4-10「強化方針」
先輩たちはベンチに腰を下ろしてスポーツドリンクを呷った。
それを見る佐祐里さんは呆れ顔だ。
「涼平ったら、桐葉さんたち相手に一対二なんて……訓練でも死にますよ?」
「佐祐里ちゃん、それ五分に持ち込まれた俺たちの立場が無いから」
幸川の兄ちゃんが苦笑する。
「私もヨッシーもサシで二・三割はコイツに勝てんのにな」
「そうだよね。俺たちの連携がまだイマイチってことかな」
藤宮先輩の力を10、桐葉さんたちをそれぞれ3として、ニ人が力を合わせたら6かって言うと必ずしもそうはならねぇ。
例えば桐葉さんの両手で先輩の両手を塞いでる間に、兄ちゃんが両手で先輩を攻撃するって感じで、連携が上手ければ3+3を10にすることも出来る。それが上手くいってねぇってことだ。
「ウチはタッグ戦とかあんまやらねぇから、つったら言い訳になるか……よしもう一戦やるぞ」
「お願いします」
「ええ……!?俺、朝から仕事なんだけど」
先輩が頭を下げ、兄ちゃんが絶望的な表情を見せた。
「薄情野郎め……私とサシでも良いか?」
「はい」
「ダーメーでーすっ!」
佐祐里さんが、二人の間に割って入って人差し指を立てた。
「なんだよ。今日はまだ一時間半はあんぞ?」
桐葉さんは時計を指して反論する。訓練室が閉まるのは九時だから時間は確かにあるんだが、佐祐里さんが怒っているのはそこでは無かったようだ。
「オーバーワークは身体に毒です!」
「た、確かに少し疲れちゃいるけどよ……まだ行けるって」
「桐葉さんが良くても、施設も痛むんですからね」
魔術師同士の肉弾戦は凄まじい衝撃が起こる。
特に高ランク同士ともなれば、戦車がぶつかり合うような規模だ。
衝撃を抑制する装置があるとはいえ、装置にも魔力を使うし、使い過ぎるとオーバーヒートしちまう。十戦やったら最低二十分は休ませたいところだ。
気圧された桐葉さんが体を後ろに下げる。
桐葉さんの顔があった位置に佐祐里さんが顔を突き出していく。
「とにかく、今日はもう休んで下さい。今日だけで十本勝負がこれで三回目、それと別に五本勝負を二回やったのは知ってるんですよ」
「そんなやってたのかよ!」
そりゃ佐祐里さんも止めるわ!
「分かった……分かったよ!」
桐葉さんは這々の体だ。顔だけを更に後ろに引いて、佐祐里さんも更に顔を寄せている。うっかり転んだらキスしちまう距離だ。
「涼平もですよ。十本を三回に、五本を六回って……!」
佐祐里さんは首だけで藤宮先輩のほうを向いた。
幸い、俺の位置からその表情は見えなかった。見えてたら泣いたかも知れねぇくらい怖ぇ雰囲気だ。桐葉さんの時点でやべぇのにそれ以上だもんな。そりゃキレる。
そんなオーラに当てられた藤宮先輩は。
「まだやれる」
と言ってのけた。銃を突きつけてくる相手に反抗的な態度を取るみてぇもんだぞオイ!佐祐里さんは先輩の前に移動し、両肩に手を置いた。
「ダ・メ・で・す」
「だが……」
まだ言うのかよこの人!?当事者じゃねぇ俺ですらうっかり謝りそうになるくらい怖ぇのに。
佐祐里さんはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
「整備班の身にもなって下さい。これ以上貴方のパワーで暴れられたら泣いちゃいますよ?」
「……分かった」
藤宮先輩は仕方無さそうに頷いた。
実際のところは、訓練室は自己修復するから故意に床や壁を狙わねぇ限りそんなに毎日メンテはいらねぇし、先輩の武器も簡単には痛まねぇ。
佐祐里さんが言ったのは八割型、藤宮先輩を休ませるための口実だ。
先輩もそれは分かってて受け入れたんだろう。
……単にしつこく怒られるのを嫌っただけって説は俺の胸の中にしまっておく。
先輩たちの話が終わると、久浦と朝来が挨拶して一足先に帰っていった。
二人がいなくなると、ラッタに肩を叩かれた。
「ハル、俺たちももう一戦やって帰るか?」
「あー、ちょっと待ってくれるか?」
俺は先輩たちの方に目をやった。
そこまで大した話をしたい訳じゃねぇんだけど、ラッタはともかく……。
「何の話してんの?」
「恵里……いや」
あんまりこの話を聞かせたくねぇ奴が近付いてきた。さっきまで朝来と話していたから今は手持ち無沙汰みてぇだ。
俺が困っていると、ラッタが小声で話しかけてきた。
(ハル。俺たち、いないほうが良いか?)
