3-15「分つ風」
姑獲蝶は足の三本を使い、樹高二十メートルの杉の樹の上に止まっている。
それを根元で見上げながら幸川と礼太は軽く打ち合わせ、後方へ通信を繋いだ。
「ワイヤーで奴に接近します。頭と羽を止めてください」
『了解!』
援護部隊の一斉攻撃で、頭部と羽根に実体弾が次々と命中する。
魔力弾は鱗粉に撹乱されるので基本的に使わない。威力を殺される程度ならマシで、最悪の場合跳ね返されるからだ。上空の戦闘では、当てない牽制と割り切ったからこそ使えていた。それでも少数の手練れは、鱗粉を迂回させた魔力弾で、外れた実弾を弾いて敵の背中に命中させることで実弾狙撃を援護していた。
弾幕のいくらかは急所への直撃弾だったが、樹上の蝶は僅かに怯む程度で死ぬ気配がない。静かに周囲を睥睨している。
そもそも、今の火力は並の姑獲蝶なら十匹近くは殺せる威力だ。急所に当てずとも数発直撃させれば十分の筈だった。この個体が変種なのかどうかは分からないが、予想以上の強敵であることだけは間違いない。
ワイヤーガンで近くの木に登る二人も同じ感想を抱いていた。
「幸川さん、あれいくらなんでも硬過ぎないか!?」
「だな。あれだけの速度が出る以上、硬いだろうとは思っていたけどね」
通常個体より強いのが速さだけなら、自分の衝撃波で自滅するところだ。この分では近接攻撃もどこまで通用するだろうか。
不安を覚えながらも二人は持ち場についた。
姑獲蝶のいる木の樹高は周りより頭一つ高い。二人は三メートルほど低い位置に陣取り、合図を持って近接攻撃を仕掛ける手筈だった。
蝶は二人には気付いているようだが、弾幕に向き直っている。避けよう、もしくは飛ぼうとはしているようだが、的確な射撃に動作を妨害されているその仕草は不快げにも見えた。
弾幕の中の一発が触覚に当たる。敏感な感覚器への一撃に、蝶が身じろぎした。
『今だ!』
インカムに合図の声が響く。支援部隊は道を空けるべく一斉攻撃を止める。絶対に二人を誤射しない位置の者だけが攻撃を続け、上空に飛んだ攻性ドローンが蝶の頭上を抑える。
「てやああ!」
まず礼太が右から殴りかかるが、蝶は猛禽じみた形の羽で弾き返す。羽が動いて空いた空間を、幸川が正面右寄りから切りつける。
蝶が風を起こして迎撃しようと左の羽を後ろに引いたところへ、二発の実弾と鷲型ドローンの体当たりが同時に直撃。羽が痙攣し風を起こし損ねる。
蝶の胸から腹へと斬撃が走った。
「くっ!……硬い!」
重い反動が幸川を押し返す。鉄塊を斬りつけたかのような振動が握り手に響く。硬い相手に合わせて、些か過剰なまでの力を込めた筈だったが通用していない。
というよりも「硬い層」が予想よりも手前にあった。敵の表皮と鱗粉の間に、本来は存在しない、見えない防壁があるように感じた。
それをも考慮の上での追撃を見舞おうとしたところで、反撃の予兆を感じた。幸川は今の斬り跡を素早く正確に逆方向に斬り上げる追撃を置き土産に後ろに飛び退く。
空中で後転する幸川の足が天を向き、跳んできた礼太がその上に乗る。
互いが互いを蹴って跳び、幸川は近くの木の側面へ達し、礼太は蝶の頭上を取った。
直後、二人が交差した空間を突風が襲う。自動車も吹き飛ばす程の威力だが、狙った敵は既にそこにはいない。
蝶もそれは認識していたが、攻撃の矛先を変えるには一手遅かったようだ。二人の跳躍速度が予想外だったせいだ。
猛烈な風が巻き起こる。初撃に比べればこれでもそよ風のようなものだが、礼太は風が舞い上がっていく自分たちの頭上にいる、幼馴染を心配した。
(ハルは大丈夫か……!?)
