4-8「作戦会議」

 土曜日の昼。

 俺たち僚勇会メンバーは作戦会議の為に公民館に集まっていた。

 ここは昔廃校になった中学を再利用していて、体育館部分を僚勇会が時々借りている。風科地下の本拠地は結界装置や訓練所に空間を割いちまってるから、数百人規模で余裕を持って集まれる場所がねぇからだ。

 普段は僚勇会に関係ねぇ一般人も出入りするから、事前に盗聴対策とかの手間は掛かるが、この規模の集会は年に数回だからそこは妥協の範囲らしい。


 体育館の中にはパイプ椅子数脚ごとに長テーブルが一つ置かれていて、500人ほどが来た順に前から詰めて座っていて割と窮屈だ。

 俺の周りは顔見知り程度の大人ばかりで、親しい知り合いは桐葉さんが三つ前の方に見えるのが一番近くで、ラッタや恵里とはもっと離れちまっている。


 今日の人数はかなり多い。風科の総人口が3000だから6人に1人が来ていることになる。

 ちなみに僚勇会の「関係者」は1200人でその中の700人が「正会員」だ。

 正会員以外の関係者ってのは、正会員の家族か、僚勇会からあまり金を貰っていないボランティアとかのことだ。勿論、妖怪や魔術のことは知っている。

 そして正会員の中の実戦部隊の隊員が約200人ってところだ。

 結構な大所帯に見えるだろうが、みんな表の仕事との兼業が殆どだから正会員と言ってもパートやアルバイトばかりだ。

 それを考慮すると、組織の規模としては100人(がフルタイムで働く組織と同じ)程度とも言われているらしいな。

 今日は、俺たち戦闘員は防衛当番以外は殆ど全員参加で、残りも正会員の半数以上が出席している。


 こんな規模の集会は……半年ぶりか。でも皆落ち着いたもんで、談笑したり弁当を食ったりしてる。事前に今日の話の大体は聞かされてるせいだろうな。会議と言っても手短な話の後に質疑応答があるだけだから、実際は発表会に近い。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 古いスピーカーから開会アナウンスが入り、篠森のおっさんと数名が壇上に登ってきた。

 会長の姿もあった。いや、篠森のおっさんも僚勇会会長だからややこしいな。

 照れくさいが佐祐里さんは佐祐里さんと呼んどこう。本人にも名前で呼べって言われてるし良い機会かも知れねぇ。


 全員で挨拶と礼をしてから、おっさんが開会の挨拶をする。


「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。特に今週は不測の事態が続きご多忙の中、ご出席頂いたこと感謝に堪えません」


 俺たちにとっておっさんは上司に当たる訳だが、戦闘の指揮を取るとき以外はこんな風に敬語で話す。


「異変については未だ不明点も多く継続調査中ですが、今日はこの件と関連した設備計画のお話となります。続きは発案者である佐祐里くんにお願いしましょう。皆さんも若い女の子の話のほうが良いでしょう?」


 軽く笑いが起きる。おっさんが話を切り上げると、入れ替わりで佐祐里さんが壇上に立って話しだした。


「……既にシフト調整などを打診していますので、あらましはご存知の方も多いと思いますが、具体的な話をさせて頂きます。我々はちょうど一週間後、来週の土日を使って『砦』を再建します!」


 会場が少しざわめいた。

 森の中の施設については前も少し話したな。木に偽装された、食料や武器の貯蔵庫兼ランドマークの「ツリー」や、妖怪避けの結界が施された休憩所の「山小屋」なんかのことだ。

 砦はその山小屋の倍以上の大きさで、設備も武装を中心に大幅に強化されている。

 交代で中に人が常駐して妖怪を監視し続ける為のもんだ。単なるデカい山小屋というよりは、ちょっとした要塞だな。


 砦は瘴気レベル3のエリアに三つ、同じく4に一つ、あとは森の入口に簡易量産型が複数あったんだが、森の奥の四つは去年全部ぶっ壊れてそのままだ。今は辛うじて入口のだけが稼働している。

 壊れてすぐに再建用の資材だとかの手配はしたんだが、時期が悪かった。資材が揃うより先に雪が積もっちまったんだ。


「ご存知の通り、砦の再建は本来なら雪解けの始まる三月後半から行う予定でしたが……そこへ今回の一連の事件が起きてしまいました。原因を探る為にも調査拠点となる砦の設置が急がれる、以前から用意していた再建計画を前倒しで進めることにしました」