(出来れば、な)
(よっしゃ任せろ)
「恵里、ちょっと十分くらい上に行こうぜ」
「上に?」
「メロンソーダ買ってきくれってさ」
「え?そこに売ってるわよ?」
恵里は正面の自販機を指差す。確かにメロンソーダがあった。
ラッタの奴、よく見ねぇで適当に口実を考えたな?めっちゃ目立つ位置にあるじゃねーか!
「えっと、間違えた。あー……ウーロンソーダだった!」
「それもあるけど?」
恵里は隣の自販機を指差す。本当にあった。
よく見ろよラッタ!
……いや何でそんなのがある?訓練室だぞココ。運動した後に炭酸飲みたがる奴がそんなにいるのかよ?
ウチと業者との癒着を疑っていると、ラッタが次の口実を考えだした。
「決めた!黒蜜抹茶ソーダだ!……ハルが飲みたいんだってさ」
何だそれは!そしてソーダから離れろ!
つぅか『決めた』じゃねぇよ。コレで騙される奴は……。
「分かった!買ってきてあげるわねハル!」
……恵里しかいねぇよ。
恵里はエレベーターへ駆け出していった。
「よし、じゃあ行ってくるぜ」
「ラッタお前……」
恵里に話を聞かれたくねぇ気持ちを察してくれたのは良いけど、色々雑すぎるぞ。
「言うなよ……」
「ほら、来るわよラッター!」
ラッタは自分の出任せに後悔しながら、恵里に呼ばれてトボトボ歩いていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で、ハル。誰に話なんだよ?」
「分かっちまったか」
「あんなに私らをチラチラ見てたら気付くわ」
桐葉さんは顔だけをこっちに向けた。体はベンチに寄りかかって両腕を上へ伸ばしている。
話は二つある。
恵里が戻ってくる前にアイツに聞かれたくないほうから聞くべきなんだろうが……先にもっと気になるほうから聞いとくか。
「会長」
「私ですか。何でしょう」
佐祐里さんは俺の質問を予想していたのか意外そうな様子は無かった。
「あの、来週の土曜日って……」
「瑠梨ちゃんの誕生日、ですね」
そう、この人は自分の誕生日は忘れても瑠梨のを忘れるわけがねぇんだ。
笑顔が暗い。
「仕方なかったんです。大勢を動かせるのは土日くらいですし、天候的にも来週後半は冷え込むようですから条件も良かったんです」
俯き気味に喋る言葉は自分に言い聞かせてるみてぇだった。
ちなみに、わざわざ冷え込む時を狙って森に入るのは雪崩を警戒してのことだ。
暖かい時のほうが雪が溶けやすくて危ねぇからな。
「にしても……急過ぎません?」
月曜のバケグモ事件と水曜の姑獲蝶事件を受けて準備したにしちゃあ、立案やシフト調整の手際が良過ぎるし、実行までの猶予も短過ぎる。
「元々、鳩寺くんの力を借りての砦再建計画自体は用意していたんですよ。雪解けを待ってはいられませんでしたからね。予行演習もしておきたかったので、本当なら、二月の前半くらいにするつもりだったんですが……」
「今週の騒動を受けて早めたってことですか?」
「ええ、ギリギリの調整でした。平日は厳しいですし、最短だと来週の土日にするしかなかったんです」
兼業者も多い僚勇会で大規模な動員をするには準備が要る。泊まり掛けの作戦ともなると、日程の選択肢はほとんどねぇ。
今の異常事態の調査を急ぐには、少しでも早い拠点の建設が必要なのは分かってんだけどな。
「瑠梨ちゃんには水曜のうちに全部お話しました。勿論責められはしませんでしたが、流石に残念そうでしたね……」
佐祐里さんは天井を見つめながらフフフと自嘲気味に笑った。
「し、仕方無いでしょう。先輩……」
「フフ、しにそうです」
「あー……誕生日会ですけど、代わりに再来週のどっかでやります?」