不安がよぎるが、だからこそ素早く眼前の敵を倒す必要がある。拳に光の力を込める。
「礼太君!目測より五ミリ手前を狙え!」
「おう!」
急な注文にも動じず、真上から頭部に拳を放つ。指示通りに狙いを微修正し、力の作用点を気持ちほど手前に持ってくる。その僅かなズレが次の対応動作を遅らせた。
早送りじみた動きで蝶が嘴型の口吻を開いた。麻酔液だ!
「くそっ!バリアァァ!!」
攻撃機会を逸した礼太は守りに入る。拳を引き戻して腕を交差させ、体の前面に薄くビームを放つ。光が麻酔液を焼き尽くすが、その間に蝶は体制を整えた。
「交代だっっ!」
幸川は両手で剣の鞘を持ちながら、鞘と垂直に持った左手のワイヤーガンで樹へと迫る。
「ごめん!」
礼太は差し出された鞘を蹴って後退する。
蝶の至近で迂闊にワイヤーガンで跳んで、移動中に風を受けたら危険が大きい。伸び切ったワイヤーを巻き取って撃ち直す時間などないからだ。
そこで二人は交互に攻撃を行うことで跳躍時の隙を減らすことに決めていた。ワイヤーガンも温存しておけば、飛ばされた場合の緊急回避には使える。
幸川は鞘を放り捨て、蝶の顔を狙う。蝶の羽は風を起こしたあと、下に向けたままで動かない。技後硬直という奴だ。反撃出来ずに直撃を食らう。
斬りつけた剣端が幸川の能力で眩く光り輝く。
姑獲蝶の視力は強い方ではないが、至近距離で数千ルクスの光を受けて平気でいられるほどに鈍くもない。
蝶は悶え苦しみ、遂に樹上から転げ落ちる。幸川は自分で追わずに頭上で腕を組む。礼太がそこに飛び乗る。
「頼む!」
「任せろ!」
組んだ腕をジャンプ台にして礼太が跳び、落ちた蝶を追う。
「……今度こそ!……バン!バン!バン!」
圧縮した光弾を次々に胴体に叩き込む。
蝶は、重力に抵抗しようと羽根を広げたばかりで、本体を守るすべがない。無防備に光弾を食らう。一発一発がB級妖怪の姑獲蝶を倒しうる威力だったが、やはり堪えた様子はない。だが注意を引くには十分だった。
「せーのっ!」
「発射!」
周囲の木から一斉に大型のワイヤーガンが放たれる。狙いは延ばしきった羽だ!
これは先程から礼太たちが使っている基本装備の移動用ワイヤーではない。妖怪捕獲用の剛性ワイヤーである。素材や太さ、構造から通常品とは異なり、S級妖怪でも容易には千切れない。
本来なら姑攫蝶ごときに使うものではないが、目標Bの動きはこれでようやく抑えられた。抑えた上からダメ押しとばかりに粘着弾を撃ち込み鱗粉を封じていく。
鱗粉を封じて魔術が有効になったところへ、氷や重力などの拘束魔法が撃ち込まれる。その更に上から粘着弾やワイヤーも追加されていく。
あまりに過剰な拘束ではあるが、今は絶対に救助の邪魔をさせるわけには行かない。
「おらぁっ!」
礼太は宙ぶらりんになった蝶の体を脚で挟み込みながら、頭を滅多打つ。。
「待たせた!」
本部に通信を終えた幸川も飛び降りる。
「はぁっ!」
羽の付け根を斬りつける。地上十メートルで四方からワイヤーに引かれた体に文字通り全方位からの援護射撃が撃ち込まれる。
だというのに。
「いい加減!死ねよ!」
顔をボコボコに変形させられ、最早蝶には見えないほどになってもなお蝶は死ぬ気配がない。
「お、おい!ヤバイぞ!」
ワイヤーを抑える隊員が悲鳴に近い声を挙げる。剛性ワイヤーが僅かだが引き摺られているのだ。
<キィィィィィイ!!!!>
姑獲蝶は麻酔液と体液の混ざったものを吐き散らしながら絶叫する。
その全身が緊張し膨れ上がる。
「……まずい!離せ!」
蝶が強引に羽撃いた!