 森の奥の雪は、深いところで数メートルにもなる。人が進むだけなら何とかなるが、資材を運んでいくとなると途轍もねぇ重労働だ。今の時期は除雪してもすぐにまた積もるし、完全に解けて無くなるのはいつも五月後半と来てる。


「来週はまずレベル3に砦を敷設します。ここを拠点として調査を進めつつ、二月中にはレベル4にも砦を再建するのが目標となります」


 いきなりレベル4で作業をするのは厳しい。高い瘴気の中で活動できる人間が少ねぇからだ。防護服や薬で凌ぐにも限度がある。瘴気の薄い場所の山小屋か砦で交代で休息しながら作業するのが基本だ。

 舞台上のスクリーンに森の略地図が投射される。森の入口からデカい矢印が二つ出ている。


「作戦の大きな流れとしては、まず二つの連隊を組み、片方は境川を遡上して資材と食料だけを運び、残る片方は最小限の装備だけを持って徒歩で敷設地点に向かってもらいます」


 再びどよめきが起こった。

 無理もねぇ。川の上で荷物を運ぶのは厳しいんだ。


 境川ってのは風科の東にある大河で、森の奥から風科の南東へと流れている。隣の村井地区との境界で妖怪を阻む結界でもある。

 冬の間は凍っているから上を歩けねぇことはねぇんだが、場所によって厚さがずいぶん違う。厚さが二メートルを超える所もあれば、数センチの部分もある。

 あちこちに警告の看板を出したりパトロールも出てるんだが、氷の上で遊んで川に落ちるアホな余所者が毎年必ず出やがる。死者も珍しくねぇ。迷惑な話だ。

 地元の俺たちなら安全な部分も分かるが、それでも荷物を抱えて大勢で長距離を行くのは無謀だ。


 かと言って船も危ねえ。

 妖怪は結界を越えて向こう岸には行けねぇだけで、川の中は移動出来る。下流に下るほど結界と流水で浄化されて弱体化するんだが、今回の目的地のレベル3付近だと普通に強いままだ。

 妖怪が凍ってるか厚い氷の下にいる間は安全だが、知らずに氷を砕いて起こしちまうと危険がある。氷の下の妖怪は探知しにくいし、砕氷船は速度も出ねぇ。船を使うんなら夏のほうがまだマシなくらいだ。

 この辺のことは皆が承知のことだ。当然佐祐里さんもな。


「何かご質問のある方は?」


 質疑応答はまだ後だった筈だが、会場の空気を察してか前倒しするらしい。

 ……と言うよりこうなるのは想定済みだったのか、早く聞いてくれって顔に見える。二十人ほどが挙手した中から、佐祐里さんは一人を指した。


「では桐葉さん。どうぞ」


 指名された桐葉さんが、スタッフにマイクを渡されて気怠げに尋ねた。


「あー……どうやってこの時期に川の上で荷物を運ぶ気だ?」

「ご質問ありがとうございます!……確かに、氷の厚さは一定ではなく、かと言って迂闊に砕くのも危険です。皆さんもご承知のことかと思われます。ですが今回は……逆に凍らせます!」


 凍らせる?どういうことだ?

 ……発言の意味自体は分かる。氷を厚くすればソリとかで荷物の輸送は出来るだろうな。雪上を運ぶより相当楽な筈だ。でも元々半分凍っているとは言え、より深く凍らせるとなると、アホみてぇに大量の魔力が必要な筈だ。

