタの動きを見る。
息切れが激しい。散々逃げ回った甲斐があるってもんだ。
ラッタの呼吸や目、足……体全体の動きを見て攻撃のタイミングを窺う。
ラッタが圧縮弾を放つ。反動で体が左に揺れる。
……揺れが大きい。
弾を躱すと同時に俺は仕掛けた。
床に落ちていた刃の一つをラッタの軸足にぶつける!
「ッ!?」
足に刃が命中したラッタが右側へ倒れ込んだのが、刃の鏡に写った。
俺の刃は一定のダメージを受けると動かなくなるが、勿論動かねぇフリも出来る。
ラッタもそれは警戒してた筈だが、俺は光弾に刃が吹っ飛ばされたる時に、その背後に無事な刃も重ねて隠しておいた。
刃の残り枚数を見られてバレねぇように、さり気なく本体の剣を隠し続けるのも忘れちゃいなかった。
「掛かったな!!」
俺は振り返ると同時に剣から残る全ての刃、左右合計で十六枚を切り離す。少しでも重量を減らす為だ。
ラッタが体制を立て直すまでの一瞬が勝負だ!俺を追うように刃を飛ばしながらラッタへ迫る!
真正面のラッタと目が合った。
不敵に笑うラッタの右腕が真っ直ぐに俺を向いていた。
「掛かったな!!」
「げっ!」
ラッタは、片膝を床について、光り輝く右腕をと左で支えながら俺を狙っている。とても体勢を崩していたようには見えねぇしっかりとした構えだった。
貯めに貯めた光の魔力は、既に一撃で三回は死ねる威力になっている。
「ビィィィム!!」
ラッタが極太のビームを放つ!
「……うわっ!?」
声を上げたのは……ラッタだ。光線が明後日に飛んで行く。
……正直ちょっと違和感があったからな。
ラッタの軸足を狙う瞬間、手元の剣から俺の足元に刃を一枚落として、振り返る瞬間にヤツの右側へ蹴っておいた。
腕の光が強すぎて足元が見辛い右側にな。
で、それを発射の瞬間にぶつけた訳だ。
俺は光線の下へスライディングで滑り込む。ラッタは大技の技後硬直で動けねぇ。
下から斬りつける。ラッタは後ろに倒れ込むようにして躱す。
だがそこまでた。
俺に追い付いた空中の刃がラッタの体に突き刺さった!
……正確には先端が命中したことで「突き刺さった判定」になった。
『勝者、片桐春夏』
無機質な電子音声がアナウンスした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここは僚勇会の訓練場だ。
一対一用に作られたスペースは自動車二十台が入るほどで結構広い。
その上、訓練で怪我をしねぇように色々と工夫もされてる。
まず武器だ。
俺が使ってた剣は、形や重さ、機能はいつものと同じだがゴム製だ。表面も金属っぽい加工がされてて、さっきみてぇに後ろを映すくらいは出来る。
そしてラッタの光線や俺の電撃とかの魔力攻撃は、訓練用スーツや周りの壁に吸収されて、ダメージ判定だけが残る。
訓練用スーツはダメージを防ぎつつ、痛みや熱さだけを控え目に伝えてくれる優れものだ。ウチ以外でも魔術戦闘の訓練でよく使われているらしい。
武器と魔力以外の危険となると、素手の打撃だが、これも腕や足に付いたリングがリミッターになる。相手に致命打を与えかけると、部屋とスーツから重圧が掛かって抑え込む仕組みだ。
ここと同じサイズの部屋は四つだけだが、もっと小さい部屋もいくつかある。
お互い走り回らずに組み手をしたり、型の練習をする為の部屋だな。
その他にも、ここの倍はデカい集団戦用の部屋や、魔力を封印して素の身体能力だけで戦える部屋、人や妖怪を模したゴーレムが襲ってくる部屋なんかがある。
あとは……森での戦闘や移動を鍛えるための物騒な殺人アスレチックが、訓練場全体の半分以上を締めている。
訓練部屋やスーツの一つ一つは魔術師の世界ではありふれたもんだが、ウチの組織の規模を考えると、構成員に対して数が多い方らしい。近場の他所の組織が場所を借りに来ることもあるくらいだ。
