3-17「救出撃②」

「うぉわああああ!!」


 俺の乗った槍は蝶の横を掠める軌道を飛ぶ。直接ぶち当てたら、四人と一匹まとめてお陀仏だからな。奴とすれ違う直前に槍を真下へ蹴飛ばして跳び上がり、ワイヤーガンを撃つ!……ダメだ!外した!

 先端のフックが奴の脇腹を掠めて後ろへ吹っ飛んでいく。


「まだだ!」


 両膝を胸の高さへ曲げ、足の下へ刃を動かす。


「オラァッ!」


 今度は刃を全力で蹴って跳ぶ!

 跳んだ勢いで、延びたままのワイヤーを鞭のように振り回す。狙いは左羽だ。重心が寄って動きが鈍いからな!ワイヤーが左羽を上からぐるりと一回転して絡みつく!


「っし!」


 ワイヤーを引き戻して羽を締め上げながら、奴の背に飛び乗る!

 蝶は六十度左に傾きながら飛んでいる。俺は右足を蝶の肩辺りに掛けると、大口を開けて銃を無理矢理咥える。空いた両手に双剣を握る。

 刃は左に一枚、右には折れた一枚だけ。あとは剣本体があるが、根本の刃は飛ばせねぇ造りだ。

 つまり足場がねぇ。振り落とされたらアウトだ。



 奴の肩を剣の柄で殴りながら、上に登る。

 口吻がこっちを向いた。嘴型の先端が、麻酔液を吐こうと開き……閉じた。

 口吻の根本を、ヒラタクワガタのライトが鋏で締め上げている。

 

「いいぞ!そのまま頼む!」


 さっき一度蝶に引っ付いた時に、コイツらを残しておいたのは正解だった。

 ライトのハサミは鉄パイプをも切断する。流石に妖怪の口吻を切るのは厳しいが、押さえてくれりゃあ充分だ!

 ルリクワのタカシは奴の目の前を飛び回って気を逸し、コクワのノゾムはある場所に潜んで俺の合図を待っている。今のうちだ!


 蝶にしがみ付きながらワイヤーを引き戻して、銃をホルスターに仕舞う。代わりに粘着銃を抜いて、最後の弾を左羽に当てる!


『キィィィィッ!!!?』


 蝶が常人の可聴域ギリギリのカン高い声で咆哮する。体は更に大きく左に傾き、もう地面と並行に近い。足掻いて起こす風も弱くなってきた。

 俺は用の済んだ銃を人のいなそうな方に放り落とすと、飛び降りながら剣に持ち替える。先端の折れた刃を蝶の腹にに浅く突き立て、胴にしがみつく。ガキ二人と乃愛が目の前だ。


「片桐!」


 久浦の声が届く。距離が近い。通信はまた鱗粉で途切れちまっているか、お陰で頃合いが分かった。


「行くぞ!!」


 右手の剣を深く突き刺しながら、左手で剣を取り目の前のガキに話しかける。


「下で受け止めてくれるからな!辛抱しろよ!」

「……」


 風に消されねぇように大声で叫ぶと、言葉とは呼べねぇほどの微かな声が返事をした気がした。それを確認してから、俺は左の剣を一閃する!

 ガキを捕まえてる部分の脚が落ちていく。


「……うわあああ!」


 一人目が落ちていく。クッションは地上二十メートル、俺たちは四十メートルの辺りにいる。

 久浦の蛸モンスターの射程にはギリで届かねぇ。このままだと十メートル以上自由落下する羽目になるが、問題はねぇ。

 久浦が高く跳ぶ!蛸に自分を投げさせたんだ。空中で子供を受け止めて、蛸の上に着地する。


「よし!……うお!?」


 蝶の体がふわりと浮き上がった。


「やべ!」


 重さが減ったせいだ。安心してる場合じゃねぇ!

 左の剣で今のガキがいた辺り……腹をぶっ刺す。同時に右も折れた刃を切り離して本体の刃で胸の横を突き刺す。

 蝶は藻掻きまくるが、最後のガキと乃愛を掴んでいる脚の締付けは強くなった。

 ニ人が落ちそうにねぇのは良いが、早く助けねぇと痕になっちまうかも知れねぇ。


 次の行動に出る前に、下の様子をもう一度窺う。

 クッションは上昇し続けてる筈だが、蝶が浮いたせいか蝶との距離は変わってねぇ。落としたガキは、多分違う気はしてたが、やっぱり兄ちゃんの弟じゃなかったようだ。柳原の兄ちゃんはそれでもホッとした様子でこっちに目配せしている。


「次!急げ!」

「分ぁってるよ!」


 急かす久浦に叫び返す。三人目を助ける前に、もっと蝶を弱らせて下に落とすか動きを止めねぇといけねぇ。一人落とすとまた軽くなるわけだからな。

 下の援護を期待したいが、距離がある。クッションの上昇速度を上げんのは期待できねぇ。重量が増えた分、コントロールが面倒になってる筈だ。

 羽を切り落とすことは出来るが、博打の要素がデカいから奥の手だ。

 なら、どうする?

