3-5「 地域会」
―放課後。風見学園高等部・会議室。
七つの長テーブルがコの字型に並び、少し離れた向かいには佐祐里と
代表・司会である二人を除いた二十人弱は、おおむね所属集団ごとで分かれて、一つのテーブルにニ・三人づつ座っている。
所属集団と言っても、委員会や部活動ではない。
彼らは風見市の各地域にある魔術組織の若手代表としてこの場に来ている。殆どがニ・三年生で、一年は僅か。中等部の生徒はいない。
地域交流会。表向きは地域の若者の集まりという名目で月に一度開かれているが、実際は若手魔術師の意見交換会だ。この手の会は、大人同士の正式なものが別にあるが、将来連帯する若手同士でも集まるのが慣例化している。
風見学園の中枢にも
風見市の中高生の殆どはこの学園に通っているため、彼らが直接顔を会わせて話し合うのに放課後の学校は最適だった。
意見交換会と言っても、普段ならば名目と実態に大差がない楽しい懇親会のようなものであるのだが、流石に今日は緊張の色が見られた。
月末の水曜である今日は元から会議の日取りではあったが、月曜の事件を受けての緊急会議という面もある。
「今回は皆さんのお力をお貸し頂いており、ありがとうございます。当面の危機は去りましたが、引き続きよろしくお願い致します」
メンバーが全員揃った所で佐祐里と叶音が立ち上がり、深く頭を下げて謝辞を述べる。これも普段なら座ったまま軽い空気で始まる所だが、空気は重々しい。
無理もない。大勢死人が出た後だ。
「会議の前に黙祷をお願い致します」
「その前に、何人亡くなったの?」
尋ねたのは、二年の木下乃利子。背は佐祐里より少し低い平均程度で、短髪。落ち着いた雰囲気の少女だった。
「最低でも……二十名です」
「そう……」
数が確定していないのは、今も捜索の途中というのもあるが、全身丸ごと溶かされるなどした損壊の激しい遺体もある為だ。
乃利子はそれを察して言葉を噤んだ。
――今回の事件では風見市ばかりか、県外も含めた広範囲から最低四十人以上の人間が秘密裏にバケグモの巣の中に拐われ、その半数が犠牲となった。
一般人の一度の犠牲としては数十年ぶりの数だが、それ以上の問題があった。
どの様に被害者たちが拐われたのかが分からないのだ。
妖怪が結界をすり抜けて人々を攫ったにしろ、妖術で幻惑して呼び寄せたにしろ、妖怪や被害者は、最低一度は結界や監視を潜り抜けたことになる。
風科の禁忌の森を取り巻く結界・監視網は強力ではあるが、数十平方キロメートルの範囲に渡る森の外周をカバーしきるのは難しく、あちこちに僅かな隙はある。
だがそれは四十人以上の通過を見落とすほどに大きな隙ではない筈だった。
ましてや、結界を通過した瞬間は見落としたとしても、事後の調査で痕跡を見つけるくらいは出来る筈だが、それも見つからなかった。
これは、あまりに不自然だった。
黙祷のあと、叶音がこれらの状況説明を行った。
一応、全員最低限のあらましは聞かされている筈だが、所属組織の規模や風科からの距離、各々の立場などにより得ている情報に若干の差があるため、そのすり合わせをしたのだった。
そして質疑が始まった。
「風科の両隣からの監視はどうなってたんだ、先輩?」
尋ねた少年の出身は風科の南、高月地区……つまりこの風見学園もある市内最大の市街地だ。彼は風見市で最大の寺院である、
禁忌の森に一番広く接しているのはすぐ南の風科だが、森の東西も別の地区と接している。
「私たち、岩橋側に侵入の形跡は無かったわ。不明者情報は調査中だけど、多分いなさそうね。いたとして一人か二人程度でしょうね」
乃利子が報告した。彼女の住む岩橋は風科の西の高地で、スキー場などのレジャー施設が多い。禁忌の森とは、岩山とこれを起点にした強力な結界で隔てられており、滅多に妖怪が上がってくることはない。その分、少しでも異常があれば目立つ。