前倒しで来週中にやる訳にもいかねぇ。みんな作戦の準備があるし、肝心の瑠梨本人が相当忙しい。資材や装備の禊がある筈だ。
遅くなっちまうが、作戦が終わってからにすんのが妥当だろう。
「ええ、取り敢えず日程だけでも早めに決めておきましょうか」
先輩はそれでようやく一呼吸ついて微笑んだ。
人命も関わる僚勇会の仕事が優先なのは仕方ねぇとは言え、瑠梨の誕生会の予定を自分で潰しちまった訳だから、相当参ってたんだろうな。
「それで、お話は他にもあるんですよね?」
「……はい。分かりますか」
「それはそうですよ。今のお話は恵里ちゃんに聞かれても良い筈ですよね。少なくとも片桐くんにとっては」
「俺にとっては?」
「貴方は『そういう気』だけは回らないでしょうしね」
「え?何で軽くディスられたんすか?」
なんだ『そういう気』って?
なんで溜息吐きながら首を横に振るんですか?
瑠梨の誕生日の話を恵里の前で話しちゃダメな可能性がどこにあるんだ?
どうせ恵里も来るってのに。訳が分からねぇ。
……まあ良いや。それより本命の質問を聞いちまおう。
「あの……これは藤宮先輩たちにも聞きたいんすけど」
「何だ」
「こんなことを言うと怒られそうですけど……」
「何だ?」
「何つったら良いんすかね……」
「良いから思いついたまま言えよ、じれってえな」
俺が言い淀んでいると桐葉さんが急かしてきた。
「じゃあ、言いますけど……短期間で大幅に強くなるにはどうしたら良いですかね」
…………空気が凍った様に感じた。
四人とも軽く目を見開いて黙っている。そりゃこんなムシのいいことを言ったら怒るか。
俺だって毎日鍛えてるし、こうして戦闘訓練もしてる。仲間の力も頼る時は頼る。
それでも今週の事件の時みてぇに、どうしても俺個人の力が強くなきゃならねぇことだって有る筈だ。
「そうですね……強いて言えば戦法を変えるか」
と佐祐里さんが口を開く。
「使う武器を変えるか」
藤宮先輩が続く。
「チームの話になるけど仲間を増やすとか……」
幸川の兄ちゃん。
「修行の内容と量を見直すか……ってところだな」
桐葉さん。
「……あれ?」
アドバイスを聞いた俺は、多分ポカンとしてたと思う。
「どうしました?」
会長が眉を動かす。
「てっきり怒られるかと……」
「何だハル、怒らせたかったのか?」
桐葉さんが座ったままで腕を伸ばし、指先で俺の額を小突く。
「いて。いや、勿論違ぇけどさ」
「別に楽したくて言ってんじゃねぇだろ?」
「そりゃさ」
佐祐里さんは立ち上がると、人差し指を顎の前にに立てた。
「イレギュラーが立て続けに起こったせいで、今まで通りの地道な修行だけじゃ不安になった……ってことですよね」
「要約されちまうと、そうっすね」
「貴方の責任じゃないですよ。イレギュラーを無くすのは僚勇会全体の懸案ですし、月曜の件なら私の判断ミスでもあります」
「あれは俺のミスでしょう」
「いいえ、私のミスです」
佐祐里さんが近付いてくる。
「でも」
「私のミスなんです」
更に近付いてくる。
「う……」
「結果論になりますけどね、最初から他所の隊みたいに五人以上いれば、途中で礼太くんを護衛に残しても四人残りましたよね。出撃時のミスです」
月曜の戦いでは、たった三人とクワガタ数匹でバケグモの大群と戦うハメになった。あの時久浦か朝来がいれば、桐葉さんたちを待たずに勝てていたかも知れねぇのは確かだ。
でも二人はオフだったし、ウチの隊の人数が少ないのは隊員の能力の平均値が高いからだ。そもそも、援軍を待つつもりの佐祐里さんの言うことを聞かずに、俺が被害者の救助を優先して飛び出したのがピンチの原因だった。
俺は反論しようとしたが、桐葉さんが先に口を開いた。