 俺は並列思考で次の手を考える。


 待機させてたノゾムを使う

→まだリスクが高い


 剣を更にぶっ刺す

→余計暴れる。重量が減った今は揺れがデカいから危険

→確実に一瞬でも動きを止める手段が必要



「………二人共!ちょっと我慢しろよ!

「……えっ?」


 掠れた声が聴こえた。


「久浦!兄ちゃん!俺の合図で蛸から二人で跳べ!」

「分かった!」

「いつでも良いぞ!」


 下の返事を聞いた俺はノゾムたちに目配せをして身構える。三匹が蝶の体から飛び離れた瞬間、俺は動く。


「スタニング……スパーク!」


 俺の能力である電撃を放つ!

 出力は最小。人体に後遺症が残らずに姑獲蝶には通じるギリギリのラインを攻めた。麻痺させるためじゃねぇ、ちょっとビリッとさせて怯ませられりゃあ充分だ。

 狙い通り、蝶はピクリと止まる。


「今だ!」


 左側に残った足を全部斬り落とす!剣を振り抜き、最後の刃を分離してから、双剣を腹にぶっ刺すと、転げ落ちた兄ちゃんの弟を抱えてから放り投げる。

 下の二人は蛸の上から同時に跳んでいた。空中で久浦が武器を両手で構えて作った足場を蹴って、兄ちゃんが跳ぶ。

 一瞬だけ俺の横へ並んで、弟をしっかりと受け留める。


「ありがとう!……油断するなよ!」

「おう!」


 兄ちゃんは落下しながら弟を肩の上に持ち替え、空いた手で鞭を振るう。久浦はその鞭を蹴って跳び、ワイヤーガンで蝶の尾を捕らえた。

 そのままワイヤーの長さを調整して空中にぶら下がる。

 ……そうか、減った分以上の重しになる気か!無茶しやがって!



 俺は分離させた最後の刃を踏み台にして、再び蝶の体へ飛び付く。空いた面積が広くなった分掴まりやすい。刺しておいた剣の片方に乗り、もう片方を引き抜く。

 乃愛を掴む右側の脚を狙う。


「大丈夫か!?」

「う……ん……」


 掠れた声で返事があった。手を握るとかなり冷えている……!ここまで助けた三人以上に冷えている気がする。ヤバい。これ以上衰弱したら死ぬ!

 ここで確実に助ける!


「さっきは悪かったな!」

「へ……い……き……」


 脚でがっちり捕まえられた乃愛の体は、蝶の透明化に巻き込まれた上に塗料も被ってよく見えねぇ。デカい傷はねぇ様だが服の下は分からねぇ。唇は多分比喩でなく青い筈だ。畜生が……っ!

 俺はなおも暴れる蝶の顔を横目で睨む。


「やれぇっ!!」


 ノゾムが左の触覚を切り落とした。

 同時に俺も右脚を一振りでまとめて叩き斬り、振り抜いた勢いで剣をそのまま遠くに放る。

 蝶は動きを止めている。触覚を切られて平気な虫はいねぇ。必ず異常行動を取る。

 具体的にどうなるかは賭けだったが、暴れずに止まってくれたのはやりやすい。乃愛をしっかりと抱き抱えると、蝶の腹を蹴って跳び離れる。


「久浦ぁ!」

「来い!」


 ワイヤーを離した久浦は、俺の逆側から乃愛に跳びついた。二人で乃愛を挟む形だ。共に蛸の上へと落下していく。

 俺が下になって乃愛を上に向け、久浦は乃愛を潰さねぇように途中で横ヘ退いた。


「おぶっ……!!?」


 俺の顔面が何か柔らかいもんで塞がった。

 いや違う。わざとじゃねぇ。信じてくれ。俺は無実だ。

 乃愛を持ち上げて、乃愛のよりは柔らかくねぇクッションの上にそっと置く。疲労か衝撃のせいで気絶しているが取り敢えず命は大丈夫そうだ。何せ心音もしっかり確認しちまったからな。