「私たち、村井側も異常ありませんでした。少なくとも住民は無事です」
村井は風科の東の農村で、森とは境川という河川で隔てられている。この川は妖怪を阻む強力な結界でもある。その為、岩橋には及ばないが、風科よりも妖怪の害は少ない。そして観光客などの外の人間の来訪は風科以上に少ない為、彼らに被害があれば目立つ。
答えたのは、佐祐里の親友、二年生の
小柄な身長と柔らかい雰囲気から、中学生ないし小学生に見られることもあるが、今の表情は村井の組織のトップの娘として毅然としている。
二人の報告を受けた一同は暫し黙り込む。森を囲む三地区の結界に異常はなく、住民も無事らしい。後は外部からの訪問者だが、唯一観光客の多い岩橋はその管理にも注意しており、不明者を何人も見落とすとは考えがたい。これらの情報は朝までに相互確認してはいたが、その後の半日でも進展は無かった様だ。
「だよなぁ……でも……」
榮が額を抑える。
「やっぱりですか?」
佐祐里が続きを促す。
「うん。やっぱりウチからは六人攫われてたわ……しかも三人はそっちで把握してなかった人みたいだぜ」
僚勇会は生存者に出身などを聞き取っていたが、当然死人からは聞き取れない。
叶音はホワイトボードに貼られていた地図に、今の最新情報を追加する。高月地区の上に磁石が六つ置かれた。
貼られているのは彼らが見慣れた風見市の地図。その周りに手書きで地図が付け足されている。既に三十個ほどの磁石がその上に置かれている。
「妙な話だな」
「確かに……」
磁石は森を囲む三地区には全くないにも関わらず、高月やその東西と南、岩橋の西や村井の東、更にはもっと離れたエリアには置かれている。ドーナツ状に近い配置である。
どんな手段が取られたにせよ、森の妖怪の仕業にしては妙だ。バケグモなり新種なりが「主犯」だとすれば、被害は森の近辺に集中する筈だ。
ならば外の妖怪の仕業と考えるのが自然だが、今度は、被害者が森の中でバケグモと共に見つかったのがおかしくなる。
謎は深まるばかりか。捜索の結果を待つしかないのか?
数秒か数十秒の間、一堂は無言になる。
「……つぅかよ。今日のメンツからして、そういうことなんだろ。妖怪担当さんよぉ」
呆れと苛立ちの混じった声を上げたのは
「ちょっと丈」
乃利子が丈の態度を諌めるが、丈は正面を向いたままでそれを腕で制す。
乃利子は標準より少し小柄な程度だが、相方が大きいせいで、大人が中学生でもいじめているような感がある。
「こんなもん、そこらの妖怪がやるわきゃねぇだろ。まわりくど過ぎんだよ」
丈は吐き捨てるように断言する。
「ま、そうだよな先輩。出来る出来ない以前にやる意味がないよな」
榮も頷く。
妖怪には人間並みの知性を持つ者もいるが、基本的には人を食って強くなることにしか興味はない。確かに狙う範囲を広げれば足はつきにくいが、効率が悪すぎる。
知性の高い種類でさえ、基本的には効率を優先する。
ましてや今は餌となる動物の少ない冬だ。飢えた妖怪に遠回りする余裕があるとも思えない。
「確かにそうですよね。妖怪が人を狙う際には『その場にいる他の人間に』バレないようにすることはあっても、僚勇会などの討伐組織にバレないようにする、なんて戦略的なモノは滅多にいません」
風科の南西、西条地区の
彼はこの場の最年長にして、佐祐里の戸籍上の従兄の大学生である。彼は卒業生であり、普段は地域会には参加しない。今回は大人達が忙しいため、都合を調整して顧問代わりに来ていた。
「仮に新種が、そのような真似をしたのだとしたら……実際、我々はこうして混乱している訳ですし効果はありますが、燃費が悪過ぎますね。収支があいません」
ここまで回りくどいと、獲物を集める為に使った魔力が、獲物から得られる分を越えているのではないか?
