3-13「地上班」

 狙撃部隊の配備は完了したが、まだ攻撃に移ることは出来ない。

 片桐や子供たちを避けて蝶だけ撃てる者は一人やニ人ではないが、撃った後の対処が問題だった。

 子供が落ちた時には、クッションを載せたトラックを動かして受け止めることになってはいるが、容易ではない。

 事態発生と同時に行われたシミュレーションでは、五十メートルからの落下でもクッションで命は守れるという結果は出ているが、、無傷で済む保証はない。そもそも受け止めること自体が困難である。

 クッション以外にもいくつか受け止める手段は用意されているが、保険でしかない。


 現在の地上班の任務は、落下時の対処の他に二つ。

 蝶をこの場から逃がさないことと、片桐の援護である。

 配備が終わり、間もなく作戦が開始される。

 あと五分で事態を打開できる者が到着するのだが、それを待ってばかりはいられない。子供たちは衰弱している筈だ。


 四十名弱の隊員のうち、狙撃手が二十名ほどで、近~中距離戦闘の担当が数名、他の十数名が非戦闘員である。

 その狙撃手のうち九名が同型のライフルを構えた。

 実体のない魔力弾を撃ち出す『プルート』と呼ばれる狙撃銃だ。

 煙幕が十分に晴れるのを待つ。

「撃て!」


 蝶の上方の十メートルを狙い、まず三名が銃を撃つ。

 三発の光弾が薄い煙を貫き、鱗粉の範囲外から空を昇る。

 魔力弾は目標の空点で円形に広がり、そこから蝶の頭上へと雨のごとく降り注ぐ。


 一般に魔力弾は実弾より威力が落ちるが、実体がないので軌道や形状を自在に操れるという利点がある。

 また魔力の純度を上げて物理的な威力を落とし、常人には殆ど無害にしてある。それでも威嚇には充分だ。



 蝶は雨の如き弾幕を逃れようと前方の東へ突進し、顔面に刃の峰打ちを受けて怯む。身を翻して北に転回すると行く手を地上からの雨が阻む。


 今度は魔力を付与した実弾による射撃である。まともに当てればこれで蝶を倒せていたが、無論わざと外したのだ。


 蝶が西や南へ向かっても同様に足止めを食う。

 そこへ上空からの魔力弾幕のニ射目が降り注ぐ。今度は少し威力も上げてある。

 先程とは別の三名による狙撃だった。いわゆる三段撃ちの要領で交代して攻撃している。

 四方と頭上を塞がれた蝶は下降するしか無い。高度三十五メートルまで急降下し、そこから再度南下を試みる。


「止めろ!」


 地上班は南へ火力を集中する。


「くそっ」


 狙撃を終えたばかりの南側の隊員が急いで装填を行う。

 実弾狙撃銃『マーキュリー』は型によって装弾数三発か六発であるが、今の狙撃で第一射の担当はそれを撃ち尽くしていた。

 当てない弾だからこそ出し惜しめば付け込まれるからだ。


 実弾銃の班もニ~三波に分かれてはいたが、同じ方角に連続で来られると僅かに弾幕が薄くはなる。

 姑獲蝶に銃の構造や装弾数までは分かりはしないだろうが、「技後」の概念くらいはあるのだろうか?

 眼前の弾幕を後ろ宙返りで回避した姑獲蝶は別の方角へ転回する。


「いや、違う!!」


 上空の片桐が刃のLEDで蝶の向かう先を示す。

 蝶は展開すると見せかけて三度南へと突進した!