「くっそー、負けたか……」
床に座ったラッタがスポーツドリンクを飲みながら汗を拭く。
「へっ。俺に騙し討ちなんて二・三年早ぇぜ……」
「そんなに……?」
「じゃあ二・三ヶ月に負けといてやるよ」
「よっしゃ!」
心底がっかりした表情に釣られてついおまけしちまった。
ラッタはガッツポーズをして笑顔になりやがった。両腕でだ。
「そんな喜ぶかよ」
「次は負けないぜ!」
「体力は大丈夫か?」
ラッタは誰と戦っても戦績が
自分と互角の相手なら前半は圧倒出来るが、飛ばし過ぎて後半は負けが込んでくる。今が正にそれだ。
格上相手には慎重に行動して後半まで力を維持出来るんだが、普通に消耗するんで、結局は五分くらいになる。
同格以下にも慎重に動けば、対戦成績も良くなるんだろうが、コイツは「やれる時は即効でやる」という実戦の鉄則が優先しちまうらしい。
「大丈夫だって!……ケホケホッ」
元気よく声を出したと思ったら咳き込みやがった。
「なら良いけど、次やる前に流石に少し休もうぜ」
「ええ?しょうがないなぁ」
「しょうがないのはお前だろ……」
スタミナがねぇと言ったが、正確にはラッタは過剰に気を張ってスタミナを無駄遣いしちまってるんだよなぁ。
まあ、その辺はそのうち機会があれば話すか。
一方の俺はというと、ラッタ以外の同年代相手だと正直、五分以下だ。
人にとやかく言ってる場合じゃねぇ。
俺は四十枚の刃を宙に飛ばして、並列思考で自在に操れる。
一見、強そうだが割とそうでもねぇ。
まず久浦と
魔術師は若いうちは女のほうが強い傾向にあるそうだが、恵里はその中でも頭一つ二つ抜けてるからな……。
結論としては、ラッタ以外の同学年の三人には十回のうち、一・ニ回勝てれば良いほうだ。
一方で佐祐里さん相手だと四回くらいは勝てる。俺の連続攻撃で佐祐里さんのレコード装填を妨害できるのが強みだ。装填抜きで速攻されても速度も威力も恵里よりは捌きやすい。
逆に佐祐里さんは多彩な属性攻撃で、今の三人相手には五分以上に勝てる。
朝来と久浦相手だと、距離を取ってレコードを装填してから属性攻撃で連中の能力に対抗できる。恵里に速攻で近接戦を仕掛けられても、俺と違って技量で持ち堪えながら、隙を見つけての装填が出来る。
恵里、久浦、朝来の三人の間だと、恵里が頭一つ上だ。久浦と朝来は僅差で久浦が上ってところか。
俺たち六人の力関係はこんな感じだ。総合だとやはり恵里が最強で佐祐里さんとラッタがそれを追う感じになる。
そして俺たち佐祐里隊の前線メンバーのもうひとり、藤宮先輩は大人も含めた僚勇会の殆ど誰とやっても十回に八回以上は勝てる。僚勇会最強の戦士だ。
俺たち同じ隊の中だと、先輩の手の内を知り尽くした佐祐里さんだけが唯一四割近く勝てる。
俺はハンデ戦以外だと、一度も勝てたことがねぇ。恵里はニ割近く、他の皆も一割近くは勝ててるってのによ。
ラッタにダメ出ししては見たが、隊の中では一番俺が弱ぇ。対人訓練と妖怪相手の実戦だと勝手が違うし、俺にしかできねぇことだって色々あるが、俺より後輩の久浦たちに負けてんのは正直へこむ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あれ、もう五セット終わったの?」
俺たちが休憩所で休んでいると、隣の訓練室から恵里が出てきた。
「いや、まだ休憩中。あと一本な」
恵里が不思議に思うのも無理はねぇ。今日は訓練は軽めにしたかったんで、五本勝負で頼んだのは俺だが、普通に持久戦を選んじまったもんだから戦いが長引いちまったんだ。いや、普段よりムキになって粘っちまった気もする。正直、ラッタだけでなく俺も疲れた。
「お前は?」
「想良と十セット終わった所よ。ニ回負けちゃった」
スゲェな朝来。恵里からニ本取ったか。
恵里は水筒の茶を飲みながら、観葉樹を挟んだ隣のベンチに座った。
