3-16「救出撃①」

 上空三十メートル。


 俺は現在、鎖付き投槍に掴まったまま藤宮先輩の手で絶賛振り回され中だ。

 どうせなら一度下に降ろして欲しかったが、蝶野郎の牽制を考えると滞空の必要があるから仕方ねぇ。

 その奴は、突如謎の回転運動を始めた俺に呆然としてるっぽいから成功か。

 それは良いとして、早く準備を終わらせて欲しい。

 乃愛たちの前に俺が死ぬ。


「先!輩!……ガイ!アは?」


 俺は三半規管を必死に宥め、舌を噛まねぇように注意しつつ尋ねた。

 ガイアの奴は瘴気や鱗粉に影響を受けずに平気で飛べる筈だが、この状況で出てこねぇってことは……。


「色々あって、故障中だ」

「……やっぱな!」


 俺は心の中で形をガックリと落とした。本当に落としたら地上に真っ逆さまだ。


「片桐、作戦を伝える」

「ああ!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 地上。風のドームの内側。暴風の壁とその上から重ねがけされた盾の作用で外の様子は伺えず、通信も不可能。

 万一、解除して欲しい場合は礼太が真上にビームを撃って外に知らせる手筈になっている。

 ドームの直径は十五メートル。これ以上広げると町の風が外に漏れ出てしまう。

 狭くすれば強度は上がるが、蝶の攻撃からの逃げ場がなくなる。

 それらを勘案しての今のサイズだった。


 強度のことを言うなら、ドーム内に人を入れずに最小のサイズにするのが一番強いが、完成したドームを傷付けずに中の蝶だけを攻撃するのは極めて難しい。

 ドーム拘束に現場隊員の多くのリソースをつぎ込む以上、失敗したら後がない。




「せりゃああ!」


 恵里が魔剣ミクスカリバーで斬りつける。蝶は曲がった脚を地につけて左羽で攻撃を受け止める。

 礼太は右の羽を掴んで引っ張る。幸川は地を滑ると、空いた隙間に入り込んで蝶の体を連続で突き刺す。蝶がのたうつ。


「ずいぶん!無茶な作戦だな!恵里!」


 礼太は再度蝶の羽を外側へと引いて抑え、その隙に幸川が離脱する。直後、蝶の反撃が来るが、一閃した羽は空振った。あくまで打撃だったからか、それとも弱ってきているのか、発生した風は強くはなかった。


「閉じ込めちゃおうって言い出したのは先輩よ?私が言ったのは、中に入ったらもっと確実だってだけ」


 恵里は左羽の端に剣を刺し、地に縫い止める。


「十分無茶じゃねぇか……」

「でも、的確な作戦だとは思うぞ」


 礼太たちをドーム内に入れるべきか、献策した佐祐里も採用した副司令もギリギリまで悩んだ。

 結局、確実な足止めの為に中に入れたが、それが功を奏した。

 蝶はA級戦士三人の猛攻を受けてなお抵抗を止めない。この強さでは仮に蝶だけで閉じ込めた場合、今頃は既に拘束を破られていたであろう。

 蝶がドーム内にいては突進の初動が見えづらい。取り逃がして上空に向かわれた可能性すらあった。


「行くぞ恵里ちゃん!」

「はい!……せりゃあっ!」


 今度は礼太を後ろに下げ、恵里と幸川が交互に斬りつける。

 礼太は鱗粉の取れた部位をビームで撃って援護する。

 狙いは傷の深い右の羽。度重なる攻撃を受けて上側から中程までが千切れかけていた。ニ人はそこを斬り広げる。


 蝶は苦痛に絶叫し、嘴型の口吻を開く。麻酔液が吐き出され、それを礼太が瞬時にビームで蒸発させる。熱変性で毒性は殆ど失われて無害化する。

 恵里は剣で羽の傷を押し広げながら胴体を駆け上がり、頭を地面に向けた姿勢で蝶の口吻を左半身側へ蹴り飛ばす。幸川は右側へと斬りつける。


「ラッタ!」

「今だ!」


 二人は剣に力を込める。


「おう!」


 先程のワイヤーと同じだ。何かを二つに分けるには両側へ引っ張った状態を狙うのが良い。


「うおおおおっ!」


 礼太の全身が発光する。

 足元の地面が爆発した次の瞬間、礼太は体を丸めて羽の傷に体当りしていた。


「おりゃあああ!」


 礼太は蝶の体にめり込んだまま三回転!

 そこから更に奥へと蹴りを叩き込む!

 光の力を加速と攻撃強化に回して全て開放する。

 礼太の全身は光の鏃と化し……遂に右の羽を突き破った!