 一体どうやって……いや、めっちゃ心当たりがあった。


「……どうせ皆聞きたいことは同じだろうから、このまま私が聞くぞ?」

「どうぞ!」

「凍らせる手段は?」

「それはっ!!!」


 佐祐里さんが大げさな動作で指をビシっと前に突き出すと会場が暗くなった。

 次の瞬間、パパパン!と景気の良い音と共に、無数のスポットライトが桐葉さんの斜め後ろを集中して照らした。


「えっ?」


 照らし出されたのは……鳩寺だ。俺の視界の範囲にいたのか。大人の影に隠れて後ろ姿じゃ分からなかったぜ。突然のことに硬直してやがる。


「彼こそが!今回の作戦の要!パンドラの箱の底の希望!人呼んでイノセントアイス!人類最強の氷使い!鳩寺望くんです!!!」


 鳩寺がパクパクと口を開きながら周りを見渡している。

 流石に紹介すること自体は前もって話していたと思いてぇが、あの様子じゃこんなド派手な演出をされるとは聞かされてなかったんだろうな。

 大体、人呼んでも何もイノセントアイスなどと呼ぶのは佐祐里さんだけだろうに。


「さあ!望くん、壇上へどうぞ!皆さん!盛大な拍手をお願い致します!」


 最初は躊躇いがちに、やがて割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 アイツの事情と潜在能力の高さは公然の秘密って奴で、皆が歓迎するのも当然っちゃ当然だ。肝心の本人はめっちゃ戸惑ってるが……。


「いやお前……人類最強は言い過ぎだろ……」


 歓声に紛れて桐葉さんの呆れ声が微かに聞こえた。うん。アレは流石に「親バカ」が過ぎるよな……。

 桐葉さんはぐったりと肩を落とすと、しぶしぶ後ろへ向かって行き、鳩寺の手を引いて壇上へと連れ出した。鳩寺は放心状態なのかふらふらと引っ張られて付いて行った。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 桐葉さんに連れられて鳩寺が壇上に上がる。

 俺はパイプ椅子が前に十列ばかし並んだ真ん中辺から見てるんだが、ここからでさえ緊張してんのが分かる。佐祐里さんが後ろから何事か励ましてるようだが、あの様子だと鳩寺の耳に届いているんだが怪しいもんだ。


「では望くん、どうぞ!」


 佐祐里さんがマイクを渡した。

 鳩寺は露骨にカタカタ震えながらもマイクを両手でしっかりと受け取った。

 目線の先はこの体育館の上の方だ。俺たち聴衆を見てねぇ。

 良くねぇ傾向だが、それで喋れるんなら良しとするしかねぇな。


 鳩寺が口を開いた。


「あっああ……ぼく……僕は……鳩……です」


 違え。お前は人間だ。


「鳩寺……望……です」


 よし。よく言えたぞ。お前は人間だ。


 俺は無意識に小さくガッツポーズを取っていた。よく見ると壇上の佐祐里さんと動きがシンクロしていた。ついでに席に戻る途中の桐葉さんともだ。


 気持ちは分かる。

 ニヶ月前のアイツなら……多分席を立つなり逃げるか気絶してただろうしな。

 俺が半年前に鳩寺と出会ってから一緒にいた時間は、合計でも二十四時間にも満たねぇと思う。アイツがイギリスに行ってる間は、たまにメールやSNSでやり取りする程度で付き合いは薄い方だ。

 そんな俺にさえも格段な進歩だと分かる。

 この上、実力も大幅アップしたらしいから大した野郎だ。にしてもなぁ……。


 鳩寺はガチガチに固まり、しどろもどろになりながらも用意してきたらしい挨拶を空で話している。

 さっきからのド派手な演出は佐祐里さんの指示で間違いねぇ。

 意図は分かる。やたらと自虐的な鳩寺に自信をつけさせてやりてぇんだろう?でもこれは荒療治が過ぎる。

 事前に聞いてたら絶対止めたんだが、俺はこの会議の話さえ昨夜聞いたばかりだった。俺が今日は元から元々出勤予定だったからだろう。

 

 周りの皆は俺と同じで元々シフトが入ってた奴を除けば、水曜くらいにシフトの調整を頼まれたか、休みだが話だけ聞きに来ているかのどっちかだった。

 今日は副隊長以上以外は出席を強制されねぇ代わりに、元々シフト外の隊員は殆ど出勤手当も出ないことになっている。

 それでも防衛任務や本業で動けない以外の殆どの隊員が出席しているみてぇだ。

 まあ、無理もねぇ。このタイミングでの会議が、今週続いた異常事態と無関係な訳はねぇからな。

 俺たちは風科の住人だ。町に危険が迫ってれば、シフトだの休出手当だの言ってられねぇ。異常事態の調査の為にも砦を立て直すってんなら良い話だ。



 それににしても鳩寺の力で川を凍らせる?いくらアイツの力が強いっつっても出来るのか?

