3-9「地下道」

 屋敷の垣根を跳び越えてからしばらく走り、近所の僚勇会員の家の地下ガレージへと、坂状のスロープを下って入る。

 外から見て陰になる位置にある扉、そのすぐ横に据え付けられた認証機にスマホを当てて扉を開ける。

 開くのが早いか、中に飛び込む勢いで入ると更に少し階段を降る。そうして俺たちは縦横の幅が十メートル程度の地下道に出た。

 俺たちが入ったのに反応して オレンジの常夜灯が点いた。


 この地下道は風科の地下に縦横無尽に張り巡らせれている設備で、その殆どにニ・三本のレールが通っていて、その上を専用の乗り物や貨車が高速で走る。僚勇会地下施設内で物資を運んだり、今のような町中に妖怪が出た時に対応する為のもんだ。


 俺たちは線路の端に留めてあるレールブルームに乗る。

 これは、二人乗りのバイクからタイヤを外して、下部を真ん中から割いて、モノレールのようにレールを咥え込ませたような大きさと形だ。

 俺が前に乗り、瑠梨は後ろ。俺の背の半分辺りの高さに後部座席用の掴まる所がある。操作系は風防の内側にコンソールがある意外は普通のバイクと大差ねぇ。体を頑丈なベルトで手早く固定する。


「行くぞ?」

「うん」

『いつでもどうぞ!』


 オペレーターの麻衣さんの声。さっきから俺たちの対応をしてくれてる人だ。

 ブルームは手動操作でも動くが、基本的には本部任せになる。鉄道路線みてぇにルートが固定されてりゃ手動で良いが、この地下道は風科の殆ど何処へでも行ける代わりにルートが複雑で、覚えるのは難しい。本部で集中制御してくれねぇと迷ったり他のブルームと事故る危険がある。今は俺たちだけだから、事故りはしねぇが、どの道ガイドは要る。


 合図を受けた俺は起動ボタンを押した。車体がふわっと微かに浮かび上がってから沈み込み、連結器がレールを咥え込む音が響く。そして徐々に前進が始まる。

 初速は原付程度だが、そっから数秒で一気に時速ニ百キロまで加速する……!

 体にかかるGに耐えながら俺はハンドルを握り締める。


 俺たちが進むごとに前方の照明が自動で次々に点き、後ろのが消えていく。

ルートは人任せから、俺がすることは加減速だけだ。バックミラーの角度を調整して瑠梨の様子に注意を払いながらも、カーブでも百五十キロを下回らないように速度を調整する。

 そこへ森の中の黒音さんから本部経由で通信が入った。蝶の巣を見つけたそうだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


「……じゃあっ!森の中に他の蝶は見当たらねぇんだな!?」


 俺はカーブの横風に煽られながらインカムに叫んだ。


『ええ、雛だけよ。処す?処す?』


 黒音さんは、事態を分かってやがんのか疑いたくなるようなウキウキとした声で聞いてくるが、今殺るのはどうだろうな……。


『いえ、まだ早いでしょう。姑獲蝶は巣へ戻ろうとする筈。場合によってはそこへ誘導して子どもたちを降ろさせるのも手かもしれません。既にいつでも結界の一部を開けられるように準備中です』


 答えたのは衛守の爺さん。篠森のおっさんの家の執事長で僚勇会の副司令官だ。


『そうね。取り敢えず爆弾も有るだけ仕掛けたし、焼くのはいつでも出来るわ。今は距離を取って隠れてるけど、もし『つがい』が来たら倒して平気よね?』

『ええ。巣に近づいて来るようであればお願いします。森の中の他の場所で見つかった場合は、他の部隊を向かわせますので、貴方がたはその場を離れないようお願いします』


 黒音さんは副隊長の筈だが、自分の隊長である立森たてもりのおっさんを差し置いて話を進めていく。


 俺たちが警戒しているのは「つがい」……つまり夫婦の片割れだ。姑獲蝶は夫婦で子育てをする。乃愛たちを攫ったのと別にもう一匹何処かにいると思ったほうが良い。

 今回は敵の姿はまだ確認されてねぇから乃愛たちを攫ったのをアルファ、いる筈のつがいをベータと仮称している。どっちが雄か雌かまでは分からねぇ。普通なら二匹が交替で巣の見張りと、外回りを分担するはずだからな。

