3-12「空中戦」
俺に撃たれた後も、姑獲蝶野郎は同じ場所で滞空を続けている。俺が飛び道具を持ってるから、背を向けて逃げるのは下策と判断したのか?透明なせいで『表情』が読めねぇから憶測だけどな。
「乃愛!ガキども!おい!声出せ!生きてんのか!」
俺は耳を澄ます。呻くような声はするが返事はねぇ。
真冬の夕方。しかも地上五十メートル。気温は余裕で氷点下だ。そこを時速百キロで二十分も連れ回されている。凍死寸前でもおかしくねぇ!
「そうだ!エイジ、心音分かるか!?」
鋏で警戒音を鳴らし続けていたエイジが静かになる。
そして、大きく四回鋏を鳴らした。四人分の心音が聞こえたってことだ!
「よし、信じるぞ!」
俺は左手で剣を、右手で粘着弾の銃を構えた。
「やれ!」
コクワガタのノゾムは既に俺の腰にいた。指示に応じて分析用のドローンのスイッチを押して開放する。
俺の装備を確認しとこう。
今飛ばした索敵用のドローンからは俺のグラスと本部に情報が行く。
二本の剣は刃を分離して飛ばせるもんだが、刃を制御するには剣を持ち続ける必要がある。滞空し続けるには刃の足場は必要不可欠だから、常に片手は剣で塞がっちまう訳だ。
そして装弾数があと三発の粘着銃と、発煙弾と追跡用ビーコン弾の銃が一つづつ。
姑獲蝶の一匹くらいは俺一人でも倒せるが、乃愛たちを救う手段がねぇから迂闊に手が出せねぇ。
せめて一人だけならどうにか受け止めて地上に降りる自信はあるが、二人以上は厳しい。その辺の方法は今考えても無理だ。援軍が来てからにする。
今はとにかくそれまでの時間稼ぎと透明状態の解除だ。そして可能なら奴の高度を下げる!
「おらぁっ!」
意を決した俺は粘着銃を剣と交換し、二十枚の刃で奴を上から切りつける。蝶は俺の下を目指して躱すが、俺は高度を落として進路を塞ぐ。
激突を覚悟したが、蝶はふわりと後退して口吻を俺に向けた。先端から吹き出された麻酔液を、刃を足場にして側転気味に避ける。
蝶が羽を強く後ろに引く。まずい!
俺は宙返りで十メートル後ろに跳んだ。突風が吹き付けるのを四枚の刃を交差させて堪える。羽ばたきとともに鱗粉が舞い、元いた場所に残しちまった刃の三枚が力を失って落下し、操作圏外になる。
「くそっ……やべぇな」
鱗粉の妨害効果だ。魔術や電波が妨害される。本部との通信が邪魔されるのも面倒だが、それ以上に俺の刃と相性が悪い。まともに被ると制御を失っちまう。
俺から見て追い風だったのは運が良かった。向かい風なら足場が全滅もあり得たぜ。下手を打てば、乃愛たち以前に俺が転落死だ。
『片桐くん!風は現在微風で北東から吹いています。そのまま東を背に戦えば鱗粉を被りにくい筈です。目標B出現への警戒も貴方の後ろを取られないよう、東側に重点を置いています』
麻衣さんの支援情報だ。グラスにも映ってるが戦闘中は見辛いから言ってくれるのは助かる。
「サンキュー麻衣さん。……そっちで奴は見えるか?」
「いえ。地上からの観測及びドローンでは捕捉不能です。粘着弾が当たった部分だけは見えていますが、それ以外は少なくとも光学・熱・電波・音では捉えられません。霊波とスマホの電波が僅かに分かるだけです」
「そうか……」
鱗粉のおかげで奴の輪郭が一瞬見えたが、また見えなくなってきた。
奴がどうして透明化出来るかはさておき、輪郭が見えるってことは原理は光学的なものだ。俺の認識に干渉する幻術タイプじゃねえなら、手はある。
右の剣を鞘に戻す。ホルスターから拳銃サイズのランチャーを引き抜き、粘着弾の跡めがけて引き金を引いた。奴は後ろへ飛び退いたようだが、遅い。つうか無意味だ!