「何でそっち座んだ?」
俺たちのベンチは四人掛けだ。余裕で空いてんのにそっち座んねぇでも。
「いや、だって……」
恵理は訓練用スーツの襟元を掴んだ。スーツは黒いジャージに近い形だ。
「分かるでしょ?」
「いや分かんねぇけど?」
「はぁ~」
ラッタが俺に聞こえよがしに溜息を吐く。
「何だよ?」
「あのなぁ、ハル。女の子には色々有るんだぞ。分かんないか?」
「女の子ぉ?」
俺が顔を見ると、恵理は機嫌良さそうに目元を動かした。
「まさかお前、恵理が運動した後の汗の匂いを気にしてるなんて言うんじゃねぇよな?」
「そのまさか一択だよ!」
ラッタがぐいと身を乗り出す。俺はラッタを押しのけて恵里を指差す。
「いやそれはねぇって……良く見ろ。大して汗かいてねぇじゃねぇか」
多少は汗が流れてるが、俺らほどびっしょりじゃねぇ。お蔭で体のラインがロクに透けやしねぇ。
何故こうなるかと言えば答えは一つだ。
恵理のいた訓練室の扉が再び開き、朝来の頭が出てきた。
床から八十センチ辺りの高さにだ。
続いて空中から床へだらりと伸ばした腕が見えてくる。
指先と床の間は十センチは空いている。更に続けて瑠梨と互角以上だろう胸、そして胴、脚が出てくる。
身体は……地面と平行に宙に浮いている。
これは引力球で背を引っ張り腹を斥力球で押し上げている訳だ。とんだものぐさだ。宙を浮いて出てきた朝来の印象は、一言でいえば……
「ぐったり」
だった。いくら本当にぐったりしてるからって自分で言ったぞこの女。
「あーもしかして、十本とも殆ど一撃で決まったんだろ、お互いに」
「そう」
ようやく俺の発言を理解したラッタがポンと手を打ち合わせた。朝来は恵理の横に軟着陸しながら短く肯定する。
「うん、私がやられた時も瞬殺だったわね」
恵理も頷く。
「球の気配を避けた先に別の球があってそれを避けて……ってのに失敗したのがニ回ね。流石にアレに捕まったらダメ」
恵理は両手を組み合わせて腕を伸ばした。
俺はラッタのスタミナ切れを狙って粘ったから、五本勝負の四本目までだけでも相当に汗を流す羽目になったが、恵理たちは瞬殺合戦だったから十本やっても平気な訳だ。
朝来だけくたばってんのは八回ぶっ倒されたのに加えて、複雑な魔術演算の疲れのせいだ。汗自体はそれほどでもねぇな。
「大丈夫か朝来?」
「もう死ぬ」
「生きろ」
「生きる」
うつ伏せのままくぐもった声で返事が返ってきた。
長文を話さねぇのはいつものことだが、普段より声に力が無い気はする。
「で、恵理はなんで結局そっち座ったんだ?」
「え?あ……それは……」
恵理が言い淀む。
「こっち来て、朝来を休ませてやれよ」
四人掛けのベンチは横になるには少し狭い。恵理が座ってるから、朝来は胸と腕だけベンチに乗せて、膝下を床に着けた状態だ。
「大丈夫。平気」
朝来はうつ伏せのまま片手をサムズアップさせ……ようとして途中で手を下に戻した。いくら疲れてるからって握り拳を途中で解くかよ。
「だから……大して汗かいてないって言っても気になるんだって。言わせるなよ、もう……」
「ち、違うから。えーと、えーと……ホラ!あれよ男同士の……なんか邪魔しちゃいけないし……ねっ?」
恵理はあれこれ手を振り乱しながらラッタの言葉を否定する。
「なんかとか言われてもな。まあいいや。ラッタ。違うってよ」
「……うん、いいやもう。そもそも俺たちが汗臭いだろうしさ……」
「まあ、それもそうか」
タオルで拭いたり制汗スプレーも使ってるが自分たちでも臭うからな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして休んでる間に数分経った。時計を見ると七時半過ぎだ。
九時までに飯を食って帰りてぇし、そろそろ五戦目をやっちまわねぇとな。
俺がラッタに声を掛けようとすると、恵里に話し掛けられた。