 ……という俺の考えはどうやらお見通しだったらしい。

 挨拶を終えた鳩寺を壇上の端に座らせると、佐祐里さんは、鳩寺の力をお披露目すると言い出した。え、ここでか?


「勿論、この体育館で力を使ってもらう訳ではありません。あまりに!狭過ぎますからね! これからお見せするのは、彼のイギリスはクロスロード大学での修行中の記録映像です!」


 鳩寺が口を小さくだがはっきりと『えっ』の形に動かした。

 また鳩寺に相談無しかよ……。普通の奴ならドッキリで済むけどよ……大丈夫か?

 俺の心配を他所にプロジェクターが動画を映し出し始めた。




 ―映像の鳩寺が川に手を突っ込む。カメラが後ろに引いて川の全体像が見えてくる。

 画面上に現れた枠と数字によると、川幅は四十メートル。境川は広い所で幅五十メートルくらいだった筈だからかなり近い大きさだ。その川が鳩寺の所から上流に向かってあっという間に凍りついていく。


 ……マジかよ!

 今の一発で数キロ先まで凍ったみてぇだ。

 しかも鳩寺は肩で息をしちゃいるが、まだ余力があるように見える。実際は境川のほうがデカいとはいえ、こっちは既に半分凍っていることを考えれば、今回の作戦を果たすには充分だろう。

 アピールとしてはこれだけで充分そうなもんだが、動画が切り替わった。


 今度は屋内だ。水を張った洗面器みてぇなのに鳩寺が手を入れている。

 そこに横からピンポン玉が投げ込まれる。

 何の意図かと不思議に思いながらも見守っていると、洗面器から飛び出した何かが玉を弾いて水面に戻った。

 弾いた玉を更に別の何かが弾く。それが数回繰り返されたあと、映像が巻き戻りスローで再開する。

 水面から飛び出していた何かは、氷柱だった。つまり水を一瞬だけ凍らせて玉を弾いたってことだ。


 映像が次々に切り替わる。

 鳩寺が氷で精巧な幾何学立体や造花、人形を作る所や、戦闘訓練の様子が映し出された。

 同年代の殆どは相手にならず、高校生や大学生、更には大人とまで良い勝負をしている。大抵の相手には技量で上回られたとしても力押しで勝てちまうみてぇだ。

 ちゃんと格闘の技量も上がっているのは確かだが、アイツの強みは圧倒的な魔力のほうだ。


 鳩寺に負けた奴の中には確実に俺より強いのも何人もいた。

 ……俺、今あいつと戦ったら瞬殺されんじゃねぇか?

 実際はカットされただけで鳩寺が負けた映像も勿論あんだろうが、勝ちパターンだけでもアイツの実力の高さは充分分かった。嫌というほどな。


 ―映像が終わった。


 時計を見る限りでは十五分程の映像だったことになるが、全然気付かなかった。

 周りも似たような雰囲気だ。そんだけ見入ってたってことだ。鳩寺の能力を疑う奴はもういねぇだろう。

 それは良いんだが、肝心の鳩寺は顔を覆って俯いていた。恥ずかしがってる感じに見える。例えるなら、昔書いたポエムノートでも朗読されたみてぇな反応だ。

 泣いてはいねぇ、と思う。……だったら良いんだが。

 会長は気が付いているのかねぇのか、立ち上がって腕に力を込め鳩寺を讃えだした。


「作戦の中核となる彼の力については、今ご覧頂きました通りです!正に風科の新たな希望!」


 先輩が振り上げた腕と目配せ(と恐らくは複数のサクラ)に合わせて、一斉に拍手が巻き起こった。俺も参加しとく。

 力の暴走でぶっ殺されかけたこともあった身からすると、ここまでの成長は素直に感心するしかねぇ。ただ肝心の拍手を浴びる本人がどんどん俯いてくのは大丈夫なんだろうか。



 拍手が落ち着くと画面に「作戦要項」の文字が出た。


「次に改めて作戦要綱をお話し致します。委細は後ほどに各隊ごとに伝達されますので、今は前の画面をご覧下さい」


 再び地図が表示され、その上に大きな二本の矢印が重なった。


「先程も申し上げた通り、今回は三大隊から選出したメンバーを二つの連隊に分けます。凍らせた川の上を『トレイン』で移動するトレイン連隊と、徒歩で中央を登る徒歩連隊です」