「っの野郎!」


 南側部隊が三度弾幕を張ろうとした寸前、東からの弾丸が蝶の顔面を浅く抉った。続いて西や南、直下からも同様の実弾や魔力弾が浅く命中する。

 一斉狙撃に参加しない遊撃班の狙撃である。彼らは連携が崩れた際のフォロー要員だ。


 牽制とは信じ難いほどの至近弾。

 蝶は流石に強行突破を諦めたのか、地面に側面を見せる飛び方で中央へ取って返す。

 そこを頭上からの魔力弾幕の第三波と四方から至近への狙撃が襲う。

 蝶は大きく仰け反って羽ばたきを止める。

 力を失い、ふわりと降下する。



「やべ!」

「当てちまったのか!?」


 蝶は五メートルほど高度を下げた。


『まだです!またブラフのようです!』


 麻衣が警告する。彼女は情報整理の為、片桐とのやり取りを一手に担っている。

 その片桐は自由落下を利用しながら魔力弾の残滓へと突っ込んでいく。最早攻撃能力を失った残りカスではあるが、通過すると僅かに体が痛み、通信が乱れた。


「皆!歯ぁ食いしばれ!」


 乃愛と子供達に警告を発すると体を丸める。


「……おらぁっ!」


 そして飛び蹴りを放つ!「落ちると見せかけての急上昇」を試みた蝶の頭に蹴りが叩き込まれ、蝶はバランスを崩して本当にふらりと落ちていく。高度二十五メートルの位置から更に下がっていく。



「急げ!」


 高所作業車が蝶の真下へと急行する。作業台より広い面積のクッションの中央には、不安定な姿勢で郡田親子と柳原が待機する。

 彼らは頭上を見据えながら蝶に跳びつく準備をする。

 周囲のトラックや樹の上でもワイヤーガンや、空中で展開して大きな網になるネット弾など、蝶の拘束や子供たちを受け止める準備を始める。やがて車は蝶の真下に追いつく。


 蝶の高度は地上二十メートル。作業台からは五メートル上だ。

 彼等の身体能力なら跳んで届く。一同が身構えたその時、蝶の羽がピクリと延びる。

 体が徐々に浮き始める。体制を立て直そうというのか!?


「させるか!」


 柳原は跳躍し、鞭を振るう。彼の腕なら岩を引き裂くことも子供を無傷で引き寄せることも自在だ。

 未だにに蝶の本体……そればかりか蝶が掴んでいる子供達も透明で、その上から塗料弾が掛かっている。

 人数は数えられるが、高校生の乃愛はともかく小学生三人のどれが誰かまでは分かりにくい。ましてや咄嗟のことで良く見る余裕などない。


「てやぁ!」


 一番手近にいた子供を捕らえている脚を粉砕する。


「……!!」


 口が悴んでいるのか声にならない悲鳴を上げて、子供が落下する。


「お願いします!」

「分かった!」


 その子供が弟であるかも確認せぬままに郡田に任せ、自身は片桐が寄越した刃を足場に二撃目を放つべく跳躍した!蝶は再び二十五メートル付近に上がっているが、足場のお陰でなんとか届く!

 まさにその時。




「避けろおおおおっ!!!!」


 地上三十メートルで蝶を待ち構えていた片桐が声帯を破らんばかりの怒声で叫んだ。




 高所作業車が宙に浮いた。

 周囲のトラック、道路両脇のガードレール、細い樹木……浮き上がり、折れ曲がり、或いは倒れていく。

 助け出された子供―少女だった―を咄嗟に抱き抱えた郡田は、作業台から投げ出されながらそれを見た。



 西に数十メートル先にいるそれは、この三十分近くの間、スマホの妖怪図鑑のデータ上では何度も確認した姿だ。一匹目は透明だったその姿が見えた。

 あれこそが姑獲蝶の二匹目。

 透明個体のつがいにして、未だ存在の有無すら未確定だった目標Bに違いなかった。




 猛風が吹き荒れた。アスファルトが捲れ上がり、高所作業車が横転し、トラックもガードレールや電柱、樹木に叩きつけられた。



 つがいの危機に目標Bが文字通り特攻してくることは想定していた。

 その上でのこの被害。


 しかし索敵や迎撃の担当を責める者は殆どいなかった。

 姑獲蝶の最高速度は過去の記録では平均二百キロ、最大でも時速三百キロ程度だった。

 目標Bは……明らかにそのニ倍以上の速度、時速六百キロで突撃してきたのだ。


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