現場指揮官の咄嗟の判断で、隊員たちが引き摺られることは避けられたが、羽に絡まったままのワイヤーが周囲の木々を薙ぎ払う。
なまじ強度が高いばかりに、太い杉の木が何本もたやすく粉砕されていく。人体に直撃すれば魔術師といえど、人たまりもなかったろうが、隊員たちはシールドで防ぐか、素早く躱して軽傷以下で済ませた。
だが蝶に乗っていた礼太と幸川の二人だけは間に合わなかった。
「この野郎!」
「ハァッ!」
安全圏への退避は不能と悟った瞬間、彼らは逆に胴体にしがみついていた!拳と細剣が光り、渾身の力で蝶を地面に叩きつける。
地響きと土煙。
攻撃と地上への衝突によって、狂ったような羽撃きは止まったが、蝶は脚を激しくバタつかせなおも抵抗している。周囲の部隊は蝶から延びたままのワイヤーを意を決して掴み直す。
車道寄りの者たちはワイヤーをトラックに結びつけていく。
「何なんだ!何なんだよコイツ!!」
隊員たちは恐怖を覚えながらも全力でワイヤーを引き、或いは礼太たちに当てないように射撃を放つ。
この姑獲蝶Bは単に頑丈というだけではない。攻撃のダメージは入っている。しかし耐久力、或いは生命力が高過ぎるのだ。羽を斬っても本体を殴っても、無事な部位を最大に活かして戦い続けようとしている!
最早、その姿は遠目には蝶の妖怪には見えぬほどボロボロになっている。だというのになおも抵抗が続いた。
『幸川さん!礼太君!聞こえますか!』
「会長!」
「佐祐里ちゃん!?」
その時、学校から駆けつけた佐祐里からの通信が入った。
「今から十秒後、幸川さんは右側のワイヤーを全部羽側の根元で切って下さい!左側は恵里ちゃんが斬ります!」
「何!?」
幸川は耳を疑った。
折角、拘束したというのにそれを離せとはどういうことか?拘束を解けば、この怪物は今からでも片桐を直接襲いかねないというのに。
疑問には思ったが、彼女が現状を把握出来ていないとも、的はずれな作戦を立てるとも思えなかった。幸川たちは続く言葉を黙って聞き、そして納得した。
既に献策を受けていたらしい本部からの指示が周囲にも届く。一同が準備を終えると同時、佐祐里たちの乗るバイク型ブルームが林へと宙を飛んで突入してきた。
佐祐里と恵里の黒髪を、月明かりと戦闘支援用の照明が照らす。
「今です!」
「ワイヤー、引けっ!!」
蝶を抑えるワイヤーが一斉に全力で引かれる。
蝶を抑える為では無い。ワイヤーを斬りやすくする為だ。空中で急停車させたブルームから恵里が飛び出す。これに合わせ幸川も走る。
「せりゃあああ!」
「ハァッッ!!」
左右のワイヤーが全て切断される。首と尾に掛けた二本が残っているが、これに構わず佐祐里は次の行動に移る。
<Cyclone!/シールド!>
佐祐里のレコードアームズから電子音が響く。銃口から撃ち出された魔力は、ゆっくりと羽根を伸ばそうとする蝶の頭上に着弾し、そこを起点に周囲へ拡散して直径十五メートルほどの風の半球型ドームが形成される。
姑獲蝶は恵里と幸川、礼太ごと球の中へと閉じ込められた。佐祐里は更に合図を出す。
「お願いします!」
「了解!……シールド!」
「バリアー!」
「キャンサー!」
待機していた隊員たちが佐祐里のものと似たレコードアームズから魔力を放った。佐祐里のドームより小さい円型やレンズ型の盾が十数枚展開し、ドームを上から補強していく。佐祐里は補強を弱点部に集中するように指示を飛ばしていく。
本来ならこのドームはもっと小さくなるか薄くなってしまう仕様だが、佐祐里は強引に過剰な魔力を流し込むことで強度とサイズを両立していた。
それでも数分しか保つまい。佐祐里の魔力はまだしも武器のほうが負荷に耐えられない。