「煙いと思うが我慢してくれよ!」
乃愛たちに呼びかけた直後、煙幕弾が空中で炸裂する。
辺り一帯が……体育館くらいの広範囲が煙に包まれる。
奴の姿が一瞬別の意味で見えなくなったが、奴は羽ばたきまくって煙を飛ばそうとし始めた。かえって居場所が分かりやすい。また鱗粉も舞ってるが、煙の粒子に押し返されてあまり広がってねぇ。
こうやって鱗粉を押し返す為の煙幕弾だったが、本来なら敵が見えづらくなるデメリットがあった。だが奴が透明だったせいで逆に見やすくなった訳だ。何が幸いするか分からねぇな。
とにかくチャンスだ。
俺は煙で身を隠しながらまず上へ、次に奴の左……北側へと刃を跳び渡って移動する。一応、奴が逃げねぇように煙の外側から十五枚の刃で包囲している。今なら鱗粉に巻かれて落ちる心配もねぇしな。
剣一本で制御できるのは二十枚だけだから、今は残る五枚だけが足場だ。というかかこの必要最小限以外を包囲に回したんだがな。
右手で銃器を持つと刃のやりくりが大変だ。
使い終わったランチャーを麻衣さんに断ってから下に放り捨て、同型のもう一つのランチャーに持ち変える。両手が自由に使えりゃ弾だけ替えりゃいいが、今は常に片手が剣で塞がるから銃ごと変えるより仕方がねぇ。
今度は、蛍光ペイント剤とビーコンを撒き散らすマーキング弾だ。
これは元々、透明な妖怪対策用だ。まさか姑獲蝶に使うことになるたぁ思わなかったがな。
大勢の隊員がいた上を通った筈なのに目撃者ゼロだった時点で、本部は蝶が見えにくい色をした変種の可能性を考えていた。その上日没も近かったから、コイツを送ってくれたんだ。
まさか完全な透明になってやがるとは予想外だったが、ちょうどいい。
コイツを撃ち込めば地上から援護して貰えるし、万一逃げられちまっても追える。
「……つっても、逃がすつもりはねぇけどな!」
俺は射線の煙が晴れた瞬間に、奴に弾を撃ち込んだ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
-地上部隊。作業車の上の三人に駆から通信が入る。
『桐くんからの伝言です。「エイジの奴が心音を四つ確認した」、だそうです!』
「つまり生きてるってことか!?良かったな!ヤナ!」
「はい!」
梯子を降ろした青年、
「エイジって誰だっけ?」
喜びながらも問いを発したのは良成の父、
「はる君のクワガタですよ!」
「ん?ああ、そうか」
郡田に答えたのは、北側のトンネルから梯子で降りてきた瑠梨だ。作業車に駆け寄ってくる。
上昇していた作業台は下へと降りる。間もなく到着するクッション材を積んでから、再度上昇するのだ。柳原は、徐々に赤みの減る星空を緊張気味に見つめている。
一時的に降りている間に弟たちが落ちてこないか気が気ではない。
良成は、サイバーグラス上に並べた上空の拡大映像とドローン中継映像を確認しながら瑠梨に注意を促した。
「危ないから下がっときなよ」
「大丈夫です。あっ幸川さん!」
「おーい!無事か!」
瑠梨から見て作業車の横、道路の向かいから幸川が坂を駆け上がってきた。
里見が丘は風科の南側を見通せる高台で、下の道路からは二十メートルほどある。
幸川の来た方向からは車の走行音がした。作業車の上にいる三人には、幸川が乗ってきたトラックとその荷台の上の人影が見えた。
郡田が呆れ気味に驚く。
「荷台から跳んできたのか!?何もそこまで急がなくても」
「いや、桐くんを行かせちゃった手前、いても立ってもいられなくて」
道が蛇行しているので、トラックが着くには三十秒は掛かるが、接近戦担当の幸川が一人で先行しても仕方がない。人手はほ欲しいが、焦っても労力の無駄だ。
幸川は作業台を見上げ、柳原に声を掛ける。
「桐くんのクワガタの能力は俺もさっき見たところさ。信じていいと思うぞ、ヤナ!」
「ええ……信じてますよヨッシーさん」
「あっやべぇ。落ちてくる!」
グラスで上空を警戒していた良成が呟く。
「どうしたんですか!!?」
「あっいや違う違う!……小さいのだ!子供じゃないない!」
弟に何かあったのかと誤解しかけた柳原に慌てて訂正する。
「脅かさないでください!」
「すまん!!」
『地上班へ!ブレード三枚が落下してきます!回避体制を!』
麻衣がやや焦った声で報告する。
「瑠梨ちゃん!」
「はい!」
幸川は瑠梨を作業車の下に押し込むように逃がすと、運転手と助手席にも注意を促してから作業車の屋根へ一跳びに乗る。
刃がこの作業車に当たる確率は低いし、運転席をぶち抜く可能性は更に低いだろうが念のためだ。この作業車は対妖怪を想定していない普通の車なのだ。
