3-4「同級生」
「うん、もう大丈夫そうね」
白衣の女の人、葉月さんが俺の頭から検査器具を外した。
葉月さんは、昨夜俺を診てくれた
今日は、昨日忙しかった爺さんの代わりに急遽こっちに来てくれたそうだ。
葉月さんは器具を横に置くと、俺の胸に耳を当ててきた。
「うぉっ!?」
「うんうん。心臓もちゃんと動いてるわね。もう大丈夫!」
聴診器でじゃねぇ、直だ。
葉月さんが俺の胸から顔を上げると、柔けぇ感触が遠のいていく……いや何でもねぇ。
「いや大丈夫!……じゃねぇよ。そもそもそっちは悪くねぇから!」
この人は心音を聞くのが大好きというアレな性癖を持ってやがる。
一般の患者相手なら聴診器で満足するんだが「身内」相手だと遠慮ってものがねぇ。
男も女も構わず相手の胸に突っ込んでいく。
絶対、心拍が上がって正確に測れねぇと思うんだがな。
「取り敢えず学校には行っていいけど、向こう数日はコレを巻いておいてね」
葉月さんは俺の頭に黒い帯を巻いた。脳波測定器らしい。 頭に当たる側の真ん中に四角いパッドが付いている。
「風呂とかは良いのか?」
「耐水性があるから水洗いしても平気よ。ただし外して五分以内に付け直してね。警報音が鳴ってこっちにも連絡が入るから」
「面倒だな……」
迂闊に髪も洗えねぇ。俺は冬なら二・三日くらい放置しても良いんだが、そうすると瑠梨や恵里がうるせぇし、万一会長が俺の頭を撫でてくれようとしてきた時に困るから一応毎日洗っている。
警報はオフにも出来るそうだが、その場合は医療スタッフに連絡した上で、誰かに側にいて貰えって話だ。
「過保護過ぎるだろうよ…」
脳梗塞患者相手でもここまではしねぇだろ……。
「脳は本当に危ないんだからね。特に
「……分かったよ」
俺の場合、能力自体が並列試行っつう直で脳に関わる奴だからな。心配されるのは理解できる。
「それと、帰りにも診察を受けること。早抜けして瑠梨ちゃんとデートした後で良いから」
「待った待った!早抜け?しねぇよ!?今日は会議もあるし……」
「ないわよ?」
「え?」
「会議自体はあるんだけど、貴方は瑠梨ちゃんと一緒に帰らせようって、私たちと佐祐里ちゃんで話はついてるのよ?」
「ええ……?それは、まあ良いとして何でデ……寄り道するんだよ!?早抜けしといて!」
「昨日は瑠梨ちゃんもお祓いばっかりで大変だったでしょうから、彼女も一緒に休ませてあげると思って、ね?」
「お、おう……」
ここで葉月さん相手に粘っても仕方ねぇ。後で会長に直接話をつけるか。
――――――――
俺はその後、僚勇会の車で学校へ送って貰って、何とか一時間目が終わる前に着いた。
それは良いが頭が痛い。別に後遺症じゃねぇ、と思う。
多分一日近く寝こけてたせいだ。寝てる間に随分あちこちに世話を掛けちまった。会長は俺を休ませる気満々みてぇだが、そうもいかねぇ。これ以上のんびりしてたら鈍っちまう。
職員室に顔を出してから教室の前に来ると、授業終了三分前だった。すぐ入っても邪魔にしかならねぇ。休み時間になるのを待って、出てきた教師に挨拶をしてから教室に入った。
「あ!片桐、頭は大丈夫か?」
「片桐くん!頭平気?」
俺に気付いた同級生が心配して声を掛けてくれた。
でも、その言い回しは何とかならねぇのか。
「木から落ちたんだって?」
「まあな」
一応そういうことで話は合わせてある。生徒の大半は風科の裏を知らねぇからな。
「カタギリクワガタともあろう虫が木から落ちるとはな……」
「虫だって木からぐらい落ちるぞ。ていうか虫じゃねぇ」
軽々しく下の名前で呼ばれんのは嫌だが、妙なあだ名も困るぞ。適当に対応しながら、真ん中後ろの俺の席へ向かうと、 一つ前の席から瑠梨が挨拶してきた。
「おはよう、はる君。調子はどう?」
「まあ、お陰さんでな」