だが、それだけ保てば十分だろう。その間にどちらも終わる筈だ。
Bが巻き起こす風のせいで救助が中断しているが、Bの異様なしぶとさにより中断が長引いている。ならば風属性の球に封じることでBの風を止め、即座に救出を再開させる。それが佐祐里の作戦だった。
「皆さん、宜しくお願いします!」
レコードアームズのグリップを握りしめ、魔力を注ぎながら佐祐里は祈った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ラッタたちが下でBと戦い始めた時、俺は上空五十メートルでAと一進一退の戦いを続けていた。
俺の生命線の刃の足場は、奴の鱗粉をまともに浴びると駄目になっちまう。Bが起こしやがった暴風で鱗粉が舞いまくってるから、油断すると転落死だ。
幸い、俺が食らわせた塗料と粘着弾でAの鱗粉は飛びにくくなってはいる。
問題はBだ。奴の鱗粉も上空まで舞い上がってきやがった。
野郎のせいで、俺の役割はまた時間稼ぎに逆戻りだ。Bを倒さねぇと迂闊に救助できねぇから仕方ねぇが、正直、キツい。
鱗粉が邪魔で刃が使いづれぇし、地上からの援護も今の爆風で混乱しちまってる。鳥型ドローンもあちこちに吹っ飛ばされた。
混乱が収まってもBの対応でこっちの援護が減るのは間違いねぇ。
ダメ押しに通信が雑音だらけで連携が上手くいかねぇのも厄介だ。いっそ完全に繋がらなきゃ諦めもつくが、鱗粉の舞い方にはムラがあるから全然駄目な時と平気な時との差が激しい。
刃のLEDランプの色でも下に指示は送れるが、迂闊に刃を動かせねぇから思うようにいかねぇ。結局は下の自己判断頼りだ。
何よりやべぇのが、残弾だ。
刃の手持ちがもう十四枚しかねぇ。
六枚を足場にして四枚で攻撃、四枚は待機させている。本当なら三割も遊ばせておく余力はねぇんだが、剣に戻して魔力を注がねぇと刃は数分で落ちちまうし、今は無駄に浮かせても鱗粉を浴びるリスクが高ぇからな。
『……!』
麻衣さんからの通信だ。雑音だらけで言葉は聞こえなかったが、声色でニュアンスは分かった。「朗報」を伝える声だ。
その直後、地上からの狙撃で姑獲蝶が動きを止めた。俺はLEDサインを出して足場から飛び降り、踵落としを叩き込む。
人間で言う頬の辺りを掠める程度だったが、それで良い。今は下手に深手を負わせる訳にも行かねぇ。奴がのけぞって飛び退くのと同時、俺も逆側へと後ろ回りに跳ぶ。鱗粉で、足場の刃一枚が犠牲になった。
俺の体についた鱗粉は、未だ収まりきらねぇ暴風を利用して吹っ飛ばす。俺が跳んだ先へ、地上から撃ち込まれた「砲弾」が炸裂する。
『後ろです!』
「分かってる!」
状態の良くなった通信に答えると、俺は砲弾の中身を確保した。
空中に撒き散らされた追加の刃が二十枚。
剣とリンクさせて確保した。一旦、左右の剣に装着する。
これまでもドローンや弓矢で散発的に数枚づつ送って貰ってたんだが、これでやっと纏まった数を受け取れた。
これで攻勢に出られる。地表に追い落とせばラッタたちの勝ちを待たずに乃愛たちを助けられる。
俺は魔力をチャージした刃の十六枚を思い切って双剣から切り離し、二十センチ間隔で飛ばした!
まだ奴を殺す訳には行かねぇが、殺す気があると思わせるのが大事だ。最大速度で飛ばしていく!刃で編まれた網が蝶に迫る。
その瞬間。
『……風が……来……!』
麻衣さんからの通信。また状態が悪くなっているせいで、それが警告だった、と気づくのが遅れた。
体が浮き上がる。
真下から突風が巻き上げてきやがった。まずいことに一番風が強いのは……俺と奴の中間……今、刃を飛ばしてる辺りだ!