「ふんっっ!!」


 四点着地を決めた礼太は、勢いが止まらず地面を激しく抉りながら数メートル進み、風の壁を破る寸前で踏み留まる。

 その礼太の背を姑獲蝶が睨む。


「アクエリアス!」


 幸川の腕輪……魔術武器『アクエリアス』からロケット花火大の魔力弾が無数に放たれる。オレンジ色の光に傷口を容赦なく襲われ、姑獲蝶が絶叫する。

 核となる実体を持たない魔力弾だが、的確に運用すれば足止めどころではない威力を発揮できる。

 礼太はその隙に呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がり、恵里は連続で蹴りを見舞うと、空中後転して着地する。

 剣を鞘に収め、鞘のスライドパーツを動かす。


<グラビティー!ハンマー!ガーディング!>


 鞘から電子音がなると同時、恵里は空中に飛び上がる。

 幸川は無防備な右側から脚を斬りつけつつ再度蝶の下へと滑り込み、地面を転がりながら羽の下部を斬り裂いていく。

 幸川が転がり出た直後、蝶はなおも片羽だけでしぶとく羽撃こうと、羽を動かす。

 狙いは当然、恵里だ。

 幸川はもう一撃加えるべく構え直すが、礼太が叫んだ。 


「任せろっ!……バァンッ!」


 圧縮した光弾が羽へ叩き込まれ、蝶が怯んで動きを止める!



 ニ人が時を稼いだ隙に、恵里はゆっくりと剣を引き抜いた。

 重々しい動作で構えた剣は、黒い巨大なハンマー状のオーラを纏っていた。

 鞘が恵里の魔力から生成して剣に上乗せした、重力属性の外装である。



「せありゃあっ!!」


 直径ニメートルの巨大重力ハンマーが姑獲蝶を打ち据え、地上に拘束する。

 蝶はなおも弱々しくも抵抗を続ける。

 重力属性に殺傷力はないのだが、瀕死の状態でわずかに動けるだけでも十分におかしい。


「どうなってんのコイツ!?」

 


 さしもの恵里も……あの恵里すらも流石に驚愕した!


「嘘だろ……恵里がビビった!?」

「恵里ちゃんを恐れさせるとは……なんて奴だ……」


 二人はやや大げさに驚愕の表情を浮かべた。


「驚く判断基準そこなの?」


 恵里は不機嫌そうに眉を上げた。

 ハンマーを軽く持ち上げ、改めて振り下ろす。

 抵抗は続いているが、流石にハンマーを振り切るまでの余力は無いらしい。


 ともかく動きは封じた。

 拘束の維持を恵里に任せ、礼太と幸川は左羽を引き裂きに掛かる。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 巨大な白い正方形。

 一辺十メートル、厚みは五十センチのクッション。

 その中心に立つ朝来想良あさごそらは、四方へと黒い重力の弾を撃ち出す。


「……グラヴィティ・グローブ」


 直径五十センチの黒い重力球が二十四個。クッションの上を膝下の高さでゆっくりと飛び、各所へ等間隔に並ぶ。

 引力を発する球に引かれ、クッションがゆっくりと地上から浮き始める。

 想良の他に上に乗るのは祥太と柳原。


 久浦祥汰ひさうらしょうたは想良より角側に一メートルほど寄った場所に立つ。その傍らには体高ニメートルの青白い異形。

 触腕が無数に絡み合う奥にある本体は、外からは虚ろな巨眼しか見えない。

 触腕には蛸に似た吸盤が付き、太さは巨漢の腕ほど。

 この怪物こそが、祥汰が具現化したデモンズ・デザイアだ。


 魔力と水分で構成されたこの怪物は、帰還の道中でも進路上の障害物を超高速自動反撃で排除する活躍を見せた。

 触腕の有効射程は、本体から約十メートル。

 ただし落下する人体を安全に受け止めるような精密動作を行うとなると、半分程度に落ちる。

 本体の動きは鈍重で、急に動かせない。

 クッションの中央に立つと端がカバーできないので、少しずらしている。


 柳原才智郎やなぎはらさいちろうは想良を挟んで祥汰の反対側に立ち、デザイアのカバー出来ない範囲をフォローする。

 子供たちを受け止める手段は風属性の盾などでも良いが、彼の鞭はもっと適している。

 彼が上空へ向かうメンバーに選ばれたのは、それに加えて弟が空にいることを郡田や本部が汲んだ為でもある。



 クッションは秒速三メートルで上がり始め、徐々に減速する。

 急ぎたいが、加減を間違うとクッションが引力球に引き裂かれてしまう。

 想良一人なら素早く蝶の元へ辿り着くのも不可能ではないが、まさか制御が難しい球で子供たちを引き寄せる訳にもいかない。

 速度よりも確実性を取った。


 祥汰と柳原は焦燥した表情で上昇を待つ。想良は一見ぼんやりしているようにしか見えないが、祥太には真剣な時の表情であるのは分かっていた。

 月明かりの元、三人は上空の片桐と蝶、そして子供たちの様子を注視する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『よし、カウント3で行くぞ』

「…はい…!」


 回転がどんどん増していく。空に浮かぶ月はもう太線にしか見えねぇし、蝶はその白い太線を二つに分ける細い黒線だ。

 先輩のコントロールを疑う気はねぇが、俺の三半規管と目が無事に機能するかは怪しいところだ。つぅかしくじると俺が死ぬ。



『3』


 俺は体を投槍の上側に動かした。


『2』


 何時でも跳び立てるように体勢を整える。


『1』


 歯を食いしばる。


『0!』


 先輩が鎖を開放した!

 槍は上空へ横薙ぎにすっ飛んでいく!


 俺はその上で風圧とGに耐えながら、進行方向を向き、気合を入れて目を見開いた。

 目指す獲物の姿がそこにあった。

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