数秒と置かずに光が見えた。刃は足場にも使うため、刃側と峰の区別の為にLEDライトがついている。鱗粉で狂ったのは魔力関連のみで、電気で点くLEDには影響がなかったらしい。おかげで落下先の予測は容易だった。一枚目は草むら、二枚目は路上に落ちた。
三枚目は作業車の左を掠めるところを柳原が鞭で回収した。
「ちょっとは借りを返せたかな」
「まず『貸してもらう』のがこれからだろ?」
少し満足げな表情で、横から手を伸ばす郡田に刃を預ける。上を向くと濃い煙が半径四十メートルほどの範囲に広がっていくところだった。煙幕弾だ。
「うわ、何も見えねぇ」
良成はグラスを外す。ドローンの映像も途絶えては、肉眼だけで見たほうがマシだ。
『次はランチャーが降ってきますので回避体制を維持してください。残弾は空です』
「勿体ねぇな」
「捨てるしかしょうがないだろ。飛べるの桐くんだけなんだから……飛んでる訳じゃないか」
「あのおっばいのでかいロボットの姉ちゃんはどうした?確か飛べただろ?」
「森の中だよ……」
郡田親子の会話の横で、柳原は鞭を構える。子どもたちを含む落下物への対処が彼の役目だ。
車の下の瑠梨以外、全員が空を注視する。夕日が殆ど沈んだ空は暗く、煙幕まである。ランチャーが見えない。刃と違って発光体がついていないのも災いした。
耳も澄ましてみるが、折悪しく両側から援護の車が近づいてきた為、何も聞こえない。
「これでどうだ?」
幸川が空に剣を突き出し、彼の能力で先端を強く光らせる。郡田親子も懐中電灯で空を照らす。柳原は必死で目を凝らす。
「あ、あれか?」
郡田がそれらしいものを見つけるが、丘の端よりも南……何もない方へと落ちていくところだった。
「俺が……!」
「良いから」
柳原が飛び出しかけるのを郡田が止める。あのランチャーは量産品だ。落下で壊れるかも知れないが、下に誰もいなければそれでいい。位置的に援護の邪魔にもならないだろう。下手に動いて次の事態に備えられないほうが不味い。
ランチャーは丘の端から五メートル、地上高も五メートルの辺りまで落ちてきた。
「とりゃあっ!」
それを丘の西側から跳び出した少年が空中で受け止め、その先の東側へと着地した。
「ふぅ……無事回収」
「礼太くん!」
中央から合流した永友礼太だった。彼に数秒遅れて、里見が丘の左右からトラックが到着する。運転手の若者がボヤく。
「ヨッシーさん先行かないで下さいよ!こっちをツガイに襲われたらどうするんすか」
「悪い悪い。でもまずはこっちだしさ」
幸川に置いて行かれた東側のトラックからは狙撃手数名とそのサポーターが展開する。
西側からはトラック三台が一辺十メートルの正方形型の白いクッション材を運んできた。その内の一つを高所作業車に横付けして移し替える。
更にトラックやワゴンが東西から続々と到着し、人と物を降ろすとスムーズに後続とすれ違って離脱する。
風科を囲む環状道路の中では、里見が丘付近は幅が広い方ではあるが、それでもトラック三両を横に並べるのが限界である。
必要以上の人と車両は、かえって救出の邪魔になる。撤収した者たちは一般車の通行止めの作業と、ツガイの目標Bへの警戒に当たる。
こうして里見が丘に四十人弱の隊員とクッションを乗せた車両五台が展開を完了した。
「こっちへ!」
「はい!」
瑠梨は車の下から出て幸川と合流し、対空バリケードの下へと移動する。落下物への防御板に射撃用の穴が空いたものだ。近くでは狙撃手たちが同じものの影に隠れている。
『地上の全部隊へ!片桐くんが目標Aへのビーコン弾命中に成功しました!』
麻衣から一報が入ると、隊員たちは静かに快哉した。安心するには早過ぎるが、これで援護が出来る。いよいよ出番だ。
『鱗粉で多少の撹乱はされるとは思いますが、全身に付着させたので影響は最小の筈です。データ、同期します』
本部や車両のモニターや隊員たちのグラス上に姑獲蝶が映し出される。数百のビーコンが付着したことで、蝶の輪郭ばかりか捕まった四人の影も無數の光点として確認できる。
『視覚的にも蛍光塗料が付きましたので煙が晴れたら確認して下さい』
そう告げられた時には狙撃手や観測手の数名は煙の隙間から早くも敵影を確認していた。
「生きてるぞ!」
肉眼で見ていた誰かが叫んだ直後、ビーコンの動きを本部がピックアップして映像を配信する。捕まっている四人に、蝶の動きと連動しない挙動が見られた。
やはり全員生きている!
「よっしゃ!」
先程より大きな歓声が上がる。後は助け出すだけだ!
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