「やべっ!」
咄嗟に可能な限りの刃を引き戻した!
遅い!
殆どが風に巻かれちまった!俺自身も吹っ飛ばされて方向感覚が狂う。刃で俺や乃愛たちを切らねぇように遠ざけるのが精一杯だ!
「くそっ!」
下のラッタ達は大丈夫か?いや、この程度ならなんてこたぁねぇ筈だ。俺はこっちに集中しねぇと。
幸いと言うべきか、こっちの蝶も風に巻きこまれて上手く動けずにいるみてぇだ。間抜けな話だがコイツは透明な以外は通常種と同じだからな。変種とじゃとんだ凸凹夫婦だ。でも頑張れよ。ガキどもを落とすんじゃねぇぞ!
『すみ……せん。刃の追加はまだ……が、届けるの……少し待っ………』
「だよなぁ……仕方ねぇさ」
申し訳無さそうな麻衣さんに溜め息混じりに返す。もっと気の利いたことを行ってやりてぇが俺も余裕がねぇし、そもそも聞こえるか分からねぇからな。
補充したばかりの刃は十五枚しか残ってねぇ。迂闊に大量に出したばかりに殆ど吹っ飛んじまって、これじゃ二枚増えただけだ。
暴風が収まるのを待って俺はまた動いた。
刃を飛ばし、それを追うように俺も同時に飛ぶ。蝶は突進する素振りを見せたが、ありゃあフェイントだ。顔に書いてある。横からの突風を嫌ってその場に留まっている。俺は気にせず空中をジグザクに進む。
奴は右側に乃愛、左側に子供二人を抱えている。さっきまでもう一人を捕まえていた右下の脚は兄ちゃんが鞭で折った。
つまり奴の重心は左に寄ってるってことだ。よく見ると体が左に傾いてる。
俺がその左側から殴りかかると、蝶は右の羽で打ってきた。俺は後ろに飛ばした刃の上へ飛び退いて躱す。
羽撃きが中断し、高度が下がる。
もう一度奴の左側へと跳ぶ。右の羽を振り切った奴は、気流に乗って浮いた状態で左の羽で打とうとするが、その前に俺は別の刃を踏み台に奴の肩へと跳ぶ。刃は鱗粉に巻かれ二枚とも落ちた。
「もう少しだからな!待ってろよ!」
俺は大声で呼びかけるが返事はねぇ。
生きてる気配は伝わってくる。寒さと恐怖で声が出ねぇんだろう。
口吻を向けてきた蝶のツラを蹴っ飛ばす。宙に浮かせた刃を掴んで鉄棒の要領で体を回し、背に回り込む。
頭から地上へ落ちながら、粘着弾の銃をホルスターから抜き放つ。暴風の中でもこれはキープ出来た。左の上羽と下羽の隙間を狙ってぶちかます!
……命中だ!
俺は更に刃を放ち、それを中継して数メートル下へ跳ぶ。
そのには安全圏かつ制御圏内ギリギリに退避させておいた現状最後の十二枚の刃が網状に広げておいた。
その上へと着地し、一・二枚づつ順番に剣に戻して魔力を補充しつつ、上にいる蝶の様子を確認する。今は徐々に高度を下げ、今は地上三十五メートル辺りにいる。俺はその七メートルばかり下だ。
奴は、粘着弾で羽が開ききらず重心も寄っている左側に傾きながら、無事な右の羽で必死に藻掻くが、もう高度を維持するのも難しいようだ。
今まで奴が逃げねぇように上を塞いでた俺だが、こっからは下を維持していく。いざって時に三人を受け止めるためだ。
心配なのは奴が自棄を起こして人質を放り捨てることだが、表情を見る限り、獲物を持ち帰ることを諦めた様子はねぇ。少なくとも一人は意地でキープする筈だ。
落ちてくるのが二人なら何とか両腕で受け止められる。
「重り」が一人だけなら奴は抱えて飛べそうな気配があるが、その対策はしといた。
地上班の準備が出来たら、何時でもこっちから仕掛けられる。俺は蝶の様子に気を付けながらも地上の様子を覗いてみる。
視界は鱗粉が無いクリアな状態だが、蝶Bは木の陰に隠れてよく見えねえ。だが多分まだ倒せてはねぇ様だ。二十人以上で包囲を続けてるのが分かる。なんてしぶとい野郎だ……!