 許せ乃愛。あと新司。


「こっちは大丈夫だ!」


 兄ちゃんが俺たちが降りたのと逆の角から大声で叫ぶ。


「こっちもだ!!」


 俺も叫び返す。兄ちゃんは真横の空に、「全員救出」の合図の信号弾を撃つ。さんざん鱗粉を浴びまくったせいでまともな通信は期待できねえからな。

 俺は床に座って足を伸ばす。仕事を終えたノゾムたちが俺の肩に降りてきた。肩で息をしながら真上を見る。

 触覚の片方を失った蝶はぐるぐると迷走している。


 ……そしてこっちを見た。


「来るぞ!!」


 俺は声を張り上げて叫んだ。

 まずいな。俺たちが邪魔で地上の狙撃班は撃ちにくい筈だ。魔力弾なら俺たちを避ける自由な軌道で攻撃できるが、鱗粉で俺達に跳ね返るかも知れねぇからこれも駄目だ。

 兄ちゃんは蛸の上に乗って迎撃準備をしているが、倒した蝶がこのクッションの上に落ちたらまずい。蛸で直接迎撃すれば瞬殺だが、打撃の反動でクッションが揺れるからダメだ。朝来はクッションを浮かすのに必死で迎撃は無理。俺は刃が尽き、体力と魔力も少ねぇ。剣を投げるかワイヤーガンで電撃を打ち込むくらいが精一杯だろうが、それこそ蝶がまっすぐ落ちてくる危険がある。

 兄ちゃんに任せるしかねぇのか?

 久浦と目が合う。俺と同じことを考えていたようで「どうする?」と目線で問いかけてきている。

 その時……!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 森の奥の郡田隊は。作戦終了の信号弾が上がったと連絡を受け、雛を処分しようと動き出した。だがその前に小形兄妹が動き出した。


「兄さんさんチーム、死にそうだけど急げば間に合う感じに加減して撃って下さい」

「分かってるが、言い方は考えろ……酷い話だ……」


 黒音は兄に物騒な指示を出しながら、展開済みのワイヤーガンを右手で握る。兄の磐司は左手で同じようにする。二人は銃を持っていない方の互いの手を握った。


「お、おい。爆弾を使う予定だろ?」

「すぐ連絡があるわよ」


 困惑しながら止めに来た立森だが、その時、黒音が言った通りに本部から緊急連絡が届いた。蝶が餌を取り戻しに動いたという内容だった。

 郡田は次の指示を出そうとして、その必要が無いことに気付いた。


「兄妹の~、ええと美しき魂と凡庸な魂が~邪悪な~」

「早くやるぞ……電撃」

「兄さんの分際でノリ悪いわね……ツインオーロラスパーク!」


 ワイヤーを伝って強力な電撃が樹上の巣の雛たちを焼く。兄妹の連携電撃なら親の蝶すら瞬殺できるが、宣言通りに生かさぬよう殺さぬように加減して断末魔を長く響かせる。

 敵相手とはいえ酷い仕打ちに立森隊の面々は顔を顰める。小形兄妹は伸ばした側の腕を顔に寄せて片耳を抑える。逆側にはティッシュを詰めて即席の耳栓にしてある。


「何でくっつく」

「耳栓忘れたのよ」


 黒音は何故か兄の耳に自分の耳を当てている。立森たちは彼女が耳栓を入れるのを確かに見た覚えがあったが、それは指摘せず眼前の光景から目を反らし、周囲の警戒態勢に入った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 俺たちを襲おうとしていた蝶は、急に直角に北へと曲がった。まともに動かねぇ筈の左羽も無理に動かし、久浦のワイヤーを引きずり俺の剣も刺さったまま強引に全速で飛んでいく。多分だが、時速二百キロ以上は出てる。姑獲蝶の最大速度だ。ボロボロの体であそこまで出すとはな……。

 蝶がこんな無茶をするのには心当たりがある。森の中の黒音さんたちだ。やりやがったのかあのえげつねぇ作戦を。お陰で助かったが、複雑な気分だ。


 動きが単調になった姑獲蝶の頭が狙撃で吹き飛ぶ。落ちていく体を極太の魔力砲が消し飛ばした。


 それを見届けてから、俺たちを乗せたクッションは二分かけてゆっくりと地上に降下した。待機していた救護班に乃愛たち三人を預ける。

 降下中に回復した通信で、恵里たちが戦っていた地上の蝶の討伐報告も入った。

 

 まだ乃愛たちの具合を確認するまで安心、とは行かねぇがこれで姑獲蝶事件はひとまず終わった。

 気付けば辺りはもう完全に真っ暗。

 終わってみればたった三十分の出来事か。とんでもねぇ時間がかかった気分だ。俺はクッションにうつ伏せに体を投げ出して体を伸ばした。

 

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