 僚勇会で常設されてる「隊」は六人前後の小隊と、それが集まった三大隊だけだ。

 そこから必要に応じて、小隊を割った「班」やくっつけた「中隊」を作ることがある。今回の連隊ってのは、三大隊から抜き出した小隊を混ぜて再編する大規模作戦時の、集団行動用の部隊単位だ。

 自衛隊やら外国の軍隊とは、言葉の定義が違うからそっちは一旦忘れてくれ。


 そしてトレインってのは列車型の運搬車両だ。

 大きさは本物の列車、在来線の半分くらいで車両を何両も繋げて使うのも同じだな。列車と同じように専用の線路の上を走ることも出来る。夏場は森の中央に通った線路の上を走らせて荷物や人員を運ぶのに使っている。

 今回は雪に埋もれてるから線路は使えねぇ。そもそも去年盛大にぶっ壊れた所を直し切ってねぇから、例え雪がなくてもダメだけどな。


 トレインのタイヤの部分は陸上用や水上用、そして氷上用に換装出来る。

 換装作業は今まで手動だったから、何十両もやると手間だったが、今回はあのガイアの奴を作ったクレーバーン博士に依頼して機械で自動換装できるようにして貰ったそうだ。

 会長は特に説明しなかったが、流石にあの博士でも今週依頼されてすぐ作ったってことはねぇだろう。これも前からの準備のうちか。


「トレイン連隊は夜明け前から行動を開始し、氷の厚さや望くんのコンディションを見ながら、正午までにレベル3の支流の端まで氷上を移動します。川の端に到着したら、荷物をソリに載せて五十メートル西の砦建設地点へ移動させます。十三時頃の到着が目標です」


 川の近くに砦を作れば、資材を遠くまで運ぶ手間が省けそうなもんだが、あいにくそう都合良くはいかねぇ。

 砦の周りには結界が必須で、結界を敷くには地理的な条件が決まっている。

 戦略面も考えると立地の選択肢は更に狭まる。

 川から五十メートルで済んで良かったほうだ。


「徒歩連隊は、常勤の方は事前にルート上の除雪とクリアリングを行い、当日は正午の到着を目指し、トレイン連隊の到着と同時に荷降ろしが出来るように急速と待機をお願いします。一日目は夕方までに資材を整理してから、耐魔力の低い人は宿泊地へ、高い人はその場のテントで休息となります」


 ……そして二日目に再集合して砦を組み立てて稼働させ、砦に十数名を残して帰還する……という流れを説明した所で、佐祐里さんの話が終わった。

 続いて副司令の衛守の爺さんが両連隊に配置される小隊の名前を読み上げていった。

 基本は小隊単位で振り分けられるが、俺たち佐祐里隊みたいな特殊能力持ちは個人単位で振り分けられるらしい。


「この後ニ時半より本部にて隊長・副隊長級による隊長会議を行いますので、この場は解散となります。それでは残り一週間と短い期間ではありますが、皆さん各々公私共に準備の程をお願い致します」


 壇上の皆と会場の俺たちが立ち上がって礼をし、全体会議は終了した。


 色々気になることはあるが、砦を再建しちまうに越したことはねぇ。俺も準備しとかねぇとな。使ってた椅子を片付けながら、決意を新たにする俺だったが、日程を聞いた時からずっと気になってることがあった。

 来週の土曜日。それは……瑠梨の誕生日だった。


 佐祐里さんが瑠梨の誕生日を忘れる筈はねぇ。例え自分のを忘れてもだ。

 毎年、瑠梨の誕生日は当日に社務所や良い店を借りてそこそこ盛大にやっていたみてぇだが……今年はどうすんだ?

 流石に質疑応答で聞くわけにも行かねぇんで、もやもやとしていた。

 他に作戦に都合の良い日が無かったんだろうから仕方ねぇけど、瑠梨の奴が落ち込むかも知れねぇ。アイツはそんな素振りは見せねぇだろうけどな。


 いや、それはまだ良い。それより佐祐里先輩だ。

 日程を決めるのにも関わった筈だから、自分で瑠梨の誕生会をずらす決断をしたってことだ。

 ……罪悪感で死なねぇよな?

 俺は割とマジに心配になった。

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