だがあんだけやりゃあもう大丈夫だ。俺の相手に集中するべく、頭上に視線を戻そうとしたその時、視界の端で何かが爆発するような動きを見せた。
『片桐くん!避けて!』
俺が反射的に首を地上に戻したのと同時に、無線越しに麻衣さんが叫ぶ。
「は?」
再び振り向いた地上から三度目の爆風が襲ってきた!
「うおわぁぁぁっ!!?」
小枝や石、更には足元の刃が俺へとすっ飛んでくる!咄嗟に腕と武器を盾にしたが、全身はカバーしきれねぇ!風は俺と蝶Aの辺りだけに集中してるようで、その分、今までのニ回よりも強い。
俺は空中の刃を俺とAへの直撃コースから反らしつつ、可能な限りの回収を試みる。
風がまた収まる。ラッタたちがやってくれたのかBが力尽きたのかは分からねぇ。俺は随分飛ばされちまった。
多分、地上の光景からして高度六十メートル以上か。
奴は更に上だ。
もっとまずいことには刃の在庫が二枚半になっちまった。一枚は口で咥え、二枚目は両足首の間に置いた。三枚目は剣に戻したが折れてやがる。
くそっ!これじゃガキ共が落ちてきても助けられねぇ!いや、それ以前に逃げられちまう。そもそも足場不足で俺が死ぬか。
どうする!?一か八か奴の触覚でも攻撃してみるか!?すげぇ運が良きゃ、奴が狂って地上へ向かうかも知れねぇ。
ダメだ。危険過ぎる。冷静になれ。
脳へのダメージ覚悟で並列思考を全開にしたが、良い策が出てこねぇ!所詮は並列、知力の絶対値が上がるわけじゃねぇ!
俺が脳内で悪態をついたその時だった。
『動くな!』
「藤宮先輩!?」
無線越しに聞こえた声は、先週から森に入ったままの筈の藤宮先輩だった。
頼もしい人が良いタイミングで戻ってきてくれた!
思わず首を向けた地上から、鋭くて素早い何かが突っ込んできた。今度は何だ!?
『掴まれ!』
それは二メートル近い銀色の投げ槍だった。
石突から地上へ鎖が延びている。
「マジかよ」
あまりの無茶に一瞬、素に戻るが、他に手はねぇ。
全身で槍を抱え込むように掴まると、槍は無抵抗に真下へと落ちる。
……と思ったのはほんの数瞬。
体に強烈な横回転がかかった。
「う、おおおお!?」
藤宮先輩が、鎖付きの投槍を俺ごとブン回している。
……と理解するのに数秒かかった。
何考えてんだこの人。どうなってんだそのパワー。
だが遠心力のお陰で墜落は免れているようだ。
……だからどうした。
このままじゃ墜落死の代わりに遠心分離死するだけだ。
『今、地上三十メートル辺りだ。暫く耐えてくれ』
「おぅ……」
今のは返事じゃねぇ。吐きそうなだけだ。
どうもゆっくりと高度も下げてくれてはいるようだ。俺はぐるぐる回ってるせいで分からねぇだろうと思って教えてくれたんだろうか。
その配慮は別の方面に回しちゃくれなかったのか先輩。
『すぐに朝来と久浦が行く。目標Bも佐祐里が閉じ込めた。倒せないなら封印しようということだそうだ。もう風の心配はない。』
「分かっ……おぅ……でもっ……うぇ……なるべく……早く頼むぜ……!」
会長たちも来てくれたのか……これで勝てるぞ!
吐き気と目眩を堪えながら上を見ると、蝶は狙撃で足止めされながら徐々に下がってきている。上空に上がったとはいえ、落下が止まったわけじゃ無ぇからな。
これで条件は揃った。遠心分離されてる場合じゃねぇ。
待っていやがれ……ここまで三人を落とさずによくぞ耐えたな姑獲蝶野郎。褒美に楽にぶっ殺してやる!
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