それが櫂の意見だった。
常人の肉体にも多少の魔力はあるが、被害者たちのそれは平均程度だった。これでは妖怪にとって色々な意味で「旨み」がない。
「そして他の……外の妖怪が主犯だとしたら、そこまでして集めた人たちをバケグモにやってしまう理由が無いですよね」
真白もこの説に頷き、捕捉をした。
「片桐くんは、新種がバケグモを食用の家畜にしていたと考えたようですけど…」
「だーかーらー……!そういう誤魔化しは良いっつってんの!」
丈が真白の言葉を遮る。真白は怒るでもなく、むしろ図星を突かれたような気まずげな雰囲気だった。
「丈!」
「うるせぇ!」
「アンタ、ちょっと『自分の顔をビンタしなさい』」
「もう皆分かってんだろ?だから今日は一年坊や中坊を連れてこなかっブヘッ!」
丈は自分の頬を自ら強く張った。乃利子の催眠能力である。同格以上の相手には余程油断していないと独力では通用しない能力だが、相手が丈なら乃利子は無限に隙を突ける。
「何しやがる『恐怖!催眠女』!」
「『黙ってなさい』」
「 」
丈は黙った。
「……そうですね。どの道、今日は地域会。何かを決定する場ではありません。口にしてしまっても良いでしょう」
佐祐里が静かにそう言うと、パントマイムでなおも騒いでいた丈も大人しく着席した。叶音が横で心配そうに見守る中、佐祐里は続けた。
「状況証拠は、全て皆さんの懸念を裏付けています」
空気が張り詰める。
「ですが、物証もありません」
「物証がないのが何よりの証拠、とも言えるということですね?」
他人行儀にも聞こえる従兄の問いに佐祐里は頷く。
「ですが、まだ『そちら側』のほうで動くには少し早い、というのが私の見解です。僚勇会の上もおそらく同意見でしょう」
「『黒幕』が……仮にいるとすればですが、何処にいるかも分からない以上、動きようもないですからね」
真白が悩ましげに頷いた。
「当面は準備だけして待機しか無いか」
「後は警戒レベルを上げる……くらいか?」
「でも向こうの出方待ちってのは面白くないわね」
乃利子は額に皺を寄せる。丈も口をパクパクさせながら頷く。
「向こうは俺達を混乱させるだけさせて、様子を探ってるんじゃないですか?このままやられっぱなしで良いんですか!?人が死んでるのに……!」
「落ち着きなさい」
高月の南東、友井から来た一年生をその先輩が窘める。
「やられっ放しでいる気じゃないんでしょう?佐祐里ちゃん」
真白が少し口調を砕き、軽い笑みを浮かべて親友に問う。
「ええ。詳細は差し控えますが、こちらから『敵』をつつき出す策があります。準備に時間がいるので、その前に敵が手を打ってくる可能性はありますが……」
「こんな回りくどいやり口でしょ?簡単に真っ向勝負を仕掛けてくる度胸はないんじゃないかしらね」
「はい。警戒は必要ですが、全面衝突までには時間はあると思います。未知の相手に消極策ばかりで後手に回り続けるのはかえって危険ですから、敵が本格的に動く前に先手を打つつもりです」
怒りの混じった乃利子の問いに、佐祐里は力強く応じた。見守っていた櫂は少し微笑んで頷いた。
「分かったぜ先輩。とにかく俺たちも準備はしとく」
「戻ったらシフトを調整して、いつでも応援を出せるようにしておく」
「パトロール体制も強化しないとですね!」
榮を皮切りに、皆が同意を述べていく。不満のある者もいたが、対案を出せよう筈もないので周りに従った。
現状では今回の事件の黒幕は、所在以前に本当にいるのかすら未確定だ。何もせず警戒だけを強めるか、敵を突き出すべくこちらから動くか、のどちらかしかない。
更にいくつかの確認と情報の摺り合わせを行った後は、いつもの地域会が行われた。普段の半分、三十分ほどではあったが、一同は数日ぶりに落ち着いた時間を過ごした。
そして会が終わり、片付けが始まった。
……佐祐里の元に緊急連絡が入ったのは、その時だった。
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