 巣の近くにつがいがいねぇのも妙な話だが、今は「いる」と仮定して警戒しておくしかねぇ。最悪、こっちも外にいるのかもな。


 この間も俺たちのブルームは進む。奴は最初に反応を捉えた場所から移動し続けているらしく、それを追う俺も動き続けてる。

 何とか先回りしてぇが、行動パターンが割り出せねぇらしい。鱗粉のせいで反応が途切れ途切れな上に、それを考慮してもなお、飛び方が滅茶苦茶っぽいからだ。


「もしかして、どうにかして結界の外に出て乃愛たちを攫ったはいいが、森の中に戻れなくなって混乱してるってところか?」

『それは専門家としての見解ですか?』

「……ああ。だから確かに開けるのも手かもな」

『なるほど。ですが、敵の位置を特定しないうちに結界を空けるのも危険ですからね。最悪の場合、Aが外に留まっているところに、森の中にいたBを合流させてしまう可能性もあります』

「分かるけどよ、時間も問題だろ?」


 乃愛たちが攫われてから既に十分近くが経った。

 確かに親の蝶は人は食わねぇ。幼虫に食わすだけだ。嘴が二つ有る変異体は別だが、怜人が一つだと証言してくれてるから、そこは大丈夫だ。

 だが、空を連れ回されてる乃愛たちの体力と精神が心配だ。上空は寒いし、落ちるかも知れねぇ。蝶が飛び続けるにも限界がある。 大人しく町中で降りてくれりゃあいいんだが、巣に戻りそこねた姑獲蝶の行動パターンなんて俺にも予想がつかねぇ。


『GPS……駄目です。端末を持ってる子の保護者に連絡が付きません。出張で関西に行っているようで、直接の接触もすぐには……くそっ!』

 

 別のオペレーター……俺のクワガタ仲間のかける兄ちゃんが悪態をつく。やべぇな。折角教えて貰った手掛かりが……。


『中部支局には依頼を掛けていますが……』


 ここでいう中部支局ってのは魔術師連合の日本の中部地方を束ねる所だ。電話番号から直接端末にアクセスして貰う依頼をしたってことだろう。


『時間が掛かりますか……』

『はい。急いでも二十分は掛かると、畜生……』


 兄ちゃんが爺さんに無念げに伝える。まずいな……そんなに長く四人が保つか?


『そんな風に言ってはいけませんよ。個人情報ですからね。本来彼等の管轄ではありませんから。しかし……』

『町の残存部隊は現在、各所に散って何処に目標Aが出現しても即応できるようにしています』


 麻衣さんより少し貫禄がある声は戦術担当のオペレーター、紹子しょうこさんだ。


『ですが問題は三つ。一つは敵の居場所の件。二つ目は救出方法です』

『救出……あっ!』


 姑獲蝶はB級妖怪。あまり強くはない。居場所さえ分かればスナイパー二、三人いれば撃ち落とすのは簡単だ。ただ仕留めた所で、四人は空中だ。どう拾うかが問題だ。


『姑獲蝶は地面には降りないようですから、何とか低空飛行させるか、樹上に止まった所を倒したいですが、誘導が困難です』


「やっぱり私が……」


 瑠梨が呟く。


「よせ馬鹿!」


 瑠梨の言葉に反射的に振り向いて怒鳴っちまった。思わず減速し掛けたところを再び加速させる。

 話している間にも奴はまた移動しやがったようでブルー厶が逆方向に誘導される。ビュンビュン飛びやがって……!乃愛たちになんかあったら、ぶっ殺してから地獄でもう一度殺してやるぞ!


