3-6「帰り道」

 俺と瑠梨は学校が終わるとすぐに風科に帰された。

 ラッタの奴に半ば押し込まれる形でバスに乗らされたんだ。


 今は四時少し前。月曜にも来た駄菓子屋、佐藤商店にいる。

 こうしてる間も久浦と朝来、藤宮先輩は森の中で捜索に加わり、ラッタももうすぐ合流する。

 佐祐里会長たちは会議で、恵里は部活、大人たちも勿論大忙しだ……すっげー罪悪感がある。


 瑠梨はいい。昨日も巫女業で働き詰めだったからな。

 でも俺は病み上がりっつっても、不調はねぇから事務くらいは出来るし、合計で丸一日近く寝ていた。むしろ休み疲れたくらいだ。

 会長には昼の会議が終わったタイミングで瑠梨と一緒に会いに行った。

 リハビリにも兼ねて学校の方だけでも手伝わせてくれ、と言ったんだが、病み上がりが無理をするな、とのらりくらりだった。

 終いには、俺に何か有ったら自分の責任問題だ、と泣き真似までされた。

 それは卑怯だろ……?


 佐藤のばぁちゃんのいるカウンターに商品と、その時に会長に押し付けられた今日期限の割引券を出した。

 明らかに会長の手書きだったが、普通に使えた。



 瑠梨と二人、畳の床に座って土間に足を伸ばす。


「……まあまあ、そのハチマキが取れたら、その分頑張ればいいじゃない」

「お前が、そういう援護射撃するから会長に押し切られたんだぞ」


 呑気な口調の瑠梨に嫌味を言ってから、あんまんを食べる。


「あとハチマキじゃねぇ」

「包帯……じゃないよね?ターバン?」


 とぼけたことを抜かす瑠梨は白いアイスバーを食ってやがる。だから屋内とは言え冬だぞ?

 寒々しさに思わず身震いした俺は、錆の目立つ石油ストーブの前に移動して残りのあんまんを食った。

 瑠梨は膝立ちになって片手でスカートを押さえながら寄ってきた。


「こっち来たら溶けるぞ」

「その前に食べちゃうよ」


 そう言うと、残り六割ほどになってたアイスの半分までをパクリと咥えた。見てるだけで寒い。

 動いたついでに改めて周りを見ると、ガキどもは三人しかいねぇ。月曜は五時過ぎでも倍はいたのにな。


「今日は子供会だよ」


 ばあちゃんが、俺の視線に気付いたのかそう説明した。


「ああ、それでか。そうだった。俺たちも後で顔だけ出すんだよ」

「アンタ、頭大丈夫かい……?」

「ばあちゃんもその言い回しかよ」


 別にボケたわけじゃ無ぇ。

 単に子供会があることと、この店に子供が少ねぇことの因果関係がパッと結びつかなかっただけだ。


「ちゃんと検査受けたから大丈夫だよ」

「そうかい……?」


 心配そうに聞いてくる。


「らしくねぇぞ、ばぁちゃんよ」

「らしくないとは心外だね、木登り小僧が木から落ちるほうがよっぽどらしくないだろ」

「ん?ああ。悪ぃ、気をつける」


 学校でも言ったが、俺は昨日は木から落ちて入院したことになっている。


「そうしな、彼女に心配掛けるんじゃないよ」

「彼女なんていねぇっての」


 今はまだそれどころじゃねぇしな。


「瑠梨ちゃんも彼氏にちゃんと首輪とリードと手枷足枷と鉄球付けとくんだよ」

「付け過ぎだろ」

「大丈夫ですよ、今はこのターバンだけで……あと」

「ターバンじゃねぇって……あと」


「彼氏じゃないです」

「彼氏じゃねぇって」

「……にしちゃあ、息ピッタリじゃないかい」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……十分程で店を出た俺たちだが、「早くても五時まではまっすぐ家に帰らず遊んでいけ」と厳命されている。