「いやお前、そりゃ何人いようが同じことだろ。敵の数が想定外ってことなんだから。月曜はたまたま精鋭四・五人だけで対応できる数だったかもだけどよ、そんなの敵がもっといたら同じことじゃねぇか」
「それは……」
佐祐里さんが答えに詰まる。
「その場その場で、手持ちの戦力で最善を尽くすしかねぇじゃねぇか。お前らは、まあ良くやったよ」
「……はい」
「ハルもだぞ。充分やりきったんだからぐだぐだ言うんじゃねぇ」
「いや、ぐだぐだっていうか、次に似たことがあった時に備えてぇんだよ。敵が多かったり強かったりしても戦わなきゃならねぇ時にさ」
「そうか。それで桐くんさ。まず前提としてどういう方向で強くなりたいのかな?」
幸川の兄ちゃんが話を戻してくれた。
強さの方向か……。
「お前はアシスト要因としては既に十分に優秀だ。何を問題にしている?」
藤宮先輩も尋ねてきた。
「弱点の改善っすかね」
「改善か。桐くんは、自分の弱点はどこだと思うんだい?」
「俺の弱点……それを言い出したら全般的に先輩たちより弱ぇですけど」
「いくつかに絞れ」
「じゃあ攻撃力が低い、防御力が低い……魔力が少ない」
技術面はどの道すぐにはどうもならねぇから省略したが、それでも弱点が多いんだよな。気づけば肩が少し落ちていた。
「でも代わりに耐魔力と俊敏さは高いんですから問題ないのでは?」
会長がフォローしてくれた。
「お前は支援能力が高いのだから問題ないだろう」
「でも、一人で戦わなきゃならねぇ時だってあるでしょう」
「そうならないように立ち回れ。逃げるのも戦略の内だぞ」
「月曜の時みたいに逃げるに逃げられねぇ時だってありますよ」
「そう、だな」
先輩がゆっくりと頷いた。
あの時は糸で捕まった大勢の被害者がいて、見捨てて逃げられなかった。
増援が間に合うのに賭けて飛び込んだ訳だが、新種の手強さを目の当たりにした時は正直早まったと思ったぜ。
「俺だって自分が支援向きなのも、その役割の重要性も分かっちゃいますよ……今はね」
「ああ」
「正直、俺と同レベルの支援が出来る奴はウチにはいない……っつったら自惚れですかね」
「いや。事実だ」
「ええ、余所にだってそうそういませんよ。特に片桐くんと同じBランクにはね」
四人共頷いてくれた。
「まあ、この武器ありきの話っすけどね……ともかく、それでもいざ俺が一人でやらなきゃいけねぇ時の手段が欲しいんですよ」
俺の専用武器、の訓練用ゴム製レプリカを手で弄びながら言った。
「つまり必殺技が欲しいってことか?」
桐葉さんが呆れ顔で言った。
「いや技じゃなくても良いんだけどさ……戦法っつうか」
「その剣は、刃が何十枚も分離するんだよね。それで一斉攻撃するんじゃダメなのか?」
「いや、それが分離状態だと硬い敵には掠り傷で……人質さえいなきゃ姑獲蝶程度ならそれで殺れたんだけどな」
「普通に剣の状態で斬れよ」
桐葉さんはエア双剣を振ってみせる。
「それでも普通の剣より弱ぇんだよ……」
「普通の剣を持てよ」
「そしたら援護が出来ねぇだろ?」
「じゃあ両方持て」
「嵩張っちまうし、俺の剣は手に持ってないと刃を動かせねぇんだよ」
「面倒だな……じゃあ威力があって支援も出来る剣を作って貰うしかねぇだろ」
「技術部には『これが精一杯』って言われてんだよ……」
「あれ?それって、いつのことでしたっけ?」
佐祐里さんが聞いてきた。
「いつって……コイツを作ってもらった時期のことっすか?」
「はい」
「去年の……夏、でしたね」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「でしたね」
「はい。その前は『サターン』を使ってました」