「そういえばさ、ハル」
「何だ?」
「ハルは川と雪道どっちに行きたい?」
「『行きたい?』……?来週の作戦の話だよな?」
「うん。あの……良かったらなんだけどさ、私と一緒に川の方に行かない?」
恵里は、まだぐったり中の朝来に水筒の蓋でお茶のニ杯目を渡してやりながら上目がちに尋ねてきた。
「いや、お前……何言ってんだよ」
「え?」
俺は呆れながらも説明してやった。
「いやだから、誰がどっちに行くかは佐祐里さんたちが振り分けるんだぞ。希望も何もねぇよ」
「えっ、そうだっけ?」
恵里は意外そうに目を見開く。やっぱ聞いてなかったなコイツ……。
多分忘れたんじゃねぇだろう。長い説明だと最初から要点しか聞かねぇんだ。
「で、でも一人か二人なら希望が通るかも……」
「……希望も何も何で川が良いんだ?鳩寺が心配か?」
アイツは何故か佐祐里さんの次くらいに俺に懐いてる節が有る。
日本に戻ってきてからはまだ会話もしてねぇが、今日の会議が解散してすれ違う時に笑いかけられたんで軽く手を降ってやったな。
だから俺もついでに鳩寺の所に連れてこうってんなら分かる。
「え、いや……ほら!ハルは子供っぽいから電車好きかと思って」
「なんだそりゃ。大人の鉄道マニアに謝れ。だいたいな、俺の好み……じゃねぇけど好みに合わせてどうすんだよ」
後輩を心配してたのかと思った俺の感心を返せ。
「そもそも多分、俺は雪道のほうだと思うぞ」
「何で?」
「まず鳩寺は前提として、スタミナのねぇラッタや迎撃向きの久浦は川だろ」
「そうかもね」
「だろうな」
俺の横でラッタも頷いた。
川を凍らせてその上を進むトレインを護衛するんなら、久浦は最適だ。ラッタも走り回らずにビーム攻撃に集中すれば戦力として長持ちする。
「佐祐里さんも鳩寺についてやるだろうからこっち。で、川ばっかに戦力を集めてもバランスわりぃから、中央にも戦力を割くだろ」
「うん」
「で、雪道の足場の悪さをフォロー出来る俺や朝来はまず中央だろうな。で、お前と藤宮先輩を両方に分ければちょうど良いんじゃねぇか」
「私はどっち!?」
恵里が身を乗り出してきた。
「い、いやそれは分かんねぇけどよ。強いて言やぁ藤宮先輩はバイクに乗れるから、トレインの護衛の可能性が高ぇんじゃねぇか?」
「じゃあ私はハルと同じ中央ってこと!?」
「だから分かんねぇって。ここまで全部憶測だし、俺がトレインに乗る可能性もゼロじゃねぇぞ」
つっても大きく外れちゃいねぇ筈だ。ウチ以外の隊の構成次第だけどな。
ウチで本当にどっち担当か分かんねぇのは恵里と藤宮先輩くらいで、あとは適材適所で人材を割り振るなら今のが最適だろうぜ。
「片桐」
この場で俺をそう呼ぶのは朝来だけだ。恵里の向こうで顔をようやく上げたみてぇだが、俺からはよく見えねぇ。それに気付いた恵里が立ち上がって俺の眼前の壁に移動して、朝来の顔がやっと見えた。
「なんだ朝来……うわ。横着しやがって……」
顔を上げたと思ったら、顎の下に出した斥力の球で頭を持ち上げてやがる。
「楽」
「朝来は術の使い過ぎで疲れてたんじゃなかったのか?」
ラッタが俺の胸の横に顔を乗り出して尋ねた。
「魔力はまだいっぱいある。出す場所に疲れた」
『場所に疲れる』とは意味不明だが、これは『詰将棋のように場所を考えて次々重力球を出すのに疲れた』って意味だろう。
略し過ぎだ。どこまで横着しやがる。
「で、何だよ朝来」
「私、祥太とじゃない?」
これまた意味不明だが、これは朝来が中央、久浦は川で二人が別々になるだろうって話のことだな。だから略し過ぎだ。
「多分だけどな」
「何で」
「お前の重力球は雪上向きだろうが」
朝来の力なら雪に潜んだ敵を引き摺り出すのも、味方を浮かすのも自由自在だ。
「……俺よりな」
「じゃあ祥汰が来ればいい」
中央にってことな?