 乃愛たちの子供会は五時半に終わるっつうから、あっちに顔を出せば、調度いい頃合いだ。

 本当に暇な時なら、ばあちゃんやガキ共とゲームをするのもありだが、流石に今日は気が乗らねぇからな。手頃な用事ができて助かったぜ。


「あっ」


 バス停の看板を見た瞬間、失敗に気付いた。次のバスまであと二十分もある。

 普段はこの時間にはこねぇし、来たとしてもこっからは歩いて帰るだけから気が付かなかったぜ。そういや、さっきバスが出る音がしていた気もする。迂闊だった。

 やっぱ本調子じゃねぇのかな俺。



 それはともかく、子供会の会場は風科の西側で、この辺は東側だ。

 最短ルートは、風科をぐるりと取り囲む環状道路の北側を左回りに行くことになるんだが、徒歩で二十分くらいかかる。

 バスだと五分で着くが、これだとバスを待ったほうがむしろ遅いくらいだ。


「どうする?」

「うーん。来るなら四時半までにって言われてたよね」


 何でも四時半から劇をやるらしい。

 俺たちは後片付けを手伝うだけで別に参加するわけじゃねぇから、いなくても支障はねぇが、約束した以上間に合わねぇと格好がつかねぇな。



 直線コースを行けば十分も掛からねぇが、私道や地下道を通ることになる。緊急時以外にはやらねぇほうが良い。

 俺一人ならまだ良いが、瑠梨に行儀の悪いことをさせるのはまずい。

 いっそ「本気」を出せば、俺たちは車に近い速度でも走れるんだが、これも無しだ。

 瑠梨に無理させたくねぇし、そもそも目立っちまう。

 風科は俺たち、魔術師だけの町じゃねぇんだ。



 つー訳で、折衷案としてジョギング程度の速度で走ることにした。ギリギリ常人のペースを脱してねぇ速度だから、まあ良いだろ。


 今のペースなら三分前くらいには着く。最悪ちょっとくらいなら走っても良いしな。


「まあ、迷うほどのことでもなかったよね」

「定期持ってると、逆に損した気分だけどな……ん?」


「どうしたの?はる君」

「足発見」


 バス停二つ分を過ぎて、もうちょいで鳥姫神社ってところで良いものを見つけた。

 目の前の一軒家に止まってるワゴンだ。近付くと、ちょうど家から人が出てきた。


「幸川の兄ちゃん!」

「お、桐くんか。体調はどうだ?」

「大丈夫。お陰さんでな」


 面長で少しロン毛の幸川《よしかわ》の兄ちゃんは、ワゴンで風科を回りながら、御用聞きみたいなことをしてる。

 遠出が厳しい爺ちゃん婆ちゃんの様子を見て話し相手になったり、頼まれたモノを実家の商店の仕入れついでに買ってきたりもする。

 店はともかく、こっちの儲け自体はそこそこだって聞いたな。

 足りない分は、僚勇会の隊員の活動で補っているそうだ。


 兄ちゃんは本業で風科を周りながら、色々聞き込んだりして異常がないかをパトロールしている。

 あのワゴンにも小型の霊波測定器を積んである。

 森の結界は頑丈には作ってあるが、範囲が広い分どうしても漏れがある。

 そこから妖怪が結界を抜けてきてねぇかを確かめるのが、兄ちゃんたちアマテラス隊だ。

 この大隊は町の中が活動場所なんで、兄ちゃんみたいな兼業者が殆どだ。

 

 兄ちゃんは「風科の光剣シャイニングブレード」の異名を取る実力者でもある。

 近接戦で、なんでもありのルールなら、僚勇会全体でも五指に入るエースだ。

 この二つ名を考えた奴は……佐祐里さんじゃねえ、とだけ今は言っておくか。


 ちなみに「ユキカワ」とか「サチカワ」とか呼び間違えられやすいのが悩みだそうだ。

 ……正直、俺も素で迷う時がある。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「すみません、急に」

「いいさ、方向も同じだからな」


 途中で一軒だけ寄る時に荷降ろしを手伝う条件で、ワゴンに載せてもらった。


 俺は助手席、瑠梨は真ん中の補助席だ。ちょいと狭いが位置が高くて見晴らしが良いんで譲ってやった。

 補助席でもちゃんとシートベルト付きで、瑠梨はたすき掛けにしっかりと止めている。

 ……俺からも見晴らしが良いな、コレ。


「いいぞ瑠梨」

「……何が?」

「もう着くぞ。瑠梨ちゃんは待っててくれ」

「はい」


 乗ったばかりだが二分ほどで車は停まった。五分の道だしな。

 俺と兄ちゃんだけで一人暮らしの婆ちゃん家に向かう。

 頼まれたものは猫缶と線香、床をコロコロやるやつの替芯だけだ。

 つまり兄ちゃん一人で済む仕事な訳で、俺たちはタダで載せて貰ったも同然だ。


 俺たちが呼び鈴とともに呼ぶと、すぐに返事があったんで中に入って商品を渡した。


「いつもありがとうねぇ……おや今日は春夏くんも一緒なの」

「名前はやめてくれよ…ちょっと乗せてもらうついでにな」

「あら、そうなの……ああ、そうだわ。この前、息子が来てくれた時のお土産でも」


「あ、いや気持ちだけで…」


 言いかけた俺を兄ちゃんが片手でやんわりと制した。


「お土産ってお菓子とか?」

「ええ、なんて言ったかしら神戸のほうの……」

「そりゃ良い。桐くん、これから子供会に顔を出すそうだから、差し入れに良いかも」

「あ!それはちょうど良かったわね」


 あれよ、と言う間に二人は家の奥に向かって数分で出てきた。デカ目の紙袋に入った菓子は確かに婆ちゃん一人じゃ食うのが大変そうだ。

 礼を言って車に戻ると時計は二十四分。

 あと一・二分で着くとは言えマジでギリギリだ。走るよりは楽だったから十分助かるけどな。




「はる君、そういうのは断ったら逆に失礼だよ?」


 遅れた理由を瑠梨に説明すると、そう返された。


「そうだけどよ……」

「まあ、差し入れを持ってったら遅れても許してくれるだろうし、子供たちがお礼を言いに来るついでに遊びに行ったら、お婆ちゃんも喜ぶ。それで良いじゃないか」

「……そんなもんか?」

「今度は約束の前は、バスの時間に気をつけようね」

「おう」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 兄ちゃんは車を発進させた。

 婆ちゃん家の敷地を離れて、道路に出る。車のメーターが時速三十キロを刻む。


「うぉっ!?」


 急ブレーキだ!