サターンは俺の剣の元になった量産型の両手剣だ。刃が剣から分離して敵を攻撃できるのは俺のと同じだが、刃が頑丈で重く、枚数が少ない。
コイツを元にして、俺の並列思考能力に合わせて刃の枚数を増やしつつ軽量化もしたのが、俺の武器『セレクターズジックル』だ。片手剣二本でもサターン一本より軽い。威力はサターンより低いが、その分支援能力が高い優れもの……の筈だったんだがなぁ。
通用しねぇ場面が意外にあるのが、今週の事件で分かってきた。ここ半年はまあまあ上手く言ってたと思うんだがな。
「今なら改良して貰えるかも知れませんよ?」
「え?」
「私としては現状で十分と思っていたので特に提案しませんでしたが、クレーバーン博士に頼んでみてはどうですか?」
「え、博士に?」
クレーバーン博士は、半年前に
「あれ?あの人って何の博士だっけ?」
「ゴーレム技師じゃないの?ガイアちゃん作ったんだし」
俺の疑問に幸川の兄ちゃんがこう答えると、
「え、戦闘用インナーの改良版作ってくれたし、縫製とかじゃねぇの?」
と桐葉さんが言う。
「俺はバイクを改造してもらったが……それに表向きはウチの非常勤講師や天体研究部の顧問もしているな」
藤宮先輩の言う通り、学校でも時々会うな。
「俺は食堂を修理してるのも見ましたけど……会長は知ってるんですか?」
「私も博士の昔のことまでは詳しくはないのですが、ウチに来てからは……何でもやってますね」
「何でも?」
「はい。ガイアちゃんを始めとして、メカや装備全般のソフト・ハード両方の整備や修理に開発や改良……博士一人で他の人の数十倍の業務効率だそうです」
「マジで!?」
「もちろん、皆さんが言ったような分野も含めて、とにかく開発や改造と名のつく業務全般に携わってくれていますね」
「なんだそりゃ」
あの人そんなんだったのかよ…。
「バケモンかよ……」
「昭和の特撮に出てきそうな万能博士っぷりだね……」
「そんな訳で装備開発班も手伝ってくれてるそうですし、相談してみては?」
「でも……そんな忙しい人の仕事を増やして大丈夫なんすか?まずは開発班に行ったほうが」
「いえ、開発班は来週に備えて装備の点検で手一杯です。博士に頼んだお仕事はすでに終わっているので、今なら手が空いている筈ですね。むしろ作戦が終わったあとだと、装備の再点検を手伝って頂くので、今しかチャンスはないと思いますよ」
「なるほど」
それなら俺にとっては渡りに船だ。
「そうだな。短期間で劇的なパワーアップをするには、装備を変えるしか無いだろう」
「でも急に使い慣れねぇのを使うと逆に危ねぇからな気ぃつけろよ?」
「そりゃあ分かってるよ」
「いや、はーちゃん。どっち道、来週の作戦には間に合わないでしょ」
だな。俺もそこまでは期待してねぇさ。
「取り敢えず、もう遅いですから伺うのは明日にして、今日の所はどう改良したいかをまとめておいてはどうでしょうか?」
「改良……あんまり専門的なことは分からねぇんすけど」
簡単なメンテくらいは流石に出来るが、改良となるとさっぱりだ。パソコンの手入れが出来るのと自作するのとでは勝手が違うのと同じだ。
「それは博士に任せて良いんじゃないかな。実戦や訓練で苦戦したことを思い出して、『何かあれば戦いやすかったか』をまとめれば良いんだよ」
「なるほど……」
それから五分ほど、俺は四人と話しながらメモを取って改良プランを箇条書きにしてみた。こういうのは、やっぱ一人で考えるより相談したほうが早いな。
「どうです?」
「お蔭でだいぶイメージが掴めてきましたね。ありがとうございました」
俺は四人に頭を下げた。
「そういや訓練内容の方だけど、そっちはどうする?……差し当たってラッタともう一戦やった後で私ともやるか?」