略し過ぎだと突っ込むのも面倒くさくなってきた。
「いや、雪の上じゃロクに動けねぇだろ。久浦のタコは……うぎゅあああああ!?」
俺の全身に異様な圧力が掛かる。
朝来の重力球だ。俺の頭と同じサイズのを二十個は食らっちまった。
「な……!」
『何しやがる』と言いたかったが、肺が圧迫されて声が出ねぇ。両手にも球を貰っちまったから指も動かねぇ。辛うじて首が動くんで、朝来の顔は見える。
眉がミリ単位で上がっていて……えっ?怒ってやがんのか?……何でだよ!?どこでキレやがったコイツ!?
俺にはそれを問いただすことも出来ねぇ。手話もスマホも無理だ。意思を伝える手段がねぇ。情けねぇが俺は救いを求めて恵里を見た。
恵里はいつの間にか俺と朝来の間に割って入ってきていた。観葉樹の横で屈んで剣を担いでいる。今の攻撃を感知して飛び込んだのか?俺は全く反応出来なかったのによ……。いや、そこまでしといて何で防いでくれなかった?
何しに来たんだコイツ!何で剣抜いた!
恵里は立ち上がりつつ剣を納めた。
納めんな。重力属性を付与して球を斬れ。
「ハル……今のは酷いわよ……」
俺を見つめる恵里の目からは、哀れみと呆れ、そしてそこはかとねぇ蔑みの色が見て取れた。何でだよ!?俺がお前を蔑みてぇわ!
「許さん」
朝来もすっくと立ち上がる。拘束した俺に向けて手をかざして来る。
おいよせ。これ以上、球を追加されたらガチで死ぬぞ!
「待った待った!何を怒ってるんだよ。朝来?」
俺の後ろで呆然としてたらしいラッタも流石に立ち上がったみてぇだ。
お前だけが頼みだ!
ラッタは俺の背中の上側の球を掴んでくれた。朝来の球は力を使えば使うほど小さくなって力を失う。難しい解呪の術が使えなくても暴れて魔力をぶつければ消せる。良いぞ。せめて喋れるようにしてくれ。
「片桐は酷い」
「何がだよ?」
そうだ!何がだよ?
「祥汰はタコじゃない」
「そうよ。ねぇ?」
……アホ二人はそんなことをほざきやがった。
俺は頭上のラッタと顔を見合わせる。ラッタは肩をすくめる。俺もよっぽどそうしたかったがまだ無理だった。
「いや違うだろ!」
「違わない……永友も酷い?」
朝来の殺気がラッタに向く。おいラッタ!早く補足しろ!駄目だこの女!
俺が目線で訴えるとラッタも慌てて補足した。
「あのな!久浦の出すデモンズ……デーモン……なんだっけ?とにかくアレ!」
「デモンズ・デザイア?」
朝来が首を傾げる。
「そう、それ!……あれの姿タコみたいじゃん!ハルはその話してたの!」
そうだ、それが言いたかった!
だが朝来は無言で首をゆっくりと大きく横に振った。
何でだよ。
「……あれはイカ」
「そこかよ」
「え、イソギンチャクかと思ってた」
恵里がさも意外そうに言う。
「いや吸盤のあるイソギンチャクとかいないだろ。多分。『デモン』だしタコだろ?」
「何で?」
「ほらタコってデビルズフィッシュって言うだろ?」
「へー」
ラッタまで巻き込んでしょうのない議論が始まりやがった。
「違う。イカ」
朝来が強く主張した。
「何でイカ?」
「タコの足はあんなに何十本もたくさん無い……!」
イカにだってねぇよ!!