『それは待って下さい……瑠梨さんは私が指示するまでは片桐くんの指示に従ってください』


 副司令も瑠梨を制止してくれた。


「そうだ。まず俺たちがやらねぇでどうする!?」

「……分かりました」


 瑠梨はひとまず引き下がった。

 紹子さんが続ける。


『そして三つ目ですが、蝶の町への侵入経路です』

『それは後で良くないですか?』


 若い女オペレーター……確か半年近く前に入ったみちるさんだったか?……が聞いた。

 俺も一瞬同意しかけたが、よく考えると侵入経路は重要だ。


『先程の副司令の策を取る場合が問題です』


 紹子さんの言葉を説明を副司令が引き継いだ。


『ええ、私が言った蝶を巣に誘導して降ろす策。敵の習性を思えば一番安全確実に思えますが……』

『すぐにやらないのは瘴気のせいです……よね?』

『そうです。森の上空は瘴気は平均して薄いですが乱れも激しい。突発的に濃い瘴気を吸ってしまう恐れがあります』

『それでも長引いても子どもたちが危険なのも確かです。ですので蝶が何処かに止まるなどしない限りは……4:45を以て誘導作戦を決行します。ただし森の中に入る前に足止めと包囲を行い、地上へ落とし子どもたちの救助を行います』


 今は39分。つまりあと6分だ。このまま奴を捉えられねぇ限りはコレが最善だと俺も思う。


『問題は……奴が穴を目指すか、です』


 結界を開ける予定の場所には、乃愛たちを受け止める巨大なクッション材や、ツクヨミ隊の狙撃手たちが既に待機しているそうだ。奴がここを通ろうと近づけば、森に入る前に助けられる可能性は高い。


『もし、我々の知らない結界の抜け穴が有るとすれば……蝶はそちらを目指すかも知れません』

『ありえない話ではないですね。何せ、月曜の事件のこともありますから』


 紹子さんが補足したように、バケグモ事件でも妖怪や被害者の出入りは謎のままだ。俺たちの知らねぇ抜け穴がある可能性はある。


『そんなのが有るとして……なら何故奴はフラフラ飛び回ってるんですかね?そっから戻ればいいのに』


 駆兄ちゃんが尋ねる。


『……例えばですが、抜け穴が収縮を繰り返しているとしたらどうです?実際、過去にはそういう故障もあったようです。随分昔のことですが…』


 爺さんがそう言うってことは相当昔らしい。俺も昔の記録は読んでるが、少なくともここ二、三十年の記録でそんな話は聞いてねぇと思う。


『どちらにせよ、奴が接近したタイミングで穴を開ければ、抜け穴に構わず、開けたほうの穴を通るかも知れませんが…』

『罠だと警戒されませんかね?』


 みちるさんの懸念には俺が答えた。


「いや、大丈夫だと思うぜ。俺も姑獲蝶の実物はそんなに見た訳じゃねぇけど、あんま頭は良くねぇ筈だ。何よりとっとと巣に帰りてぇだろうからな」


 まぁそうはさせねぇけどな!