「良ければ俺も相手をしよう」
「あー……申し出はありがたいんすけど」
桐葉さんと藤宮先輩の申し出はありがたい。でもラッタが戻ってきて一戦交えたら八時を過ぎちまうからな。
「ダーメーでーすっ!」
会長が俺と二人の間に入って、両手で俺たちを引き離した。
「今日は土曜日ですよ!もうすぐ九時です」
「あ、そうか」
せっかくだが毎週土曜の九時には俺と佐祐里さんには同じ予定がある。
それこそ作戦でもない限りは外せねぇ。
「では明日……は開発班に行くんだったな。とにかく近いうちにやるか」
「お願いします」
「それに!そうでなくても二人は戦い過ぎです。今日はもうダメですよ。片桐くんも、こんなバーサーカー共の真似をしたらダメですからね」
「あ、ああ……真似しようたってこうはなれねぇですよ」
「悪ぃ見本みてぇに言うなよ」
「心外だ」
バーサーカー共が抗議する。
「特に、涼平はここまで強くなる為に、年相応の子供らしさや日常生活を犠牲にしちゃってるんですからね。訓練は無理に増やさないで今のペースが良いと思いますよ」
「酷いぞ」
同い年の人間に対する評価とは思えねぇが、残念ながら的を射た発言だから仕方ねぇ。
「もっと遊べってことだろうよ」
「はーちゃんもね」
「私は良いんだよ」
思わぬ飛び火に桐葉さんが顔を顰める。
「ともかく、訓練メニューの改善が要るかどうかは改良して貰った武器に慣れてから、博士や開発班と相談してから考えれば良いでしょうね」
「そうします」
俺は会長の言葉に頷く。
ちょうどその時、エレベーターの到着音がした。
扉が開くや否や恵里が駆け出してくる。
「遅かったな?」
「ゴメン!ハル!黒蜜抹茶ソーダは無かったみたい!」
「いや、こっちこそ悪かったな……色んな意味で」
直接出任せを言ったのはラッタだが、言わせたのは俺だ。
あそこまで雑な出任せになったのは断じて俺のせいじゃねぇが。
出任せ野郎のラッタは俺と恵里から露骨に目を逸らしていた。
「でも、葛切り入り黒蜜ほうじ茶ラテソーダっていうのがあったからこれでどうかな!?」
「なにそれ」
「ちょっと多いかも知れないけど」
恵里が意味の分からんペットボトルを取り出した。
しかも二リットルだ。ちょっとどころじゃねぇ
誰に需要があんだよ……!
俺は額を抑えた。本気で癒着が心配になったが、それより恵里だ。
フリスビーを取ってきた小型犬みてぇな目で俺を見てくる。俺と大して背も変わらねぇ筈なのに見上げられてる感が凄い。
「あ……ありがとうな!でもちょっと多いし帰ってから飲むわ……」
「うん!」
まあ、飲み物というよりはデザート?……として捉えりゃあアリか?
めっちゃ良い笑顔で喜ばれたら刺し違えても飲む、いや食う?しかねぇぜ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
他の施設や家へとそれぞれ帰っていく五人に挨拶をしてから、俺とラッタは最後の勝負のために訓練室に入った。
「ラッタ。ところで一つ良いか?」
「なんだ?」
「コレ、どこで売ってたんだ?」
「………分かんねぇ」
ラッタは絶望的な表情で首を振る。
俺が手にした容器の内側で、黒と白と茶色が淀んだ液体の中を、互いに絡んだ無数の長細い塊が揺蕩っている。
見ようによっちゃホルマリン漬けのサナダムシみてぇだな……ますます需要が分からねぇ。
「目を話した隙に何処かで買ってきてた……恵里もどこで買ったか覚えてないってさ」
「そうかよ………」
俺の頬を一筋の汗が伝った。
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