いや、そりゃ深海生物とか新種がどんどん出るから本当の所は知らねぇけど。
……んな来たぁどうでもいい!術を!解け!
頼みの綱と思われたラッタの野郎も呑気にアホ議論に参加してやがる。重力球に突っ込んだ手も動きを止めちまって役に立たねぇ。これじゃ綱じゃなくてタコ糸以下だぜ。いや、その手重力で圧迫されて重くねぇのか?
そこへ。
<Joker!/ウェーブ!>
電子音と共に、俺の背中を中心に黒い波動が降り注いだ。
波動を浴びた重力球が縮んでいく。
「はぁっ!……ゲホッゲホッ……」
俺は軽くなった肺で思いっきり息を吸い込んでむせた。
「朝来!アホな誤解解けたんならコレを早く解きやがれ!!……うぇっ」
まだ床から動けねぇ俺は怒鳴りつけながら呼吸を整え、半分近く残っている球を数センチ持ち上げて床に叩きつけた。いや、振り払おうとしてダメだったってのが正確なところだった。
「あ、ゴメン。ハル……忘れてたわ」
「ゴメン……」
途中から俺を放置していやがったラッタと恵里がバツが悪そうに頭を下げる。
本気で忘れてやがったのかよ。悪意があったほうがマシだったぜ……。
「おい、朝来」
「ごめんなさい」
朝来はようやく頭を下げた。同時に俺にくっついた球に別の玉をぶつけて効果を相殺した。やっと軽くなったぜ畜生。それより……。
「どうして喧嘩してるんですか?」
俺の負荷を軽減して喋れるようにしてくれたのはもちろん佐祐里さんだった。
「違います!俺がコイツラに虐められてたんですよ…」
俺はアホニ人と白状野郎を、まだ重さの残る手で雑に指差した。
「お前が想良を虐めてたんだろう?」
佐祐里さんの後ろから久浦が出てきた。
「違ぇっての」
「えー。『コイツラ』って俺も共犯かよ」
ラッタがぼやくが、俺が軽く睨んでやると目を逸らして黙った。
「結局、どうしたんですか?」
「来週の話をしてたんですよ。久浦は川の方で、朝来は雪道だろうって」
俺は世にもアホな経緯を説明した。
「……もう、ダメですよ想良ちゃん」
「ごめんなさい」
朝来が佐祐里さんにも謝った。
「悪かったな片桐」
久浦も俺に頭を下げてきた。
「止めろ気持ち悪い。お前が謝らねぇでいいよ……それより恵里」
「えっと……何?」
恵里はおっかなびっくりと言った風で返事をした。
「さっきは割って入って来といて何で防いでくれなかったんだよ?」
頼るようで情けねぇが、それはそれとして流石に文句の一つも言いてぇ。
「ああアレ?反射的に動いたけど、想良には人を殺せないのを思い出したから、お仕置きくらい良いか、って思い直して素通ししたのよ」
「通すな」
「だって……ハルが悪いと思ってたんだもん。その時は……」
恵里は指をもじもじと胸の前で合わせている。とてもコンマ秒以下の時間で色々複雑な判断した奴には見えねぇ仕草だ。まあ、アホな判断だったんだが。
「それで、会長!結局俺達の配置はどうなるんですか?」
ラッタが聞いた。
「そうですね。多分、片桐くんの推測通りになるとは思いますよ。希望があれば考慮はしたいですが……出来れば想良ちゃんには中央をお願いしたいですね…」
先輩は申し訳なさそうに話す。
「そう……」
「想良、片桐たちのフォローをしてやってくれ」
「分かった」
不満そうだった朝来は、久浦の言葉に一転して頷いた。
何だかな……ま、良いけどよ。
俺が溜息を付いていると、三つ目の訓練部屋から藤宮先輩と桐葉さん、幸川の兄ちゃんの三人が出てきた。
五本勝負が終わってから、と思ってたがちょうど良いか?
俺が色々尋ねたいと思っていた相手がこの場に全員揃った。
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