『作戦開始まであと五分です』


 麻衣さんが告げる。


『携帯の電波の方はどうでしょうか?』

『ダメです。やっぱり町の電波が邪魔で……』


 兄ちゃんが爺さんに答える。位置情報の取得が無理なら電波自体を拾えないかと試したらしいが、難しいよな……。


『町中を停電させる訳にもいきませんからね。それでは目標Bが街にいた場合、動きやすくなる上に防衛力も落ちてしまう』

『目標Aの霊波は、依然として断続的に上空のあちこちで観測されています。一度の観測は長くても一・二秒程度で、まだシステムも移動の法則性が掴めていませんね…』


 紹子さんの声は苦々しげだ。


『敵の位置が掴めない以上、不確実さは増しますが、やはり先に結界を開けるしかありませんか……』

『では作戦準備を進めましょう。片桐くん。現在地から引き返して作戦地点に合流して下さい』

「……分かった」


 俺と瑠梨は今、風科の東端にいる。

 飛ばせば三分と掛からずに作戦地点の森の中央入口に着く。森の久浦たちや、学校の会長たちも50分頃には到着の見込みらしい。


『主力以外は念の為、分散を続けます。片桐くんに空中で足止めをしてもらって、狙撃で羽を削り、落ちた所をクッション材で受け止めます』


 乃愛たちを落とす前提なのが不安だが、ガイアのやつが戻らねぇ限り、風科で空中戦が一応でも出来るのは俺くらいだ。

 これは僚勇会の落ち度ってことはねぇと思う。本来、上空に出向く必要なんてねぇんだからな。

 森の中じゃ機械や魔術でも上手く飛べねぇ。ドローンくらいのサイズを地上数十メートルまで飛ばすのがせいぜいだ。平然と飛べるガイアがおかしい。仮に飛んだとしても、さっきの会話でもあったが高濃度の瘴気が飛んでくる危険もあるし、そもそも森じゅうの妖怪の格好の的になる。

 そして森の外でも俺たちが飛ぶ必要はねぇ。結界を抜け出た空の妖怪は対空迎撃で撃ち落とす。万一、人が空に攫われたら、普通は助ける間もなく手遅れだ。



 にしても奴が来なかった場合を考えると怖い。居場所を掴みてぇが、本当に何ともならねぇのか……?


『中央に蝶が来なかった場合、及びBの捜索のために町の外からも増援が来てくれます。到着は五時近くになりそうではありますが……』


 町の外……増援……!


「はる君?どうしたの」


 後部座席の瑠梨の声で、軽く沈みかけた意識が戻る。


「そうだ!一つ手があった!」

『手とは?』


 司令室で各所に指示を出していた爺さんが問いかけてくる。


「ああ。悪い。簡単に頼っちゃいけねぇと思って気づくのが遅れた。俺に『つて』がある。位置情報を掴めるかも知れねぇ!」


 俺は少し減速してスマホで電話を掛けた。そして瑠梨に持たせて俺の耳に当てさせる。


「ただし、ちょっと僚勇会が上に文句を言われるかも知れねぇ。多分普通に犯罪だしな……」

『それは……』

『私が許可しよう』

「おっさん!?」 


 紹子さんを遮り、篠森のおっさんが通信に入ってきた。


『すまない。少し前から聞いていたよ。到着は五時を過ぎそうだ。すまない』


 今日も昨日に引き続きどっかでお偉方と会ってきた所だろうに。休めてんのか心配になるぜ。


『上は後でなんとでもする。必要なら千万単位で依頼料も用意しよう』

『……いや金は要らんぞ。別のものが欲しい』

『……ん?』


 俺とおっさんの通信に割って入ってきたのは、今まさに俺が電話を掛けた相手だった。コール音が止まる。


「愛衣……お前な」

「え……誰?女の子」


 俺は無言で片手を出すと、瑠梨からスマホを受け取り懐にしまう。もう手を塞ぐ必要もねぇ。

 前を見ると、ブルームのモニターから中学生未満の背丈で妙に長い袖の白衣を着た、ピンクの長髪の女がにょろっと湧いて出てきた。


「よ!」

「おう」


 モニターから出てきた。


「え?」


 俺の後ろで(恐らく)瑠梨がキョトンとするのに構わず、愛衣は風防の上にぴょこんと立つと通信と生の声の両方で喋った。

『「私はサイバー・チルドレンの長女、龍宮愛衣たつみや あい。既に位置情報や隣県を含めた霊波・気象情報などは把握済みだ。後はお前たち僚勇会が受け入れるかどうかだ』」

「愛衣」

「なんだダーリン?」

「降りろ」

「酷いじゃないか!文字通り光速を超えてマッハのスピードでネットをサーフィンして飛んできたのに!彼女に向かってそんな言い方!」


 アホ長い袖をぶんぶん振り回して、あることないこと抜かしやがるが、それどころじゃねぇ。 

「彼女じゃねぇし、ホラ後ろ!しゃがめ!」

「へ?」


 愛衣の後ろで通路の天井が低くなっていた。愛衣は振り向き途中の側頭部を時速百二十キロで思い切りぶつけてブルームからすっ飛んだ。


「しゃがめっつったのに……」


 立ってさえなきゃぶつかる位置じゃなかったのによ……。

 愛衣はブルームの左側のアスファルトの地面に叩きつけられ、何度も撥ねながら後方に消えていった。

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