「きゃっ!?」

「瑠梨!」


 兄ちゃんは左手で瑠梨を庇う。右手には既に鞘のままの短剣を握っている。

 俺は右腕で瑠梨の腹を抑え、左手で短刀を握った。

 

 何だ!?俺は左前を見てたが、右側になんかいたか!?何かを引いた感触とかはねぇが……?

 左右を見回してから、改めて前を見るとフロントガラスの外側に何か黒いものが張り付いていた。

 あれは……!?


「エイジ!?」

「桐くんの……クワガタじゃないか?」


 そこにいたのは、俺の仲間、コルリクワガタのエイジだった。どうやらショックで意識が飛んでるようだ。並のクワガタならそもそもくたばってもおかしくねぇところだが、こいつらは鍛え方が違う。いや、それはともかく!


「どうしてこんな所に!?」


 俺と森に行った奴の生き残りは僚勇会の中で、他は俺の秘密基地で面倒を見て貰ってた筈だ。

 第一、仕事でもなきゃ真冬に外を出歩く奴らじゃない。なにせクワガタだ。

 俺は車を降りて一応ドアを閉めてから、エイジをそっと掴み取って軽く揺さぶってみる。


「おい、しっかりしろ。おい!」


 命に別状はねぇと思うが、打ちどころが悪かったのか反応が薄い。


「って痛っ!」


 エイジに意識を集中する俺の頭に何かがぶつかって来た。見えねえが、音と感触で分かる。スピード自慢のルリクワガタ、タカシだ。

 腹と鋏をを打ち鳴らしている。コイツは……!


「桐くん!」

「はる君!」


 俺がそう思うのと同時にワゴンに積まれた霊波測定器の警報音が鳴り、瑠梨たちが叫んだ。

 間違いねぇ、妖怪の反応だ!町中に出やがった!



 瑠梨が勢い良く開けたドアに俺が飛び込むと、ドアが閉まるのを待たずに兄ちゃんは車を飛ばした。

 瑠梨は霊波観測機のナビ音声を補足する形で指示を出してる。俺はドアを閉めると、備え付けの通信機で本部に連絡を取った。

 異常検知の時点で一報は行ってる筈だけどな。


 窓を開けてタカシを外に出すと、俺たちと同じ進行方向を先導し始めた。

 間違いねぇ、知覚の優れたエイジが妖怪に気付いて、足の速いコイツと駆けつけたんだ。その時点で本部隊員に教えてくりゃ話は早かったんだが、俺以外と直接会話は出来ねぇから仕方がねぇ。

 やっぱり俺が本部にいりゃ良かったんだ!


「はる君……っ!」

「ああ、分かってる。後悔すんのは後だ……!」

「違うよ!前!」

「えっ……!?」


 兄ちゃんが車を止めた。庭のある白い二階建ての洋館。

 十年くらい前に外に越してった小金持ちが、風科に寄贈した児童館代わりの施設……子供会の会場だ。




 車を降りると、妙な匂いを感じた。

 すぐには思い出せねぇが、どっかで嗅いだことのある妖怪の臭いだ。

 ……人体に影響がある奴だ。効果もパッとは思い出せねぇが少なくとも良い影響な訳はねぇ…。


「……っ!」


 俺は肩の高さの鉄柵を一跳びで越えた。開く間が惜しい!


「待つんだ!桐くん!」


 兄ちゃんの静止に構わず、玄関を勢い良く開けて靴のまま廊下を走った。


「新司!乃愛!ガキどもぉっ!」


 玄関から廊下を一度曲がって、二部屋分走れば、大広間だ。奥にはデカいベランダに繋がるガラス戸があり、日の当たりにくい位置にはピアノもある、学校の教室並みのデカい部屋だ。

 久々とは言え見慣れた筈の道が妙に長い。

 震える両手で広間の扉を勢い良く引いた。



 そこに妖怪はいなかった。

 俺の視界にまず映ったのは、夕焼けが照らす割れたガラス戸。

 突き刺すような風が吹き込んでくる。床には壊れた劇の小道具。

 倒れた椅子や散乱する楽譜。

 

 そして倒れた子供たちと……新司。



 またかよ…!


「畜生がァァァァッ!!!!!」

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