「片桐、これ昨日の分のノートのコピーな」
「おう、ありがとな新司」
席に荷物を置いたところでやってきたのは風間新司。ダチの一人で今は生徒会も手伝ってくれてる。
魔術師でも僚勇会でもねぇが、俺たちの事情は知ってる。
新司は俺に顔を寄せて小声で話しだした。
「なんか大事だったって会長に聞いたぞ。お前、かなり無理したんだってな?」
「そうでもねぇよ」
「あんま心配かけんなよ」
「……心配はいらねぇよ」
横に振った頭が少し傷んだ。
「それと、会議の方だけどな」
「ああ、手伝わせちまったらしいな。悪い」
「昨日で準備は終わってるから、今日は会長と金枝先輩だけ出るってさ」
「は?……会議はそれでいいとして、まだそこそこ仕事は残ってた筈だろ?」
本来なら大した量じゃねぇが、月曜の夜の騒ぎで俺はぶっ倒れ、僚勇会も忙しかった。 フルメンバー九人で分担する予定だったが、昨日動けたのは新司を入れても三・四人程度の筈だ。つまり作業量は倍以上。
だから、今日は会議の裏でも別働隊が仕事をやるもんだと思ってたんだが。
「昨日のうちに頑張っといたぜ」
新司は親指を立ててみせた。
「お前こそ、無理してんじゃねぇよ……!」
「平気平気、そんな訳だからお前と北里は先に帰っていいってさ」
「いや、だってよお前……」
今日は朝来と久浦は午後から、ラッタは放課後すぐ森へ行くことになってる。
恵里は部活だ。
生徒会は昼の部活動会議のほかに夕方にも「地域会議」がある。
「俺たちだけ先に帰るわけにも行かねぇだろうが……」
「私もそう言ったんだけどね……昨夜確認したら本当に仕事がなくて。明日の分まで少しやっちゃってたくらいだし」
瑠梨が苦笑する。
「頑張った褒美だと思って素直に休んどけよ」
新司が俺の方に手を置く。
「でもよ……」
「良いから休みなよ」
女子生徒が新司の肩に肘を乗せた。コイツは不知火乃愛、鳥姫神社の舞巫女の一人で、月曜の夜も出立の儀式に参加していた。。
「考えてみなよ。朝来さんと久浦くん、金枝先輩は『その場』にいなかったし、永友くんも別行動だったんでしょう?皆、負い目に感じちゃってると思うよ。だからその分、二人が休んで相殺しちゃうんだよ」
乃愛も勿論俺たちの事情を把握している。特に声は潜めねぇが代わりに内容を暈して話す。
「相殺……なぁ……」
「どっち道、昼前に先輩と顔会わすだろ?その時北里と二人で話してみろよ」
新司は微笑している。コイツ先輩に俺を言い包めさせる気だな?でも実際会うつもりだったしな。
「まさかと思うけど、お前今日も出る訳じゃねぇよな?」
気になって聞いてみた。コイツが出るってんなら正規メンバーの俺が休む訳にはいかねぇ。
「出たかったんだけど、そこまで世話にはなれないって言うから、放課後は乃愛に付き合うことにした」
「デートか?」
「ハッハッハッ!デートって違う違う。デートって。ハッハッハッ!痛ッ!」
乃愛の軽い肘打ちが新司の首に炸裂した。
「笑い過ぎ。子供会の手伝いよ」
「ああアレか」
乃愛は巫女見習いの子供たちとの繋がりで、風科子供会も手伝ってる。
具体的にはお遊戯会だの朗読会やら劇やらをやる。下手すると瑠梨に匹敵する忙しさかも知れねぇな。
今日は下手に会議や僚勇会に行くと休んでろと怒られそうだし、いっそ子供会に顔を出して片付けでも手伝っていくのもアリかも知れねぇな。
話している間にチャイムが鳴り始めた。次は昨日やったところの続きだってのに、貰ったコピーを読む時間がなかった。
こういう時こそ並列思考を活用してぇところだが、今は使用を禁止されている。まあ、元々学業に使うのはナシだけどな。
そんな俺の事情に構わず、教師は容赦なく俺を当ててきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます